異世界巻き込まれてみた。番外編〜ユナフォードと〜
読まなくても、本編には影響がない話です。本編で悩んでしまい、ちょっと気分転換したくて書いた、ユナ様視点です。
いつもより、ユナ様が更に甘いです。
時系列には、旅支度の辺りの話です。
番外編〜ユナフォード〜
「全く、愛し子には困ったものだね」
私がそう呟くと、傍らでゆらりと闇が揺らぎ、琥珀色の瞳を持つ忠実な影が姿を現す。
「……ノウル様の参加は決定ですか」
「残念ながら、ね。しかも、セイも一緒に行くらしい」
胸の中を、グルグルと回る感情を飲み込み、私は意識的に柔らかく微笑んで応える。が、優秀な影であるマオにはお見通しらしい。
「……妨害いたしますか?」
真顔のまま平板な声で問われ、私は笑みを消して、ゆるゆると首を振る。
「いや、必要ない。――それより……」
思いついた事を告げると、我が影は、刹那、微笑んで、ゆっくりと闇へ溶け込むように姿を消した。
マオとの会話のしばらく後、私は目当ての人物を見つけ、自然と口許を綻ばせる。
私の親友であるノウルが保護した、異世界の少女――セイ・ヒイラギ。
セイは『世界の愛し子』である同級生に巻き込まれて、この異世界へ召喚された。
正直、恨まれたり、罵倒されても仕方無い筈だが、セイの適応力は意外と高く――。
「あ、ユナ様だ」
私に気付くと、セイは無表情だった顔に、ふわ、と柔らかい笑みを浮かべて、軽い足取りで近寄ってくる。
「ちょうど良かった、セイに用事があってね」
「私に?」
小首を傾げるセイの頬に触れ、シパシパと瞬きを繰り返す愛らしい黒目がちの瞳を覗き込み、私はとっておきの気合いを入れた微笑みを浮かべる。
「ユナ様って、美人だよね」
ほわぁ、と頬を染めて可愛らしい反応をしているセイの頬を撫でてから、私は当初の目的を果たすべく、その華奢な体躯を自らの腕の中へ閉じ込める。
「ユナ様?」
「……少し、このままで」
『世界の愛し子』に比べ、女性的な丸みは少ないが、その小さな体は誂えたように私の腕の中に収まり、柔らかくどこまでも温かい。
艶やかな髪や細い首筋に顔を寄せると、香るのは甘さのある、日だまりの匂い。
「……セイはいい匂いがするね」
「ノウルにも言われるけど、別に香水とかつけてる訳じゃないよ?」
ノウルの名前を呼ぶと、自然と柔らかい色へと染まる瞳を瞳を見ながら、私はツキンと胸に感じる痛みを誤魔化すように、腕の中に捕らえた少女をしっかりと抱き締め直す。
「どうしたの、ユナ様」
危機感の無い声音は、私への信頼からだろう。そう思いたい。
「お疲れ?」
的外れな言葉と共に、小さな手が私の髪を優しく撫でていく。その手つきは、どこまでも私を甘やかす。
実は、私は髪に触られるのが好きではなく、長く仕えてくれている侍女にも触らせない。だが、セイは例外だ。
「セイの手は気持ち良いね」
「ユナ様の髪も、サラサラしてて気持ち良いよ」
感情表現の薄いセイが、クスクスと笑い声をあげるのを、幸せな気分で聞いていると――。
「……愛し子が来ます」
「また、か。全く、何の恨みがあるのか……」
ことごとく邪魔をする、と、思わず口内で唸るように洩らしても、バチは当たらないだろう。
「ユナ様……」
私は、明らかに怯えて瞳を揺らすセイを優しく抱き上げ、愛し子の来るであろう方向とは逆へ歩き出す。
何故か、セイはいつも愛し子に対して怯えている。私は、腕の中のセイを見下ろし、前から抱いていた疑問へ思考を巡らす。
愛し子が、セイに怯えるなら理解は簡単だ。彼女は、名前を知っていて、挨拶を交わす程の間柄だったセイを、知らない、と断言して異世界の森へと捨て置かせたのだ。普通の神経なら、セイが生きている事を知れば、怯えるだろう。
――いつ、自分の嘘が暴かれるだろう、と。
