巻き込まれ少女の異世界生活 2ー2
分割作業続行中。上手く切れ目が作れないです。
時間は少し遡り……。
「……じゃあ、これで」
何着か見繕ってもらった服を試着し、星は露出のあまりない、町娘らしいワンピースを選んだ。
本当はもっと地味でシンプル、何だったらズボンを履きたかったが、アウラの猛反発にあったのだ。
特にズボンは、女性で履くのは珍しくて目立つ、としっかり釘を刺されてしまった。
「似合ってるわ、セイちゃん。ねぇ、髪もいじって良いかしら」
「ん、良いよ?」
星は小さく頷くと、アウラに引かれるまま、ベッドに歩み寄る。
そのまま、ベッドに上った星は、前方に足を投げ出すようにして座り込んだ。 行儀悪く座った星の背後で、アウラもベッドに上り、ドレスの裾も気にせず、膝立ちになる。
「綺麗な黒髪ね。この世界にも黒髪はいるけど、セイちゃんほど艶はないわ」
「そう、かな? ありがとう、嬉しい」
櫛で星の髪を梳かしながら、アウラは手放しでその髪を誉める。
あまり誉められ慣れていない星は、うっすらと頬を染め、アウラの邪魔をしないよう気を付けながらも、落ち着かない様子で身動ぎしている。
「もっと伸ばさない? そしたら、色々してあげられるもの」
編み込んだりするには長さが足りず、アウラは残念そうに、露にした星のうなじを撫でる。
「いい、けど、そこ、嫌い……」
星は残念そうなアウラに、頷いて返すが、ぞわぞわする感覚に肩を竦め、唇を尖らせる。
「ふふ、可愛い。はい、終わりよ」
アウラは、楽しげに笑いながら、自らの髪から外した髪飾りを星の髪に着け、その背中をポンッと軽く叩く。
「ありがとう、変じゃない?」
「えぇ、ほら、鏡ならあそこよ?」
身軽にベッドから下りた星は、示された鏡の前に立ち、綺麗に整えられた髪と、そこに飾られたピンク色の花の髪飾りを確認し、目を見張ってアウラを振り返る。
「アウラさん、これ……」
「あげるわ。良く似合ってるもの」
赤い唇で悪戯っぽく笑むアウラに、星は嬉しそうに、ふわふわと微笑んで髪飾りを押さえる。
「ありがとう! 私、可愛いの、好き」
「あたしも好きよ? ……ほら、ノウル様が、待ちくたびれてるわ」
「……ちょっと緊張してきたかも」
「本当に、可愛い」
胸に手を当て、深呼吸を繰り返す星に、アウラは衝動を堪えきれず、星の小柄な体を背後から抱き締める。
「あ、アウラさん?」
「うふふ、もう可愛い過ぎるわ。ノウル様には勿体無いぐらいよ?」
あたふたとする星を気にせず、お日様の匂いのする抱き心地の良い体をしっかりと堪能してから、アウラは星の体を解放し、ドアの方へと軽く押しやる。
この時、アウラは外の歓声に気付き、眉を軽く上げたが、表情にそれ以上の変化は出さなかった。 一方、混乱しきりの星は、歓声には気付かず、アウラも、敢えて星には気取らせる事はせず、伝える事もしなかった。
星を気に入ったアウラには、『世界の愛し子』など気にする必要が無かったのだ。
アウラの中で、すでに『世界の愛し子』は、星を置き去りにした女、ぐらいの認識になっていた。
なので『世界の愛し子』の事はすぐに忘れ、アウラは慈愛に満ちた眼差しで星の背中を見つめている。
「さぁ、いってらっしゃい」
緊張感に足を鈍らせ、ドアの前で振り向きかけた星に、アウラは自信満々に微笑んで頷いて見せる。
その笑顔に後押しされ、星はコクリと頷くと、ゆっくりとドアを押し開けた。
「……あの、お待たせ、ノウル?」
おずおずと顔を覗かせた星に、ノウルの固かった表情が一気に蕩ける。
「……ねぇ、変じゃない?」
「あぁ、大丈夫だ。よく似合ってる」
ノウルは、窺うように下から覗き込んでくる星の手を取り、微笑んで引き寄せた。
「……ありがと」
うへ、と照れ隠しに奇妙な笑い声を洩らしながら、星はノウルに引かれるまま、その腕の中に収まる。
抵抗する気配のない、信頼しきった様子の星に、ノウルは苦笑して、綺麗に整えられた星の頭を撫でる。
「全く、少しは警戒しろ」
「何で?」
心底不思議そうに問い返され、ノウルは咄嗟に何かを堪えるように口元を手で覆い、顔を横に向ける。
「ノウル?」
「……いや、気にしないでくれ。とりあえず、中に入るぞ?」
