表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/186

異世界巻き込まれてみた。番外編〜シウォーグと〜

これで、とりあえず番外編は一段落です。主人公が、ふわふわしてる分、皆の愛は重めです。

本編のネタがやっと固まったので、更新頑張ります。

感想、評価ありましたら、よろしくお願いします。

番外編〜シウォーグと〜




「シウォーグ様、おはようございます」

 神殿から出た所で、おれは『世界の愛し子』である少女に呼び止められる。

「……ああ、おはよう」

 正直、女を武器にしている愛し子が、おれはあまり得意ではない。出来れば、会話はしたくない。

 それでも、最初はそうでもなかった。見た目は儚げな少女だが、異世界に召喚されるという異常な事態にも、恐慌状態にならず、すぐに馴染んだ点は尊敬も出来た。

 あの事実を知るまでは……。

 挨拶以外返さないおれに、愛し子は慈愛に満ちた、と貴族達が表現している眼差しを向けてくる。

「シウォーグ様、大丈夫ですか?」

「……問題ない。貴族達がお待ちかねだ。さっさと行け」

 愛し子の後ろで侍女達が何かを騒いでいるが、どうせ、愛し子様はお優しい、だとか言っているだけだろう。おれは、適当に愛し子をあしらって、神殿の中へと向かわせる。

 その後ろ姿を見送る事なく、おれは自室へと向かって歩き出す。そして、歩きながら思考を巡らしていく。

 未だに信じられない。

 愛し子と、あの色々と巻き込まれ体質な少女の関係を。

 何故、愛し子は、あんな全力で抱き締めたら折れてしまいそうな少女を、何があるか分からない森に放置させたのか。

 愛し子の言葉を信じ、俯いて小さくなっていた少女――言い訳だが、その時は男だと思っていた相手を、森へ置き去りにした事を、おれはずっと後悔している。

 置き去りにされた本人は気にしてないが、おれは多分一生後悔していそうだ。

 それ程に少女――セイの存在は、おれの中で大きくなっていた。

 おれは絶対に忘れないだろう。自らが置き去りにしたのが、愛し子より小さな少女だと聞いた衝撃を。本人と直接会い、腕の中に囲んで確認した、微かに震える華奢な体躯を。

 何より驚いたのは、セイと愛し子には面識があり、名前を呼びあって挨拶するぐらいの仲ではあったらしい。

 それを、知らない、と切り捨て、今のところ気にする素振りも見せない愛し子が、おれは苦手だった。




「あ、シウォーグさんだ。おはようございます」

 そう無邪気に挨拶をされた時、思い描いていた相手が現れた驚きに、おれは数瞬固まってから、少し離れた場所にいる相手へ、ゆっくりと笑みを浮かべる。

「ああ、おはよう、セイ……って、危ない、走るな!」

 忠告は時すでに遅く。パタパタと駆け寄ってきたセイは、その勢いのまま、何かに躓き、小柄な体が前方へ投げ出される。

「セイ!」

 おれはダッと駆け出すと、必死に腕を伸ばし、セイの体を受け止める事に成功する。

 おれは体勢を崩してしまい、壁に背中を強かに打つが、セイが無事ならそれで良い。多少の痛みなら、おれは平気だ。セイが傷つく方が、おれには耐えられない。

「……グさん? しっかりして、シウォーグさん!」

 痛みでしばらく意識が遠退いていたらしく、セイの滅多に聞けない大声で目を覚ます。

「あー、悪い、驚かせたな……」

 目を開けて、最初に飛び込んできたのは、大きな黒目がちの瞳いっぱいに涙を溜め、おれを見つめているセイの顔。おれは、気絶してもセイから手を離さなかったらしく、セイは壁に背中を預けたおれに跨がっていた。

 そんなセイは、謝るおれに対し、微かに怒ったような表情を浮かべ、唇を噛んでフルフルと首を横に振った。もげるんじゃないか、とズレた心配をしていると、ポタポタと温かな液体が肌を濡らすのを感じ、ハッとしたようにセイの顔を見つめる。

「セイ、どうした? 何処か痛むのか? 頼む、泣かないでくれ」

 おれを濡らしていたのは、セイの瞳から溢れる涙。それに気付くと、おれはセイを泣き止ませようと、頭を撫でたり、濡れた頬を拭ったりするが、涙は止まらず、セイはしゃくりあげる事もなく、ただただ静かに涙を流す。

