異世界巻き込まれてみた。番外編〜シウォーグと〜
これで、とりあえず番外編は一段落です。主人公が、ふわふわしてる分、皆の愛は重めです。
本編のネタがやっと固まったので、更新頑張ります。
感想、評価ありましたら、よろしくお願いします。
番外編〜シウォーグと〜
「シウォーグ様、おはようございます」
神殿から出た所で、おれは『世界の愛し子』である少女に呼び止められる。
「……ああ、おはよう」
正直、女を武器にしている愛し子が、おれはあまり得意ではない。出来れば、会話はしたくない。
それでも、最初はそうでもなかった。見た目は儚げな少女だが、異世界に召喚されるという異常な事態にも、恐慌状態にならず、すぐに馴染んだ点は尊敬も出来た。
あの事実を知るまでは……。
挨拶以外返さないおれに、愛し子は慈愛に満ちた、と貴族達が表現している眼差しを向けてくる。
「シウォーグ様、大丈夫ですか?」
「……問題ない。貴族達がお待ちかねだ。さっさと行け」
愛し子の後ろで侍女達が何かを騒いでいるが、どうせ、愛し子様はお優しい、だとか言っているだけだろう。おれは、適当に愛し子をあしらって、神殿の中へと向かわせる。
その後ろ姿を見送る事なく、おれは自室へと向かって歩き出す。そして、歩きながら思考を巡らしていく。
未だに信じられない。
愛し子と、あの色々と巻き込まれ体質な少女の関係を。
何故、愛し子は、あんな全力で抱き締めたら折れてしまいそうな少女を、何があるか分からない森に放置させたのか。
愛し子の言葉を信じ、俯いて小さくなっていた少女――言い訳だが、その時は男だと思っていた相手を、森へ置き去りにした事を、おれはずっと後悔している。
置き去りにされた本人は気にしてないが、おれは多分一生後悔していそうだ。
それ程に少女――セイの存在は、おれの中で大きくなっていた。
おれは絶対に忘れないだろう。自らが置き去りにしたのが、愛し子より小さな少女だと聞いた衝撃を。本人と直接会い、腕の中に囲んで確認した、微かに震える華奢な体躯を。
何より驚いたのは、セイと愛し子には面識があり、名前を呼びあって挨拶するぐらいの仲ではあったらしい。
それを、知らない、と切り捨て、今のところ気にする素振りも見せない愛し子が、おれは苦手だった。
「あ、シウォーグさんだ。おはようございます」
そう無邪気に挨拶をされた時、思い描いていた相手が現れた驚きに、おれは数瞬固まってから、少し離れた場所にいる相手へ、ゆっくりと笑みを浮かべる。
「ああ、おはよう、セイ……って、危ない、走るな!」
忠告は時すでに遅く。パタパタと駆け寄ってきたセイは、その勢いのまま、何かに躓き、小柄な体が前方へ投げ出される。
「セイ!」
おれはダッと駆け出すと、必死に腕を伸ばし、セイの体を受け止める事に成功する。
おれは体勢を崩してしまい、壁に背中を強かに打つが、セイが無事ならそれで良い。多少の痛みなら、おれは平気だ。セイが傷つく方が、おれには耐えられない。
「……グさん? しっかりして、シウォーグさん!」
痛みでしばらく意識が遠退いていたらしく、セイの滅多に聞けない大声で目を覚ます。
「あー、悪い、驚かせたな……」
目を開けて、最初に飛び込んできたのは、大きな黒目がちの瞳いっぱいに涙を溜め、おれを見つめているセイの顔。おれは、気絶してもセイから手を離さなかったらしく、セイは壁に背中を預けたおれに跨がっていた。
そんなセイは、謝るおれに対し、微かに怒ったような表情を浮かべ、唇を噛んでフルフルと首を横に振った。もげるんじゃないか、とズレた心配をしていると、ポタポタと温かな液体が肌を濡らすのを感じ、ハッとしたようにセイの顔を見つめる。
「セイ、どうした? 何処か痛むのか? 頼む、泣かないでくれ」
おれを濡らしていたのは、セイの瞳から溢れる涙。それに気付くと、おれはセイを泣き止ませようと、頭を撫でたり、濡れた頬を拭ったりするが、涙は止まらず、セイはしゃくりあげる事もなく、ただただ静かに涙を流す。
