巻き込まれ少女、活動中。4,雨の竜 3
雨の竜編、佳境です。次で蛇足というか、補足をして終了予定です。
いつも通り、誤字脱字ありましたら、そっと教えてもらえると助かります。
感想、評価等をもらえると、嬉しいです。よろしくお願いいたします。
「雨乞い、遅効性だったのかな?」
雨宿りの為、星と時雨は、巨木の根元にある洞の中で身を寄せ合っていた。
二人の足元では獅子が丸くなり、ラビは星の腕に抱かれて眠っている。
「……これが、噂のアホ可愛いというやつかな」
星の呟きに目を見張っていた時雨は、呆れたような、しかし愛しげな眼差しを星へと向ける。
「時雨、何か、馬鹿にしてない?」
「していないよ? ただ愛おしいなぁ、と思っただけで」
あからさまな、隠す気すらない時雨からの好意に、星は戸惑いを隠せない。
その戸惑いを感じ取ったのか、時雨は優しい手つきで星の髪を撫でる。不思議な事に、星は雨で濡れているが、同じように雨に打たれた筈の時雨は全く濡れていない。
「っくしゅん」
濡れて冷えたのか、くしゃみをして震える星を、時雨は慈しむように見つめ、自らの方へ引き寄せる。
「時雨は雨の匂いがするね」
「ふふ、そうかな」
自らの胸元で、子犬のようにスンスンと鼻を鳴らし、不思議そうに呟く星を見つめる時雨の蜂蜜色の瞳は、蕩け出さないのが疑問な程の柔らかな光で揺れている。
「髪に触っても大丈夫?」
「おや、君に触れられて嫌な所なんて無いよ」
ゆらゆらと柔らかな光に満ちた瞳を細めて笑うと、時雨は星の願いを快諾し、何処でも触れて良い、と示す為か両手を広げる。
「うわぁ、さらさらで艶々で、しっとりしてて気持ち良い……」
その時雨の動きをスルーした星は、当初の目的通り、蒼い髪を遠慮無く構い倒す。その表情の変化の薄い顔は、興奮で瞳を輝かせていた。
「……髪に嫉妬したくなるとは思わなかったよ」
「あ、ごめんね。ベタベタ触り過ぎだよね」
「……そうなるんだね、君は」
困ったように微笑んで、時雨は優しく呟き、シュンとした様子で瞳を陰らせた星の頬を撫でる。
「星になら、全身触られても嫌ではないから。それと、自己評価が低すぎるのは、君の悪い所かな」
口説くような甘い声音を星の耳元で囁き、時雨は撫でていた頬を軽くつねる。台詞の後半は、僅かな怒りを感じさせ、星は不安そうに瞳を瞬かせた。
「怒っている訳ではないよ、怯えないで、愛しい子」
「どうして、初対面なのに、愛しい、なんて……」
理由が分からない大きすぎる好意に、星は逆に不安を覚えるらしく、今更な疑問を口にする。
「おや、正確には二度目だよ。まあ、でも、一目見た瞬間に、本能が教えてくれたのかな。君が僕の大切な存在となると……いや、歌声を聞いた時から、が正しいのか」
何処か他人事のよう呟き、時雨は確かめるように星の頬を撫で回している。最終的に時雨の手は、むにむに、と星の頬を軽く捏ねる。
「うひゃ?」
星は『歌?』と言ったつもりだが、時雨が笑顔で頬を捏ねてくる為、微妙に不明瞭な言葉となる。
「うん、可愛いなぁ。繋がれたのは最悪だったけど、星に会えたのは嬉しいよ?」
そんな星の様子に、時雨は楽しげに肩を揺らしながら笑って言うと、星の頬から手を離し、そのまま星の頭をポンポンと優しく叩く。
「繋がれた?」
「そう、繋がれてたんだ、僕はあそこに」
きょとんとした表情をする星に、時雨は苦笑気味に答え、視線で自らがいた辺りを示して見せる。
「誰に? どうして?」
「誰に、は、人間だろう、としか答えられないな。どうして、は『世界の愛し子』を呼びたかったようだよ」
幼子のように問いを繰り返す星に気を悪くした様子もなく、時雨は優しい微笑みで丁寧に答える。途中、寒さで震える星に、暖を分け与えるのも忘れない。
「『世界の愛し子』を? 何の為にかな。……と言うか、呪術? で時雨は繋がれてたんだよね」
「そうだね。僕も生きてはいるから、空腹の時を狙われてしまって、気付いたら、あそこにいたよ」
星を背後から抱き締めながら、時雨は丸く露出した土の地面を指差し、説明する。
「……今更だけど、どうして時雨を繋ぐと、『世界の愛し子』が来るの?」
「まあ、僕を呼ぶには『世界の愛し子』の祈りが一番だからね。目が行き届かなかったりする事はあるから」
「時雨は、もしかして……」
