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巻き込まれ少女、活動中。2,初めての異世界旅行 2

とりあえず、目的地までで一区切り。次は詩織さんのターンです。誤字脱字ありましたら、そっと教えてください。感想評価、よろしければお願いします。

「こんにち……」

 ノックと同時に、遠慮無く扉を開けた星は、その先で広がっていた光景に言葉を途切れさせ、そのままの体勢で固まる。

「どうした、ん……え?」

 手を繋いでいたアランも、星と同じく、部屋の中の光景に言葉を失い、目を見張って固まる。

 開けた先は、いつも通りのノウルの研究室の筈で、中にいるのはノウルと、その直属の部下の五人――だったが、その醸し出す空気が尋常では無かった。

 正確には、尋常ではない空気なのはノウルだけで、部下の五人は真っ青な顔色で、必死にノウルを宥めている。

「えーと、何処かに討ち入りで?」

 これから殺りに行きます、と言われても信じそうなノウルの雰囲気に、アランはおずおずと声をかける。

 その声に、天の助け、とばかりの表情で、五人が一斉にアラン――ではなく、アランと手を繋いでいる星を見る。

「セイちゃん、来たっす!」

 代表するように叫んで駆け寄って来たケビンが、奪い取らんばかりの勢いで星の手を取り、ノウルの元へと連れて行く。

「ノウル? ご機嫌ななめなの?」

 ゴゴゴゴッ、という効果音がしそうな雰囲気を漂わせ、椅子に座っているノウルに、星は一瞬躊躇ってから、ゆっくりと手を伸ばす。小脇に抱えていたラビは、レイチェルのふかふかな胸に預けられている。

「……セイ?」

 ノウルの頬へと触れた星の手は拒まれることは無く。星の手は、優しくノウルの頬を撫でていき、討ち入り寸前だった瞳に輝きが戻り、不思議そうな声で星を呼ぶ。

「うん、私だよ。お昼持ってきたよ?」

「……セイ」

 今度は反対に伸びてきた腕を、星も拒む訳がなく、無抵抗に逞しい腕の中に収まり、宥めるように自らの名前しか呼ばない相手の頭を撫でる。

「今日はオムライスだよ。ノウルが作ってくれた携帯型の保存箱、使わせてもらってるよ」

「……ん」

 星をしっかりと抱き締め、ノウルは満足げな息を洩らしながら、その言葉に小さく頷いて応えている。

 その頃、外野はというと――。

「おー、落ち着いたっす」

 パチパチと呑気に手を叩くのは、ケビン。

「良かったです〜。あのままじゃ、ケビンが死んじゃってました〜」

 サラッと恐ろしい事を言うのは、水色の髪で垂れ目、巨乳なレイチェルで。

「本当にね。葬式の準備しようか悩んでたわ」

 そこへ乗っかるのは、赤毛でスレンダーな体型のリッテ。

「一回死ねば、馬鹿が治ったかも知れないよ?」

 冷めた眼差しで、ケビンへ向けて嘲笑を浮かべるのは、金髪美少年なシオン。

「おいおい、止めてくれよ。後始末が大変じゃないか」

 あっはっは、と豪快に笑ってケビン以外を諌めるのは、灰色の髪と副隊長の肩書きを持つキオだ。

「……結局、ノウル様は何故不機嫌だったんですか?」

 今更ながら、当たり前な質問を口にするアランに、五人の部下達は顔を見合わせて、今現在上機嫌で花を飛ばしている上司を見やる。

「ねぇ、ノウル。何があったの?」

 星も気になったらしく、手っ取り早く、自分を抱き締めているノウルへと問いかける。その途端、星を抱き締めているノウルの顔が、思い切り歪む。

「あー、簡単に言うと、愛し子の我が儘で、任務に駆り出された。雨乞いなんて、愛し子だけで十分なんだぞ? それを、愛し子が『もしかして魔術的要因とかもあるんじゃ……』とか、言い出しやがって」

