巻き込まれ少女、活動中。1,誰が為の料理? 3
誤字脱字ありましたら、そっと教えていただけると助かります。感想もあれば、よろしくお願いいたします。
しばらく後、無事に米は炊き上がり、カレーの鍋からはスパイスの香りが立ち上がる。
「んー、上手く炊けたよ」
木ベラで炊き上がったご飯をかき混ぜ、味見をした星は、そうエルノに声をかけ、期待に満ちたエルノへ、小皿に乗せたご飯を差し出す。
「……これが、炊いた米の味ですか。確かに、これなら色々な料理に合いそうですね」
料理人の顔になり、エルノがブツブツと呟く後ろで、星は両手がラビで塞がったキースにも、あーん、と味見をさせている。
「うん、美味しいよ、セイちゃん」
「ふふ、炊いただけなんだけど、ありがと。これに、カレーをかけたら、カレーライスが完成だよ」
キースの腕の中、あーん、と口を開けて待っているラビにもご飯をあげながら、笑い声混じりに答える星は、嬉しそうに黒目がちの瞳を輝かせている。
「早速、皆で食べよっか」
ワクワクとした顔で待っているユナフォードとシウォーグへも声をかけると、星はエルノが用意してくれた皿へカレーライスを盛り付けていく。
人数分のカレーライスがが用意され、行儀は悪いが、厨房で立ったまま試食会が始まる。
「……これは、今まで食べてたカレーとは全然違うけど、美味しいね」
「……美味い」
しかし、流石というか、感嘆の声を洩らしているユナフォードとシウォーグは、立ち食いでも何処か優雅な雰囲気が漂っている。
キースは、ラビを下ろさせてもらい、無言でガツガツとカレーライスを口に運んでいる。
下ろされたラビはと言うと、星から冷ましたカレーライスを、あーん、と食べさせてもらい、上機嫌にくふくふと鳴き声を洩らしている。
そんな中、エルノは、一人だけ深刻な表情で、カレーライスを口に運んでいる。
「これが、愛し子様の思い描くカレーですか……」
「うん。カレーライスなら、週一ぐらいで出しても大丈夫だと思うよ。あとは、米の炊き方さえ覚えちゃえば、おかず変えるだけで、メニューの種類も増やせるでしょ?」
エルノの一人言のような呟きに答えつつ、星は皿によそったカレーライスを手に、ラビが前足で示した方向へと歩いていく。
キースとシウォーグは、訝しむような視線を星に向け、エルノは真剣な顔で、米の炊き方の手順をメモしている。一人、ユナフォードだけは、納得したように頷き、ただただ柔らかい微笑みを浮かべ、慈しむような眼差しで星を見守っている。
「セイちゃん?」
「セイ、何処に行くんだよ?」
キースとシウォーグの呼び掛けに、星は顔半分で振り返り、きょとんとした眼差しを返してから、すぐに顔を戻すと、そのままラビが示した物陰へと皿を差し出す。
「はい、マオさんの分だよ」
「……どうも」
そう無愛想に答え、闇が凝るように姿を現したのは、黒髪に琥珀色の瞳を持つ、人間味の薄い、美しくしなやかな雰囲気の青年だ。
「優秀な影も、野性の勘の前には形無しだね」
二杯目のカレーライスを食べながら、ユナフォードは楽しげに笑いながら、マオに向けて悪戯っぽく囁く。
「マオさん、冷めちゃうよ?」
姿を現したが、皿を受け取ろうとしない相手に、星は小首を傾げて、言葉と共に、あーん、とスプーンで掬ったカレーライスを向ける。
「……どうも」
僅かに目元を和らげたマオは、小さく頭を下げて無愛想な返事をし、パクリと差し出されたスプーンを口に入れる。数度、むぐむぐと咀嚼し、
「…………美味しい、です。貴女の味が、します」
と、ポツリと呟き、うっすらと微笑みを浮かべる。
「え?」
マオの言葉の意味が分からず、星はきょとんと返すが、すでにその時には、発言した本人は、カレーライスを手に持ち、影へと溶け込んで姿を消すところだった。
「私の、味?」
する? と振り返って目で問い掛けてくる星に、ブッと吹き出したシウォーグは、ゲホゲホと咳き込み、苦笑したユナフォードに背中を擦られている。一方、キースはと言うと、色気のある流し目で応え、カレーライスを口に運ぶ。
「うん、するよ? セイちゃんの味」
「そうだね、セイの味だよ」
復活出来ないシウォーグの背中を擦りながら、こちらも無駄に色気のある流し目と共に肯定するユナフォード。
エルノは、生真面目に、これはセイちゃんの味、とメモをとり、キースに突っ込みを入れられている。
「……おふくろの味、的なものかな」
色男二人からの流し目を受け、星はほんのりと頬を染めながら、一人で納得したように頷いて呟いている。そこへ、
「セイちゃん、お米の炊き方で分からない事が――」
「え、どこ?」
「ここなんですが――」
メモ帳を片手にエルノが近寄って来て、米の炊き方講習会が始まる。
そんな二人を、残りの三人は、カレーライスを食べながら、それぞれが度合いはあれど、柔らかな眼差しで見守っている。
「……そう言えば、愛し子にも料理作らせてたよな?」
三杯目を平らげ、満腹になったシウォーグは、エルノに料理を教えている星を目で追いながら、どうでも良いと言わんばかりに呟きを洩らす。
