巻き込まれ少女、出会う。8,巻き込まれ、奮闘す 4
「クロトさんは、詩織さんの為に、あんな事に協力したんだね」
憑き物が落ちたように、落ち着きを取り戻したクロトは、持っていたナイフをアランに渡し、自ら縄で拘束される事を望んだため、今は先程までのピアと同じ体勢になっている。
「はい、その通りです」
その体勢のまま、クロトは穏やかに微笑んで頷いている。あの激情が嘘のようだ。
先程クロトに向けて叫んでいた騎士団団長のゴードンは、クロトが落ち着いた事もあり、逃げ出した貴族の収拾をつける為に、外を奔走していた。アランやキースなどの若手では、貴族に舐められる為、団長自らが走り回る羽目になっていた。
ちなみに、ピアの方は星の隣に移動して、縄の跡を心配そうに擦ってもらい、無表情ながら満足げな顔をしている。
特に口を挟まず話を聞いているが、国王夫妻も、二人の王子も、貴族達とは違い、逃げ出したりはしていなかった。さすがに、護衛の兵士は前を固めているが、王族四人共、怯えた様子は全くない。豪胆な所が、良く似た親子だ。
「どういう意味だ?」
やっと星を腕の中に確保し、こちらも満足げな表情を浮かべながら、ノウルは星の発言を訝しむ。
「あの、クロトは、愛し子様を襲う相手に、情報を流してたんですけど……」
アランも不思議そうな表情をし、おずおずと問いかけて星を窺う。
キースとピアは理解出来たのか、揃って呆れた表情でクロトを見ている。ユナフォードと王妃も、理解出来た組らしい。逆に、シウォーグと王は、顔を見合わせて、首を傾げたり、肩を竦めている。
「もともと、あの人は、詩織さんを害する予定は無かったんだよ。だから、怪我しないよう、何回も違う馬車で練習してたんだよね?」
答えを確認する星の台詞に、クロトは跪いたまま、大きく頷いている。
「クロトさんは、そうやって、詩織さんを守りたかったんだよね。今の詩織さんの状況を、クロトさんは、変えてあげたかったから」
「……愛し子には、十分な扱いをしていただろ?」
そう不服そうに言うのは、玉座近くにいるシウォーグだ。
「十分な扱い、ですか。確かにそうかも知れません。俺も、そう思っていました。巻き込まれ――セイさんを、見かけるまでは……」
喋っているうちに、その時の感情を思い出したのか、星を見つめるクロトの瞳が、不穏な揺らめきをする。
敏感にクロトの変化を察したのか、キースから手加減をした突っ込みがその後頭部に入れられる。
「セイは、別に特別な扱いをされてないだろ」
突っ込みを入れられているクロトを横目で見やり、そう言いながら、ノウルは星を抱き締めつつ、首を捻る。
「お前が言ってはいけない台詞かな、それ」
綺麗に揃った一同の内心を、ユナフォードが代表するようにノウルへ突っ込みを入れる。
「あら、貴方もですよ、ユナフォード」
そこへ、ずっと黙っていた王妃から笑顔と共に、ユナフォードに対する追撃が入る。
「私は、別に……」
「ユナ様なんて愛称で呼ばせて、あんなに心配そうに見つめて、特別な扱いをしてないとは、言えません」
「た……」
「貴方もです、シウォーグ。セイさんが虐められた時、立ち上がろうとしたでしょう?」
確かに、と兄をからかおうとしたシウォーグも、王妃からの攻撃に遭い、結局、兄弟揃って撃沈してしまう。
「……ノウルはともかく、ユナ様とシウォーグさんは、詩織さんにも同じかと思ってた」
おんぶお化け状態のノウルを背負いながら、星は誰にともなく、ポツリと呟き、悲しげな色を黒目がちの瞳へ浮かべる。
「軽んじられてはいませんが、お二人は義務的な感じで、愛し子様と付き合ってらっしゃいますね。だから、俺は、あんな形で、愛し子様への気持ちを動かそうと……」
「そんな事しなくても、そこまで考えてくれるクロトさんがいたんだから、きっと詩織さんは大丈夫だったのに……。貴族さん達は、あんなにちやほやしてくれるし」
いや、それが大丈夫じゃなかったぞ、と言いかけたノウルは、ユナフォードの目力で黙らされる。
大丈夫じゃなかった、の被害に遭ったピアも、無言で星から視線を外していく。
