巻き込まれ少女、活動中。3,雨降らし 4
「……セイの様子がおかしかったな」
星の姿を見守っていたノウルがポツリと呟くと、レイチェルとキースも同意を示して頷く。
「何か、心ここにあらずでした〜」
「アランも、不安そうでしたね」
アランの不安が伝染したかのように、三人の顔を隠しきれない不安が彩る。
「とりあえず、帰って話を聞くぞ」
そう言ってノウルは、拘束していた筈の男達を振り返る。と、数秒、動きを止める。
「どうしました、隊長……って、あれ、いないです〜」
「逃げられる訳がないんですが……」
ノウルの動きを訝しんだレイチェルとキースは、同じように振り返り、慌てた様子で周囲を見渡すが、芋虫のように転がっていた男達の姿は何処にも無かった。
「……どうも」
三人が辺りを警戒していると、気の抜ける挨拶と共に、見覚えのある黒髪の青年が闇から姿を現す。
「殿下か」
「……はい。犯人は、こちらで処理させていただきます」
「ああ、頼む」
ノウルは慌てる様子もなく、マオと普通に会話をして、そのまま帰る準備を始める。
「ユナフォード殿下の影でしたか〜」
「仕事が早いですね」
マオの登場で固まっていたレイチェルとキースも、相手が誰かを認識すると警戒を解き、ノウルに倣って帰り支度を始める。
「愛し子様の為……な訳はないですよね〜」
影がいる理由を、レイチェルは一人推察して呟くが、慌てて自ら否定する。闇の中に浮かんだ琥珀が、無言で睨み付けてきたからだ。
そんなレイチェルとマオのやり取りを傍目で見ていたキースは、くく、と笑いながら視線を琥珀へと向ける。
「セイちゃんの方らしいですね、心配されたのは」
まあ当然か、と一人納得したように呟くキースに、満足したのかマオは影の中へと完全に姿を消してしまう。
「セイは、巻き込まれ体質だからな」
「あー、確かにそうです〜」
「始まりすら、巻き込まれですからね」
ここにいない巻き込まれ少女を思い、顔を見合わせた三人は、先程の不安を掻き消すように苦笑を交わすと、先を行く年少二人を追って、静けさを取り戻した森を後にした。
「あ、ノウル、レイチェルさん、お帰り」
三人分の心配を他所に、帰宅したノウルとレイチェルを迎えたエプロン姿の星は、拍子抜けする程、いつも通りだった。
「あ、ああ、ただいま」
「ただいま戻りました〜」
戸惑いながら挨拶を返したノウルとレイチェルに、星は背伸びをして順番に白い花冠を被せようとする。が、
「ノウル、ちょっと頭下げて」
ノウルの頭には届かなかったらしく、星は唇を尖らせ、ノウルへ手招きをする。
「ああ」
柔らかい笑みを浮かべて応じると、ノウルは星の要求に従い、上体を屈める。
「ありがと。はい、ノウルにも」
「あ、ああ、ありがとう」
「ありがとうございます〜」
玄関先で、花冠を被る美男美女という一種異様な光景だが、本人達は幸せそうだ。
そこへ、奥から鮮やか赤毛に白い花冠を乗せたアランが現れ、状況はさらに混沌とし――。良く見ると、ラビや獅子の頭にまで花冠がある。
「……と言うか、こんなに日照りが続いてて、花が枯れてなかったのは不思議です〜」
夕食の席に移動し、レイチェルは星から貰った花冠に保存の為の魔術をかけながら、今さらながらの疑問を口にして首を捻っている。
「そうだよね。私も驚いたよ。小鳥さんが案内してくれたんだけど、急に花畑になってて……」
「あれはびっくりしましたよね。元気のない森の中で、あそこだけ瑞々しい花ですから」
「確かに綺麗な花畑……っぐ、げほ……っ」
ねー、とふわふわと会話する星とアランに嫉妬したのか、普通に会話へ加わろうとしたノウルは、無言でレイチェルに肘打ちされて、咳き込む。
「どうしたの、ノウル。急いで食べ過ぎちゃった?」
急に咳き込み始めたノウルに、星は心配そうに眉尻を下げ、ノウルへ駆け寄ると、優しく声をかけながら背中を擦る。
「あ、ああ、すまない」
