巻き込まれ少女、活動中。3,雨降らし 3
真夜中、レイチェルと並んで眠っていた星は、何の前触れもなくゆるゆると目を開ける。
目を開けた星は、何処か怯えた表情で薄暗い室内を目だけで見渡し、あー、と小さく納得の声を洩らす。
「お泊まり、してたんだっけ……」
そう呟き、肌寒さを感じたように身震いした星は、腕の中のラビをしっかりと抱き締め直す。
「レイ……」
星は思わずレイチェルの名を呼びかけるが、健やかな寝息を立てているレイチェルに気付き、キュッと唇を噛み締めて体を起こす。
「ラビ……」
ラビは星が起きた時点で目を覚ましていたらしく、星にしっかりとしがみついて、丸い目をパッチリと開き、星を見上げている。
「何か、寒くて眠れないの……」
困ったように呟く星の脳裏に浮かぶのは、最近常に隣にあった銀色のすこぶる美しい人。
「こっそり、潜り込もうか?」
悪戯っ子のような事を呟き、星が迷いない足取りで向かうのは、廊下を挟んだ所にある寝室。
時間も時間なので、ノックもせずに部屋へと侵入した星は、足音を殺したりもせず、人型に膨らんだベッドへと歩み寄る。
「ノウル、やっぱり、一緒に寝ちゃ駄目……?」
そのまま、ベッドへ片膝をついた星は、おずおずとノウルへと声をかける。
「……セイ、か? どうした? 怖い夢でも見たか?」
ノウルは熟睡していなかったらしく、すぐに目を開けて星を確認すると、心配そうな表情で、優しく問いかける。伸ばされた手は、同じく優しい手つきで星の頬を撫でていく。
「ううん。でも、寒くて眠れない……」
ぬいぐるみのようにラビを抱き締めながら、星はフルリと体を震わせ、言葉と共に訴えるような眼差しを送る。そんな星を、ノウルが放っておける訳はなく――。
「そうか。ほら、入れば良い」
ノウルは、蕩けるような微笑みと共に優しく囁くと、掛け布団を捲り上げ、星を招き入れようとする。
嬉しそうに瞳を輝かせ、コクリと頷いた星は、いそいそと捲られた布団の中に潜り込む。
「あったかい……」
布団の中でうっとりと呟く星に、ノウルは愛しげな眼差しを送り、その華奢な体をしっかりと抱き寄せる。
「眠れそうか……と、もう寝てるか」
ノウルは腕の中の星を覗き込みながら甘く囁くが、すでに腕の中から聞こえるのは、微かな寝息のみで。フッ、と笑みを溢し、自らも目を閉じる。
「おやすみ、セイ」
先程まで熟睡していなかった人間とは思えない速度で、星を抱き締めたノウルも深い眠りへと落ちていく。
静かになった部屋の中、寄り添う合う黒と銀の頭の間から、ひょこっと長い耳が現れる。
「こんかいは、とくべつだからな」
聞こえるのは、不貞腐れたようなアルトの響き。だが、そのぐらいの音では、眠る二人には届かず、床で丸まっていた眠っていた獅子が、小さく鼻を鳴らしただけだった。
●
次の日の朝、出発が一番早かったのはキースで、星が握ったおにぎりを食べてから、お弁当を携え、
「キースさん、いってらっしゃい」
と、星の挨拶で見送られ、満面の笑顔を残して外出する。
二番目は、ノウルとレイチェルで、同じく朝食を済ませ、お弁当を携えて、
「ノウル、レイチェルさん、いってらっしゃい」
と、さらに同じく星の挨拶で見送られ、外出していく。
その際、ノウルからは、
「愛し子には気を付けるんだぞ? アラン、絶対にセイを一人にするな」
という言葉と、アランだけは威圧をもらっていた。
それに対し、アランはビシッとした表情で勢い良く敬礼で返す。
「はい! もちろんです!」
アランの返事に、ノウルは満足げな表情で頷いてから外出していったが、同行するレイチェルの目は、何処か冷めた眼差しを上司に向けていた。
原因は、一緒に寝ていた筈の星が、目が覚めたら消えている、という一件のせいだ。
正確には、驚いたレイチェルが、慌ててノウルの部屋へ飛び込んだところ、そこで部屋の主の腕の中でスヤスヤと眠る星を見つけたせいな訳だが……。
もちろん、星は自らの意思で行ったと説明したのだが、レイチェルは若干変態を見るような目を、上司に向け続けていた。
「レイチェルさん、何かノウルを見る目が……」
星は二人を見送った後、不安を浮かべた眼差しを傍らのアランへ向けて訴える。
