巻き込まれ少女、活動中。幕間,雨乞い
読まなくても大丈夫な、詩織さんのターンです。まだまだナバ村からは帰れません。
幕間,雨乞い
「何もない村ですね」
馬車の窓から外を見ながら、詩織が思わずといった風にポツリと呟く。
「観光が主体ではないですからね」
一瞬、呆れたような色を瞳に浮かべながらも、キースは人好きのする笑みを浮かべて答える。
馬車の中にいるのは、キースの他にサマンサとティナ、それとフィリップだ。
フィリップは、愛し子様は尊いお方フィルターがかかっている為、先程の詩織の発言も全く気にしていない。
「ナバ村は、農業と牧畜で暮らしている村でございます。ですので、日照りは死活問題です」
「そう、なんですね。私、頑張りますから」
無表情で説明するサマンサを気にせず、詩織は可愛らしくグッと拳を握りながら、力強く宣言する。
「愛し子様なら、何の問題もなく雨を降らせられます!」
そんな詩織に、感極まった様子で声を張り上げるのはフィリップだ。
「ボクも、そう思います!」
「分かっているな、獣人!」
ティナの元気な同意に、フィリップは満面の笑顔で頷いて見せる。
レベッカの説得もあり、フィリップはティナ限定だが、獣人嫌いが治り、普通に会話をするまでになっていた。
「あーあ、とんだ茶番だね」
皮肉げなキースの呟きを聞いたのは、職業的な微笑みを浮かべて佇んでいるサマンサだけだった。
「私が村長のドルクでございます。お待ち申し上げておりました。こちらは、愛し子様のお世話をさせていただきます者達でございます。お好きにお使いください」
そう言って詩織の前で深々と頭を下げたドルクは、傍らに控えた数人の年若い少女を示す。
少女達は、全員興奮と緊張からか頬を染め、詩織を見つめている。
「ありがとうございます。私が『世界の愛し子』です。雨乞い、精一杯やらせていただきます」
詩織は慈愛に満ちた微笑みを浮かべると、優雅な淑女の礼を披露し、集まっていた村人からは感嘆の息が洩れる。
そんな中、フィリップが詩織を守るように一歩前に出ると、鋭い眼差しを辺りへ向ける。
「愛し子様はお疲れだ。早くお休み出来る場所へお連れしたいんだが?」
苛立ち混じりのフィリップの言葉に、ドルクは大袈裟なまでに肩を揺らし、コクコクと頷いて一人の男性を手招きする。
「め、愛し子様を、ご案内しなさい」
「は、ははい!」
緊張して吃りまくるドルクと、同じくな男性を、詩織は優しい眼差しで見守っている。
「こ、こちらです!」
「そんなに緊張なさらないでください。フィリップさんも、皆様を脅かしては駄目ですよ?」
見かねたのか詩織は、ふふ、と微笑んで告げると、悪戯っぽい眼差しで、わざとらしくフィリップを睨んで見せる。
「申し訳ありません」
「でも、私を心配してくれて、ありがとうございます」
頭を下げるフィリップへ、詩織は慈しみに満ちた言葉をかける。
周囲に満ちるのは、さすが愛し子様だ、という称賛に満ちた空気。
そんな雰囲気の中、少し離れた場所にいるキースは、一人皮肉げな微笑みを浮かべている。
それ以上に冷めた眼差しをしているのは、テキパキと荷物の整理をしているサマンサだった。
「……」
物言いたげなサマンサの眼差しに気付く者は、誰もいなかった。
無事に宿泊場所である宿屋へと移動した詩織は、早速儀式の準備に入る。
別の馬車で来た神官が、儀式の説明をする為に訪れ、護衛の騎士達は外へと出されてしまう。
真面目なフィリップと、他に数人いる護衛騎士は、部屋の外で待機するが、キースはブラブラと何処かへ行こうとする。
「キース! 貴様、何処へ行くつもりだ!」
それを目敏く見つけたフィリップは、声を荒げると、キースを睨み付ける。
「周囲の確認をして来ようかな、と思ってね。愛し子様の安全を確保するために」
動じる事なく飄々とした態度で応じ、キースは意味ありげに窓の外を示して見せる。