無音で泣く姿に耐えられなくなり、おれは泣いているセイの頭を引き寄せ、自らの胸に顔を埋めさせる。
これは正解だったらしい。触れ合って落ち着いたのか、セイはギュッとおれの服を掴むと、濡れた頬もそのままに、上目遣いでおれを見つめてくる。
「しうぉ、ぐ、さん、死んじゃった、かと……」
「っ……!」
セイの涙の理由を悟り、おれは込み上げて来た感情のまま、セイをきつくと抱き締める。背中の痛みも忘れていた。
「――勝手に殺すな」
自分でも戸惑うぐらいの甘く柔らかい声音で囁き、やっと涙が止まったセイの頬を親指で拭う。
「だって、うごかなく、て……」
ふぇ、と再び喉を震わせたセイに、おれは慌ててセイの体を抱き締め直す。
おれの腕の中で、おれ以外の鼓動がトクントクンと、命の音を刻んでいるのを感じる。セイが、この世界で生きていてくれる。その奇跡を感じさせてくれる音。
「あー、だから、悪かった、おれは見ての通り平気だ」
その音を感じながら、おれは言い訳じみた事を口にし、セイの顔を覗き込む。
きょとんとあどけない色を浮かべた黒目がちの瞳に、おれは引き寄せられるよう――。
「……はい、そこまでだよ、シウォーグ」
その声に、おれはハッとして、軽く仰け反るようにセイから顔を離す。
「兄上?」
「兄上? じゃないだろ。マオから、セイが大変だと言われて来てみれば……」
呆れたようにそう言うのは、予想通りの麗しい立ち姿の兄上で。今は、何処か複雑そうな顔をして、床に座り込んでいるおれを見下ろしていた。
「影達に人払いをさせるのも限界があるんだ、早く立ちなさい。ほら、セイはこちらへ」
「あ、ああ」
跨がるようにしがみついていたセイを、兄上に奪われる。離れた温もりが寂しく、おれは自分の思考の違和感に気付くのに一瞬遅れる。
「奪われる……って、何を考えてるんだ、おれは」
もともと、セイはおれの、ではない。兄上の、でもなく、あのムカつく魔術師の、でもない。
だが、いつか、セイは誰かを選ぶだろう。セイが誰かを選ぶ時、おれは祝福出来るか分からない。
けれど――。
「セイが笑ってくれているなら……」
おれは、きっと笑い返せる。
「シウォーグさん? 治療しに行こ?」
兄上に抱えられたセイが、動かないおれを心配そうに見つめ、手を差し出してくる。
今はとりあえず、この手を掴める事に感謝しよう。
「ああ、そうだな。行こう、セイ」
兄上からの視線を感じつつ、おれは掴んだ小さな手に唇を寄せて、柔らかく囁く。
似ていないようで、やはりおれ達は兄弟だったらしい。
セイを挟んで、おれ達は小さく笑い合う。
それは、鏡を見ているように、良く似た笑顔だった。
諦めるか、足掻くか。
それは、その時が来てから考えるとして、今は目の前にいる少女を、どうやって愛し子から守るかだけ考えよう。
「あらあら、シウォーグ。なかなか派手ですね」
背中越しに、義理の母であるシルヴィーア様の声を聞きながら、おれは気が気ではなかった。
おれは今治療の為に上半身裸になり、この国随一の治癒魔術の使い手であるシルヴィーア様の診察を受けていたのだが……。
それ自体は、ちょくちょくある事なので、羞恥心などは覚えない。
では、今おれの心をざわつかせているのが何かというと……。
「シウォーグさん、大丈夫? 痛くない? 私、重かったよね……」
診察を受けるおれの前で、兄上の膝上に乗せられたまま、心配そうに話しかけてくるセイの存在だ。
「セイは重くなかった。背中も、もう痛まないぜ? シルヴィーア様の治癒魔術は良く効くからな」
ガシガシと実母譲りの金茶の髪を掻くと、おれは苦笑いで応じ、肩を竦めて見せる。
「本当にセイは軽いよ。大丈夫、私も保証しよう」
兄上がそう言い重ねると、セイはやっと表情を緩め、おれに向けて手を差し伸べる。