「まあ、お二人には今まで培ってきた信頼関係がありますから、問題ないと思いますよ?」
アランは、快活に笑いながら答えると、不安そうな星の手を引いて、家の中へと戻っていく。
「今日はどうしますか? 愛し子様は、今日は顔見せと、雨乞いの準備の為に宿泊場所から出ないようですから、村の周りを散策しましょうか」
「んー、そうだね。もう少し、村の様子見てみよっか。ノウルの役に立つ事も聞けるかも知れないし」
握られた手を緩く振りながら、星はアランの提案に同意し、今日の二人の行動が決定した。
●
滅多に旅人が訪れないような村を歩く、目立つ二人連れ。艶やかな黒髪の小柄な少女と、少女を護衛する鮮やかな赤毛の少年剣士。
そんな二人へ話しかける女性が一人。
「お二人さんは、冒険者……ではなさそうだね。とりあえず、森の奥へは近寄らない方が良い。最近、妙に魔物が多くてね」
簡素ながら明らかに高級な旅装の星と、少年っぽい外見ながら帯剣し、手練れな雰囲気を纏ったアランという目立ちまくる奇妙な二人連れにそう忠告するのは、人の良さそうな雑貨店の女主人だ。
「はい、気を付けます。行きましょう、セイさん」
「……うん」
人見知りしている星の手を握り、人懐こい笑顔で女主人に返すと、アランはスタスタと迷いなく森の方向へと向かう。手を繋ぐ二人の後ろを、水晶ウサギを乗せた銀の獅子が続く。
「……あれは、明らかに騎士だねぇ。女の子は、愛し子様ではないようだけど」
アランの態度から見事に正体を当てた女主人は、二人を見送りながら、不思議そうに首を捻っていた。
そんな事を思われているとは露知らず、星とアランは森の入り口辺りを歩いていた。
「魔物、多いんだね」
「大丈夫です。この辺りにいる魔物なら、おれ一人でもセイさんを守りきれます。まあ、まずは近寄らせませんが」
姫に忠誠を誓う騎士のように星の手の甲へ口付けながら、アランは快活に笑って見せる。
「ありがと、アラン君。でも、危ない事はして欲しくないよ。ラビ、獅子さん。魔物が来たら、教えてね?」
そんなアランの手を握り返し、ふるふると首を振った星は、傍らに控えた二匹に小首を傾げてお願いをする。
「確かに、お二人の感知能力なら、まず間違いはないですね。おれからも、お願いいたします」
星の言葉に、アランも大きく頷いて同意を示すと、信頼に満ちた眼差しを二匹へ向ける。
二組の信頼に満ちた眼差しに、ラビと獅子は任せとけと言わんばかりの表情で大きく頷く。
「ありがと。じゃあ、探索へゴー」
「はい、ごー、です」
小さく拳を突き上げた星に合わせ、アランも無邪気な笑顔で拳を突き上げ、星の口真似をする。
そんなほのぼのとした二人を、木々の間から見つめる不穏な眼差し。
距離がある為、まだアランは気付いておらず、ラビや獅子にも気付かれていない。
不穏な眼差しは、歩き出した二人を追い、ゆっくりと森の中を進んでいった。
「……ん?」
優秀な護衛に守られ、異世界の森を堪能していた星は、何かに気付き、首を傾げる。
「大丈夫です」
先回りしたようなアランの言葉に、星はきょとんとした様子でゆっくり瞬きを繰り返すが、アランの自信に溢れた言葉と笑顔に、コクリと頷いて作業へ戻る。
星の手元にあるのは、広げた布と、その上に広げられた赤い果実の山。傍らには、頭に白い花冠を乗せたラビがいる。
「レイチェルさんにも作って帰ろうね」
ちなみに、アランの赤毛にも、同じく白い花冠が乗せられている。
「きっと喜びますよ」
ニコニコと笑って同意するアランに、星もふわ、と微笑んで、二人の周囲にはほわほわと花が飛ぶ幻覚が見える。
そんな穏やかな二人から少し離れた場所では、真逆の空気が満ちようとしていた――。
「グ……ッ」
呻き声と共に、ズサッと地面へ倒れる人影。
「なっ、お前達は、一体……」
それをチラリと見ながら、声を荒げる男。それは、森の入り口辺りから、星とアランを見つめていた、不穏な眼差しの主だった。
「騒ぐな」
「セイちゃんに聞こえたら、困るんだよね」
鞘に入れたままの剣を相手に向け、不機嫌さを隠さないのは、ノウルとキースの二人だ。
向き合う三人の周りには、倒れ伏せて呻いている複数の男達と、それを縄で拘束しているレイチェルがいた。
