巻き込まれ少女、活動中。4,雨の竜 4
少しだけ血生臭い表現があります。そこまでではないですが、一応ご注意を。
いつも通り、誤字脱字ありましたら、そっと教えてください。感想、評価、お願いいたします。いただけると嬉しいです。
「セイちゃん、良かったです〜」
宿泊先である一軒家で星を迎えたのは、一足先に帰っていたレイチェルの涙混じりの安堵の声と、温かな抱擁だ。
「ごめんなさい、心配かけて……」
外套に包まれたまま、シュンとした表情を浮かべて謝る星に、レイチェルはブンブンと首を横に振った。
「セイちゃんが無事なら良いのです〜。まずは、お風呂で温まりましょうね〜?」
「……おい」
「風邪を引いたら大変です〜」
「え、うん……」
我が道を行くレイチェルに、星は困惑を瞳に滲ませて頷き、初日のようにレイチェルの腕によって運ばれていく。
玄関先に残されたのは、さりげなく星を奪われ、低い声での突っ込みを無視されたノウル。それと、まぁ頑張れ、とノウルの足を叩いているラビだ。獅子もいるのだが、主の気分を察しているのか、置物のように動かない。
アランは、フィリップに経過を話す為、途中で別行動に移り、まだ帰ってきていない。
「……一応、俺はあいつの上司なんだが」
残された静寂の中、ノウルの呟きだけが、空しく落ちていった。
「上がりました!」
「じゃあ、夕飯にしよう?」
一番最後に戻ってきたアランが、ホカホカになって元気良く報告してくると、コクリと頷いて答えた星は、完成している夕食を示す。
「運ぶの手伝って?」
「はい! 勿論です!」
コテンと首を傾げて星からお願いされると、アランは喜色満面でブンブンと尻尾を振りそうな勢いで返事をし、テキパキと出来上がった料理を運んでいく。
ちなみに今日は全員ずぶ濡れで冷えた為、芯から温まるように具沢山のスープと、熱々のドリアだ。スープには、生姜と唐辛子が効かせてあるので――。
「美味いな、少し辛いが……」
「わたくしはちょうど良いです〜。芯からポカポカします〜」
「え? 辛いですか? おれは感じないですけど……」
「セイちゃん、ごめん、俺はちょっと無理かな」
四者四様の反応が返ってくる。
一番最初が、ノウル。次がレイチェル。次がアラン。最後は、キースだ。
キース以外は、辛いスープを普通に食べているが、キースだけは申し訳なさそうな表情でスプーンを置いてしまう。
「ううん、訊かなくてごめんなさい。私も辛いの得意じゃないから、辛さ控えめの作ってあるの。そっちと交換するね」
そんなキースに気を悪くした様子もなく、星は緩く首を振ってキースの前からスープを下げると、すぐに新たなスープを手に戻ってくる。
「はい、こっちは辛さ控えめだよ」
「ごめんね、ありがとう。……うん、これならちょうど良い」
キースは、申し訳なさそうに謝ってから礼を言うと、新しいスープを一口啜り、ふぅ、と息を吐いて微笑む。
そんなキースの姿を見て、ノウルは小馬鹿にしたような表情を浮かべながらスープを飲んでいたが、
「良かった。キースさんの好み覚えたから、次は気を付けるね」
「ありがとう、セイちゃん」
と、いう二人の会話に、紫の瞳には明らかな嫉妬が滲む。
「ちっ……熱っ」
気を紛らわそうとドリアを掻き込んだノウルは、その熱さに小さく声を洩らす。
「あ、ドリアは熱いから気を付けてって言ったよね?」
キースと話していた星は、ノウルの洩らした声を聞き、慌てた様子で声をかけると、ノウルの傍へと駆け寄り、心配そうに水の入ったコップを差し出す。
「……すまない」
星からコップを受け取り、それを煽ってから、ノウルは眉尻を下げて情けない表情で小さく告げる。
「大丈夫? 火傷してない? 舌出してみて?」
心配するあまり矢継ぎ早に問いかけ、星はノウルの頬へ触れながら、あー、と口を開けて見せる。真似しろという事らしい。
「あー」
「ちょっと赤くなってるけど、火傷はしてないみたいだね。痛むようなら、レイチェルさんに治してもらう?」
星はキスするように顔を寄せ、素直に開かれたノウルの口内を覗き込み、安堵を滲ませた言葉を口にする。話題にされたレイチェルは、良いですよ〜、とドリアを食べながら、気軽に応じるが……。
「問題ない」
「……いや、今現在、その体勢が問題ありますけど?」
「うわぁ、隊長、デレデレです〜。そろそろ、冷水ぶっかけちゃいますかね〜」
「あつ、うま、やっぱり、熱いです……」
星が触ってくれているせいか、上機嫌な声音で答えているノウルに対し、キースからは剣呑な視線と尖った突っ込みが。レイチェルからは、物理的に冷えそうな冷え切った声。ある意味大物なアランは、一人だけドリアと格闘している。
