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巻き込まれ少女、活動中。4,雨の竜 2

蒼い方登場です。いつも通り、ご都合主義です。

誤字脱字ありましたら、こっそり教えてください。感想、評価、大歓迎です。

 ノウル達が、恐慌状態に陥っている頃、星はふらふらと森の中をさ迷っていた。

 黒目がちの瞳は、夢見るように潤み、ぼんやりと前を見つめている。

 星の足下では、星を守るようにラビがひょこひょこと跳ね回っている。

 後ろには、銀色の獅子が続き、不安そうな様子で、華奢な背中を追っていた。




 最初、星は大人しくアランの帰りを待っていた。

「あれって、この前、城で会った騎士さんだ」

 離れている星にも届く聞き覚えのある声に、星は納得した、とばかりに呟く。

「確かに、私がいたら、ややこしくなりそうだね」

 騎士の良く通る声を聞きながら、苦笑して呟くと、星は傍らの獅子を抱き締め、たてがみに顔を埋めている。ちなみに、獅子の背中には鞄が背負われ、中にはお弁当が詰め込まれている。

 と、そこへ、もふもふな前足が伸びてきて、くいくい、と星の服を引っ張る。

「ラビ?」

 獅子ばかり構うので嫉妬してるのかと、星は小首を傾げてラビへ呼び掛ける。

 だが、ラビの目には甘えるような色は無く、知性を感じさせる澄んだ眼差しで星を見上げている。そして、再び、服を引っ張り、物言いたげに森の奥へ視線を向ける。

「森の奥に何かあるの? でも、駄目だよ。アラン君待たないと……」

 必死な様子のラビに戸惑いながらも、星は首を横に振り、ラビを説得しようとするが、不意にその表情が変わる。

「あれ、また雨の匂い……」

 黒目がちの瞳がぼんやりと潤み、ラビの示した方向へと固定される。

 そう、そうだよ、と言わんばかりの表情で、ラビはその場で跳ねると、てぽてぽと先導するように歩き出す。

「あ、待って、ラビ……」

 星の制止の声も聞かず、ラビは迷い無く歩いていき、少し離れた場所で星を振り返る。

「誰かが、呼んでるの?」

 確認するような星の言葉に、振り返ったラビは、目を細めるのみだ。

「……アリスの気分。ラビは白くないけど」

 諦めたようにため息を吐き、星はチラリとアランを振り返ってから、小さく、ごめんね、と囁いて、ラビを追って歩き出す。

 銀色の獅子は、慌てた様子で星とアランを交互に見やるが、躊躇う事はなく、すぐに星を追う。獅子の優先順位には、主の次に星がいる。

 迷う事は有り得ない話だった。




 長い間のような、短い時間のような、体感時間が狂うのを感じながら、星は森の奥へと進んで行く。

 やがて見えてきたのは、この間アランと訪れた、白い花が咲き誇る不思議な花畑だ。

「……あれ、ここって」

 夢から覚めるように、星は瞬きを繰り返し、ポツリと呟いて辺りを見回す。

「雨の匂いが、強くなった……」

 空気を嗅ぐように顔を上げ、星は匂いを感じる方向へと歩き出す。

 不思議な事に、そちらへ向かうにつれて、森は瑞々しさを増していく。

 少し歩くと、不意に視界が開け、星の目の前に、巨木に囲まれた広い場所が現れる。

 深い森の奥だが、その空間を囲むように木が生えている為、日の光が射し込み、他の場所より明るかった。

 その明るい空間の中心、そこに蒼を主体とした、人影が座り込んでいる。

「……人?」

 それに気付くと、星は足元の悪さも忘れて、小走りで人影へと向かう。

「ああ、危ないよ。走ってはいけない」

 危なかっしい星の足取りに、見かねた人影から、柔らかくたしなめる声が届く。が、時すでに遅く。

「きゃっ」

 張り出した木の根に足を取られ、星の小さな体は前方へと投げ出される。

「セイ!」

 星を呼ぶのは、アルトの響きの少年の声。助けたのは……。

「がう」

 後ろに付き従っていた銀色の獅子だった。

 獅子はダッと駆け出し、星の前へと回り込み、投げ出された星の体を受け止めていた。

「だから言っただろう、愛しい子。落ち着いて、大丈夫だよ」

 青年らしき人影は、苦笑したようで、また柔らかくたしなめる。

「ごめんなさい、あと、ありがとう」

 体勢を立て直した星は、小さく頭を下げると、心配そうなラビと獅子へ、ふにゃ、と笑いかけながら、礼を口にする。

「もう少しだから、ゆっくり歩いておいで。ああ、でも、その草が生えてない所からは入ってきてはいけないよ?」

「あ、はい、わかりました」

 青年の柔らかな声に誘われ、コクリと頷いた星は、青年の忠告に従い、ゆっくり歩いて青年の示した場所で足を止める。

 これで、星と青年の間の距離は、腕を伸ばせば触れられそうな位置まで近づいていた。

 遠目で星が青年に抱いた印象は変わらず、まず目を惹くのは、長く伸ばされた美しい深蒼の髪。それと、優しい光で満たされた、甘い蜂蜜のような金の瞳。外見は、言葉で表すのが馬鹿らしくなる程の、まさに人間離れした美形だ。

 青年が示した通り、座り込んでいる青年を中心に草が枯れ、丸く茶色い地面が露出している。

「……で、あの、大丈夫なんですか?」

 草が生えているギリギリの端でしゃがみ込み、星は心配そうに青年へと問いかける。

「まあ、生命には別状はないかな。周りには、迷惑をかけてしまってるようだけど……」

 そう言って肩を竦めた青年は、意味ありげに星を見つめる。

 その瞳に、星は既視感を覚え、首を捻る。と、そこへ、ぐぅぅぅ、という気の抜けるような音が、青年の方から響き渡る。

「……えーと、もしかして、お腹が空いて、動けない系でしたか?」

「うん、まあ、ここに縛りつけられちゃったのは、そのせいもあるかな」

 恐る恐る問いかける星に、青年はクスクスと笑いながら、自らの腹部を擦って見せる。その動きで初めて、星は青年の両腕を這う大きな青黒い痣に気付き、痛ましげに眉を寄せる。