深い叡知を窺わせる蜂蜜色の瞳を細めて呟く時雨に、星はハッとした様子で、目を見張って振り返る。蒼い髪を持つ青年の姿に、夢の中で見た蒼い鱗を持つ生き物の姿が見えた気がし、瞬きを繰り返す。
「君の想像通りだ」
多くを語らず、それだけ口にすると、時雨は星をもう一度、ギュッと抱き締める。
「……もう行かないといけないのが残念だ。ほら、ちょうど星の迎えも来たようだ」
時雨の言葉に、星は思わず時雨の服をしっかりと握り締める。
「時雨……」
「そんなに寂しがらないで。大丈夫、星が呼んでくれたなら、僕は……」
二人が別れを惜しんでるいると、時雨の口にした、星の迎え、が雨の中を駆けて距離を詰めてくる。
「セイさんを、離せーーっ!!」
濡れても鮮やかな色のままの赤毛に、殺気に燃えたぎる澄んだ緑の瞳、利き手には抜き身の剣。真っ直ぐに向けられる殺意の先は、星を捕まえているように見える、蒼い髪の主。
「……彼は、僕を殺す気なのかな?」
「いやいやいや、アラン君! 止まって!」
容赦なく叩きつけられる殺気。あはは、と乾いた笑みでその元であるアランを指差す時雨に、星は目を見張ってアランを確認すると、わたわたと手を振って止めようとする。
「…………っ、セイさん?」
星と時雨のいる洞から数歩離れた場所で急停止をしたアランは、ゆっくりと瞬きをして、不思議そうに星の名前を呼ぶ。その様子は、まさに忠犬で。どうして? と言わんばかりだ。
「アラン君、勝手にいなくなってごめんなさい」
開口一番。先手必勝とばかりに、星は謝罪を口にし、ペコリと頭を下げる。
「……いえ、セイさんが無事なら良いです!」
星に頭を下げられ、アランは慌てた様子でブンブンと首を振りながら、快活な笑みで応じる。そこには、先程の殺意の名残は欠片もない。見間違いかだったのか、と思いたくなる程だが、アランの利き手には抜き身の剣が握られたままだったりする。
「……えーと、アラン君、こちらは」
「おや、人間にしては、とても高い魔力だ」
それと殺気も、ね。自分を紹介しようとする星の言葉を遮ると、時雨は感心したように言う。台詞の後半は、何故か口内に押し留め。
その視線が見ているのは、狼のような鋭さから、忠犬に戻った赤毛の騎士ではなく、その肩越し、雨で煙る木々の間。
「アラン君、前髪上げると雰囲気変わるね」
時雨に言葉を遮られ、星はしばらくきょとんとしていたが、遮った本人から宥めるよう頭を撫でられ、意識はいつもと違うアランの髪型へ向かう。
「濡れて邪魔でしたから。変ですか?」
「ううん、大人っぽいよ。水も滴る良い男って感じで」
片方は抜き身の剣を携えたままだが、星とアランが揃うと、何故か、ふわふわとした空気が会話と一緒に発生する。
「可愛らしい子達だ。さて、僕はそろそろ行こう」
そんな二人に微笑ましげに目を細めていた時雨は、おもむろにそう呟くと、洞の外へと向かい、足を踏み出す。
「勘違いをして申し訳ありません!」
律儀に頭を下げて謝罪するアランと、寂しそうな星の視線に見送られ、時雨は雨の中を進んでいく。
そこへ――。
「『風よ!』」
鋭い響きの声と同時に、吹き荒れた突風が時雨へ襲いかかる。
「あ……っ」
「ノウル様ですね」
時雨を見送っていた星とアランは、同時にポツリと洩らすと、顔を見合わせる。
その二人から、突風に吹き飛ばされるかと思われた時雨だったが、実際には違い……。
「うん、迷いのない良い攻撃だ」
時雨は、そう言って鷹揚に微笑んで見せると、手で振り払うようにして、ノウルの魔術を打ち消す。
「っち、出来るな。これならどうだ。『凍りつけ』!」
打ち消されたのを見た瞬間、ノウルは舌打ちと同時に、時雨へ向けて新たな魔術を発動させる。
「おやおや、本当に迷いがないね」
肩を竦めて呟くと、時雨は迫り来る氷へ向けて、パチンッと指を鳴らして見せる。
途端に氷は砕け散り、辺りを幻想的な光景へ染め上げる。その中で、時雨の輪郭が揺らぎ、次の瞬間、そこに在ったのは――。
地を太い足で踏み締める、美しく蒼い鱗を持つ、巨大な竜の姿。
「綺麗……」
星が思わずそう洩らすと、人型の時と変わらない蜂蜜色の瞳が、トロリと輝いて星を愛しげに映し込む。
【ふふ、ありがとう。星が来てくれて助かったよ。星が呼んでくれたなら、すぐに飛んで来るよ】
ノウルとアランが固まる中、星は時雨の言葉に大きく頷いて、寄せられた鼻先を優しく撫でる。一連の動作に恐怖や迷いはなく、時雨も気持ち良さそうに目を細めている。
【元気でね。もう捕まらないようにね】