「確かに、それは重要だ。頼んだぞ、キース!」
「はいはい、行ってきますよ、と……」
暑苦しいフィリップに、キースは肩を竦めて苦笑しながらも、軽い足取りで外へと向かう。
「……さて、アランと連絡を取るか」
フィリップを上手く騙せた安堵から、キースは表情を緩め、思わず口に出して呟く。
「……この道筋なら、人目につき難いと」
誰もいないと思っていた廊下。そう言って、差し出されたのは、道順が記された村の地図。差し出していたのは、サマンサだ。
「……意味が分からないですが?」
表情を引き締めると、キースは警戒も露わにサマンサへ問う。
「セイ様の宿泊場所への道順でございます」
そんなキースの様子に気を悪くした様子もなく、サマンサは地図を示して、声をひそめ、地図上の一点を指し示す。
「は?」
「私は、セイ様と顔見知りですので……」
思わず素っ頓狂な声を洩らすキースに、何かを思い出しているらしいサマンサは、僅かに表情を緩めながら、小声で告げる。
サマンサは、そのまま固まったキースに地図を握らせると、何事も無かったように歩き去る。
「セイちゃん、人たらし過ぎるでしょ……」
予想外な人物からの助け船から復活し、キースはそう一言呟くと、苦笑しながらサマンサから貰った地図を片手に宿屋を後にし、無事に星達と合流を果たした。
アランと共に自由に歩き回る星とは違い、詩織に自由はなく、宿屋から出る事は叶わなかった。
だが、詩織はフィリップを、
「私が救う村を見て回りたいんです。きっと、雨乞いの祈りの為に、役立つと思うんです」
と、説得し、外出の機会を得る。
フィリップは、さすが愛し子様、と称賛の嵐だったが、キースには詩織の狙いが分かっていた。
「……恋は怖いね」
自嘲するようなキースの呟きに応える者はなく、キースはいつもの飄々とした笑顔を浮かべると、フィリップを追って歩き出す。
「フィリップ、人払いをさせた方が良いんじゃないか?」
「確かに、愛し子様の高貴な姿を見て、興奮した平民が暴走する可能性があるか……よし、貴様達は先に行き、人払いを頼むぞ」
扱いやすいな、とキースに思われるなど知る由もないフィリップは、同僚である騎士へ生き生きと指示を出していく。
「これで、遭遇する可能性は減ったかな」
「だと、よろしいですが……」
燃えているフィリップから離れ、キースがポツリと呟くと、スッと気配なく傍らに現れたサマンサが、何処と無く心配そうに応じる。
「あー、あの子、巻き込まれ体質なんだよね」
難なく想像出来てしまった事態に、キースは困ったような、しかし、隠しきれない愛しさを、吐く言葉に滲ませる。
「……私の方でも、気にかけさせていただきます」
「ああ、助かる。……さて、そろそろかな」
小声での会話を終了させると、キースとサマンサは、何事も無かったように、近寄った時と同様にスッと体を離す。
「行くぞ、キース」
「ああ、今行く」
本気で散策する気あるのか、と小一時間問い質したくなるような詩織の格好に苦笑しつつ、キースはフィリップに軽く手を挙げて応じてから、歩き出す。
その後ろ姿を、サマンサが深々と頭を下げて見送っていた。
「……うん、期待を裏切らないね」
「どうした、キース」
力無く笑いながら、キースがそう洩らすと、隣を歩くフィリップが怪訝そうな表情で問いかけてくる。
「何でもないよ? こちらは人払いが完全では無かったみたいだし、あちらから行こうか」
誤魔化すように微笑んで答えると、キースは自らの体でフィリップの視界を遮りながら、詩織を僅かに方向転換させる。
そのキースの肩越しでは、鮮やかな赤がヒョコヒョコと忙しなく動き、戸惑っているらしい連れの少女を連れて離れていくところだった。
「今、アランが……」
「気のせいだ、行くぞ。愛し子様をお待たせする気か?」
「それは大変だ。愛し子様をお待たせするなど、有り得ない!」
鮮やかな赤に目を奪われたフィリップの呟きをぶった切り、キースは迫力のある笑顔で言う。
