巻き込まれ少女、活動中。幕間,聖獣が為の料理
詩織さんは書きやすいです。誤字脱字ありましたら、そっと教えていただける助かります。感想等いただけると、嬉しいです。
幕間,聖獣が為の料理
「で、出来ました!」
額にうっすらと汗を掻き、いつもとは違い簡素なドレスとエプロンを身にまとった詩織がいるのは、『世界の愛し子』専用の厨房だ。小さめだが、器具は充実している。
「まあ、これが愛し子様の世界の料理ですの?」
「美味しそうです!」
出来上がっていたのは、目玉焼き、スクランブルエッグ、薄焼き卵、それとパンケーキ、らしき物。ほぼ、混ぜて焼いただけだが、レベッカとティナは、感動から瞳を潤ませて感嘆の声を上げている。
「レベッカとティナの分も作りましたから、後でたべましょう?」
「まあ、嬉しいですわ! どうしましょう」
「と、とりあえず、しっかり手洗いうがいをしてからです!」
「そうですわね!」
すっかり仲良しなレベッカとティナは、思いもよらない詩織からの言葉に、手を取り合いながら、ピョンピョンと跳ねて喜んでいる。
そんな無邪気な侍女達を、詩織は慈愛に満ちた眼差しで見つめている。
と、そこへ――。
「楽しそうだけど、料理は出来てるかな?」
そう言いながら、厨房の入り口に姿を現したのは、何故か朝よりキラキラ度を増しているユナフォードだ。後ろには、数人の神官が控えている。
「ユナフォード様! はい、出来てます」
喜色で顔を輝かせた詩織は、緊張を僅かに滲ませながら、それ以上に自信満々で、自らが料理した物を示す。
「……材料は、卵と小麦粉しか用意しなかったのかい?」
並んでいる料理を眺めたユナフォードは、青い瞳を細めて、材料を用意した神官を振り返って平板な声で問う。
「い、いえ! 保存庫の中には、肉や魚、野菜も果物も用意いたしました!」
ユナフォードの問いに、年若い神官は真っ青になると、ブンブンと首を振りながら、目線で保存庫を示して答える。
「じゃあ、単純に愛し子の問題だね。すまない、君を責めても仕方がない話だ」
可哀想な程震えている神官の肩を優しく叩くユナフォードは、さらっと詩織に対する文句を口にして微笑む。
「あ、あの、ユナフォード様?」
「愛し子もすまない。君は、素人なんだから仕方はないね。――さあ、聖獣の元へ運ぼうか」
引きつった笑みだが、それでも健気な様子で声をかけてくる詩織に、いっそ残酷な程柔らかく微笑みかけ、やんわりと謝罪をしたユナフォードは、詩織の反応を見る事もなく、神官を伴って歩き出す。
呆然としていた詩織は、不意にユナフォードの服から懐かしい匂いを感じ、ゆっくりと瞬きをする。
「カレー、の匂い……」
しかも、異世界のカレーではなく、食べ慣れた、あのカレーの香り。それが、ユナフォードの服から匂い、詩織は不思議そうに呟きを溢す。
「ふふ、鼻が利くね」
詩織の呟きが聞こえ、ユナフォードは笑い声混じりの言葉と共に振り返り、向けられた相手への愛しさを感じさせる笑みを、詩織に向かって浮かべて見せる。
その美しい笑顔に、ボッと真っ赤になった詩織は知らない。
ユナフォードが笑みを向けたのは、目の前にいた詩織にではなく、カレーの香りをユナフォードの服へと染み込ませた相手だという事を――。
あえて詩織の勘違いを訂正する事もなく、ユナフォードは料理を乗せた盆を持ち、聖獣の元へと向かっていた。
無自覚なノウルとは違い、ユナフォードは自覚のある美形なので、自らの笑顔の効果を良く知っている。それでも、詩織の勘違いを、ユナフォードは放置する。
そこに深い考えはなく、ただ詩織との会話が面倒臭かったのだ。