【星も元気で。ああ、気を付けるよ。後で、ポケットを見て】
その後、普通に時雨と会話を始める星を、ノウルとアランは、今度はギョッとした顔で見ている。
そんな二人の視線を感じつつ、星は時雨をゆっくりと動き出した時雨を見守っている。
【ご飯は抜いちゃ駄目だよ?】
【耳が痛いなぁ。……そうだ。雨の日は空を見上げてごらん。もしかしたら、僕がいるかもしれないよ?】
悪戯っぽい台詞の後、またね、と口にした時雨は、星の頬へ口付けるように戯れてから、大きく羽根を動かして一直線で空へと向かう。
【またね!】
あっという間に小さくなる蒼い影に、星はブンブンと手を振りながら挨拶を返す。
ノウルとアランには聞き取れない、そして、耳馴染みのない言葉で――。
星は見えなくなるまで時雨を見送り、ノウルへも謝ろうと視線を移し、驚きで目を見張る。
固まっていた筈のノウルは、すでにかなり傍まで寄って来ていた。
水に濡れて色気を増した美貌は怒りに染まり、星は思わず、美人が怒ると怖い、と軽く現実逃避に走る。が、何とか謝罪しようと口を開いた。
「ノウル、ごめ……」
「歯を食い縛れ! 言い訳はいらない」
遮るノウルの怒号に、星は小さく震えながらも、素直に歯を食い縛り、ギュッと目を閉じる。
「ノウル様! あの……っ!」
「お前もだ、アラン」
「……っ」
衝撃を予想する星と、自分の不甲斐なさに、唇を噛んで拳を握り締めるアラン。それでも、アランは万が一、星が少しでも傷つけられるような事態になれば、庇うつもりだった。
しかし、それは取り越し苦労だった。
無言で伸ばされたノウルの腕は、洞の中の星を抱き寄せると、ギュッと自らの腕の中へ閉じ込める。
「……心配した」
万感の思いを込めたノウルの呟きに、星は自分より更に濡れているノウルの体を抱き締め返す。
「とりあえず、アランは後で殴らせろ」
「はい!」
星をしっかりと抱き締めたまま、ノウルは目を据わらせてアランを睨んで言う。それに対し、アランはビシッと背筋を正して返事をする。
「駄目! アラン君殴るなら、先に私がアラン君に殴ってもらうから」
「「え?」」
そんな二人のやり取りに異を唱えたのは星で、その衝撃発言で二人を固まらせる。
「だって、そうだよね。ノウルがアラン君に怒ってるのは、アラン君が私を見失ったからでしょ? でも、それは私が勝手にいなくなったせいだから。それを、私に怒るべきなのは、アラン君。だったら、先に私がアラン君に殴られるべきだと思うの」
どうだ? とばかりに、一気に言い切った星に、ノウルは脱力し、星の濡れた黒髪に頬を寄せている。
その横では、アランが頬を紅潮させ、セイさん、とだけ呟いて、興奮からか体を震わせていた。
脱力から復活したノウルは、星を獅子に預けると、星から離れた場所でアランと向き合う。
「今回は星の為に殴らない。だが、説教はするぞ? 警護対象から目を離すのは、騎士としては有り得ない事だからな」
「はい、お願いします!」
苦笑いを浮かべたノウルは、星の視線を感じながら、一瞬だけ鋭い眼差しをアランに向けて、口調だけは柔らかく発する。
そんなノウルの複雑な心情を知ってか知らずか、アランはキビキビと返事をし、真っ直ぐにノウルを見つめている。
「っくしゅん」
ノウルとアランが真剣に向き合っていると、獅子へ預けていた星の方から、可愛らしいくしゃみが聞こえてくる。
「とりあえず帰るぞ」
「セイさんが風邪を引いたら、大変ですからね」
先程までの真剣な空気から一転し、だがそれ以上に真面目な表情で言葉を交わしたノウルとアランは、戸惑う星を他所に、帰り支度を始める。
「セイ、これを着ろ」
そう言ってノウルが差し出したのは、自分が着ていた外套だ。
「うん……あれ、濡れてない」
髪がずぶ濡れなノウルが差し出した外套を受け取った星は、きょとんとした表情で呟き、不思議そうに呟く。
「ああ、特殊な加工をしてあるからな」
戸惑う様子の星に、ノウルは濡れた髪を掻き上げながら答え、待ちきれなかったのか、星を外套に包んで抱き上げる。
「さあ、帰るぞ」
「はい! 周囲の警戒はお任せください!」
抱き上げられた星も、それを脇で見ていたアランも、特に動じる事はなく、三人は雨の森の中を帰路につく。
正確には、星は動じなかった訳ではなく、固まっていただけだが、それに気付いていたのは、星の腕の中にいるラビだけだった。