どうしたの? と、目は口ほどにものを言う、を体現している星に、ノウルは緩く首を振ってから、今さっき出てきたドアを示した。そのまま、星の腰を抱き、ドアを開けて中へとエスコートする。
「ふふ、気に入ったみたいね」
「あぁ、助かった。頼んでおいた着替えは……」
「用意できてるわ」
ドアが閉まると同時に始まった会話に、ついていけなかった星は、シパシパと瞬きを繰り返して、二人を交互に視線で追っている。と、大きな鞄を手にしたアウラが、近寄ってくる。
アウラは、チラリとノウルを横目で見やり、星の耳元に唇を寄せる。
「……それと似た系統の着替えと、下着。それに、女の子の日用のグッズも入れといたわ」
ノウルに聞こえないように囁かれた内容に、星はほんのりと頬を染め、
「ありがとう」
と、小さく頭を下げて、受け取った鞄を両手で抱え込むが、すぐに何かに気付き、へにゃ、と眉を下げて困り顔に変わる。
「あの、私、お金も何も返せな……」
「そんなこと、気にしないの!」
申し訳なさそうに言いかけた星を、アウラは笑顔で遮る。
「お金なら、ノウル様から頂いてるし、もともと、異世界から来たばかりのセイちゃんに請求するつもりなんてないわ」
「あぁ、セイは気にしなくて良い。……これから、一緒に住むんだ。これぐらいの出費は何でもない」
「まあ、嫌味なお方。セイちゃん、ノウル様はかなり稼いでるから、お金の心配ならしなくて大丈夫らしいわよ?」
「嫌味? ただの事実だ。金は使うものだろ?」
ポンポンと飛び交うテンポの良い会話についていけず、星は必死に聞こえた内容を理解しようとする。
「えーと、お金は、ノウルが立て替えてくれたんだね、ありがとう」
「当然だ」
「で、ノウルは、お金持ち?」
「ああ」
「それで、私はノウルと一緒に住む……え?」
反芻しながら、指折り数えていく星だったが、さりげなく告げられていた重要な事実に、ギギ、とぎこちない動きでノウルを仰ぐ。
「ん? どうした?」
急に動きがおかしくなった星の頭を、ノウルが心配そうに優しく撫でる。
「ノウル様、セイちゃんに伝えてなかったのかしら?」
アウラの助け船に、固まっていた星は、コクコクと大きく頷いた。
その様子に、ノウルは心外だ、と眉をひそめる。
「俺は行く宛もない少女を放り出すような悪人に見えるのか?」
「で、でも、奥さんとか、恋人さんに、誤解されたり……」
あわあわ、と必死な様子で言い募る星に、ノウルの眉間の皺が深くなる。
「どちらもいない。俺は一人暮らしで、通いの家政婦が来るぐらいだ」
「え? モテそうなのに……美形だし」
不機嫌そうなノウルに、星はキョトンとした表情になり、楽しげに笑っているアウラへ視線で問いかける。
「ノウル様、自覚ないのよ。その上、人嫌い。女性からの秋波なんか、完全無視よ」
けらけらと、妖艶な見た目にそぐわない笑い声を上げるアウラに、ノウルの視線が鋭くなる。
普通の女性なら震え上がるだろうが、アウラは、流石というか、気にした風もなく受け流している。
星は、二人のやり取りにオロオロしていたが、やがて恐る恐るノウルの上着を掴んで、軽く引いた。
「……本当にいいの? 私、邪魔じゃない?」
不安げな顔で、くいくい、と上着を引かれ、ノウルはアウラを睨んでいたのが嘘のような柔らかい表情で星の頭を撫でる。
「あぁ、もちろん」
「えっと、炊事洗濯、あと掃除ぐらいなら出来るから、アウラさんに頼んで、ここに住み込みで働かせてもらうとかでも、私、全然構わないよ?」
ノウルの美形効果たっぷりなキラキラとした視線から逃れながら、星は俯きがちに訴える。
「あたしは構わないけど……ちょっと、睨まないでくれるかしら?」
名前を出され、アウラは苦笑して応じるが、途端に睨み付けてくる紫の視線に、肩を竦めてみせる。
ノウルは、星に視線を戻すと、軽々とその体を鞄ごと抱え上げ、無理矢理、顔を覗き込んだ。
「俺は構う。……働きたいなら、俺の屋敷でも良いだろ?」
息がかかる程の距離で、星の黒い瞳を見つめ、恋人に囁くような甘い声音で語りかける。
「そう、だけど……」
澄んだ紫の瞳に見つめられ、星は居心地悪そうにノウルの肩に手を置いて、顔を背ける。
「俺の屋敷は広い。セイ一人増えても、差し支えはないぞ。多少、物が多い部屋もあるが……」
