巻き込まれ少女、出会う。8,巻き込まれ、奮闘す 3
「……ヨード、この子を何処の馬の骨とも分からぬ小娘、とか言ってくれたけれど、この子は『世界の愛し子』の関係者だよ」
ユナフォードは、真っ直ぐ視線を向けてくる星を誉めるように柔らかく青い瞳を細めて笑うが、ヨードに向ける言葉は冷気すら漂わせている。
「そ、そんな訳は……っ!」
「あるんだよ。お前も、あの場にいただろうが。セイ、自己紹介してやれ。そこら辺にいる理解力の低い奴らに」
ヨードの反論をぶった切ったシウォーグは、面倒臭そうに、兄と同じ色の瞳で動揺している愛し子派の貴族達を睥睨する。
星はユナフォードとシウォーグの後押しに、緊張しながらも僅かに微笑み、ぎこちなく一礼してから、口を開く。視線を向けるのは、何故か驚いている国王夫妻だ。
「私が、今代の巻き込まれで、ございます。どうか、私の言葉を、お聞き届けください」
星は噛まないよう気を付けながら、一言一言、しっかりと言葉を発していく。
星が、巻き込まれ、と名乗った瞬間、どよめきが起こり、煩かったらしく、ラビは耳を押さえている。
「巻き込まれは、男では……」
偽者と疑っているのか、そう呟くとヨードは血走った目を星に向けてから、シウォーグへと視線を移す。
「見ての通りだ。おれ達が、勝手に勘違いしただけで、セイは女だ」
「話が進まないから、口を挟まないでもらえるかな?」
兄と弟、二人がかりでヨードを黙らせると、良く似た青の瞳を星に向けて、先を促す。
「私の名前は、星・柊と申します。『世界の愛し子』である、詩織さんと一緒にこの世界に来ました」
「本当に、巻き込まれなのだな?」
「はい。国王陛下」
緊張を黒目がちの瞳に浮かべながら、星は頷いて答える。降り出した雨の音に、負けないよう意識して。
跪く必要はないと、事前にユナフォードから指示を受けていた為、背筋を伸ばし、星はラビと並んで立っている。
キースはというと、星の邪魔をしないよう、少し離れた位置に控えていた。
「それで、巻き込まれ……セイと呼べば良いのか?」
「はい、お願いします」
「セイ、内通者に関して、話があるとの事だが……」 王の言葉に、星は緊張から唾を飲み込んで、もう一度、ピアを視界に入れて、ユナフォードに向けて頷いて見せる。
「……私は、内通者として、王国騎士が一人、クロト・ハイエンを告発します」
ヨードを始め、王すらもポカンと口を開け、星の唐突な告発に驚きを隠せない。
「そこまで……そこまで言うからには、証拠があるのだろう?」
一番最初に復活した王は、僅かに玉座から身を浮かせながら、星へと鋭く問いを放つ。ヨードも、さすがに王の言葉に割って入ったりはしないが、その目は同じ事を訴えている。
星と王の会話が始まり、二人以外誰も喋らなくなった謁見の間には、緊張感が満ちる。
「はい。私の頭の中に」
「――念写か。内通者を見たと?」
「いえ……、私が見たのは、馬車の襲撃犯です。襲撃犯の目撃者を探し、一緒にいた人間を覚えていないか聞き込みをしていき、たどり着いた答えです」
「ふむ。念写した物を見せてもらえるか? いや、その前に、セイは念写が出来るのか、が先だな」
「いえ、私は読み取ってもらっただけ、です。頑張ってくれた方は別に……」
緊張感に満ちた会話の中、星は、頑張ってくれた相手を思い出し、ふわ、と笑いながら、緩く首を振って答え、
「念写をしてくださったのは、魔術師部隊所属の、シオン、様です。実物は、ユナ様……じゃなくて、殿下にお渡ししてあります」
と、言葉を続けるが、ついいつもの呼び方をしてしまい、慌てて言い直し、思わずユナフォードを上目遣いで窺う。
「しょうがない子だね。――陛下、これが目撃者から読み取って、念写した物です。クロト・ハイエンである事は、騎士団団長に確認済みです」
表情に出さずに慌てている星へ、ユナフォードは口内で呟き、柔らかい眼差しを送ってから、かしこまった台詞と共に、玉座の王へと念写された紙を差し出す。
「魔術師部隊所属の者の念写なら、間違いは無いだろう。――誰か、クロト・ハイエンを、ここへ」
