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巻き込まれ少女、出会う。8,巻き込まれ、奮闘す 2

 それから、公開裁判に向けて、それぞれの戦いが始まった。

 普通の罪人なら、裁判所で罪を暴かれ、罪状を決められるが、今回は国の宝ともいえる『世界の愛し子』を害しようとした重罪人の為、国王の前に引き出され、謁見の間で裁かれる事になる。

 まさに、ピアはこれに該当する罪の嫌疑をかけられていた。

 まずは、ユナフォードとマオ、それとその部下達。貴族――特に、愛し子派とも呼ばれる、ヨードを筆頭とする愛し子至上主義の集団を黙らせる為、証拠資料集めに奔走していた。

 騎士団団長ゴードン、アランとキースは、クロトの身辺調査。それと、密かな監視を続けていた。

 ノウルは、部下達を連れて、日帰りで帰る事が出来る周辺の魔物退治任務に出されていた。これは、公開裁判関係無く、いつもの任務だ。

 シウォーグは、貧乏クジを引いた感はあるが、兄から頼まれた為、愛し子の傍で公開裁判まで過ごす事となった。

 そして、星は――。




「うん、綺麗よ。セイちゃん」

 アウラによって、日々磨かれた星は、本番である今日、ノウルが仕立て屋を呼んで作らせた、淡い水色の清楚なラインのドレスを着付けられていた。

「……落ち着かない」

「大丈夫、似合ってるわ。後は、薄化粧して、髪飾りを……」

 ユナフォードが用意した控えの間で鏡の前へ腰掛け、星はアウラとある意味戦闘準備をしていた。

 アウラは嬉々とした様子で薄化粧を終わらせると、星の伸びて来た髪に触れながら、楽しそうに髪飾りを選んでいる。

「髪飾りは、これで……」

 悩んでいるアウラに、振り返りながら、星は手にしていた髪飾りをそっと差し出す。ピンク色の花の形をした、シンプルな髪飾りを。

 それは、アウラが、異世界生活初日の星へと贈った物だった。

「これは、ちょっと地味じゃないかしら?」

 困ったように、だが喜色は隠せず微笑んでしまいながら、アウラはそれでも否定的な意見を口にする。

「これが、良いの」

 これが、を強調して言い切った星は、黒目がちの瞳を柔らかく細めて笑い返す。

「もう、可愛い子ね」

 うふふ、と今度は笑みを隠さず、声を出して笑いながら、アウラは愛おしげに星を背後から抱き締めて、甘く柔らかな声で囁く。

「これ着けてると、アウラさんが傍にいる気がして、頑張れる気がするから」

「セイちゃん……っ」

 感極まった声で星の名前を呼んだアウラは、星を背後から包み込むようにギュッと抱き締める。

「私なら、大丈夫だよ」

 アウラの腕に触れながら、星は自分に言い聞かせるような呟きを洩らす。

「――倒れたって、支えてくれる人達がいるからね」

 そう言葉を続け、星は鏡越しにアウラへ、ふわふわ、と緊張感の欠片もない笑みを向ける。

「その中には、わたしも含まれてるかしら?」

 背後から抱き締めたまま、星の円やかな頬へ、赤い唇を押しつけ、アウラは艶然と微笑み、悪戯っぽく小首を傾げて告げる。

「もちろん! ……嫌、だった?」

 元気良く即答してから、星はチラチラと不安そうに背後を窺う。