「ノウル様、素直に本だらけって言えば良いと思うわよ?」
「人聞きの悪いことを……。本は基本的に書斎だけだ」
「まあ素晴らしい言い方……って、セイちゃん?」
うぅ、と低く呻いて顔を背け続けている星を見かね、アウラはノウルの気を逸らそうとするが、様子の変わった星に気付き、言葉を止めた。
「セイ?」
ノウルも、心配そうに声をかけるが、パッと顔を上げた星は頬を上気させて、ノウルをキラキラとした瞳で見つめる。
「…………本、たくさんあるの?」
うっとりと、恋してるような表情の星に見つめられ、今度はノウルが落ち着かなくなる。
「……あ、あぁ、本屋までとは言わないが、かなりあるぞ?」
一瞬どもったが、ノウルはここぞとばかりに力を込めて言葉を重ねる。
「本なら、好きなだけ……」
「私、ノウルと住みたい!」
ノウルの言葉を遮る勢いで、即決した星は、あまり変わらない表情が嘘のように、嬉しそうに笑う。
その笑顔に、ノウルの表情が安堵から蕩けた笑みに変わり、大きな手が、優しく星の髪を撫でる。
「そ、そうか。よし……アウラ、馬車の手配は?」
「……もう済んでるわ。セイちゃん、いつでも遊びに来てね? ノウル様に苛められたら、すぐ言いなさい。あたしが懲らしめてあげるわ」
たゆん、と音がしそうな胸を張り、ノウルを睨んでからニッコリと笑ったアウラは、名残惜しそうに星の頬に触れる。
「うん、色々ありがとう。また、お邪魔するね?」
「……苛める訳がないだろう」
「約束よ? 待ってるわ」
恨めしげに呟くノウルを綺麗に無視し、別れを惜しむ星とアウラ。
「そうだ、ノウルにお願いがあるんだけど……」
ノウルの腕から床へと降り立った星は、鞄を抱え、くるりと回ってノウルを仰ぐ。
「なんだ?」
「えぇと……」
一回言葉を切った星は、小さく微笑み、おいで、と腕を広げる。
そこへ、待ってました、とばかりに水晶ウサギが飛び込む。
「この子、飼っていい?」「……あぁ、構わない」
ノウルが一瞬躊躇ったのは、星に抱えられた水晶ウサギのドヤ顔のせいだろう。
ついでに、初対面で蹴られた脛も痛み出した気がし、笑顔が引きつる。
「鞄は俺が持とう。セイは、そいつを抱えとけ」
「うん! ありがとう、ノウル」
ノウルに鞄を渡すと、星は改めて水晶ウサギを両手で抱え直し、ふかふかの毛並みを堪能する。
「私と、一緒に行こうね」
星の言葉を理解しているのか、水晶ウサギは嬉しそうに鼻をひくつかせている。
「……水晶ウサギって、人間に懐くものだったかしら?」
「いや、セイだから、だろう」
小声で訊ねてきたアウラに、ノウルは苦笑で応じる。
「人嫌いのノウル様も、メロメロだものねぇ」
「……否定はしない」
からかうアウラに、ノウルは微笑んで肩を竦めてみせる。
小声で囁き合う親密な様子の二人に、星は僅かに寂しげな色を瞳に浮かべ、水晶ウサギを抱き締め、無言で佇んでいた。
そこへ、ノックの音が響き、
「アウラ姐さん、馬車の用意出来ました」
と、ドアの向こうから、雑用係の少年の声が響く。
「ありがとう、今行くわ」
アウラは、ノウルから離れ、ドアの向こうへ柔らかく返す。
「世話になったな。……行くぞ、セイ」
「あ、うん……」
アウラに簡潔な礼を口にし、ノウルは星を促して歩き出す。
先程まで、本に浮かれていたのが嘘のように、シュンとした様子で力無く頷いた星。
そんな星の心の動きは、すぐにアウラに見抜かれたらしく、たおやかな手が、頭をポンポンと撫でていく。
「あたしとノウル様は、ただの友人よ。セイちゃんを邪魔になんか思わないわ、これっぽっちも」
「……えーと、うん」
見抜かれた恥ずかしさから、ほんのりと頬を染めた星は、コクリと頷くと、ドアを開けて待っているノウルの元へ、笑顔でパタパタと駆け寄る。
「お待たせ! 帰ろう?」
「っ!? あ、あぁ、帰ろう」
ふにゃ、とした笑顔に見惚れていたノウルは、星の言葉に一瞬目を見張り、敵わないな、と破顔し、反復するように言葉を返す。
行く、ではなく、帰る、という単語がもたらす温かさに、ノウルは口にされて初めて気付いたのだ。
そんなノウルを、アウラはベッドに腰掛け、出来の悪い弟を見るような目で見つめ、クスクスと笑っている。
「見送りはしないわ。さぁ、仲良く帰りなさい?」