「――セイとなら、くだらない会話でも楽しいんだけど」
愛し子のように色気はなく、愛し子のように表情は変わらない。けれど、腕の中にスッポリと収まる小さな体は、まるであつらえたようで。長い睫毛が縁取る黒目がちの大きな瞳は、表情より分かりやすく気持ちを伝えて来る。
何よりその姿を思い描くだけで、心が温かいもので満ちていくのをユナフォードは感じていた。
「これが、愛おしい、と言うんだろうな」
「……ノウル様とは」
「争うつもりはないよ、今は」
「……では、いつか?」
「そうだね。もしも、万が一、いや兆が一くらいかな……ノウルがセイの手を離したなら、その時は――。
私が貰うよ」
狂気すら感じさせる完璧な美しい笑みを浮かべて、麗人は自らの想いを影だけに吐露し、ゆっくりと浮かべていた笑みを消していく。
その顔に残るのは、いつも通りの穏やかな微笑みだけだった。
――『世界の愛し子』が心を込めて作ったものには、特殊な力が宿り、聖獣に力を与える。
「筈だよね?」
この異世界において、子供ですら知っている常識を思い出し、ユナフォードは首を傾げる。
目の前に広がるのは、床にぶち撒けられた詩織お手製の料理の数々。犯人はユナフォードではない。
その犯人は、ユナフォードの前でグルル、と低く唸っている聖獣――の子供だ。
「だが、我も、その料理には全く食欲を覚えぬ」
「ええ、それ、臭いですわ。愛し子の匂いが、いたしません」
我が子をたしなめる事もなく、そう言った聖獣の夫婦に、ユナフォードは眉間に皺を寄せた。
「くさい、まずい、きらい」
そう言いながらひっくり返した料理に、後ろ足で砂をかける動作をする聖獣の子供を、ユナフォードは優しく撫でる。
「――動物に好かれないとは思ってたけど、聖獣との相性まで悪いのか?」
ハァ、と呆れたように深々とため息を吐いて呟くユナフォード。そんなユナフォードを、聖獣達が寄り添い、慰めようとする。
「大丈夫だ。愛し子が来たお陰で、我の調子も良いぞ?」
「わたくしも、毛並みが戻りましたし、この子も元気になってきましたわ」
「おまえ、いいにおい」
ただし、息子を除いてだが。
「あー、セイのカレーライスの匂い――今、なんて?」
「確かに、ユナフォードから美味しそうな匂いがするのう」
「本当に、いい匂いですわ。これは、何代か前の愛し子が好きだった料理の匂いですわ」
「我も思い出したぞ。愛し子が好きな料理で、巻き込まれがよく作っておったな」
両側からもふもふに匂いを嗅がれながら、ユナフォードは何かに気付いたのか、目を見張って固まっていたが、やがて苦笑して三つの頭を順番に撫でていく。
「――とりあえず、愛し子には、もう少し料理を頑張ってみてもらうしかないね」
内心を誤魔化すようにそう締め括ったユナフォードを、聖獣(父親)は慰めるように舌で舐めあげる。
「人間達の事は我には良く分からぬが、あまり思い悩むでないぞ?」
「ああ、ありがとう、ユキシロ」
「構わぬ、ユナフォードは我の友だ」
優しい金の瞳に見つめられながら、ユナフォードは浮かんだ考えを振り払うように、聖獣の鼻面を撫で続けていた。
アニマルセラピーな癒しを聖獣からもらい、ユナフォードが自室へと向かって廊下を歩いていると、パタパタと聞き慣れた足音が駆け寄って来る。
「セイ?」
「あ、ユナ様! 匿って!」
ユナフォードが名前を呼ぶと、星は慌てた様子でそれだけ言い、ユナフォードの背に隠れるように勢い良く背後から抱き着いてくる。ついでに、ラビも一緒に足へしがみついている。
