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巻き込まれ少女、活動中。4,雨の竜 5

雨の竜編、終了です。やっと終わりました。

いつも通り、誤字脱字ありましたら、そっと教えてください。

感想、評価、よろしくお願いいたします。いただけると嬉しいです。

 『世界の愛し子』一行とは違い、ノウル一行を見送るのは、村長ただ一人……ではなく、何故かあの雑貨屋の女主人も見送りに参加していた。

「負けるんじゃないよ!? しっかりとお嬢様を守り抜くんだよ?」

 去り際、そう力強い言葉と共に、手を握られた星とアランは、とりあえず寄り添って馬車の窓から手を振っていた。

「愛があれば、多少の障害なんてどうとでもなるからね〜!」

 女主人の声に、馬車の中が何ともいえない空気になる。

「…………いつから、お前らは付き合ってるんだ?」

 馬車が走り出し、村長と女主人が見えなくなった頃、ノウルは光が消えた暗い目で星とアランを見つめ、地の底から響くような声で重々しく問いかける。

「あの人の勘違いだよ。私とアラン君、お嬢様と騎士ごっこしてたから、たぶんそのせい」

 そんなノウルに対し、星は困ったような色を瞳に浮かべ、対照的に軽い口調で答える。

「それは見てみたかったです〜。やって見せてください〜」

 上司の不機嫌さを気にせず、レイチェルはふわふわと笑いながら、未だに寄り添っている星とアランへリクエストする。

「……えぇと、どういたしましょう、お嬢様」

「まあ、アラン、私に選ばせるの? あなたは私の騎士でしょう?」

「もちろんです! わたしくは、お嬢様だけの騎士です!」

「なら、アラン、あなたが選んでくださる? ……みたいな感じかな」

 顔を見合わせた星とアランは、すっかり板についた『ごっこ』を披露すると、クスクスと笑い合ってから、ノウルとレイチェルを窺う。

「……とりあえず、付き合っている訳ではないんだな?」

「うん」

「はい!」

 相変わらず重々しいノウルの問いに、星とアランは躊躇なく頷いてから、不思議そうな表情でお互いの顔を見つめている。

「お嬢様と騎士ごっこ、可愛いです〜。あの女の人は、セイちゃんとワンコ君を、駆け落ちでもしてると思ったんですね〜」

「酷い勘違いだな」

 レイチェルのふわふわとした感想に、ノウルは苦々しく吐き捨てると、星を引き寄せて、自らの膝上に乗せる。星も慣れきった様子で、抵抗無く膝上で落ち着き、窓から外を眺めている。その視界を横切る、二つの大きな飛行物体。