 無音で泣く姿に耐えられなくなり、おれは泣いているセイの頭を引き寄せ、自らの胸に顔を埋めさせる。

 これは正解だったらしい。触れ合って落ち着いたのか、セイはギュッとおれの服を掴むと、濡れた頬もそのままに、上目遣いでおれを見つめてくる。

「しうぉ、ぐ、さん、死んじゃった、かと……」

「っ……!」

 セイの涙の理由を悟り、おれは込み上げて来た感情のまま、セイをきつくと抱き締める。背中の痛みも忘れていた。

「――勝手に殺すな」

 自分でも戸惑うぐらいの甘く柔らかい声音で囁き、やっと涙が止まったセイの頬を親指で拭う。

「だって、うごかなく、て……」

 ふぇ、と再び喉を震わせたセイに、おれは慌ててセイの体を抱き締め直す。

 おれの腕の中で、おれ以外の鼓動がトクントクンと、命の音を刻んでいるのを感じる。セイが、この世界で生きていてくれる。その奇跡を感じさせてくれる音。

「あー、だから、悪かった、おれは見ての通り平気だ」

 その音を感じながら、おれは言い訳じみた事を口にし、セイの顔を覗き込む。

 きょとんとあどけない色を浮かべた黒目がちの瞳に、おれは引き寄せられるよう――。

「……はい、そこまでだよ、シウォーグ」

 その声に、おれはハッとして、軽く仰け反るようにセイから顔を離す。

「兄上?」

「兄上? じゃないだろ。マオから、セイが大変だと言われて来てみれば……」

 呆れたようにそう言うのは、予想通りの麗しい立ち姿の兄上で。今は、何処か複雑そうな顔をして、床に座り込んでいるおれを見下ろしていた。

「影達に人払いをさせるのも限界があるんだ、早く立ちなさい。ほら、セイはこちらへ」

「あ、ああ」

 跨がるようにしがみついていたセイを、兄上に奪われる。離れた温もりが寂しく、おれは自分の思考の違和感に気付くのに一瞬遅れる。

「奪われる……って、何を考えてるんだ、おれは」

 もともと、セイはおれの、ではない。兄上の、でもなく、あのムカつく魔術師の、でもない。

 だが、いつか、セイは誰かを選ぶだろう。セイが誰かを選ぶ時、おれは祝福出来るか分からない。

 けれど――。

「セイが笑ってくれているなら……」



 おれは、きっと笑い返せる。



「シウォーグさん? 治療しに行こ?」

 兄上に抱えられたセイが、動かないおれを心配そうに見つめ、手を差し出してくる。

 今はとりあえず、この手を掴める事に感謝しよう。

「ああ、そうだな。行こう、セイ」

 兄上からの視線を感じつつ、おれは掴んだ小さな手に唇を寄せて、柔らかく囁く。

 似ていないようで、やはりおれ達は兄弟だったらしい。

 セイを挟んで、おれ達は小さく笑い合う。



 それは、鏡を見ているように、良く似た笑顔だった。



 諦めるか、足掻くか。

 それは、その時が来てから考えるとして、今は目の前にいる少女を、どうやって愛し子から守るかだけ考えよう。




「あらあら、シウォーグ。なかなか派手ですね」

 背中越しに、義理の母であるシルヴィーア様の声を聞きながら、おれは気が気ではなかった。

 おれは今治療の為に上半身裸になり、この国随一の治癒魔術の使い手であるシルヴィーア様の診察を受けていたのだが……。

 それ自体は、ちょくちょくある事なので、羞恥心などは覚えない。

 では、今おれの心をざわつかせているのが何かというと……。

「シウォーグさん、大丈夫? 痛くない? 私、重かったよね……」

 診察を受けるおれの前で、兄上の膝上に乗せられたまま、心配そうに話しかけてくるセイの存在だ。

「セイは重くなかった。背中も、もう痛まないぜ? シルヴィーア様の治癒魔術は良く効くからな」

 ガシガシと実母譲りの金茶の髪を掻くと、おれは苦笑いで応じ、肩を竦めて見せる。

「本当にセイは軽いよ。大丈夫、私も保証しよう」

 兄上がそう言い重ねると、セイはやっと表情を緩め、おれに向けて手を差し伸べる。

 椅子に腰かけたおれと兄上の距離は、少し動いたら膝が触れ合う程の位置関係だ。