「それで、ノウルに話が来て、ノウルはイライラしちゃったんだね」

 あの討ち入り寸前の雰囲気を、イライラしてた、で済ませた星には、五人の部下からは驚愕に、アランからは尊敬に満ちた眼差しが向けられる。

「でも、詩織さんの言葉には一理あるかもよ? 雨乞いって事は、何処か雨降らなくて困ってるんだよね? 行くだけ、行ってみようよ? それで、単なる自然現象なら、詩織さんに任せて帰ってくれば良いよ」

 恨めしげなノウルの頭を撫でながら、星は黒目がちの瞳でジッとノウルの紫の瞳を覗き込んで、柔らかい口調で説いていく。

「だが、現地は馬車で半日はかかる上、泊まり込みになるんだ」

「それが、問題なの?」

「セイと一緒にいれないだろ!」

 え? そこなの? という呆れを含んだ視線が、一斉にノウルへ集まるが、ノウルは全く気にせず、

「俺がいない間に、セイに何かあったらどうする?! それに、こんなに可愛いんだぞ? 他の男に誘惑されたりしたら……」

と、再び殺気を駄々漏れにするノウルに、星はシパシパと瞳を瞬かせ、小首を傾げる。

「私、ついてっちゃ、駄目かな? 詩織さんには見つからないよう気を付けるから」

 上目使い気味にノウルを窺いながら、星は控えめに訴える。

「だが、危険かもしれない……っ」

 即座に反論を口にしたノウルは、駄目だ、とばかりに大きく首を振る。

「詩織さんが呼ばれてるなら、たぶん安全な場所だよ。危険なら、詩織さんにはお声がかからないでしょ?」

「そうですよ、隊長〜。それに〜、水系でしたら、わたくしもご一緒ですから〜」

 セイちゃんを守ります〜、というレイチェルからの援護に、ノウルは悩む様子を見せる。

 そこへ――。

「失礼する。ここにアラン・ポーリーはいるか?」

 朗々と響く声と共に入って来たのは、騎士団長であるゴードンだ。

 既知の相手に、星はノウルの膝に乗ったまま、ペコリと頭を下げて挨拶する。

 星に気付いたゴードンも、強面寄りな顔に笑顔を浮かべ、深々と一礼を返す。

 先日起こった事件の際、星の助力により、一人の騎士が救われた。その事を、ゴードンは誰よりも感謝し、それ以来、星に会うと、まず一礼をするようになっていた。

「団長、おれに何か用でしょうか?」

「急で悪いが、任務だ。愛し子様が、雨乞いの為に出掛けられる事となった。その護衛に、参加してほしい」

 星に向けていた笑顔を一瞬で消すと、ゴードンは厳しい表情でアランの問いに答える。

「その任務には、フィリップも参加してますか?」

「ああ。もともと、フィリップは愛し子様の専属護衛騎士だからな。そのフィリップからも、お前を参加させて欲しいという推薦があった」

 アランの次いだ問いに、重々しく頷いて答えるゴードンを横目に、星はノウルの膝上からアランへと視線を向ける。

 その星の視線を受け、何を勘違いしたのか、アランは星の――正確には星を膝に乗せたノウルの前で床へ跪く。

「アラン君?」

「大丈夫です、セイさん。おれが、貴女を守りますから」

 首を傾げた星を、アランは真摯な光を帯びた瞳で一心に見つめ、真っ直ぐに言い切る。

「……えぇと、詩織さんの護衛なんだよね?」

「はい! ですが、そっちはキースとフィリップに任せます! おれは、セイさんを守りたいです!」

「ゴードンさん、アラン君が……」

 キラキラとした眼差しで見上げてくるアランに無表情で困り果て、星はゴードンへ助けを求める。が……、

「いや、確かにセイさんが一緒なら、気心の知れた護衛が必要になるな。――アラン、任務の変更だ。お前は、巻き込まれであるセイさんを陰ながらお守りしろ」

「はい! おれに任せてください!」

 ゴードンの口から出たのは、アランを諌める言葉ではなく、肯定かつ援護、なんだったら新しい任務とまでされ、星は無言で黒目がちの瞳を瞬かせている。

