巻き込まれ少女、出会う。7,巻き込まれ、奔走中 3
「おー、髪色が分かったけど……特徴的な服装って……何?」
「すんません、私にも上手く言い表せないんすよ……」
そう言って申し訳なさそうな表情で佇むのは、この路地で露店を開いていた男性だ。
彼の証言により、襲撃者と一緒にいた内通者の髪色と、特徴的だという服装が判明したが、上手く説明出来ず、隣国から商売に来たという彼は、心底申し訳なさそうに縮こまっている。
男性と一緒になり、星は眉尻を下げて、困り顔になっているが、その隣ではシオンが呆れたような表情を浮かべていた。
「……ねえ、何の為に僕がいると? 別に、セイと恋人ごっこしに来た訳じゃないからね」
皮肉げな笑みと共に、一気に言い切ったシオンは、自分の発言にそれぞれ反応した騎士二人を無視して、星と繋いでいない方の手を男性に向ける。
「さあ、頑張って見た相手を思い出してくれる? 騎士さん達は、紙を用意してよ」
シオンは、早くしなよ、と付け足して男性陣を急かすと、自らは目を閉じて精神集中を始める。
「顔は良く見てないんすが……」
自信無さげに言いながらも、男性はシオンを真似るよう目を閉じて、何とか記憶を絞り出そうとする。
星は精神集中をしている二人を邪魔しないよう、ギュッと唇を引き結び、シオンを応援するように繋いだ手に力を込める。
「――紙、くれる?」
やがて、うっすらと額に汗を浮かせたシオンが、ポツリと呟くと、紙を求めて手を差し出す。
「はい! どうぞ!」
アランは、キビキビと返事をし、すかさず用意していた紙をシオンに手渡す。 そんなアランを、星とキースは横目で見ている。今、二人の心は綺麗に重なっている事だろう。犬っぽい、と。
「…………出来たよ」
数分後、ゆるゆると息を吐きながら、シオンは顔の無い男が焼き付けられた紙を揺らして見せる。髪色は、金茶。そして、特徴的と表現された服装は、目撃者の男性以外全員見覚えがあった。
「魔術師さんって、すごいんすね! まさに、こんな感じの服装っすよ?」
シオンが握った紙を覗き込み、目撃者の男性は感心しきりな声を上げているが、四人は顔を見合わせ、困惑したような視線を交わし合う。
「皆さん、どうかしたんすか?」
「……何でもないよ? ありがと、協力してくれて」
不審そうな表情の男性に、一番衝撃が少なかったらしい星が、代表するように答え、今度お礼に買い物しに来る事を約束して、男性を送り出す。
その姿が完全に見えなくなってから、星はとりあえず、繋がれた手の先にいるシオンを軽く引いて正気づかせる。
「シオン君、シオン君、しっかりして!」
「あ、ああ、ごめん、さすがに予想外過ぎて……」
ハッとしたように言葉を紡ぎだしたシオンの顔は、驚愕のあまり、年相応な幼さを覗かせている。
「アラン君、キースさん、二人も帰ってきて?」
こちらは険しい顔をして黙りこくった騎士二人へは、星は心配そうに声をかける。
「っ、すみません! もう大丈夫です!」
へにょり、と眉尻を下げて情けない表情をしたアランは、星の前に跪かんばかりの勢いで喋り出し、シオンを辟易させている。
「ごめん、ごめん。驚かせちゃったね」
一方、スマートな謝罪を見せたのはキースで、柔らかい微笑を浮かべると、甘やかすように星の頭をよしよしと撫でる。こちらは、ラビからの冷たい視線をもらっている。
「――でも、騎士団から、内通者が出るとは、団長が卒倒するよね」
わざとらしく軽い口調で言葉を続けたキースは、シオンの手から、内通者とおぼしき人物が描き出された紙を受け取り、しげしげと眺める。
そこに描かれた内通者には顔こそ無かったが、特徴的と表現された騎士団の制服は、きちんと紋章の細部まで描き出されている。
「金茶の髪ですか……、そう珍しい色では無いですよね」
「ノウルとかアラン君みたいな色なら、目立つんだけどね」
キースの手元を覗き込んで悩むアランの隣で、星はアランの鮮やかな赤毛を見つめて、残念そうに呟きを洩らす。
「おれの髪、そんなに目立ちますか?」
アランは、隣で呟かれた星の言葉が気になったのか、伏せ目がちに小声で問いかける。