「気にしないで。ゆっくりよく噛んで食べてね」
苦笑したノウルに、星はゆるゆると首を振り、自分の席へと戻り、夕食を再開する。
「チャーハン、でしたっけ、これ。初めての味ですが、美味しいです」
「良かった。キースさんの分は、おにぎりにしとけば良いよね」
「はい。キースの為に、ありがとうございます。今日は、寝ずの番らしいですから、後で差し入れに持って行きます」
快活に笑って礼を口にするアランに、星も嬉しそうに目を細めて、無邪気に笑い返す。
そんな可愛らしい星とアランのやり取りを、ノウルとレイチェルは、温かい眼差しで見守っていた。
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結局、星はノウルと一緒に寝る事になり、次の日の朝を迎える。
ノウルとレイチェルは、連れ立ってドルクの元へ調査結果の報告へ向かう。
星とアランは、寝ずの番から帰ってきたキースを迎えてから、昨日と同じように散策へと出かける。
「……何か、村人じゃないっぽい人が増えてない?」
「確かにそうですね。旅人のようですが……」
手を繋いで歩いていた星とアランは、周囲を見渡しながら不思議そうに呟くと、顔を見合わせて首を捻る。
「おや、昨日のお二人さんだね。やっぱり、あんた達も、愛し子様を見に来たんだろ? しかし、耳が早いね。あんた達が一番乗りだったよ」
そう笑顔で声をかけてきたのは、昨日と同じ雑貨店の女主人だ。彼女の中で、星とアランは、人見知りのお嬢様とその護衛騎士になっていた。
「……えーと、まあ」
「雨乞いをされるんですよね? お噂は聞きました。それで、貴女は愛し子様にお会い出来たんですか?」
星はアランの手をしっかりと握ると、その背に隠れながら、曖昧に頷いて見せる。
アランは人懐こい笑みで如才なく会話を続け、さりげなく愛し子の情報を引き出そうとする。
「あたし達がお姿を拝見出来るのは、今日の夜の儀式の時しかないだろうね。今日も、雨乞いの準備で一切の外出はされないそうだよ。わざわざ、お嬢様をお連れしたのに残念だったね」
「そうなんですか。残念ですね、お嬢様。出直しましょうか」
雑貨店の女主人の勘違いを否定せず乗っかって会話をし続けたアランは、かしこまった表情で星を窺うが、緑の瞳は悪戯っぽく輝いている。
「……少し散策、しましょう」
「はい、かしこまりました」
お嬢様とその護衛騎士設定で言葉を交わすと、星とアランは女主人に一礼してから、ゆっくりと歩き出す。
女主人は笑顔を浮かべ、目立ちまくる二人を見送るが、何かに気付き、おや、と小さく声を洩らす。
その視線の先には、固く繋がれている二人の手がある。
「身分差を越えた、禁断の恋ってやつだね……」
女性の恋話好きは、異世界でも同じらしく、そう呟く女主人の目は、少女のように輝いていた。
「これでは、あまり出歩かない方が良いですね」
騒がしさを増した村の中を歩きながら、アランはすれ違う人々を気にし、そう小声で星へと話しかける。
「そうですわね、アラン」
「お嬢様に何かありましたら、わたくし、生きている自信がありません」
「まあ、怖い」
お嬢様とその護衛騎士ごっこを続けながら、星とアランは村の中を散策していく。『世界の愛し子』の雨乞いが決定したおかげか、村人達の表情は昨日より明るい。
「頑張ってね、詩織さん」
「行きましょう、お嬢様」
詩織の泊まっている方向へと向けて囁く星に、アランは眩しそうに目を細めると、繋いだ手に軽く力を込めて歩き出す。
「昨日のお花畑に行こうか。と言うか、お嬢様設定継続中だったんだ」
「セイさんは、おれの大切な『お嬢様』ですからね。あと、花畑は止めて、あちらに牧場があるそうなので行ってみませんか?」
苦笑めいた色を瞳に浮かべる星に、アランは快活な笑みで応じると、さりげなく星を森ではない方向へと誘う。
