巻き込まれ少女、活動中。序章(裏),日常的な非日常
修正しました。何故か重要な呪術という単語を間違えてました。
序章(裏),日常的な非日常
「おはようございます」
貴族の拝謁を受け、柔らかく穏やかに、聖女のように微笑んで挨拶をしているのは、『世界の愛し子』である高坂詩織だ。
薄く白い布のドレスを身に纏った詩織は、同じ地球産の星より背が高く、凹凸のある体つきの少女だ。髪は栗色で、ゆるふわな雰囲気に整えられている。見た目は完璧、儚いが芯の強い美少女感を醸し出している。
「貴方に『世界』の加護がありますように……」
目の前で跪く貴族に向け、詩織がそう芝居がかってすら聞こえる口調で囁くと、貴族は歓喜の涙を流し、壊れたように『世界の愛し子』への賛辞を垂れ流す。
それを無言で受けながら、詩織はその間、ずっと柔らかく微笑みを浮かべ続けていた。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様ですわ、愛し子様」
「お疲れ様です!」
自室へ戻った詩織を迎えたのは、三人になった専属の侍女達だ。
冷徹な雰囲気で、ニコリともせず、藍色の髪を一筋の乱れもなく結んでいるのは、ベテランの侍女であるサマンサ。
いかにもな金髪の巻き毛で、詩織をうっとりと見つめているのは、貴族の子女でもあるレベッカ。
三角の尖った耳と、フサフサの尻尾を持つ、元気が取り柄の犬の獣人、ティナ。
以上、この三人が今の詩織の侍女だ。この他に、詩織には護衛をする騎士がついている。
護衛は数人の持ち回りで、その中にはレベッカの兄も入っている。
「ありがとうございます。……お茶もらえますか?」
詩織からの依頼に、かしこまりました、とそれぞれが口にし、各々、詩織の依頼に応えるために動き出す。
数分もしない内に、ソファに腰掛けた詩織の前には、温かなお茶と茶色い焼き菓子が用意される。
ちなみに、茶色い焼き菓子は、星曰く『見た目は、クッキーとお煎餅のハーフで、味はちょっと焦げた、かなり硬いかりんとう』だ。
そんな焼き菓子を見た瞬間、詩織の表情は、一瞬固まるが、すぐに柔らかい笑みと共に礼を口にする。
表情の変化が示す通り、食べ物が少しだけ口に合わない。これが目下、詩織の悩みだった。
やたらと顎を使うか、とんでもなく柔らかくなったりしている、微妙に地球と似ているが、似て非なるものな異世界料理に、詩織の食欲は減退の一途を辿っていた。
「…………美味しいですね。良ければ、皆さんも食べてください」
今回も、かりんとうもどきを、一つだけ必死に、だが見た目だけは優雅に食べてから、詩織は侍女三人と護衛騎士へ声をかける。
「ありがたく頂戴いたします」
サマンサが代表してそう言うと、人数分の焼き菓子を皿から取り、全員へ配っていく。
『世界の愛し子』からの頂き物という事もあり、サマンサ以外は嬉しそうに焼き菓子をガリガリとかじっている。
そこへ、ノックの音が響き、サマンサ以外は、必死な様子で焼き菓子を噛み砕いて飲み込もうとする。
誰よりも早く焼き菓子を噛み砕いて飲み下したサマンサは、冷静な表情で扉を開ける。
「今、大丈夫かな?」
開いた扉から、そう言いながら現れたのは、輝くような長い金髪の、美しい一人の青年――この国の第一王子であるユナフォードだ。
「ユナフォード様!」
相手を確認し、パッと顔を輝かせた詩織は、嬉しそうにユナフォードの名を呼び、ソファから腰を浮かせる。
「ああ、そのままで。少し話を聞いてもらえるかな?」
立ち上がろうとする詩織を制し、優雅に歩いて近寄って来たユナフォードは、詩織の前のソファへ腰かける。
「何ですか?」
「そろそろ、君もこの世界へ慣れてきた頃だろうから、聖獣について話そうと思ってね」