「あ、エデンバードだ。それと、あれは……」

 来る途中でも見かけた稀少動物であるエデンバードと、それと連れ立って飛ぶ、大きな蒼い影。

「……そう言えば」

 去り際の時雨の言葉を思い出してポツリと呟くと、星はポケットの中を探る。

「何か、固い物がある……?」

 訝しみながら、星は指先に触れた物をゆっくりと取り出し、掌に乗せる。

 光に照らされ、星の掌で蒼く光るのは、透き通った蒼い鉱石の欠片。

「うわぁ、綺麗な蒼……。ノウル、見て見て!」

 その美しさに、星は素直な感嘆の声を洩らすと、自らの椅子となっているノウルへ、掌に乗せた鉱石を見せる。

「……竜の鱗だな」

「へぇ、そうなんだ」

 とんでもなく貴重だぞ。そう告げるノウルの声を聞き流しながら、星は陽射しに鱗と判明した鉱石を光に透かしている。

 蒼くなった星の目に映る世界の中、同じ色の鱗を陽光と天気雨の中で煌めかせ、蒼い蒼い竜が飛んでいく。

【たまには会いに来てね】

 星の唇から紡がれる不可思議な響きの言葉。

 二度目の体験に、ノウルはやっとその言葉を聞き取り、星を逃がすものかとばかりに、ギューッと抱き締める。

「竜言語か……」

 囁くようなノウルの言葉を聞き取ったのは、抱き締められていた星だけだった。




 ――こうして、ナバ村に雨は降り、雨を降らせた功労者達は、ほとんどの村人に知られる事無く、去る事になる。



「皆様、すみませんが盗賊に囲まれてしまったようで……」



「度々ですみません。今度は魔物に追われております」



 行きと同じく、道中様々な障害に襲われるが……。



「申し訳ございません、通らせていただきます!」



 すっかり慣れきった御者と馬達、それと最強な乗客により、馬車は無傷で、行きより短時間で王都ルヴァンへと帰り着く。

 実は御者が知覚しているより、さらに災難は馬車へ襲いかかっていたのだが、木陰や通りの薄暗がり、そんな場所々々で、ゆら、と闇が揺れて災難の芽を事前に刈り続けていた。

 馬車の中でそれに気づいたノウルは、過保護だな、と自らを棚に上げた呟きを洩らし、膝上の少女の旋毛に鼻先を埋めて甘えていた。

「ち、縮みそう……」

 少女の真剣な不安を感じさせる発言に、馬車の中は温かな笑いが溢れる。

 それを背中で感じながら、御者は僅かに口元を緩め、馬達を操る腕にしっかりと力を込め直す。

 ルヴァンまでは、あともう少し――。




 街の外。門の前には、目深にフードを被った人待ち顔の青年が一人。

 そのフードから溢れているのは、極上の金糸を思わせる美しい金色の髪。

「早く帰っておいで」

 青年の甘やかな、愛しげな声が呼ぶのは世界に愛されているという少女――ではなく、巻き込まれる為に産まれたのではと疑いたくなる小柄な少女。

 すでに優秀な影から、報告と『土産』は受け取ってある。

 それでも、青年は自らの目で少女の無事を確かめたく、異母弟に色々と押し付けて、ここに立っていた。

 傍らには、銀色の狼がブンブンと尻尾を振りながら、街道の方向を見つめてお座りで控えている。

「……もうすぐです」

「そのようだね」

 影からの声に、フードから口元だけを覗かせ、黒さの滲まない柔らかな笑みで応じた青年は、遠くを見るような仕草をする。

 そこへ、精悍な御者の繰る馬車が、小さく見えてくる。直線の道とはいえ、到着までは、後少しかかりそうだ。

「彼は良い仕事をしてくれたようだね」

 見覚えのある御者の姿に、青年は満足げに頷いて見せる。が、影から、

「ちなみに、セイ様にタラシ込まれちゃってますよ?」

と、艶やかな女性の声が告げると、その満足げな表情は苦笑へと変わる。

「マオ、わざと言わなかったのかな?」

「………………ああ、忘れておりました」

 白々しい間の後、影の中から平板な声が答え、ゆら、と琥珀が揺れている。

 その後、影の中からは、微かな男女の話し声が聞こえ、青年は小さく肩を竦め、ふと思い出したように影を見やって口を開いた。

「そう言えば『土産』をありがとう」

「……いえ、『梱包』されたのは、ノウル様達ですので。我々は運んだだけです」

「おかげで、暇潰しぐらいにはなったよ。……始末は任せても?」

「……かしこまりました」

 目深に被ったフードから、冷たい青の瞳を覗かせた青年は、馬車の方へチラと視線を投げてから、影へと言葉を落とす。

 影からの応えは迷い無く、ゆらゆら、と揺らめいた影から複数の気配が消え、琥珀だけが残される。

 馬車はかなり近くまで来ていて、御者の呆然とした表情まで見て取れる。

「あ、ユナ様だ!」

 不意に、速度を緩めた馬車の窓から、黒目がちの瞳を持つ少女の顔が覗き、青年を見つけて嬉しそうに破顔する。

 銀狼の尻尾の動きも、さらに速くなり、千切れるのではないかと心配したくなる。

「……お帰り、セイ」

 馬車の扉が開けられるのを待てず、青年――ユナフォードは、光輝くような微笑みと共にフードを外しながら、止まった馬車の扉を自ら開ける。

「ただいま! ユナ様!」

 少女――星は、背後でノウルが止めるのも気付かず、とうっと勢い良くユナフォードへと向かって飛び出す。