「うん。目立つし、炎みたいで、綺麗だよ。触ってみたいくらい」
即答した星は、悪戯っぽく言葉を続けると、アランと目を合わせ、口元を綻ばせる。
「はい! 好きに触ってください!」
ピシッと背筋を伸ばしたアランは、嬉々とした様子で元気良く返事をし、紙を見つめていたシオンとキースをギョッとさせる。
「ふふ、今度、触らせてもらうね。……でも、本当に髪色ぐらいじゃ、絞りようがないよね」
慣れたもので、星は小さく笑ってアランに答えるが、すぐにその表情は曇ってしまう。
「――はい、そうですか。セイは大丈夫です。分かりました」
シオンは、別動隊であるノウルに通信用魔具を使って連絡を取っていたが、答えは芳しくなかったようだ。美少年っぷりに、若干の陰りが出てきている。
「ノウル達の方は空振り?」
「うん、そうらしいよ。ゴブリンは、また別口だったみたいだ」
はぁ、とため息を吐いて答えるシオンの顔色は、元々の白さもあるが、あまり良くない。
「こりゃ、八方塞がりだねえ」
口調の軽さに反し、鋭い眼差しのまま、キースは二枚に増えた紙を眺めているが、不意の突風が手元から紙をさらっていく。
ちっ、と舌打ちをしたキースは、同じ方向へと飛んだ二枚の紙を追うが、キースより先に、偶然通りかかった男性が紙を拾い、四人の元へと近づいてくる。
「これ、貴方達のですよね? ……あれ? セイお嬢さん?」
笑顔を浮かべて拾った紙を差し出した男性は、星に気付くと驚いたように目を見張って星の名前を口にする。
「あ、御者さん。こんにちは」
呼び掛けられ、相手を思い出した星は、小さくペコリと頭を下げて挨拶する。
星の呼んだ、御者さん、という言葉が示す通り、この男性は、馬車の御者だった。しかも、星が異世界初日にお世話になった、あの暴走した馬車の御者だ。
星は、不審そうな視線を御者に向ける三人に、御者の事を説明する。と、関係者とも言える人物の登場に、三人の不審そうだった表情は、三人三様に何ともいえないものへと変わる。
「御者さん、今日はお休み?」
「はい。パレードで馬車の襲撃があったので……」
星の質問に対し、苦笑を浮かべて言葉を濁した御者は、今度こそ拾った紙をキースへ渡そうと差し出し、
「はい、これ――あれ? この方は、セイお嬢さんのお知り合いですか?」
と、目に入った昏い目をした襲撃者の絵姿に、首を傾げて星を見やる。
「え?! 御者さん、この人知ってるの?」
「本当なの?」
「何処で見たんですか?」
「セイちゃん、引き強すぎだよ」
御者の発言に、星、シオン、アランの順で御者へと詰め寄り、キースは一人苦笑して呟いている。
「え、ええ、知っているという程では無いですが、あの事故の数日後に、壊れた馬車を修理している時に、お見かけしました。やけに馬車を見つめていたので、はっきり記憶に残ってます」
詰め寄って来る三人に動じる事なく、穏和な笑みを浮かべ、ゆったりと返した御者に、キースは感心した表情を向けながら、差し出されたままだった紙を受け取る。
「ついでに訊いても良いかな? その時、こんな感じの男を一緒に見かけなかった?」
言葉通り、あまり期待してない様子で訊ねながら、キースは受け取った紙の、顔の無い男の絵を御者に向ける。
「……この方かは分かりませんが、確かに似た背格好の青年が隣にいましたね」
「顔は、見た?」
御者の迷い無い返しに、星はシオンと繋いだ手に力を込め、恐る恐る質問する。
「はい。その方は、あまり顔を見られたくないのか、物陰にいらしたんですが、ちょうど私はその方から死角だったらしくて……」
見えました、と答えて、苦笑を浮かべる御者を他所に、星達はまさに戦々恐々だ。
「――御者さん、協力、してもらいたい事、あるんだけど」
星は、緊張から乾いた唇を舐めてから、ゆっくりと一言ずつ区切って、御者へと話しかける。
「はい、私でお役に立てる事でしたら」
力強く頷いて答える御者に、シオンは血の気の失せた顔の中で、目だけをギラギラと輝かせて、睨むような視線を送る。
「……じゃあ、早速、その物陰にいた男を、出来るだけ、思い出してくれる?」