「……腕は、大丈夫ですか?」

「腕? ああ、空腹で無ければ、このぐらい問題ないよ」

 星の言葉に、青年は思い出したとばかりに、自らの腕を見下ろして、笑って見せる。

「……あ、お腹空いてるなら、一緒にお弁当食べませんか?」

「いいのかい? 実はさっきから良い匂いがするから、気になってたんだよね」

「もちろん。お腹空いて困ってる人がいて、私は分けられる分の食料持ってるんだから、分け合うのは普通だよ」

 期待に満ちた青年の瞳に、星はコクリと頷いて答えると、獅子の背中の鞄からお弁当を取り出し、その場で広げていく。

「そうか、普通なんだね、愛しい子」

「……あの、初対面ですよね?」

「そうだね、愛しい子」

「私は、星といいます。貴方は?」

「今は、呼び名はないんだ、愛しい子」

「名前、無いんですか? 記憶喪失とか? あと、名前で呼んで欲しいです」

「ちょっと違うかな。でも、名前がないのは本当だよ。それが、君の望みなら、愛しい子……星」

 やっと名前を呼んでもらえ、星はお弁当を用意する手を止め、青年を見つめて、嬉しそうに、ふにゃ、と笑う。

 会話の間も星は忙しなく手を動かしていた為、星と青年の間の地面には綺麗な布が広げられ、お弁当箱がその上に並んでいる。

 星は布の端へと腰を落ち着けると、反対の端を青年へと示す。

 星の笑顔に、同じく爽やかな笑顔で返していた青年は、ワクワクとした様子で示された場所へ座ると、お弁当箱の中身を見つめている。

「獅子さん、ラビもおいで」

 星に呼ばれ、青年を警戒していたらしいラビと獅子も、ゆっくりと近寄ってくる。

「おや、君は……」

 青年は近寄ってきたラビを見ると、驚いたように軽く目を見張る。

「あれ、ラビと知り合い?」

「……ラビか。良い名をもらったね」

 星の問いに答える事無く、青年は一人言のように呟き、羨むように蜂蜜色の瞳を細める。

 ラビは、ふふん、という表情で、自慢気に胸を反らしてから、甘えるように星の膝へと乗り上げる。

「まぁ、いっか。……じゃあ、手を合わせて、いただきます!」

「いただき、ます」

「……いただき、ます?」「がう」

 明らかに一人分多い食前の挨拶を済ませ、二人と二匹での昼食が始まる。

「うん、美味しいよ」

「良かった。いっぱい食べて、元気出してね。ラビも、獅子さんも、いっぱい食べて」

 星は嬉しそうに目を輝かせ、パチパチと手を叩き、一人と二匹へお弁当を勧める。

 そんな星の前には、一人分のお弁当が手つかずで残されている。

「星は食べないんだ?」

「え? 食べましたよ。これは、アラン君の分」

 ふるふると首を振った星は、そう説明しながらお弁当箱に蓋をし、獅子の背中の鞄へ仕舞い込む。

「貴方は、お腹いっぱいになりましたか?」

「うん、もう大丈夫だよ。……ごちそうさま、で、合ってるかな」

「合ってます。お粗末様でした」

 ぎこちない青年の挨拶に、星は微かに笑って頷き、挨拶を返す。

「これで、動けるかな」

 誰にともなく呟くと、青年はブンと腕を振って見せ、立ち上がろうとする。