「嫌な訳ないでしょ? 誰よりも先に……ノウル様よりも先に、受け止めてあげるわ」

 鏡越しに星と目を合わせ、自らの胸を叩いて見せながら、ニッコリと笑ったアウラは男前に言い切る。

「アウラさん、かっこいい」

 そんなアウラに、星はほんのりと頬を染めて賛辞の声を洩らしている。

 決戦前の気の抜けるやり取りの脇で、こちらも蝶ネクタイでビシッと決めたラビは、ぽふぽふと拍手するように前足を合わせていた。




 ちょうど髪飾りも着け、星の支度が終わった頃、部屋の扉がノックされる。

 ――コン、コン、コン。

「どーぞ」

 星がそう声を掛けると、扉が開かれ、騎士の制服でビシッと決めたキースが入ってくる。

「キースさん、こんにちは」

「こんにちは、セイちゃん。迎えに来たよ――そちらのお美しい方は?」

 星に向けて話しかけ、微笑ましいものを見るような笑みを浮かべていたキースは、アウラに気付いた瞬間、その表情を変える。初対面の時に見せた、薄っぺらい軟派な笑みへと。

「アウラさんだよ。ノウルの愛人さんしてる、娼婦さん」

「うふふ、良かったら、今度お店にいらっしゃい。サービスするわ」

 星が自らを紹介する声を聞きながらアウラは、キースの表情の変化に、からかうような声音で、キースへいやらしくならない程度に体を寄せていく。

「それは……とても、魅力的なお誘いで……」

 反射的にアウラの腰へ腕を回しかけたキースは、じぃ、と見つめてくる黒目がちの瞳に気付き、慌てた様子で万歳とばかりに両手を挙げ、苦笑混じりの歯切れの悪い台詞を返す。

「キースさん、アウラさんと行っちゃうの?」

 星はラビを抱えると、何処か寂しそうに問いかけ、上目遣い気味にキースを窺う。が、内心は、行くなら代わりにアラン君呼んでね? ぐらいに思っていたりする。

 だが、そんな星の内心を知る由もないキースは、悪戯っぽく笑っているアウラから慌てて離れると、星へと早足で歩み寄り、どうぞ、とばかりに肘を差し出す。

「…………ラビ?」

 理解出来なかった星は、とりあえず抱えていたラビを、差し出されたキースの肘へと寄せる。無言でコアラのようにハシッとしがみつくラビ。こちらも無言で、ラビを見下ろすキース。

「セイちゃん……、予想外すぎる返しは止めて?」

 数秒後、何とか立ち直ったキースは、大笑いしているアウラをチラチラと見ながら力なく言うと、ラビを引き剥がし、星へと渡す。

「セイちゃん、その坊やは、エスコートに来たのよ。セイちゃんが、肘に掴まってあげなさい。ラビは空いてる手で抱っこすれば良いわ」

 やっと笑いをおさめたアウラは、笑い過ぎて滲んだ涙を拭いながら、キースを指差して、星へとキースの行動の真意を伝える。

「あ、ごめんね?」

「謝らないでくれる? 余計に惨めになるからね。――じゃあ、改めて、お嬢様どうぞ?」

 シュンとして、申し訳なさそうな色を瞳に浮かべて謝る星。それに、苦笑で応じたキースは、気を取り直すと、もう一度、決め顔をして肘を差し出す。

「はい、お願いしますわ、キース様」

 キースの決め顔に星はシパシパと瞬いてから、わざとらしく、ツンとした口調で答えるが、すぐに柔らかく微笑んで、キースの肘をしっかりと掴む。その温もりと重さに、キースは自然と表情を引き締める。