「っ、こら、危ない事はしてはいけないよ」

 結果、見事とも言える程、綺麗に転けそうになった星を受け止め、ユナフォードは甘さの滲む声音で優しくたしなめる。

「疲れる仕事だったろう。ご苦労様」

 固まっている御者に、ユナフォードは王族らしい笑みで労りの言葉をかける。しかし、その腕は優しく星を抱き締め、あちこち撫で回している。一歩間違えば、ただの痴漢だ。

「も、もったいないお言葉です……っ!」

 そんな状態のユナフォードにも、直立不動でビシッと音がしそうな体勢のまま、御者は上擦った声で答える。

「また何かあれば、君へ頼もう」

「つ、慎んで、お受けいたします!」

 感動のあまり、目を潤ませながら、深々と頭を下げた御者だったが、さすがというか、すぐに気持ちを切り替えて仕事へと戻り、アランと共に、荷物を下ろす作業へ移る。

「ユナ様、ユナ様、お土産話、たくさん出来たよ?」

「それは楽しみだ。でも、今日はとりあえず帰りなさい」

 自らの服を引き、話したい、と目で語る星に、ユナフォードは柔らかな笑みで返すと、星の瞼へ口付けながら、ノウルの方へ視線を向ける。

「ご苦労様。色々大変だったようだね」

「いえ、一部を除き、問題はなかったです」

 畏まった口調でユナフォードに向けて答えるノウルの目は、ユナフォードが口付けながら喋るため、擽ったさに身悶えしている星を見つめている。

「報告は明日で構わない。今日は体を休ませなさい」

「心遣い感謝いたします。……セイを返せ」

 いい加減耐えられなくなったらしく、ぞんざいな口調になったノウルは、手を伸ばして星を引き寄せる。

「少しぐらい良いだろ。お前はずっと一緒だったんだ」

 ユナフォードは不服そうに言うが、さすがに人目がある所で争う話では無いと思ったのか、すぐに口を閉じると、去り際、星の頬へ口付けてから、フードを被り直して堂々と去っていく。

 銀狼は寂しそうにクゥンと鳴いて、星へ軽く甘えてから、ユナフォードの護衛の為に駆けていく。

「ユナ様も寂しかったのかな?」

「セイちゃんは、通常運行でした〜」

 ベタベタと触られた事を寂しかったのか、と一言でサラッと流す星に、レイチェルは、意味深な笑みを溢している。

「おれも寂しいです!」

 そう割って入ってきたのは、キュンキュンと悲しげに鼻を鳴らす犬の幻覚が見えそうなアランだ。

「ワンコ君……」

「朝から晩まで、ずっとセイさんと一緒が良いです!」

「君も清々しいまでに通常運行でした〜」

 無邪気に自らの願望を口にするアランに、レイチェルは脱力しながら、自らの荷物を抱え直す。

「隊長〜、わたくしはこれで失礼します〜」

「ああ、報告書は明日頼めるか」

「了解です〜。セイちゃんの件は、ユナフォード殿下への報告書で、お願いします〜」

「そうだな。レイチェルには、当たり障りのない報告書を頼むぞ」

「はい〜。じゃあ、また明日です〜。セイちゃん、さよなら〜」

「はい、レイチェルさん、さよなら」

 打ち合わせを済ませ、レイチェルは疲れも見せずに、鞄を片手に水色の髪を揺らしながら颯爽と歩き去る。

「アラン君も、毎日は無理だけど、会えなくなるわけじゃないから、ね?」

 レイチェルを見送った星は、捨て犬オーラを出しまくっているアランの頭をよしよしと撫で、潤んでいる緑の瞳を覗き込んで、優しく語りかける。

 星の足元では、ラビがアランの足をぽふぽふと前足で叩き、慰めている。

「……はい」

 シュンとした様子で渋々と頷いたアランは、レイチェルとは正反対に、トボトボとした足取りで門をくぐり、去っていく。

「アラン君、またね!」

「っ、はい!」

 だが、星の声を聞いた瞬間、見えない耳をピンッと立たせたアランは、満面の笑みで振り返り、大きく手を振ってから、先程までの姿が嘘のように勢い良く駆け出していった。

「俺達も、帰ろう」

「うん、帰ろ! ラビ、おいで」

 アランを見送り、顔を見合わせた星とノウルは、仲良く手を繋いで歩き出す。と、

「あ、御者さん、馬さん達、ありがとう! お世話になりました」

「世話になったな」

 星が思い出したように振り返り、帰り支度をしていた御者と馬へ勢い良く頭を下げる。

 ノウルも星を真似るように御者へと礼を述べ、今度こそ、二人並んで歩き出す。

 二人の背後を守るように、ノシノシと銀色の獅子が続く。

 感謝の言葉に固まっていた御者は、やっと動き出すと、二人の背中に向けて、無言で深々と頭を下げていた。




「夕飯、何にしよっか?」

「オムライスが良い……」

「本当に好きだね。じゃあ、オムライスにしよっか」

「ああ」

 何処の新婚夫婦だと突っ込みたくなる会話をしながら、星とノウルは、久々の二人っきりをのんびりと楽しみながら、自宅へと向かう。



【またね、星】



 夕暮れ迫る空。その雲に紛れ、蒼い竜が見つめる先には、愛しい子の姿がある。

 星が何かを感じて空を振り仰いだ時には、もうそこには何もいなかった。

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