「まあ、彼らは雑食だから、食べ物でさえあれば良いよ」
新たな料理をエルノに教えている星を見つめながら、冷たく微笑んで、ユナフォードは温度のない呟きを洩らす。
そんなユナフォードの視線を感じたのか、星が出来上がった料理を手にして、振り返る。その瞬間、ユナフォードから、あの冷たい表情は消え去り、柔らかい微笑みと共に、青の瞳には優しい光が滲む。
「ユナ様?」
「なんでもないよ? ちなみに、今セイが作ったのは、誰の為の料理かな?」
ゆっくりと星へと歩み寄りながら、柔らかい微笑みのまま、そう問いかけるユナフォード。
キースとシウォーグは、お腹が膨れ、まったりと食後のお茶啜りながら、星とユナフォードを見守っている。
「詩織さん――って、言いたいところだけど、これは私が、私の好きな人達の為に作った自己満足な料理かな。まあ、詩織さんの為の料理は、エルノさん達が作ってくれるから問題ないよね?」
「はい、勿論です。これで、愛し子様の食欲不振が良くなれば……」
「私が、上手く話を運ぼう。セイの頑張りを無駄にはしないよ」
星の頭を優しく撫でながら、ユナフォードがそう話を締めくくる。
「ユナ様、ユナ様。私は教えただけだよ? 頑張ったのは、エルノさんだから」
もう、と言わんばかりの不満げな光を瞳に浮かべ、星は表情には出さず、納得出来ない事を言葉と瞳でユナフォードへ訴える。
「そうだね。エルノも、頑張ってるよ」
こちらは、仕方ない子だ、とばかりに瞳を細めて笑い、撫でていた手をそのままずらしていき、星の耳元や頬に優しく触れていくユナフォード。
キースとシウォーグは、複雑そうな表情を浮かべ、その光景を無言で見ていたが、キースに関しては、友人の頑張りを認められ嬉しそうだ。
「ユナ様、ユナ様、ユナ様ってば」
「はいはい、なんだい? 何か欲しい物でもあるのかな? 王位以外ならあげるよ?」
「うん、さすがノウルの親友だね……じゃなくて」
あはは、と軽い笑い声と共に出て来たユナフォードの問題発言に、星は同居人との共通する匂いを感じ、感心したように脱力気味な呟きを洩らす。が、すぐに思い直し、ペチペチと手でユナフォードの胸板を叩く。
子猫のじゃれるような星の仕草だが、星以外がするとしたら、斬首されても文句は言えない。と言うか、星以外――例えば詩織が同じ事をした場合、ユナフォードは触れさせる事すら拒むだろう。
「違ったみたいだね。何が不満かな?」
拒む事なく、星のささやかな攻撃を受けていたユナフォードは、悪戯っぽく微笑みながら囁き、宥めるように星の頬へ手を添える。
「一番頑張ったのは、キースさんだから! キースさんが酷く罰せられないよう、少しだけ、口添えして欲しいな、って」
ムキになって声を張り上げる星。だが、すぐにシュンとした様子で、黒目がちの瞳を伏せてしまい、チラチラと上目遣いでユナフォードを窺う。
「……罰せられないように、じゃなくて良いんだね?」
面白そうな色を瞳に過らせ、ユナフォードは星の頬を軽く揉みながら、確認する。
「キースさんが規則違反したのは事実だから。どんな理由があっても、やっちゃいけない事はあるでしょ? だから、騎士を辞めさせられたり、痛めつけられたりしないよう、ユナ様にちょっとお願いしたくて……」
「ふふ、セイは面白いね。ちなみに、騎士の処遇なら、私より、あちらだよ」
撫で回していた円やかな頬へ、チュ、と軽く唇を寄せて、ユナフォードはその体勢のまま、甘さすら感じる囁きと共に、目のやり場へ困っているキースとシウォーグへ視線を送る。
「あー、騎士なら、確かにおれの方だ」
無言で見つめてくる星に、シウォーグはガシガシと頭を掻きながら、挙手をして答える。
「……シウォーグさん」
「わかったよ、話は理解した。まあ、謹慎ぐらいで済ませられるだろ」
「シウォーグさん、ありがと! ユナ様もありがと!」
感謝の言葉と共に、ぴょこ、と嬉しさから小さく跳ねて、喜びを表現する星。星の喜び様に、ユナフォードとシウォーグも嬉しそうだ。
「セイちゃん……」
我が事のように喜んでいる星に、キースは星の名前を呼び、困ったように、しかし、嬉しそうに、複雑な微笑みを浮かべている。
珍しい友人の姿を、エルノは米を炊きながら、横目で見つめ、ふふ、と穏やかに笑っていた。
――多少、おこげのあるご飯と、少し水っぽい、だが明らかに異世界のものとは違うカレーは、エルノの懇願と、王族からの口添えにより、『世界の愛し子』の夕食に出される事に決定する。
結果『世界の愛し子』は、カレーライスを完食し、食欲不振? 何それ、的な状態となり、とりあえず辞めさせられる筈だった料理人の処分はなくなった。
そんなちょっとしたお祝いモードの中、一人の騎士が、一週間の謹慎に処され、肩を竦めて笑っていた。
「セイちゃんに感謝を……」
誰もいない廊下で呟かれた、愛しさを隠しきれない言葉を聞いたのは、ゆら、と歪んだ闇だけだろう。