「あ、無理はしないで……」

「大丈夫だよ、星。星のおかげで、かなり力は戻ったからね」

 心配そうな星へ、ふふ、と微笑み、自信満々で完全に立ち上がった青年は、そこで困ったように腕を見下ろす。

「かなりしつこい呪術だね」

「呪術?」

 青年の視線を辿った星は、そこで先程よりは薄いが、まだしっかりと残る青黒い痣を見つける。

「……痛そう」

 思わず、手を伸ばそうとする星だったが、

「駄目だよ、触らないで。この呪術は強いからね。星までここへ縛りつけられてしまう」

と、青年のやんわりとした声に止められてしまう。

「……でも、貴方が」

「そうだね。僕が戻らないと、世界は枯れ果てるだろう。始まりはこの村から、次はこの国で、次は……」

「そうじゃなくて、貴方が、いつまでも苦しいままなのが、辛いです……」

「今、結構な告白をしたんだけど、愛しい子、君は僕の心配だけをしてくれてるんだね」

 愚かなまでに優しい子だ、と口内で呟き、青年は愛しげに、今にも泣き出しそうな星を見つめる。

「セイをなかせたら、ぶっとばす」

「……分かっているよ。そうだ、星に頼みがあるんだけど」

 ラビからの、可愛らしい声には似合わない脅し文句に、青年は苦笑して答えるが、ラビを見て何かを思いついたのか、悪戯っぽい眼差しを星へと向ける。

「なんですか?」

「まず、敬語は止めて欲しいな?」

「はい、じゃなくて、うん?」

「あと、これが本題。……僕に名前をくれないか? そこの水晶ウサギのように」

 触れられないのがもどかしいのか、青年は星へと熱っぽい視線を向け、睦言のように囁く。

「貴方に? 私で良いの?」

「星が、良いんだ」

「……分かったよ。気に入らなかったら、ハッキリ言ってね」

 見つめてくる青年から視線を外し、星はそう答えると、真剣に考え込み始める。

「蒼い髪、あー、雨の匂いがするし……時雨、とか、どうかな。私の世界……じゃなくて、国の言葉で、時の雨って書いて、しぐれって読むの」

 ブツブツと呟いていた星は、思いついた名前を口にし、青年を上目遣いで見つめる。

 星が口にした名前を聞いた瞬間、青年の蜂蜜色の瞳が、トロリとした輝きを放つ。

「良い名だね。さあ、呼んで、星。それが、きっと、壊す鍵となるから」

「壊す鍵? よく分からないけど、えーと、『時雨』?」

「――うん、星」

 青年改め時雨が答えた瞬間、時雨を囲む空気が変わり、抜け落ちるように両腕から青黒い痣が消えていく。

「やっと、君に触れるよ、星」

 時雨は柔らかく微笑んで囁くと、痣の消えた腕を伸ばし、きょとんとしている星を抱き締めた。



「改めて初めまして、愛しい子」



 クスクスと楽しげに笑う時雨の声に応えるよう、降り出した雨が二人を包み込む。

 乾ききった大地に雨が染み込み、枯れてしまった川にも水が戻っていく。

 森に生きる動物も、植物すらも、歓喜に震えているように見える。

 それは、温かな、まさに恵みの雨だった。

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