「……愛し子が、来ます」
影から聞こえた報告に、ユナフォードは納得して、星を背後に匿い、タイミング良くやって来た王妃付きの侍女達を呼び寄せる。
「あら、ユナフォード様ですわ」
「わたくし達に何用でございますか?」
「ユナフォード様付きの侍女を呼びますか?」
さすが王妃付きだけあって、落ち着いた様子の侍女達は、ユナフォードに話しかけられても浮わついた様子はない。
「いや、君達で良いんだ。――私の背中を見て察してくれるかな?」
ユナフォードは、柔らかい苦笑を浮かべながら、自らの背後を示し、次いで廊下の先へ目線を向ける。
優秀な侍女達は、ユナフォードにしがみついてプルプルしている星を見つけ、あらあら、と言わんばかりの表情になるが、すぐに廊下の先の事態を察して、三人でユナフォードを囲む。そうするとドレスのお陰もあり、星の姿は外から見えなくなる。
「……本当に、向こうにはセイ発見機能があるのかもしれないね」
「何それ、怖いよ」
ユナフォードの悪戯っぽい台詞に、星は本当に怯えているらしく、ユナフォードにしがみついた腕の力が強まる。
「ごめん、ごめん。冗談だよ。今度、マオにセイ専用の隠し通路でも作らせようか?」
自らの腰に巻きついた腕を軽く撫でて宥め、ユナフォードは甘やかな声音で囁く。
「むぅ、大丈夫、頑張って走るから」
ユナフォードの背中に顔を埋め、嫌々をするように首を振りながら、星は大丈夫、とユナフォードの提案を拒む。
「お二人共、お静かにして欲しいですわ」
「気付かれてしまいました」
「セイ様は、絶対にお喋りになりませんように」
サマンサにも共通する職業的な笑顔を浮かべ、侍女達は迎え撃つと言わんばかりの態度で、愛し子と自分達の後輩にあたる侍女を待つ。
「やっぱり、ユナフォード様でしたね、ティナ」
媚びるような表情を一瞬浮かべ、すぐにあどけない笑みを浮かべて見せた詩織は、隣にいるティナと視線を交わして、嬉しそうに言う。
「はい、愛し子様。あの、ユナフォード様、聖獣様は、お元気でしたか?」
詩織に頷き返したティナは、無邪気な仕草で、ユナフォードを窺いながら、心配そうに問いかける。
「まぁ、ユナフォード様に一侍女風情が気安く声をかけるなんて」
「いくら愛し子様付きとはいえ、弁えるべきです」
「貴族の方々の、獣人への絶好の罵倒の種になってしまいますよ?」
程度に差はあれど、三人の侍女はそれぞれやんわりとティナを制す。
ティナの方も、自分の行動の不躾さに気付き、耳を倒して恐縮している。
そんな中、
「そこまで言わなくても良いじゃないですか。ティナは、聖獣が心配だったんです。どうか許してあげてください」
と、ティナを庇うのは、もちろん詩織だ。上目使いで訴える言葉の端々に『世界の愛し子』である私に免じて、というオマケが聞こえてくる。
「……それが彼女達の優しさだよ。もし、ここに第三者がいたら、その侍女は首を刎ねられていたかもしれないね」
「そ、そんな――」
絶句する詩織に、ユナフォードを囲んだ侍女達からは、冷めた眼差しが向けられる。
「聖獣は、かなり良くなってきたよ。心配かけてすまないね」
ユナフォードは、固まった詩織を他所に、恐縮しているティナに優しく声をかける。
「い、いえ、お言葉、感謝いたします!」
ブンブンと嬉しさから尻尾を振りながら、頭を下げて、感謝の言葉を口にするティナ。
無視される形になった詩織は、無言で唇を噛むと、ペコッと頭を下げてから、侍女達の視線から逃れるよう、早足で歩き出す。
それを確認したティナは、深々と頭を下げると、慌てた様子で主人を追って小走りで去っていく。