「まあ、切り抜ける自信があるんだろうね」
思わず口に出すと、腕の中から、きょとんした眼差しが私を見つめてくる。
「何でもないよ?」
誤魔化すように首を傾げると、衝動のまま、セイの円やかな曲線の頬へと軽く口付ける。
「……そう、何でもないよ」
背後から聞こえてくる、甲高い女の声と、制止する騎士の声を聞かなかった事にして、私は腕の中の大切な少女を、安全な場所へ運ぶ為に足を速める。
背後の雑音は、振り払って、一瞥もくれずに。
「ユナ様、ユナ様、ねぇ、ユナ様?」
安全な場所、で思わずセイを連れて来てしまったのは、自らの寝室で……。
私は、呼び掛けるセイの声を聞きながら、口元を手で覆い、出そうになっている諸々を抑え込む。
セイはと言うと、ベッドの上にいるというのに、気にした風もなく、ペタリと座り込んで、無邪気な瞳を向けてくる。
「ユナ様、聞こえてる? ユナ様、大丈夫?」
反応のない私に、ついにセイは心配そうな声になると、細い腕を伸ばして、私の服を掴んで、くいくい、と軽く引いてくる。
愛らしい。衝動のまま、思わずセイを抱き締めた私に非はないはず。
セイと出会ってから、ノウルの変化は凄まじい。そう思った事もあったが、あれは変化ではなく、出す相手がなかった感情の発露だと、私はそう思う。
私が、そうだった。私とノウルは良く似ている。私の愛は、かなり重いと自分でも分かっている。
今まで見られなかったノウルの本気も、似た者同士重そうだ。
「ユナ様、やっぱりお疲れなんだね」
そんなあからさまな重い愛を一身に受けながら、セイは、ただただ無邪気なまま。
「セイは、小悪魔かもしれないね」
思わず、そう呟くと、セイはきょとんしてから、私の顔へおずおずと手を伸ばして来る。小さな手が私の額に置かれ、セイの体温を伝えて来る。
「セイ?」
「熱はないみたいだね」
訝しむ私に、セイは安堵混じりに囁くと、額に置いていた手を、私の首筋へと移動させる。
感触を確かめるよう、さわさわと首筋を這うセイの手。
「擽ったいよ、セイ」
「うーん、腫れたりしてる感じもないし、風邪とかじゃないのかな」
私の首筋へ手を宛てたまま、セイは不思議そうに呟いて首を傾げている。
今さらだが、セイは私の影達にも気に入られている。特にマオは、セイのお気に入りらしい。黒猫みたいで可愛い、とはセイの談だ。
それはさておき、セイ以外がこんな体勢をとれば、一瞬でその命を刈り取られるだろう。と言うか、まず私がこんな距離まで近寄らせるなど、有り得ない。
「……セイは、そんなに私を病人にしたいのかな?」
「ううん、そうじゃないけど、ユナ様、ちょっと様子が変だし、顔色が良くないから」
私が苦笑混じりに言うと、ふるふると首を振って答えたセイは、思いがけない言葉を返してくる。
「よく、分かったね……」
そう、確かに私は最近愛し子のせいで忙しく、慢性的な寝不足気味だった。
そのおかげで、今日は朝から顔色が悪く、薄く化粧をして誤魔化していたのだが……。
「だって、ユナ様のこと、見てるから」
「……そこは、好きだから、と言って欲しかったかな」
思わず出てしまった本音は、悪戯っぽい口調で隠し、私はセイから手を離そうとする。が、それはセイによって阻まれ、私はベッドへと押し倒される。背中には慣れ親しんだシーツの感触。
私の危機、ではなく、別の理由でざわめく影達を感じながら、私は自らの上に乗っている少女を見上げる。
「セイ?」
「私と話す時間があるなら、少し寝て?」
ぽふぽふと、優しい手が甘やかすように、私の胸を一定のリズムで叩いてくる。
「いや、あの、出来れば、刺激的な体勢は止めてもらえると……」
思わず弱々しく訴えるが、私に跨がった体勢のセイは、理解出来ずに首を傾げている。