「フィリップさん、キースさん?」
「お待たせして申し訳ありません。行きましょう、愛し子様」
フィリップは、心配そうな詩織を安心させようと優雅に微笑んで謝罪すると、詩織を逆方向へとエスコートする。
「……俺の愛しい人は、あちらなんだけどね」
フッ、と皮肉げなキースの呟きを聞き留める者はなく、すぐにフィリップの怒鳴り声がキースを呼ぶ。
「今、行く」
名残惜しげに後ろを振り返りながら答え、キースは飄々とした笑顔を貼りつけ、詩織の待つ方へと歩き出した。
――日が落ち、異世界の月が輝く頃。
「さあ、愛し子様、雨の竜へ祈りを……」
村の広場へ用意された祭壇の前。神官の厳かな声に導かれ、優雅な白いドレス姿の詩織が現れる。
集まった村人からは、感嘆の声が洩れ、感極まって泣き出している村人もいる。それでも、儀式を邪魔してはいけないと、全員が声を押し殺していた。
「はい」
落ち着き払い、よく通る声で答えた詩織は、祭壇の前で膝をつく。周囲の蝋燭の灯りが、詩織の神秘さを更に増している。
そんな中、詩織の雨乞いが始まる――。
「あ、あの、騎士様……っ!」
離れた場所から儀式を見守っていたキースは、切羽詰まった声に呼ばれ、訝しんで振り返る。
そこには簡素な装備を身に纏った村の青年が、肩で息をしていた。
「何か用でも?」
「助けてください! 今、村外れの牧場が、魔物に襲撃されてて」
「っ、数は」
面倒臭さを隠さないキースだったが、青年の言葉を聞いた瞬間、表情を一変させ、青年へ強い声音で問う。
「分かりません! ですが、牧場は囲まれ、俺達自警団だけじゃ、手に終えないです!」
青年は苦しげな表情で首を振り、絞り出すような声で答える。よく見ると、青年の服はあちこち破け、血が滲んでいる。
キースは笑みを消すと、自分と同じように待機している騎士を手招きする。
「どうしました?」
「魔物の襲撃だ。雨乞いを邪魔させる訳にはいかない。動ける者は、彼と行ってくれ」
キースは真剣な表情で告げると、クイッと自警団の青年を指し示す。
「キース様は……」
「俺は、頼りになる応援を呼んでくる。それまで、耐えてくれ」
「「はっ、了解しました!」」
二人の騎士が、儀式の護衛から外れ、キースに向けてビシッと敬礼をし、自警団の青年と共に駆け出していく。
集まった全員が、詩織に見惚れている為、人だかりから外れた場所でのやり取りに気付く人間はいない。
その事を確認してから、キースは一人別方向へと駆け出していった。
そんな騒ぎに気付く事無く儀式は続き、詩織は胸の前で手を組み、雨の竜へ祈りを捧げている。
何事も起こらず、一時間程経過し、神官の顔に焦りが浮かび始めた頃――。
ついに、水滴が空から落ちてくる。
しばらくすると、雨は止んでしまったが、雨が降ったという事実に、村人は興奮し、歓喜の叫びを上げている。
「……続きは、また明日にいたしましょう。愛し子様がお疲れですので」
しばらく後、神官の厳かな宣言で儀式は終了し、集まっていた村人は、詩織へ深々と頭を下げてから去っていく。
そんな中、あの雑貨屋の女主人は辺りを見回して首を捻っていた。
「やっぱりいないねえ。お嬢様と騎士様……」
彼女が探していたのは、黒髪の少女と赤毛の騎士という目立つ二人連れ。
「まさか、追っ手に見つかったのかね」
心配そうに呟く女主人の中で、二人の設定が『禁じられた恋をし、逃げているお嬢様と騎士』に決定した瞬間だった。
そんな思い違いをされているとは露知らず、件の二人は、並んで温かな飲み物を飲みながら、
「「っくしゅん!」」
と、仲良く、くしゃみをし、ノウルとレイチェルからの温かい眼差しをもらっていた。
無事に魔物を撃退し、詩織の元へ戻ったキースは……。
「良くやったぞ、キース! お前は騎士の鑑だ!」
フィリップからの、暑苦しい歓迎を受け、軽い現実逃避をしていた。