「きっと、ユナ様もシウォーグさんも、もっと詩織さんと付き合えば、仲良くなったよ? だって、詩織さん、向こうでも常に人に囲まれてたし」
手を忙しなく動かしながら、星は自分の言葉に納得したように、コクコクと頷いている。
「それは多分……」
取り巻きなんじゃ、という言葉を言いかけたアランは、キースの掌によって物理的に黙らされる。
「人の気持ちは、他人がどうこうして、そう変わるものではない。ましてや、傷つく者が出るようなやり方で、本当に愛し子の為になる訳がなかろう」
一国の王からの重々しい言葉に、クロトは深く項垂れ、申し訳ありません、と弱々しい声で答える。
「本来ならば、極刑が当然だが、ここに『世界の愛し子』からの嘆願書がある」
「愛し子様の?」
王からの思いもよらぬ言葉に、クロトは驚愕を隠さず、目を見張って顔を上げる。
「内容は簡単に説明すると、私の為にした事だから許してあげて、かな。まあ、これからする質問に対する答えで、待遇は変わるから」
王からの視線を受け、愛し子の嘆願書の内容をサラッと説明すると、ユナフォードは、ゆっくりとクロトへ歩み寄る。
「……何でしょうか」
「まず、兵士を殺したのは実行犯で合ってる?」
ユナフォードの問いに、目を見張ってから、クロトは大きく頷いて口を開いた。
「……はい、そうだと思います。ですが、私は、そんな事までして逃げるなど、聞いていませんでした。捕まったら、自害するものと」
「君は、その場にいなかった?」
「お、私は、愛し子様の護衛ですから。パレードに付いて回ってました」
ユナフォードの質問の意図が分からず、クロトは怪訝そうな表情のまま、緩く首を横に振って答える。
「アラン、キース。あと、ノウル。彼の事は見たかな?」
クロトの答えに、ユナフォードは一瞬難しい表情をすると、その表情を隠すよう微笑んで、同じくパレードで護衛の任についていた三人へ問いかける。
「俺は見ていない」
星の旋毛に鼻先を埋めながら、ノウルは首を横に振って答える。星は擽ったさからか、肩を揺らしている。
「おれは見ました」
「俺も見ましたよ。と言うか、担当が一緒だったんで。ずっといましたが、こいつ」
クロトの両脇に立ったアランとキースは、揃って挙手しながら、クロトをチラリと見やって、順番に答えていく。
「そう。ありがとう、良く分かったよ」
三人の答えを聞き、ふ、と肩の力を抜いたユナフォードは、微笑んだまま礼を口にする。
「ユナ様?」
何処か不安そうに呼び掛けてくる星に、ユナフォードは困ったような表情をし、ノウルを背中に貼りつけている星の頬を軽く撫でる。
「あとで説明するよ。――陛下、お願いします」
「分かっている。――クロト・ハイエン。騎士としての身分を剥奪し、強制労働を命じる。その上で『世界の愛し子』との終生接触を禁ずる。あー、ついでと言ってはなんだが、後でセイと侍女へ謝罪するように」
息子からの視線を受け、玉座から立ち上がった王は、朗々と響き渡る声で言い渡すと、その内容にクロトは弾かれたように王を見る。が、そのまま、何も言わず、両脇から兵士に引っ立てられ、謁見の間を去っていった。
「ねえ、ユナ様。これで、ピアは無罪放免なんだよね?」
クロトの後ろ姿を見送った星は、ポツリと呟いて、隣に立つユナフォードを窺う。
「……そうだね。でも、もう侍女には戻れないと思う」
「別に構わないわ。未練はないから」
躊躇いがちのユナフォードの言葉に、星が反応するより早く、ピア自身から、ユナフォードの申し訳なさをぶった切る答えが返ってくる。
「ピア? でも……」
「職なら、探せばいくらでもあるわ。いくら私が気にしない質でも、ここでは、もう働きたくないもの」
言葉を探す星を、正論と勢いで押し切ったピアは、荷造りしてきます、と星以外に無感情で告げて、謁見の間を出て行ってしまう。
その後を、護衛します、とアランとキースの騎士二人が追いかけ、一礼してから出て行く。
「……うん、同じ理由で、働かせられない、と言うつもりだったんだけど」
「ピア優しい。ユナ様が悪人にならないよう、気を使ってくれたんだね」