ため息を吐いて、ユナフォードが差し出した紙を受け取り、王は控えていた兵士へと命令を下す。
「陛下、お待ちください! そこのセイなる小娘が本当に巻き込まれだとしても、この世界で保護した人間に唆されている可能性がございます! 何やら、溺愛されているという話ではないですか。幼くても、女は女、色によって騙されている可能性もございます!」
そう自信満々に言い放ち、ヨードは下卑た笑いと共に肥えた腹を揺らす。同じく愛し子派の貴族達も、ヨードに追従し、やはり星を嘲り笑う。
星の隣に立つラビは、不機嫌さを隠さず、ダンダンと床を踏み鳴らしている。
星は唇をギュッと噛み締め、反論を必死に飲み込む。体の脇で握りしめられた拳は、白く色を変えている。
そんな星の姿に耐えきれなくなったのか、シウォーグが立ち上がろうとする。そのシウォーグを、ユナフォードは、無言で腕を前に出して止める。
「兄上、何で止めるんだよ!」
自らが痛みを覚えたような顔をし、シウォーグはユナフォードを睨み、思わず声を荒げる。
「大丈夫だよ。溺愛している本人が動いたから」
ユナフォードも怒りを抑えているのか、冷たい青をヨードに向けてから、愛しい子へ近寄っていく親友を見ながら、良い笑顔で言い放つ。
ユナフォードの笑顔と言葉に、その視線を辿ったシウォーグは、安堵の息を吐き、
「早く行きやがれ」
と、何処か悔しさの混じる声音で呟いてから、体勢を戻す。
二人揃って、心配そうに一人の少女を見つめる。そんな兄弟の様子を背後から、王妃が微笑ましげに見守っていた。
王は、どう贔屓目に見ても弱い者いじめをしているようにしか見えない状況に、ヨードを諌めようと口を開きかけ、視界へ入ってきた予想外の相手に、そのまま固まる。
「――俺が、その巻き込まれを保護した人間だが?」
予想外の相手――ノウルは、必死な様子で立っている星を抱き寄せながら、固まっているヨードを睨み付け、ニヤリと不敵に笑って告げる。が、その目は全く笑っていない。
「で、溺愛、してるとは、とんでもない嘘を!」
普段のノウルを知っているヨードは、ガハハ、と下品な笑い声を上げると、鬼の首を取ったように喚き立てる。『世界の愛し子』である詩織にすら冷たい態度をとるノウルが、目の前の色気の欠片もない小動物めいた少女を溺愛してるなど、ヨードには信じられなかったのだ。
「ノウル……様、何か嘘吐いたの、ですか?」
小悪党じみた勝ち誇り方をしているヨードの姿に、明らかに無理矢理付けました的な様呼びをし、星は小首を傾げてノウルを見上げる。
「いつも通りで構わないぞ。そうしてくれないと、俺が嘘吐き扱いされるな」
「それは困るね。じゃあ、いつも通りで。と言うか、ノウル、ここにいて大丈夫?」
抱き締めてくる逞しい胸板に体を預け、良く分からないまま納得したように頷いてから、星は辺りを見回して、小首を傾げる。
あれだけ飛び交っていた罵詈雑言は消え、白々しい程の静寂に包まれ、星とノウル以外動いている人間はいない。ちなみに、ラビは未だに、足元で臨戦態勢真っ最中だ。
「さあ? どうせ、クロトが来るまで、する事はないだろ」
安心出来る腕に囲われ、星は表情を変えず、ふわふわ、とした空気を漂わせている。
「そっか」
そっか、じゃねぇよ。と思った人間はかなりいたが、ノウルが恐ろしく、全員黙りこくり、ユナフォードとシウォーグ以外、視線を外している。
「あ、ユナ様を、ユナ様って呼んじゃったけど……」
「まあ、今更だ。陛下からお叱りは無かったのだから、問題ないさ」
失敗した事を思い出し、シュンとした様子の星の頭を、ノウルは優しい手つきで撫でながら慰める。
ノウルはそのまま星の頭を撫でていたが、しばらくすると、手を下ろしていき、耳に触れたり、柔らかな頬をつついたりと、楽しそうに星を構い続ける。
控えめに言っても、溺愛としか言い様のないノウルの姿に、ヨードはポカンと口を開け、完全に固まっていた。
星は星で、擽ったそうに黒目がちの瞳を瞬かせているが、それ以外は無抵抗にされるがままだ。