「大丈夫、道中は俺がセイちゃんを守るよ」

 真摯な色を滲ませたキースの声に、星はコクリと頷いて返し、アウラへと、いってきます、とだけ告げて、キースのエスコートで歩き出す。

「いってらっしゃい、セイちゃん、キース様」

 身長差のある二人の後ろ姿を軽く手を振って見送り、アウラは赤い唇を不敵な笑みの形に変えていく。

「『世界の愛し子』だか何だか知らないけど、セイちゃんを泣かすのなら、ぶん殴りに行こうかしら」

 不穏なアウラの呟きを聞いている者は、幸いにもいなかった。




 ――謁見の間。

 星が呼ばれる少し前に時間は遡る。

 謁見の間の、絨毯の上で膝をついているのは、ある意味本日の主役であるピアだった。

 縄で拘束され、絨毯の上で跪いていても、ピアの美貌はくすむ事は全くなく、光輝いて見える程だ。

 ピアの感情の薄い瞳は、特に何も感じてないとばかりに、自分の少し先の絨毯を見つめている。

「な、なにかを言え! この内通者が!!」

 そんなピアの傍で叫んでいるのは、喋る肉塊ことヨードだ。『世界の愛し子』は不参加らしく、姿は何処にもない。

 それはさておき、ピアはヨードの叫び声に、面倒臭そうに片眉を上げて見せる。声には出していないが、言いたい事は、うるさい、だろう。

 玉座に腰掛けている王も、うるさかったのか、若干苦笑気味だ。王妃は扇子で顔を隠し、横を向いている。

 そんな周囲を気にも留めず、ヨードはピアを罵倒し続け、愛し子派と呼ばれる貴族達も唱和し、口々にピアの処刑を訴えている。

「あー、侍女よ。何か言いたい事はないのか?」

 あまりの一方的なやり取りに、思わず玉座の上から王が罪人であるピアへ声をかける。隣では、王妃が優しい眼差しで、ピアを見下ろしている。

「……一言だけ言わせていただけるなら、私は、愛し子様に何の感情も抱いておりません」

 ピアの発言に、謁見の間にどよめきが起こる。

 そんな中、ついにユナフォードが動き出す。傍らでは影が揺らめき、琥珀の光が一瞬過る。

「来たみたいだね」

 小さなユナフォードの呟きを拾い上げたのは、隣にいたシウォーグのみ。

 そのシウォーグの表情は、ユナフォードの呟きを聞いた瞬間から、一気に緊張に染まっている。

「シウォーグ、お前が緊張してどうするんだ」

 呆れたように弟へ声をかけてから、ユナフォードは一歩前に進み出る。そして、父である王を仰ぐ。

「陛下、内通者に関係する証言者を呼びたいので、許可を」

「あ、ああ、許そう」

「ありがとうございます。――さあ、入って来なさい」

 ユナフォードが良く通る声でそう呼び掛けると、重々しい音と共に扉が開かれる。現れたのは、騎士にエスコートされた黒髪の小柄な少女。大きなウサギらしきぬいぐるみを抱えた姿に、周囲を囲んだ貴族からは嘲笑が巻き起こる。

「何だあれは」

「気でも狂ってるのか?」

「また随分と乳臭い……」

「気品の欠片もありませんな」

 口々に喚き立てる貴族達だったが、ガンッと鈍い音と共に、一人の貴族が無様に尻餅をついた姿を見て、その声が小さくなっていく。尻餅の原因は、何者かによって破壊された椅子のせいだ。

 その凶行を引き起こしたのは――。

「ああ、すまない。――足が、滑ったようだ」

 全く謝る気がない口調で謝罪を口にした、銀髪に紫の瞳を持つイケメン――ノウルだった。その背後では、止めようか悩んでいたのか、アランがあわあわとしている。

 文句を言おうとノウルを睨んだ貴族は、あまりの眼光の鋭さに、ヒッと息を呑むと、壊れた椅子もそのままに、這いつくばって謁見の間から逃げ出す。

「ユナフォード殿下、その様な何処の馬の骨とも分からぬ小娘を連れてきて、何をお考えで?」

 でっぷりとした腹を揺すりながら、この若造が、という感情を滲ませた言葉を紡いだヨードは、余裕綽々の表情でユナフォードを脂ぎった笑顔で見つめる。

「……不愉快だね」

「私も同感だわ」

「俺も、同感かな」

 段上にいるユナフォードからだけではなく、他二方向から返ってきた答えに、ヨードは目を白黒させて辺りを見渡す。

 一人目は、絨毯の上で跪かされているピアだ。無表情ながら、嫌悪の眼差しをヨードに向けている。

 二人目は、星をエスコートして来たキースだ。ヨードの視線から守るように半歩前に出ると、軽薄な笑みを浮かべて、ヨードを睨んでいる。

「な……っ」

 顔を真っ赤にしたヨードが何かを叫ぼうとするが、その前に星の腕の中からラビが飛び降りる。

 一部を除いて唖然とし、静まり返った謁見の間。その床に、ビシッと後ろ足で立ったラビは、星が着けてくれた蝶ネクタイをもふもふの前足で直してから、ヨードをロックオンしている。次に何か星を馬鹿にした瞬間、蹴る気らしい。

「ま、まもの……っ」

 ぬいぐるみだと思っていたものが動き出し、誰かがそう呟くと、恐慌状態になった貴族達が逃げ出そうとする。そこへ、

「慌てるんじゃねぇよ。そいつは、魔物じゃない。ただの水晶ウサギだ。ちょっとデカイぐらいのウサギが、まさか怖いとでも言うのか?」

と、小馬鹿にするような言葉をかけるのは、ニヤリと笑ったシウォーグだ。

 シウォーグの言葉を理解しているのか、ラビは、くふくふ、と楽しげな息を洩らしながら、可愛らしい仕草で顔を洗って見せる。

 あざといが、万人受けする愛らしいラビの姿に、王妃も微笑んでいる。

 とりあえず、ラビの衝撃により、星への罵倒は鳴りを潜め、椅子に座り直した貴族もすっかり大人しくなる。

 キースの肘を掴んだまま星は、ゆっくりと深呼吸すると、一瞬だけピアへと視線をやってから、真っ直ぐな視線を玉座に向けた。



 星の戦いが、幕を開ける。


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