その場に残されたのは、ユナフォードと侍女三人、それに匿われていた星のみ。プラス水晶ウサギが一匹。
「もういない?」
「こら、もうちょっと待ちなさい」
詩織の声が聞こえなくなり、おずおずと顔を出そうとした星を、優しく甘い声音でユナフォードがたしなめる。
王妃付きの侍女達は、慣れたもので、あらあら、と言わんばかりの眼差しを向けるだけだが、まだ声の聞こえる範囲にいたティナは、耳をピクッと跳ねさせて振り返る。
振り返ったティナの目に映ったのは、先輩である侍女達の隙間から見えるユナフォード。その腰に甘えるように回された細い腕と、艶やかな黒髪を持つ小さな丸い頭。
ティナの視線に気付いたユナフォードは、一瞬だけ困ったような表情をするが、チラリと腰に回った腕を見下ろしてから、すぐに唇の前に人差し指を立て、しーっ、というジェスチャーをして見せる。
ユナフォードの愛しい相手へ向けるような表情を直視してしまい、ティナは真っ赤になりながら、必死な様子でコクコクと頷き、今度こそ詩織を追って、脱兎の如く走り去った。
「全く、愛し子に聞こえたらどうするんだい?」
「ごめんなさい……あと、匿ってくれて、ありがとう」
詩織とティナが完全に見えなくなり、おずおずとユナフォードの背中から離れた星は、グリグリと頭を撫でながら優しく叱られ、シュンとして謝罪をする。だが、侍女達が立ち去るのに気付き、お礼を言ってからペコリと頭を下げる。
「構いませんわ」
「美味しいお菓子を頂きましたし」
「セイ様は、シルヴィーア様の大切な方でもありますから」
顔を見合わせると、ふふふ、と笑い声混じりで告げた侍女達は、それぞれ星の頭を優しく撫でてから、颯爽と立ち去っていく。
「ユナ様も、ありがとう」
「何だか、私がついでみたいだね」
何処か拗ねたような台詞を洩らしながらも、ユナフォードが星に向ける瞳は、甘い色を宿している。
「……そんなつもりはないよ?」
「セイは正直者だね。――さあ、ノウルの所まで送ろう。マオ、道中人払いを」
思い切り黒目がちの瞳を泳がせる星に、ユナフォードは弾けるような笑い声を上げながら、星の肩を抱き寄せて言う。
ユナフォードに呼ばれ、影の中でゆらゆらと琥珀色が揺れる。
「……かしこまりました。途中、赤毛の犬がいるようですが」
「赤毛の犬……って、まさか、アラン君?」
「……確か、そんな名前かと」
「セイの知り合いは放置で良い」
「いやいや、アラン君は犬じゃないよ?」
「でも、セイも犬で分かってなかったかな?」
「あ」
「……人払い、終わりました」
人払いを終えたマオが戻り、間の抜けた会話は終了し、ユナフォードは星の肩を抱いて歩き出す。
「あらんは、いぬ」
もごもごと口元を動かして呟くラビの声を聞き、驚いたのかマオが影の中から半身だけ姿を現す。
マオの琥珀色の瞳に見つめられ、ラビは可愛らしく小首を傾げて見せる。
「まおは、くろねこ」
とりあえず、混乱しながらも、マオは無言で首を振って否定する。
「ラビ? おいでー?」
ラビの声が聞こえたのは、近くにいたマオだけだったらしく、振り返ってラビを呼ぶ星は、何も気付いていない。
星に呼ばれ、可愛らしくピョンッと跳ねたラビは、チラリとマオを振り返ってから、一直線で星の胸に飛び込んでいく。
振り返ったラビの瞳は、言うんじゃねぇぞ、とばかりに、愛玩動物系な外見に似合わない鋭さで、マオを睨んでいた。
「……水晶ウサギが、喋りました」
影へと消えながら、王様の耳はロバの耳的な呟きを洩らすマオの声は、黒い闇へと溶けて、消えていった。