「セイちゃんのお土産、楽しみです〜」
うふふ、と楽しげに笑いながら、男達を縄で縛り上げる巨乳美女。かなり異様な光景だ。
「まさか、あんなに可愛らしいセイを愛し子と間違えてくれるとはな」
「アランの赤毛は目立ちますから。それに、ポーリー家長男が、優秀な騎士なのは有名ですよ」
木々の間から見える、無邪気な二人を横目に、ノウルとキースはのんびりと会話をしている。
その目前には、泡を噴いて倒れた男。瞬殺されたらしい。
「セイちゃん、怒りませんか〜?」
「セイなら、たぶん許してくれるさ。ノウルが守ってくれてたんでしょ、なら平気だよ、で終わるだろうな」
不安そうな呟きを洩らすレイチェルに、ノウルは星の口真似をして、くく、と笑い声を洩らす。
レイチェルが不安になるのは当然で、星は偶然だが、『世界の愛し子』を狙った集団に、『世界の愛し子』と間違われて狙われていたのだ。それに気付きながら、三人は星を囮にして、その集団を誘き出していた。
「しかし、どうしてセイを愛し子と間違えたんだ? アランだけが原因とは思えないが……」
心底不思議そうに呟くノウルに、レイチェルとキースから冷たい視線が刺さる。
どう考えてもお前だよ。二人の視線はそう語っていた。
アラン以上に目立つノウル。そんなノウルに、星は到着直後、横抱きで運ばれる姿を見せていた。
それで目立つなというのが無理だろう。この国随一の魔術師が溺愛する少女。しかも、二十歳前の若さながら、将来を嘱望されている少年騎士まで付き従わせている。どう見ても、重要人物な扱いだ。
「まあ、本物が来た事はそろそろ知れ渡るだろう」
「セイちゃんの安全は確保されますかね」
「でも、残念ながら、雨が降らないのは、魔術は無関係でしたね〜」
捕らえた男達に猿轡をしながら、三人はのんびりと会話をして、微かに聞こえてくる星の声へ耳を傾けている。
「そうだな。まあ、一応一宿一飯の恩義がある。俺達に出来る事をさせてもらおう」
「俺は、とりあえず愛し子様の方へと戻りますよ」
「村長さんも、村人も良い人ばかりですし、お手伝いもっとしたいです〜」
足元に転がした男達など気にせず、普通に会話を続ける三人。男達は唯一動かせる目で語り合う。
『こいつらはヤバい』と。
今更ながら、男達は自分達の浅はかな行動を後悔していた。
そんな事が少し離れた場所で起こっている中、星は出来上がった花冠を、壊さないように袋に詰めていた。
その動きが唐突に止まり、星の澄んだ黒目がちの瞳は不思議そうに見張られている。
「セイさん?」
気付かれたか、とアランはギクリと肩を揺らして星を呼ぶが、星の目は明らかにノウル達三人のいる方向を見ていない。
「水の、気配がする……」
「水ですか? 近くの川は干上がってしまっているんですが……」
星の呟きに、アランも辺りを窺うが、感じるのは乾燥した空気ばかりで。首を捻って、星を窺うが、
「雨の、匂いもする……」
呟く星は、アランを見る事なく、ここではない何処か遠くを見つめていた。
形にならない不安を感じ、アランは星の手を握り締め、自分の方を向かせる。
「セイさん! そろそろ帰りましょうか?」
「え? あ、うん……」
ぼんやりとした表情で頷くと、星は集まってきていた小鳥や小動物へ、バイバイと小さく手を振る。
「行きますよ」
名残惜しそうな星を、アランはすがるような声音で呼び、手を繋いで歩き出す。
「セイさん、今日の夕飯は何にしましょうか?」
星を気遣いながらも、アランは少しだけ足早で森の中を進み、後ろばかり気にする星の意識を自分に向けようと話しかけている。
「……うん、そうだね」
だが、明らかに返ってくる答えは上の空で。アランの不安は大きくなっていく。
「早く帰りましょう」
そんな二人の後ろを、ラビを背に乗せた獅子が歩いている。
獅子は迷いなく二人の後ろをついてきているが、ラビは星と同じように時々後ろを振り返っている。
その澄んだ丸い目は、物言いたげにジーッと深い木々の間を見つめていた。
「もうすこしだけ、がんばれ」
静寂の中、アルトの少年の声が寂しく響き、誰にも届かず消えていった。
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