「気を付けて食べてね?」
ノウルの頬を戯れるようにムニッと摘まんでから、星はそう注意して自分の席へと戻っていく。
「……ああ」
摘まれた頬を、感触をなぞるよう撫でてから、ノウルは重々しく頷いて、ドリアと向かい合う。その表情は、戦いに向かう戦士のように真剣だ。
「亜竜と戦った時より、真剣な顔です〜」
「相手はドリアですがね。……そう言えば、俺が寝ている間に、色々あったんだって?」
呆れたように呟くレイチェルに、同じく呆れた表情で相槌を打つのはキースだ。
そのキースは、ノウルから視線を外すと、気を取り直して、星へと問いかける。
「あふ……ん? えぇと、私が勝手に出歩いて、アラン君に殴られるべきだよね、ってなったの」
ドリアと格闘していた星は、はふはふ、としながらも、キースの問いに反応すると、口内の物を飲み込んでから、思いきり良くはしょった説明をする。
「は?」
「ぶ……っ、ゲホゲホ……ッ」
目を見張って固まるキースの脇で、アランがスープを吹き出しそうになり、耐えた結果、激しく咳き込む。
「セイちゃん、はしょり過ぎです〜。タラシ君、セイちゃんは、雨の竜に呼ばれて森の中に一人で行っちゃったんです〜」
「その雨の竜は、呪術で森に縛られていたらしい。俺も、この目で確認したが、間違いない。呪術の気配もかなり強く残っていた」
「俺は、殴ってないからな!」
星がはしょった説明を、レイチェル、ノウルが言葉を繋げて補足し、アランは口元を拭いながら、強い口調でキースへ弁解している。
「ああ、それは天地がひっくり返ってもないのはわかってる」
必死な様子のアランに、キースは苦笑しながら答え、何か駄目だった? という表情の星へと視線を戻す。
「……改めて思うけど、本当にセイちゃんは、巻き込まれ体質だよね」
キースの柔らかい苦笑混じりの言葉に、本人以外、ラビや獅子までもが、大きく頷いて同意を示す。
不服そうに唇を尖らせる星に、星以外の心が綺麗に重なる。
『無自覚なこの子を守らなければ』と。
知らぬは本人のみだ。
「……でも、ノウル達と会えたから、巻き込まれるのも、嫌な事ばかりじゃないし」
近寄って来たラビを膝上へと抱き上げ、星は負け惜しみのように呟くが、その表情は、ふにゃ、とした笑顔で。
星の笑顔で骨抜きになった四人が立ち直るまで、夕食は中断される事になった。
最終日ぐらい一緒に寝たい。
レイチェルからのお願いで、星はレイチェルと同じベッドで眠りに就く。
今回は、星が寂しくならないよう一つのベッドに入り、レイチェルの腕はしっかりと星を抱き締めている。
「眠れそうですか〜?」
レイチェルがそう心配そうに声をかけるが、腕の中から返って来たのは……、
「ん、にゃ……」
寝言らしき、奇妙な言葉。
「子猫みたいです〜」
小声でそう愛しげに呟くと、レイチェルは星をしっかりと抱き締め、目を閉じる。周囲には、ラビが控え、その外側を囲む、不可思議な光を放つ、複雑な紋様。
眠る二人――否、星を守る為に張り巡らされた結界。
ラビは眠る様子もなく、ただただ眠る星の姿を見つめていた。
「ぬかるな。いっぴきのこらず、かりとれ」
少年らしいアルトの声に応えるよう、遠い夜闇の中で、獅子の吠える声が響いていた。
「さあ、死にたいヤツからかかって来い」
月の光だけが射す暗い森の中、その光を紡いだような銀色が駆ける度、血飛沫が舞い、魔物の体が崩れ落ちる。
「ここから先には、一歩も通しません!」
暗い森の中でも目立つ鮮やかな赤色が叫ぶと、呼応するように銀獅子が吠え、まるで示し合わせたように並んで駆け出し、襲い掛かってくる魔物を物言わぬ肉塊へと変えていく。銀色よりは荒いが、こちらもまるで舞うように鮮やかな太刀筋だった。
「あーあ、二人とも派手だねぇ」
銀と赤が散らす赤い花に苦笑を滲ませた金色は、それでもすぐに好戦的な笑みを漂わせると、確実に魔物を屠り、数を減らしていく。先の二人と対極のよう、どちらかと言えば地味な動きながら、そこに無駄はなく洗練されている。
銀と赤と金。
それぞれの色彩を持つ青年、それと少年は、ただ一人の為、真夜中の森を月明かりだけを頼りに駆けていく。
呪術の名残に惹かれ、集まってくる魔物を、一匹残らず刈り取る為。
あの優しい少女が気に病む事の無いよう、憂い無くこの村を後に出来るよう、ただひたすら魔物を追い続ける。
夜が明ける頃、朝陽が射し込む森の中に、真夜中の血の演舞の名残はなく、青白い炎がゆら、と揺れる姿だけ。それもすぐに掻き消えてしまい、残されたのは小鳥が鳴き、小動物が戯れる静かな森の姿。