そう言うと、シオンは御者へと手を翳し、精神統一を始める。が、不意に、その細い体が揺れたかと思うと、星の方へと倒れ込んで来る。
「シオン君!?」
驚いた星は、シオンの名前を呼びながら、何とか自分より上背のある相手を支えようとするが、男性で、さらに鍛えている為、シオンの体は見た目より重く、一緒に倒れ込みそうになる。
「大丈夫ですか!?」
すかさず駆け寄ってきたアランが支えなければ、二人揃って地面と仲良くなる羽目になっただろう。
「念写し過ぎだろ。これで、四枚目なんだし」
心配そうにシオンを支えている星と、その二人をさらに心配そうに見つめて支えているアランに、キースは肩を竦めて、安心させるよう軽く告げる。
そんなキースの言葉に、シオンの肩が軽く揺れるが、それ以上に顕著な反応を見せたのは、星だ。シオンをアランと共に支え、路地の端に置かれていた木箱に並んで腰掛け、目を見張って固まってしまう。
「…………違うよ、これで七枚目なの」
やがて、ゆっくりと硬直から回復した星は、泣き笑いのような表情を浮かべ、絞り出すように言葉を紡ぎ、虚ろな瞳をしているシオンの頬を撫でる。
「七枚目……っ? 有り得ないだろ。普通の魔術師なら、連続二枚で倒れてるって。それを、七枚……しかも、ほぼ連続でって……」
流石ノウル様直属の部下、と感心半分、呆れ半分にブツブツと呟くキースは、頭痛を堪えるように額を押さえて天を仰ぐ。
「……セイ、かみ」
「駄目だよ、シオン君! 少し、休も? 御者さんも、少し待ってて?」
焦点の合わない目のまま、呂律の回っていない口調で、手を差し出して来るシオン。その手を必死に押し戻し、星はフルフルと首を横に振り、心配そうに佇んでいる御者へ声をかける。
無言で頷いた御者は、シオンの視界から外れた位置に移動しながら、未だに心配そうに見つめている。
「そ、そうだ。私、良い物持ってる! おやつにと思って、作ったの」
不服そうに睨んでくるシオンの目に、星はわざとらしく視線を外して明るく言うと、ポケットから紙袋を取り出す。
「ほら、脳が疲れた時には、甘い物だよ」
あーん、と言いながら、星は紙袋の中から取り出した、一口サイズの白く丸い物体を、シオンの口元まで運ぶ。
星の作る物の美味しさを知っているシオンは、素直に口を開き、その物体を口内に招き入れ、むぐむぐと咀嚼する。
「あまい……とけた……」
美味しかったのか、単語で感想をぼんやりと呟くシオンは、お代わりを要求しているのか、また口を開けている。
「これ、マシュマロっていうんだよ」
星は嬉しそうに黒目がちの瞳を輝かせ、説明しながらシオンの口へマシュマロを入れていく。
何度かそのやり取りを繰り返すと、徐々にシオンの瞳に光が戻ってくる。白かった顔色も、血の気が戻っている。
「……セイ、ありがとう。もう平気だから、紙くれる? あと、そっちの人、もう一回協力してよ」
ペロリと唇を舐めて、倒れかけたのが嘘のように素っ気なく告げたシオンは、近寄ってきた御者に向けて手を翳し、もう一度、精神統一を始める。
「……頑張って、シオン君」
「無理はしないでください」
「復活、早過ぎだよね」
三人三様の言葉をかけながら、星達はシオンと御者の様子を見守っている。
数分後、シオンの手にした紙には、騎士団の制服を着た青年が描き出されていた。
「やっと、顔が分かったね」
「ありがと、シオン君! 御者さんも、ありがと!」
「お役に立てて、良かったです」
完成した安堵から、柔らかい眼差しを交わし合う星とシオン、それに協力者である御者。
その傍らで、紙に描き出された青年を見た瞬間から、アランとキースの顔色が悪い事に、ピアの嫌疑が晴れる、と喜ぶ星は気付かなかった。
「あの馬鹿が……」
星達から離れた騎士二人のうち、忌々しげに吐き捨てたキースは、顔を掌で覆い、天を仰ぐ。
「どうして、お前なんだよ、クロト……」
血を吐くように呟くのはアラン。
そんな二人の言葉に、紙に描かれただけの青年は、無表情で見つめ返すのみだった――。
ちょっとずつ、進んでます。相変わらず、ご都合主義です。