緊張した面持ちで身構える詩織に、ユナフォードは完璧過ぎる、隙のない柔らかな微笑みを浮かべて応じる。
「聖獣、ですか?」
相変わらずの計算され尽くした首の傾げ方を披露して問う詩織に、ユナフォードは微笑みを崩さず頷いた。
「そう、聖獣だ。我が国の聖獣は、純白の大きな狼で、夫婦と子供の三匹がいる。彼らは、国を守護するものなのは、知ってるかな?」
テーブルに肘をついたユナフォードは、手を組み、そこへ顎を乗せた姿勢で、詩織へと問いかける。
詩織はユナフォードの問いに、困った表情をすると、無言で首を横に振る。
詩織の反応を見た瞬間、ユナフォードの美麗な面を、一瞬だけ軽蔑に似た色が過るが、すぐに美しい微笑みで覆われた。
「……そう。簡単に説明させてもらうと、聖獣には、魔物を退ける力があって、彼らが弱ると、国も弱り、魔物が活発化してしまうんだ」
詩織が聞いている事を確認しながら、ユナフォードは一旦言葉を切り、サマンサの入れたお茶で喉を潤す。
「そこで『世界の愛し子』の出番だ」
「……私?」
不安そうな顔をする詩織に、ユナフォードは嘘臭いぐらいのきらきらとした微笑みを浮かべて頷いて見せた。
「そう。君が手ずから想いを込めて作った物は、聖獣に力を与える。だから、君には、聖獣へ料理を作ってあげて欲しいんだ」
「料理、ですか?」
「どんな料理でも構わないよ? 最悪、目玉焼きでも、君お手製なら効果がある筈だから」
緊張した様子で反芻する詩織に、ユナフォードは悪戯っぽく、ふふ、と笑いながら告げ、卵を割る仕草をしてみせる。
「あ、それなら、大丈夫です。プロ並みとか言われると困りますが、普通ぐらいには料理出来ますから」
ユナフォードの悪戯っぽい言葉に、釣られたように笑いながら、詩織は自らの腕を叩いて見せ、自信満々な台詞を吐く。
「そっか、なら良かったよ。――サマンサ、後で愛し子用のキッチンへ、案内を。材料は運び込ませてあるから」
相変わらず仮面のような笑みを崩さないまま、表面上安堵した様子で頷いて見せたユナフォードは、ゆっくりと立ち上がりながら、控えていたサマンサへ声をかける。
「かしこまりました」
深々と頭を下げて応えるサマンサへ、チラリと視線を向けると、ユナフォードは入って来た時と同様に、迷い無い足取りで部屋を後にする。
扉が閉まる瞬間――。
「まぁ、腕前に期待はしてないよ」
と、いっそ楽しげな声音で呟かれたユナフォードの言葉を聞いたのは、送り出す為に近づいていたサマンサだけだった。
詩織の自室を後にし、ユナフォードが向かったのは、城の敷地内にある、神殿――その更に奥にある、聖獣の居住区だ。
居住区へ自由に出入り出来るのは、王と第一王位継承権を持つユナフォード、それと大神官のみ。
数少ない自由を許されているユナフォードは、何重にも張られた結界を抜け、奥へと進んでいく。
そこで待つのは、美しい聖なる獣達。
「やあ、ご機嫌はいかがかな? 今日は朗報があるんだ」
ユナフォードは、詩織へと向けていたものとは違う、心からの笑みを浮かべ、尻尾を振る三匹へと声をかける。
「――ほう、それは楽しみだ」
応える声は、壮年の深みのある男性のもの。
驚いた様子もなく、ユナフォードはゆったりとした足取りで、声の主である白い狼へと近づいていった。
「兄上、聖獣の具合はどうだ?」
ユナフォードが聖獣の居住区から自室へと戻る道すがら、そう声を掛けてきたのは、異母兄弟であるシウォーグだ。
シウォーグは茶色がかった短い金髪に、兄と同じ色の青い瞳を持つ、ワイルドな美形だ。その上、ノウルより上背があり、かなりの長身だ。
「うん、愛し子のおかげか分からないが、だいぶ調子は良いね。魔物の方の様子は?」
「ああ、減って来てるぜ? ――しかし、結局、あの実行犯を殺した奴は、分からず終いだな」