あれだけいた魔物は、骨の一本、血の一滴すら残さず消えていた。
――次の日の朝、ノウル一行は『世界の愛し子』とかち合わないよう、出発準備をしていた。
あちらは、雨乞いの成功を祝う為、もう二日程足止めが決まっているので、特に焦る事はなく、星とレイチェルは、のんびりと荷造りをしていた。
ノウルとアランの二人はと言うと、朝食後すぐにソファに沈み、寝息を立てていた。
まるで風呂上がりのように髪を湿らせ、疲れの滲んだ様子の二人に、星は首を傾げながらも、二人へ優しくブランケットを掛け、レイチェルと荷造りを始める。
「お手伝いします」
そう申し出たのは、来た時と同じ御者で、彼は星達の用事が終わるまで村に滞在していたのだ。
御者が荷造りを終えた荷物を運んでくれる為、星とレイチェルは家の中の掃除へと移る。
「来た時より綺麗にして帰らないとね」
「頑張ります〜」
ふふ、と笑い合いながら、星とレイチェルはテキパキと室内を磨いていく。
そこへ――。
「ノウル様はいらっしゃいますか?」
御者に連れられ、そう言いながら玄関先に現れたのは、村長であるドルクだ。
「セイちゃん、お願いします〜」
「うん、起こして来る!」
「……わたくし、死にたくないですから」
パタパタと走り去る星の背中に向け、レイチェルは柔らかく慈愛に満ちた微笑みと共に小さく呟く。
その呟きを聞いてしまったのか、御者がギョッとした表情で、レイチェルの顔と星の背中を忙しなく交互に見やる。
だが、レイチェルはニコニコと笑い続けるだけで……。
御者の心配を他所に、しばらくすると、星は何事もなかったようにノウルを伴って姿を現す。
「……なんだ?」
寝起きのせいか、掠れた声で無駄な色気を振り撒くノウルに、ドルクはアワアワとするが、すぐに姿勢を正し、深々と頭を下げる。
「この度は、ありがとうございました!」
「……ああ、この間の魔物か。気にするな」
ドルクの感謝の言葉に、ノウルは欠伸を噛み殺しながら、何でもない事のように応じる。実際、あれぐらいの数の魔物など、ノウルの敵ではない。
「いえ、それだけではなく、雨の竜様の事、呪術、一番は昨晩の――」
「村長、俺達は何もしていない。雨が降ったのは『世界の愛し子』の祈りが効いたんだろう」
ドルクの言葉を遮り、ノウルはわざとらしく肩を竦めて見せる。
「しかし、昨晩――」
「何度も言わせるな。俺達は何もしていない。そうだな、レイチェル」
「はい、その通りです〜」 なおも何かを言おうとするドルクを、ノウルは強い口調で遮り、傍らに控えていた部下へと同意を求める。
すぐさまレイチェルは同意をし、困惑しているらしいドルクへ目配せし、チラリと星へと視線を流す。
「あ、ああ、そうでしたか。勘違いだったようで、申し訳ございません」
空気を読んだドルクは、わざとらしいくらいに大きく頷きながら、謝罪を口にする。
「……村長さん、どうして雨の竜さんの事、知ってるの?」
ノウルとレイチェルの心配は取り越し苦労だったらしく、星はドルクの口にした昨晩の件より、雨の竜の事に気を惹かれたようで、小首を傾げて問いかける。
「今朝方、雨の竜様が人型で私の前へ降臨されたのです。そして、今回の日照りの理由と、ノウル様達の助力で解放された事、それと後始末をノウル様が……」
「げほげほ、あー……寝起きのせいか喉が乾くな。セイ、お茶をもらえるか?」
「あ、うん、ちょっと待っててね」
再度、わざとらしくドルクの言葉を遮り、ノウルは星をその場から立ち去らせる。
「も、申し訳ございません!」
「あー、別に良い。最悪、知られても構わないが、あまり心配させたくはないからな」
土下座でもしそうな勢いのドルクに、ノウルは面倒臭そうに手を振って応じる。その紫の瞳は、優しい色を宿して、星の消えた方を見つめている。
「あと頼みたいんだが、雨の竜の件は、村長の胸の中に仕舞っておいてくれ。今回、雨が降ったのは『世界の愛し子』の雨乞いが成功したからだ。そうだろう?」
「……分かりました。ですが、これだけは言わせてください。ノウル様、皆様、本当にありがとうございました。皆様のおかげで、この村は救われました」
ドルクは泣き笑いのような顔でノウルの言葉を承諾すると、再度深々と頭を下げて感謝を口にする。
深々と下げられた頭は、お茶を持った星が戻ってきても、中々上げられる事はなかった。
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