椅子に腰かけたおれと兄上の距離は、少し動いたら膝が触れ合う程の位置関係だ。
なので、セイの手は、問題無くおれへと届き、ペタリと胸の上、心臓の辺りに置かれる。
「なんだ? 擽ったいんだが……」
「んー、シウォーグさんが、無事で良かったなって」
おれが言葉通り笑いながら肩を揺らすと、セイは黒目がちの瞳を細め、顔に安堵を滲ませて、嬉しそうに言葉を紡ぐ。
「セイを不安にさせるなんて、シウォーグはいけない子です」
「しかも、セイを大泣きさせたんだって?」
「なっ、それは……っ!?」
シルヴィーア様の言葉はともかく、兄上の言葉に、おれは思い切り咳き込んでしまう。
「……全く、セイを守りたいのは分かるけど、悲しませるようじゃ、本末転倒だよ?」
「……分かってる。もう泣かせたりしない」
自らの胸に置かれたセイの手を掴むと、兄上の瞳を見つめて宣言する。
「私だって、泣かないよ?」
ちょっとびっくりしただけだもん、と唇を尖らせているセイに、一瞬ピリッとした室内の空気が、ふわふわとしたものへと変わる。
おれが、その空気に癒されていると、不意にセイから爆弾が投下された。
「シウォーグさんの腹筋も、ノウルに負けないぐらい綺麗に割れてるね。格好良い」
「ああ、ありがとう」
きらきらとしたセイの眼差しで見つめられ、おれは照れ臭さから視線を外そうとし、真顔の兄上に気づいて固まった。
「……あ、兄上?」
固まったおれを他所に、セイは無邪気に、触らせて、と腹筋へ触れてきて、シルヴィーア様の微笑みを誘っているが、おれはそれどころではなかった。
美人の真顔は、迫力が違う。
「ねえ、セイ? セイはノウルの体を見た事があるのかな?」
「え? あるよ?」
あるのか、と思わず突っ込みかけ、兄上の視線の強さに飲み込む。
「だって、ノウル、上半身裸で寝るから」
が、続いたセイの台詞に、兄上は一瞬無表情になってから、小さく吹き出して笑顔へ変わる。
「そういえば、そうだったね」
「最近暑くなってきたから、すぐ脱ぐんだよね」
そう言いながら困り顔で肩を竦めているセイだが、その手は未だにおれの腹筋を撫でている。そろそろ妙な気分になりそうで視線を泳がせていると、兄上から、
「ほら、セイ。シウォーグに服を着させてあげなさい」
と、助け船が。
「あ、ごめんなさい、シウォーグさん」
「いや、大丈夫だ」
離れた温もりを寂しく思いながら、おれはセイの頭を優しく撫でる。
「ノウルの野郎が迎えに来るまで、お茶でも飲むか?」
「それは、いい案です」
「母上付きの侍女に、用意してもらえば良いね」
セイに答える間を与えず、おれ達三人は話を進め、お茶の用意を始める。
セイはおれ達の勢いに押される形で頷いてから、すぐに、ふわ、と嬉しそうに破顔する。
その笑顔を見ながら、思う。
おれは、やはりセイが笑ってくれるなら――。
その笑顔を見るためなら、何でも出来るだろう。
この気持ちに、今は名前をつけないでおこう。今はセイの重荷にしかならないのは分かっている。
「セイ」
「はい、シウォーグさん」
「いや、何でもない」
「変なシウォーグさん」
くすくす。小さく溢れるセイの可愛らしい笑い声。
今は、これで満足だ。
もし、セイを傷つけるというなら、おれは『世界の愛し子』を――。
そこまで考え、おれは自嘲するよう笑う。
きっと、王子という肩書きが無ければ踏み止まる事はなく、おれは大罪人となっていた筈だ。
――『世界の愛し子』を害した者として。
その時は、セイを連れ去るか、と傍らにあった頭を撫でつつ、ニィ、と微笑む。
そんな事を知ってか知らずか、セイは上目遣いでおれを見上げ、
「言い忘れてたけど、助けてくれて、ありがと、シウォーグさん」
と、柔らかな声でおれの凶暴な感情を吹き飛ばす。
敵わない、そう内心で呟いて、おれは温かな気持ちのまま、どういたしまして、とだけ返し、微笑んでいた。