 なので、セイの手は、問題無くおれへと届き、ペタリと胸の上、心臓の辺りに置かれる。

「なんだ? 擽ったいんだが……」

「んー、シウォーグさんが、無事で良かったなって」

 おれが言葉通り笑いながら肩を揺らすと、セイは黒目がちの瞳を細め、顔に安堵を滲ませて、嬉しそうに言葉を紡ぐ。

「セイを不安にさせるなんて、シウォーグはいけない子です」

「しかも、セイを大泣きさせたんだって?」

「なっ、それは……っ!?」

 シルヴィーア様の言葉はともかく、兄上の言葉に、おれは思い切り咳き込んでしまう。

「……全く、セイを守りたいのは分かるけど、悲しませるようじゃ、本末転倒だよ?」

「……分かってる。もう泣かせたりしない」

 自らの胸に置かれたセイの手を掴むと、兄上の瞳を見つめて宣言する。

「私だって、泣かないよ?」

 ちょっとびっくりしただけだもん、と唇を尖らせているセイに、一瞬ピリッとした室内の空気が、ふわふわとしたものへと変わる。

 おれが、その空気に癒されていると、不意にセイから爆弾が投下された。

「シウォーグさんの腹筋も、ノウルに負けないぐらい綺麗に割れてるね。格好良い」

「ああ、ありがとう」

 きらきらとしたセイの眼差しで見つめられ、おれは照れ臭さから視線を外そうとし、真顔の兄上に気づいて固まった。

「……あ、兄上?」

 固まったおれを他所に、セイは無邪気に、触らせて、と腹筋へ触れてきて、シルヴィーア様の微笑みを誘っているが、おれはそれどころではなかった。

 美人の真顔は、迫力が違う。

「ねえ、セイ? セイはノウルの体を見た事があるのかな?」

「え? あるよ?」

 あるのか、と思わず突っ込みかけ、兄上の視線の強さに飲み込む。

「だって、ノウル、上半身裸で寝るから」

 が、続いたセイの台詞に、兄上は一瞬無表情になってから、小さく吹き出して笑顔へ変わる。

「そういえば、そうだったね」

「最近暑くなってきたから、すぐ脱ぐんだよね」

 そう言いながら困り顔で肩を竦めているセイだが、その手は未だにおれの腹筋を撫でている。そろそろ妙な気分になりそうで視線を泳がせていると、兄上から、

「ほら、セイ。シウォーグに服を着させてあげなさい」

 と、助け船が。

「あ、ごめんなさい、シウォーグさん」

「いや、大丈夫だ」

 離れた温もりを寂しく思いながら、おれはセイの頭を優しく撫でる。

「ノウルの野郎が迎えに来るまで、お茶でも飲むか?」

「それは、いい案です」

「母上付きの侍女に、用意してもらえば良いね」

 セイに答える間を与えず、おれ達三人は話を進め、お茶の用意を始める。

 セイはおれ達の勢いに押される形で頷いてから、すぐに、ふわ、と嬉しそうに破顔する。

 その笑顔を見ながら、思う。



 おれは、やはりセイが笑ってくれるなら――。

 その笑顔を見るためなら、何でも出来るだろう。

 この気持ちに、今は名前をつけないでおこう。今はセイの重荷にしかならないのは分かっている。



「セイ」

「はい、シウォーグさん」

「いや、何でもない」

「変なシウォーグさん」

 くすくす。小さく溢れるセイの可愛らしい笑い声。

 今は、これで満足だ。

 もし、セイを傷つけるというなら、おれは『世界の愛し子』を――。

 そこまで考え、おれは自嘲するよう笑う。

 きっと、王子という肩書きが無ければ踏み止まる事はなく、おれは大罪人となっていた筈だ。

 ――『世界の愛し子』を害した者として。

 その時は、セイを連れ去るか、と傍らにあった頭を撫でつつ、ニィ、と微笑む。

 そんな事を知ってか知らずか、セイは上目遣いでおれを見上げ、

「言い忘れてたけど、助けてくれて、ありがと、シウォーグさん」

と、柔らかな声でおれの凶暴な感情を吹き飛ばす。

 敵わない、そう内心で呟いて、おれは温かな気持ちのまま、どういたしまして、とだけ返し、微笑んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