ユナフォードの問いに軽く頷いてから、シウォーグは周囲を窺い、重々しく口を開く。
「魔物繋がりで言うなら、あのゴブリン馬車の原因も分かっていないね」
「あー、あれは明らかに目的が違ったな」
並んで歩き始めながら、二人は渋面のまま、深刻な口調で話を続ける。
二人が話題にしているのは、先日起こった『世界の愛し子』を狙った事件と、それと同時期に起きてしまったゴブリンの襲撃事件だ。ちなみに、両方共、星は見事な程、巻き込まれていた。
「ゴブリンが向かっていたのは……」
「ここだよな」
ユナフォードの言葉を引き継ぎ、シウォーグが言葉を続け、辺りを見回す。
「狙いは私達か、愛し子か」
「それに内通者はクロトの野郎だったとして、そのクロトへ実行犯を紹介した奴がいる筈だよな」
「クロトの証言では、そこだけ要領を得ないらしいね」
「ああ。まるで霞みがかったように、記憶が曖昧らしいぜ?」
そこで顔を見合わせたユナフォードとシウォーグは、同時に同じ単語を思い浮かべていた。
「「呪術」」
声を揃えて同じ単語を口にし、兄弟は揃って忌々しげな表情を浮かべ、ため息を吐いた。
「呪術だとしたら、対策が必要だな」
「もう少し、私の方でマオに調べさせるよ。動くのは、それからにしよう」
ユナフォードがそう言って物陰へ視線をやると、凝った闇がゆらりと蠢き、その中で琥珀が揺れている。
「頼んだよ」
「…………御意に」
闇が凝り、細身の美しい青年の姿へと変わり、青年はユナフォードへと頭を下げてから、再び闇へと溶け込む。
「…………セイだ」
青年を見送っていたユナフォードは、シウォーグの呟きに、苦笑を浮かべる。
「こんな所に、あの子がいる訳……あったね」
困った子だね、とばかりに生暖かい視線と言葉をシウォーグに向けたユナフォードだったが、その視界にも小動物めいた少女が映り、自らの言葉を否定して、思わず柔らかく笑う。
少女――星も、ユナフォードとシウォーグを見つけたのか、黒目がちの瞳を瞬かせてから、ふにゃ、とした笑顔を見せている。 星の笑顔に、ユナフォードとシウォーグも笑顔を返すが、星の傍らにいる人物に気付き、顔を見合わせ、首を傾げる。
「ノウルじゃないね」
「……あれは、騎士団所属の確か、キースだな。女癖は悪いが、若手の有望株だとゴードンが言ってたはず」
兄弟の言葉が示す通り、星の傍らにいたのはノウルではなく、やる時はやるチャラい騎士、キースだった。
「今日は、父上と母上のお茶会の日だけど……」
「余計に、キースの野郎といる意味はわからねぇな……」
首を捻る兄弟の前で足を止めた星は、キースと手を繋いだまま、ドレスの裾を軽く持ち、淑女の礼を披露する。
予想外な星の行動に、エスコートしていたキースですら動きを止めてしまう。
「あれ? ヴィア様に習ったんだけど、間違ってた?」
あまりの反応の悪さに、星はシュンとして、足下を跳ねていたラビへと視線を向ける。もちろん、ラビはブンブンと首を横に振ってから、男性陣を睨み付ける。
「いや、合ってるよ。セイが可愛らしくて、見惚れてたんだ」
「そうそう。セイちゃんが、突然可愛らしいことするから、驚いたよ」
「……義母上まで、セイに愛称で呼ばせてるのか」
シュンとした星と、ラビからの威圧感に、約一名を除いて、慌てた様子でフォローをする。
「おかしくないなら、良かった」
「それで、セイはどうして、その騎士と?」
「まあ、色々とありまして?」
キースを見上げながら言葉を濁す星に、ユナフォードとシウォーグは、本日何度目か分からないが、不思議そうな表情で、顔を見合わせる事になった。
――これは、『世界の愛し子』が知らない、彼女の日常の裏で進んでいく、巻き込まれな星の非日常。