「あらあら、ワンコみたいな騎士様ですわ〜」

「本当にね。まぁ、使えそうだし、イイ男だから、セイの傍にいさせても良いんじゃない?」

 代わりとばかりに、レイチェルとリッテの女性陣が、クスクスと笑い合いながらアランの護衛を許可してしまう。

 ノウルはと言うと――。

「はい、ノウル。あーん」

と、星から雛鳥の如くオムライスを食べさせてもらい、表情を蕩けさせている。会話に参加する気はないようだが、アランの護衛を拒むつもりもないらしい。

 もう一人、と言うか、もう一匹の守護者であるラビは、レイチェルの腕から降りると、てぽてぽとアランの足元に歩み寄る。

「ぬかるなよ?」

「はい! 勿論です!」

 見上げてくる鋭い目付きと、アルトの響きの少年らしき声に、アランは跪いたまま迷い無く頷いて見せる。

「ある意味、大物だよね」

 シオンの呟きに、星とノウル以外は大きく頷いて同意し、ブンブンと振られる尻尾の幻覚が見えそうなアランを見つめていた。




 こうして、星は初めての異世界旅行へ行くことになり――。

 星とノウルは、早速星の部屋で荷造りをしていた。

「着替えはこれだけあればいいか?」

 そう言ってノウルが示したのは、大量のドレスと装飾品。

「いやいや、何泊するの? しかも、下着無いし……と言うか、ノウルは自分の着替え準備してね?」

 黒目がちの瞳に呆れを滲ませた星は、下着と聞いた瞬間に視線を泳がせたノウルへ、小首を傾げながら鞄を差し出す。

「お、俺にセイの下着を構えと?」

 吃りながら、ノウルは白い頬に朱を走らせ、タンスへと視線を向ける。

「……そこで照れないで。あと、自分の下着だよ? 早くしないと、私が代わりに詰めるよ?」

「……っ、自分でやる」

 ラビを抱き上げた星が、悪戯っぽく言いながら鞄に手を伸ばすと、慌てた様子でノウルは鞄を手に、着替えを詰め始める。

「…………ねぇ、ラビ。いつも、ノウルの洗濯物干してるの、私だよね」

 慌てまくるノウルの様子を傍目に、星はシパシパと瞬きをしながら、腕の中のラビへと小声で話しかける。

 ラビは愛らしい見た目にはそぐわない冷めた眼差しでノウルを見ながら、コクリと頷いて見せる。

「乾いたの取り込んで、畳んでるのも私なんだけど、指摘しない方が良いかな?」

「……そうですね、発狂されそうですし、気付くまで放置された方が」

「うん、そうする……って、マオさん? どうして、ここに?」

 星の言葉に、平板な声音でサラッと毒で応じるのは、黒髪に琥珀の瞳を持つ、ユナフォードの優秀な影であるマオだ。普通に頷いて答えてから、星はキョトンとした表情でマオを見つめて問いかける。

「……ユナフォード様からの贈り物をお持ちしました」

「ユナ様からの?」

 ちなみに、キョトンとしていた星とは違い、ノウルは気づいていたが、危険人物ではないので放置していた為、今も荷造りをする手を止めず、横目でチラリとマオを確認するだけだ。

「……はい。詳しい内容はご本人からどうぞ。こちらが、そうです」

 一礼してマオが差し出したのは……。

「これは、服だよね?」

「……セイ様のサイズに合わせて作らせた、旅装だそうです」

「私のサイズに合わせた……いつ測ったんだろ、まあ、良いけど」

 脳裏を過った疑問を軽く流し、星は耳元で揺れる紫の石と黒い石を組合せた耳飾りに触れる。

「……ユナ様? 今大丈夫? うん、受け取ったよ。ありがとう。え? そうなんだ。シウォーグさんにも、ありがとうって伝えてね。うん、気を付ける。うん? ノウルにも気を付けるの? それは大丈夫だと思うけど……わかった、気を付けるよ。行ってきます、ユナ様、シウォーグさん」