「あー、ノウル。そろそろ、クロトが来るから、控えてもらえるか?」
唯一、ノウルを止められるであろうユナフォードが、苦笑混じりにそう声をかけると、ノウルは不服そうな表情を浮かべ、星から離れていく。
「で、ヨード。溺愛が、嘘とか聞こえた気がしたが、気のせいかな? それを否定するという事は、私の事を嘘吐き扱いしているんだが?」
ノウルが離れた事を確認すると、ユナフォードは、ニッコリと笑いながら、固まっているヨードへ問いかける。ちなみに、その青い目は全く笑っていないどころか、冷たく光っている。
「は、はい! 気のせいでございます!」
ヨードは敏感にその気配を察し、もげそうな程激しく首をブンブンと縦に振りながら、声を張り上げて答える。
「そうか、なら良かったよ」
ニコニコと笑ってユナフォードが答えると、ほぼ同時に謁見の間の扉が開かれる。
現れたのは、もちろんクロトを連行してきた兵士だ。
クロトは、観念しているのか、慌てる様子もなく、静かな表情で謁見の間へ入って来る。
星はラビを抱き上げ、縄から解放されたピアを見やってから、クロトへと視線を移す。
「クロト・ハイエン! 何故呼ばれたか、分かっているな? 言い訳があるなら聞こう」
朗々と響く声でクロトの名を呼び、詰問するのは、騎士団団長であるゴードンだ。心労からか、その顔は少し窶れている。
「何も。何もありません。俺は、俺の思うまま、したいから、しました。言い訳がある訳ないでしょう」
肩を竦めて答えるクロトの表情は、晴れ晴れとしていて、清々しささえ感じられる。
「クロト・ハイエン、お前はそれで満足かもしれない。だが、冤罪で捕まった人間がいる。命を落とした人間もいる。その罪を、お前はどう贖う?」
玉座の上から、そう静かに語りかけて来る王に、クロトは笑顔のまま躊躇いなく自らの胸を指差す。
「この命で――」
贖う、そう笑顔で言いかけたクロトの恐ろしいまで澄んだ狂信的な瞳に、水晶ウサギを抱えて佇む、一人の少女が映り込む。
その瞬間、誰も予想出来なかった事態が起きる。
澄みきっていたクロトの瞳が憎悪に染まり、隠し持っていたナイフを取り出し、キョトンとしている星へと襲いかかる。
「貴女さえ、いなければ……っ!」
「セイ!?」
クロトの憎しみのこもった叫びと、星の名を呼ぶ複数の声が謁見の間に響く。
「止めろ! クロト!」
離れた場所で、必死に叫んでいるのは、ゴードンだ。
ヨードを始めとする貴族連中は、巻き添えはごめんだ、と脱兎の如く逃げ出していく。その勢いに、さすがのノウルも、星へ駆け寄れず、盛大に舌打ちをする。その表情を見る限り、王の前でなければ、全員焼き払われていたかもしれない。
「クロト!」
もちろん、クロトの暴挙を言葉だけで止められる訳はなく、星を背後に庇い、キースはいつになく真剣な表情でクロトと向き合う。
「セイさんは、何も悪い事してないだろ!?」
器用に貴族達の隙間を縫って駆け寄ってきたアランも、キースの隣に立ち、クロトに向けて叫びながら、同じように星を背後に庇う。
「キースさん、アラン君……」
目の前の二つの背中を見つめながら、星は心配そうに二人の名を呼んで、ラビをしっかりと抱き締める。
「どうして、アランもキースも、愛し子様を守らない!? そこはその少女の場所じゃない!」
澄んだ瞳で、狂信的な叫びをあげるクロト。
「それこそ、俺の好きだよね? 愛し子様は良い女だとは思うけど、任務以外では一緒にいたくないな」
飄々としながらも、熱い想いを秘めた台詞を吐くキース。
「おれは、セイさんを守ると誓ったんだ。それに、誰かを守りたいという気持ちは、強制するものじゃない!」
真っ直ぐすぎる気持ちを、真っ直ぐに訴えるアラン。
同年代の騎士三人が、譲れない想いを吐き出し合い、油断なく睨み合う。
「それが動機だったんだね」
ポツリと呟かれた星の言葉が、人数が減って静かになった室内で、思いの外大きく響く。
途端に、動揺を見せたクロトは、狂信的だった表情を変えて、初めて、しっかりと星を視界に入れる。
その表情は、何処か迷子の子供のように、星の目に映っていた。