ふわ、と笑って感動したように言う星に、多分違う、と突っ込める強者はおらず、星以外、全員が苦笑いを浮かべている。
「俺達も帰らせてもらうか」
「そうだね。アウラさん待たせてるし」
人数が減った室内を何ともなしに見渡して呟くと、ノウルは同意を示した星の頭を撫で、ユナフォードへ視線をやる。
「ああ、構わな「あら、わたくしにも挨拶させて欲しいです」くはないみたいだね」
ユナフォードの言葉を分断したのは、無邪気な王妃からの言葉だ。
「私も、ぜひ話してみたいんだが……」
妻に乗っかった形で、おずおずと一国の王も、挙手しながら、声をかけてくる。
「……あー、セイと、って意味だよな?」
ガシガシと頭を掻きながら、シウォーグが父親と義理の母を窺うと、二人は揃って頷いて見せる。
「私と、ですか?」
キョトンとした表情で呟くと、星は自らを指差しながら、首を傾げる。
「まずは、もうちょっと近くまで来てくれますか? ノウルは付けたままでも良いですよ」
キョトンとしている星に向け、ユナフォードと良く似た微笑を浮かべた王妃は、手招きをしつつ、声を掛けてくる。
「あ、はい。分かりました」
王妃からの手招きに、星はコクリと頷くと、ノウルを付けたまま、玉座の近くまで、歩いていく。
星が近寄ると、護衛の兵士を気にせず、立ち上がった王妃はドレスの裾を颯爽とさばきながら、自ら星へと歩み寄る。
「わたくしは、シルヴィーア。よろしくお願いします、セイ」
「えと、はい。こちらこそ、よろしくお願いします、王妃様」
ノウルは不敬にならないのかな、と他人事のように思いながら、星はペコリと頭を下げて返す。
「あー、私は、アルファンだ。まずは、巻き込んだ事を謝らせて欲しい」
「謝っていただきましたし、私は、もう気にしてないですよ? 詩織さんとは違って、向こうに家族はいないですし、恋人もいなかったですから。それに、この世界に来てから、たくさん……好きな人が出来ました」
王――アルファンに頭を下げられ、星は恐縮しきりで、ふるふると首を振って答え、抱き締めているラビへ染めた頬を寄せながら、ふにゃ、とした笑顔になる。
「セイ……っ」
星の言葉に感極まったのか、おんぶお化けの拘束が強まり、みるみるうちに星の表情は痛みで歪んでいき、おんぶお化けは慌てたユナフォードによって剥がされる。
「ほ、骨が、ミシミシいった……」
「セイ、痛みは? 折れてないか?」
「回復魔術の使い手を呼べ!」
「そこまで、力は入れてないぞ!?」
「駄目ですよ? 嫁入り前の乙女に、男性があまりベタベタ触ってはいけません」
そう言って、星を囲んでワタワタしている男共を押し退け、星を守るように抱き締めたのは王妃シルヴィーアだ。
どう見ても二十歳過ぎの息子がいるように見えない光輝く美貌を、間近で見る事になった星は、
「王妃様綺麗だね、ラビ」
と、ラビに話しかけ、ふふ、と笑い声を洩らす。
「セイ、わたくしは、回復魔術を使えますから、痛むなら、遠慮なく言ってくださいね?」
艶やかな星の髪を撫でながら、男共から星を奪ったシルヴィーアは、慈しむような笑顔で告げる。
そんな王妃の姿に、ユナフォードは苦笑して、不機嫌そうなノウルを宥めている。シウォーグは、バツが悪そうにポリポリと頬を掻いている。
「うむ、どうせなら、場所を変えて、お茶でもどうだ?」
王妃と同じく、護衛の兵士を気にせず玉座を降りた王は、あえて空気を読まず朗らかな声で提案する。
「まあ、それはいい案です。こんな可愛い子とお茶なんて、楽しそうですね」
「そうだろう、そうだろう」
胸の前で手を組み、喜色満面な王妃と、同じような表情をして頷いた王に挟まれ、星はラビを抱えて、とりあえず微笑んでいた。
こうしてピアを取り戻す為の星の戦いは幕を下ろした。
もう一つの目的だったクロトの処刑も回避出来た。
国王夫妻とお茶会をしながら、星は窓の外へと視線をやる。
いつの間にか雨は止み、星の気分と同じく晴れ晴れとした空には、綺麗な虹がかかっていた。
勢いのまま書いたので、矛盾が出そうです。次は、詩織さんのターン予定です。