言葉通り、アウラはそこから動こうとはせず、二人に向け、笑顔でヒラヒラと手を振って見せる。
「またね、アウラさん」
「また……「あんたは誤解されるから、今度から単体で来ないで欲しいわ」わかった」
照れ臭さから小さく手を振り返す星には笑顔、ノウルには喋る暇も与えない高速の突っ込みを返し、アウラは二人を部屋から追い出した。
急に広くなった気がする部屋の中、アウラは先程までのやり取りを思い出し、自然と笑みを浮かべる。
「随分と人間臭くなったわねぇ」
ポツリと呟かれた独り言の先は、腐れ縁ともいえる、長い付き合いのノウルだ。
●
名門と呼ばれる家に産まれ、魔術の才能にも剣の才能にも恵まれたノウルと、アウラが出会ったのは、十年近く前。
その頃、アウラはただの一娼婦だった。
そこで客として出会ったのが、魔術師として名が売れ始めていたノウルだった。まるで作り物のような美しい少年。
澄んだ紫の瞳と目が合った瞬間、アウラにはノウルが肉欲に溺れる為に現れたのではないと分かった。
「……口は固いか」
簡潔に問われ、頷いた時から、アウラはノウルの共犯者のようなものだ。
その頃、見目麗しく、将来有望なノウルには、見合いの話や、女性からのアタックが絶える事がなく、それを断り続けた結果、男色家ではないかという噂まで立つ始末。
流石に男色家という噂は避けたかったノウルは、娼婦ならば後腐れがない、と娼館に足を踏み入れた。
そして、たまたま宛がわれたのが、アウラだった。
アウラが一目でノウルの真意を見抜いたように、ノウルもアウラの本性を見抜き、その上で取引を持ちかけた。
アウラを溺愛する振りをし、出資をして自らの娼館を持たせ、暇さえあれば通いつめた。
もちろん、アウラ以外を侍らせる事はなく、ノウルが訪れた時には、何も言わずともアウラが相手をする。
そのお陰で、ノウルの男色家という噂は消え、女性からの誘いも減った。
もちろん、得をしたのはアウラも一緒で、元々娼婦になる切っ掛けだった借金は、一気に完済。
しかも、自分好みに出来る店も持たせてもらえ、今ではこの国で一・二位を争う娼館となった。
女性からの妬み以外は、良いこと尽くしだ。
アウラの所を訪れたノウルは、アウラに指一本触れる事はなく、持ち込んだ仕事をするか、仮眠をするのが常だった。
たまに、話をすることもあったが、驚くほど、ノウルは他人に興味がなく、見た目も相まって、人間味の薄さまで感じさせた。
そんなノウルが、鬼気迫る表情で、外套に包んだ人間らしきものを持ち込んだ、という知らせが来た瞬間、アウラは、ついに犯罪者に!? と他人事のように考えていた。
正直、自分に迷惑さえかけなければ、ノウルが何をしようが、あまり興味は無かった。 厄介事じゃなきゃ良いけど、と重い足取りで自室に向かったアウラは、そこで今までのノウルの印象を吹き飛ばす少女と出会うこととなる。
「あんな表情も出来たのね」
ノウルと異世界の少女――星とのやり取りを思い出し、アウラは楽しげにクスクスと笑う。
一人の少女の言葉に一喜一憂し、表情を変えまくるノウルの姿など、想像した事も無かった。
あの冷たく澄んだ瞳が蕩けた瞬間、思わず言葉を詰まらせた事を思い出し、アウラは一層笑みを深める。
「『世界の愛し子』に感謝だわ。あんな可愛い子、巻き込んでくれるなんて」
あたし達の間にあった壁も吹っ飛んだわ、としみじみと呟き、アウラはベッドに仰向けに倒れ込む。
「愛しき世界に感謝を……なんてね」
悪戯っぽく囁き、アウラは寝転んだまま、窓の外に顔を向ける。
「あたしは、あたしのやるべき事を」
一瞬鋭さを増した視線の先には、『世界の愛し子』が連れていかれた筈の城がある。
反動をつけてベッドの上で半身を起こしたアウラは、乱れたドレスを直し、立ち上がった。
そのまま、颯爽と部屋を出ると、カツカツと靴を鳴らして歩き出す。
「さぁ、みんな、落ち着きなさい」
パンパン、と手を叩き、浮き足立っている娼婦達を落ち着かせる姿は、まさに風格ある女主人だ。
「あたし達は、娼婦。今日も一時の夢を見させてあげるわよ?」
『はい!アウラ姐様!』
美しい花のように着飾った娼婦達がお行儀よく声を揃え、それぞれの部屋に散っていくのを見送り、アウラは誰よりも艶やかに微笑んだ。