「牧場……楽しそう! ラビも連れて来れれば良かったね」
「そうですね。でも、熟睡してらっしゃいましたし、仕方がないですよ」
二人の会話から分かるように、星の優秀な護衛である水晶ウサギのラビがいない理由は、目を覚まさなかったから、だ。
そんなラビを心配した星は、レイチェルに診てもらったのだが、診断は『熟睡している』だけ。
疲れてるのかな、と星はラビを起こすのを諦め、ご飯と獅子を置いて、アランと二人で家を後にしていた。
「ラビさんなら、お土産話で喜んでくださいますよ」
「そっか、そうだよね」
アランの慰めに、星は大きくコクリと頷くと、ありがと、と口にしてから、ふにゃ、とした笑顔を浮かべる。
途端に周囲から、特に男性からの視線が星へと集まり、アランは澄んだ緑の瞳で辺りを見回す。
何処までも綺麗に澄んだアランの瞳が語るのは、
『手を出したら殺しますよ?』
と言う純粋な殺意。
「さあ、行きましょう」
ザッと退いた周囲に、星は不思議そうな表情を浮かべるが、アランはニコニコと嬉しそうに笑いながら、星の手を引いて歩き出す。
無邪気なその姿に、先程の狂気の欠片は、何処にも無かった。
「あ、牛さん発見。馬さんもいるよ」
「そうですね」
「あ、子馬もいるよ。可愛いねぇ」
「ええ、本当に可愛いです!」
そんな会話をしながら、柵越しに牧場を眺めている星とアラン。だが、正確には牧場内を眺めているのは星だけで、アランが見つめているのは、明らかに星の横顔だったりする。
ちなみに力強い、可愛いです、の言葉には、セイさんが、の副音声が付いている。
温度差のある二人に興味を惹かれたのか、牛と馬が寄ってくる。
「おー、みんな来てくれた」
寄って来た牛と馬に懐かれながら、星は嬉しそうに目を細め、手当たり次第に撫で回している。
「セイさんは動物にも好かれますよね」
星を見つめながら、我が事のように嬉しそうな表情を浮かべたアランは、そう呟いて背後から包み込むようにして星を支え立つ。
「うん、そうかも。元の世界にいた頃から、動物には好かれてたよ」
『動物にも』と『動物には』と、一文字違うだけで、かなり印象が違うが、星は気付く事はなく。遠慮なくアランへ体重を預けながら、小さく笑みを溢している。
「そうなんですか」
星の勘違いを訂正せず、アランはニコニコと相槌を打ち、星の体を支え続けている。
「おかげで、この世界でもラビとお友達になれたんだよね」
ラビとの出会いを思い出し、星が黒目がちの瞳を和らげていると、足に勢い良くふわふわとした物体がぶつかってくる。
「ふぇ!?」
「セイさん?!」
驚きの声を上げ傾いた星の体は、すかさず伸ばされたアランの腕がしっかりと支える。
「ありがと……って、ラビ?」
「え? あ、本当ですね」
二人の言葉が示す通り、二組の眼差しが見下ろす先には、涙目で星の足へしがみついた水晶ウサギの姿がある。
ラビは抱き上げてもらえるのを待てなかったのか、よじよじと星の足を登っていく。
途中、星のスカートが捲れて、真っ赤になったアランが慌てて直すという一幕を経て、ラビは星の腕の中に落ち着く。
ラビは、星の周りに集まっていた牛と馬に気付き、涙目が嘘のように鋭い眼差しで牽制し、星の胸へ顔を埋めて甘えて見せる。
「置いてっちゃって、ごめんね」
星はラビのお腹を撫でながら、申し訳なさそうに謝罪する。
ラビは、本当だよ、と言いたげな顔をすると、責めるように前足でぽふぽふと星の胸を叩く。
「じゃあ、一緒に帰ろうか」
「ええ、帰りましょう、お嬢様」
「頼むわね、アラン……って、まだ続いてたの?」
「あ、すみません、つい……」
のんびりと緊張感のない会話をしながら、ラビを加えた二人と一匹は帰路につく。
宿泊場所に帰った二人と一匹を迎えたのは、本気で凹み、ショボンとした獅子だった。
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