「お休み、ユナ様」
「……何の拷問かな、これは」
私は乾いた笑みと共に呟き、とりあえず、視界からの刺激を避ける為に目を閉じる。
私が目を閉じていると、上に跨がったセイから、歌声が聞こえてくる。
子守唄かな、と口を動かしたつもりだったが、体は予想以上に睡眠を求めていたらしく、もう指一本動かせない。
ズブズブと眠りに落ちていく私の中に、セイの柔らかな歌声が染み込んでいく。
そう思ったのを最後に、私の思考は真っ白に溶けていった。
夢も見ないで眠っていた私を覚醒させたのは、半分だけ血が繋がった弟の気配と……。
「……上、兄上? な、あ?!」
何故か、慌てまくっている声。
ノウル程ではないが、私は他人の気配に敏感で、いくら弟でも、これほどまで近寄られるまで目覚めない事は初めてで、正直、驚いていた。
それ以上に驚いているらしいシウォーグに、内心首を傾げつつ、私は苦笑を浮かべて瞼を押し開ける。
「ずいぶん騒がしい目覚ましだな」
からかうような台詞をシウォーグにかけつつ、体を起こそうとした私は、そこで違和感に気づき、頭を浮かせて、自らの体を見下ろす。
「せ、せ、せ、セイ……?」
「ああ、一緒に眠ってしまったんだね」
ふふ、と柔らかな笑みを溢し、私は掛け布団よろしく私の上で眠っている少女の頬を撫でる。
軽くつついたりしても、眠りは深いのか、安心しきった様子で私にしがみついて、起きる気配はない。
「寝てる、のか?」
「うん、ぐっすりだね。――マオ、ノウルへ迎えを頼んでくれ。あと、セイを包む外套の用意を」
おずおずと覗き込んで来るシウォーグに頷いてから、私は優秀な影達に指示を出す。
すぐに気配が動き出し、複数の気配が部屋から消えていく。
「……あー、兄上に言われた通り、仕立て屋に連絡しといたぜ?」
乱暴な物言いをしながらも、眠るセイを撫でるシウォーグの手つきは、慈しみに満ちているようで。
私は、さすが兄弟かな、と内心呟き、シウォーグと一緒になり、ノウルが迎えに来るまで、セイを撫で回していた。
「どうも……」
私の上で眠る、という姿を見たせいか、ノウルは盛大な仏頂面のまま、セイを外套で包んで帰っていった。
途中、うっすらとセイが目を覚まし、ノウルを確認してふにゃ、と笑いかけた為、仏頂面は帰る時には、蕩けきっていたが。
残された私とシウォーグの元へとやって来たのは、王族御用達の仕立て屋だ。
「今日は、旅装をお願いしたい。早急に、ね」
「はい、かしこまりました。それで、ユナフォード殿下でしょうか? それとも、シウォーグ様で?」
揉み手をして来る相手に、私はセイのサイズを書いた紙を渡す。
「着るのは、私の可愛らしい『友人』だ。頼めるかな?」
意味ありげに友人を強調した私に、仕立て屋は訳知り顔で大きく頷いて見せる。
王族御用達の仕立て屋だけあり、無駄口を叩く事はなく、満面の笑みを最後に部屋を出て行く。
「……いつセイの採寸したんだ?」
仕立て屋がいる間、ムスッとした表情をしていたシウォーグは、その不機嫌さを隠さずに私へ問いかけてくる。
「抱き締めれば、分かるだろう?」
「分からねぇよ!」
意外と生真面目で、突っ込み気質なシウォーグからの突っ込みを受けつつ、私は柔らかい微笑みを浮かべていた。
――数日後、出来上がった旅装は、マオへと託し、セイへと届けさせる。
すぐに返ってきた謝辞に、思わず余計な忠告をしてしまった私は、少し心が狭いのかもしれない。
セイと出会うまでは知らなかった、狭量な普通の男として感情だ。
そんな、いつかは来てほしくはないが、もし――。
もし、セイがこの国から、この世界からいなくなってしまったなら、私は……。
「狂うかもしれないね」
呟いた言葉は、ゆらゆらと闇を揺らし、消えていった。