 出立の挨拶で通話を締め括り、星はふぅ、と息を吐いてから、姿勢良く佇んでいるマオへと視線を戻す。

「マオさんも、持ってきてくれて、ありがとう。気を付けて、行ってくるね」

 星は、受け取った服を抱き締めながら、上目遣いでマオへ話しかける。黒目がちの瞳には、喜色が溢れ、無表情で見下ろすマオを映し込んでいる。

「……はい、お気を付けて。お帰りを、お待ちしています」

 星の瞳の中で自分が微笑むのを見つめながら、マオは平板だが、柔らかさの滲んだ言葉を口にする。

「うん、お土産……は無理かもしれないけど、お土産話用意しとくね」

「……楽しみに、しています」

 微笑みと柔らかい声を残し、マオは現れた時と同じように、唐突に姿を消す。

「早速、どんな感じか着てみようか」

 星が表情に出さず、ワクワクとした様子で呟くと、ノウルも気になったのか、無言で近寄って来る。

 星は、服を脱ぎかけた体勢のまま、ジッとノウルを見上げる。ノウルも負けじと見つめ返していたが、数秒後、ラビからの鋭い蹴りを食らい、相変わらず無言で、だが、とても残念そうな空気を纏って部屋を出て行く。

 シュンとしたノウルが出て行った後、星はドヤ顔をしているラビを撫でてから、豪快に着ていた部屋着を脱ぎ去り、ユナフォードから贈られた服を着込んでいく。

「本当に、ピッタリだよ」

 全くキツい所も緩い所もない服に、星は不思議そうに首を傾げながら呟き、ラビに見せる為か、その場でクルリと回って見せる。

 そんな無邪気な星の仕草に、ラビはパフパフと前足を叩いて応えている。

「ノウル、入っても良いよ〜?」

 聞き耳を立てていたのか、星がそう声をかけた瞬間、勢い良く扉が開かれる。もちろん、そこから飛び込んできたのは、扉の前でソワソワしていたノウルだ。

「どうかな?」

 ラビの前でしたように、クルリと回って見せた星は、おずおずと上目遣いでノウルを窺う。

「……良く似合ってる」

 溜めに溜め、それだけを口にしたノウルは、腕を伸ばして、ギュッと星を抱き締める。

「向こうへ行ったら、一緒にいられないかも知れないが、セイの事は、俺が絶対に守る」

 何処か怯えを含んだノウルの声を、ゆっくりと瞬いて聞きながら、星はノウルの背中へ腕を回す。

「誰にも奪わせるものか……」

 口内で呟かれたノウルの言葉を聞き取ったのは、足元に控えていた銀獅子だけだった。




 バタバタしながらも、無事に旅支度を終えた星とノウルは、シェーナに見送られ、『世界の愛し子』一行より一足先に現地へと向かう事になる。

 そして、冒頭ののんびりとした小旅行的なやり取りへと続いていた。

 馬車の中にいるのは、星とノウル、それにレイチェルの三人と、護衛としてアランがキラキラとした眼差しをして乗っていた。

「セイさん、セイさん、干しスモモモ食べますか?」

「うん、ありがと、欲しいな」

 あーん、と口を開けて待つ星へ、アランが嬉々とした笑顔でピンク色をした干しスモモモを食べさせる。

 何処のバカップルだ、と言いたくなるような甘い光景だが、星はノウルの膝上におり、その細い腰にはノウルの逞しい腕が回されている。

「緊張感ゼロです〜」

 そう突っ込むレイチェルも、ふわふわと微笑みながら、スモモモを食べる星を見つめている。

「可愛いな」

 蕩けるような笑みを浮かべて呟くノウル。モゴモゴと動いている星の頬を指でつつき、満足げな表情を浮かべている。

 突っ込み不在の馬車の中は、星を中心に、花が飛び交うような空気に満たされていく。

 ラビは愛らしい顔に、仕方のない奴らだ、と言わんばかりの表情を浮かべ、やれやれと肩を竦めている。

「しっかりまもれよ?」

 ラビの言葉に応えるよう、銀獅子は控えめに、がう、と吠えると、主に訴えるような視線を送って、頷いていた。




 ――途中、魔物の襲撃や、強盗の襲撃に遇いながらも、最強の魔術師、その優秀な部下、将来有望な騎士の三人により撃退され、馬車は無傷で目的地へと辿り着く。

 三人と二匹に守られた少女は、馬車の中で丸くなって眠りながら、何の夢を見ているのか、知るのは『世界』のみだろう。


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