巻き込まれ少女の異世界生活 2ー1
分割作業続行中。なかなか進まない。抜けた所を見つけたら、教えて頂けると助かります。
2,渡る世間に鬼はなし
「ん……、ここ、何処?」
目が覚めた瞬間、自分のいる場所がわからず、星は体を起こしながら、周囲を見渡す。
星が眠っていたのは、豪華な内装の部屋の、ふかふかした天蓋付きベッドの上だった。
「なんか、異世界とか、とんでもない夢見てた?」
半身を起こしたまま、首を傾げ、星は軽く現実逃避気味に呟いた。
本当に夢なら良かったかもしれないが、今現在いる部屋は、星には全く見覚えがなかった。
「泣いて、寝落ちとか……」
記憶を辿った星が、眠る寸前の事を思い出し、恥ずかしさに身悶えしていると、ベッドの足元で茶色い物体がモゾモゾ動き出す。
それに気付き、驚いて固まった星の目の前で、茶色い塊から、ヒョコッと長い耳が生え、特徴的な水晶が現れる。
物体の正体を悟り、硬直から復活した星は、目を見張ってもう一度固まる。
「……水晶ウサギさん? 着いてきちゃったの?」
復活した星の問い掛けに、水晶ウサギはコクコクと頷いて、星の胸へと勢いよく飛び込む。
「うわ……っ」
バンッ!
「どうした!? セイ!」
水晶ウサギの勢いに、星が驚愕の声を上げてベッドに倒れた直後、ドアをぶち破りそうな勢いで飛び込んで来たのは、鬼気迫る顔をした銀髪イケメン。
「……いつものあんたは何処に置いてきたの?」 その後ろから、艶やかな声と共に呆れた表情で現れたのは、赤いドレスを纏い、焦げ茶色の髪を美しく巻いた妖艶な美女だ。
「綺麗……、女神様みたい」
銀髪イケメン―ノウルに助け起こされながらも、星の目は美女に釘付けになり、うっとりと感嘆の声を洩らす。
「ふふ、素直な子は好きよ?」
艶然と微笑まれ、自然と星の頬がほんのりと染まる。
「誘惑するな。……セイ、具合は大丈夫なのか?」
「え? あぁ、うん、疲れてただけだよ」
こっちを見ろとばかりに肩を揺すられ、星はシパシパと瞬きをして、ノウルへ視線を戻す。
「心配かけて、ごめんなさい」
心配そうな紫の瞳に気付き、星は申し訳なさそうな表情を浮かべ、ペコッと頭を下げる。
「いや、大丈夫なら良い」
ノウルは、優しく微笑むと、慈しむよう星の黒髪をそっと撫でる。
「……いい加減、あたしに自己紹介させてくれるかしら?」
「あぁ、いたのか」
「この男、ぶん殴りたいわねぇ」
わなわなと赤い唇を震わせると、美女は拳を握り、有言実行に移ろうとする。 が、ジーッと見つめてくる星の瞳に気付くと、にっこり笑って、拳を解く。
「冗談よ。……あたしは、アウラ。この娼館の主人よ。ここはあたしの部屋だから安心していいわ」
「セイ・ヒイラギです。よろしくお願いします……私、売られるの?」 布地の上からでもわかる豊かな膨らみに手を宛て、自己紹介した美女――アウラに対し、星はノウルの手から逃れ、小さく頭を下げるが、娼館という言葉に、キョトンとした表情で、ノウルとアウラを交互に仰ぐ。
「……可愛い。この子、ちょうだい?」
水晶ウサギを抱き締めながら、おずおずと自分達を上目遣いで窺う星の姿は、アウラの母性本能をバッチリ擽ったらしい。
アウラは、呆然としているノウルを押し退け、水晶ウサギごと星を抱き締める。
「あの、私、あんまり女の子っぽい体じゃない、デスヨ?」
「大丈夫よ、見たところ、15・6歳でしょう? すぐに育つわ」
豊かな胸に顔を押しつけられながら、星は微妙に片言で訴える。
アウラは気にした風もなく、うふふ、と笑って、星の体を離すと、そのまま舐め回すように見つめる。
星は、アウラの視線に若干怯え、水晶ウサギの頭に顔を埋めながら、アウラと固まったままのノウルを見やる。
ちなみに、先程から色々されているが、水晶ウサギは無抵抗で嬉しそうに星に抱き締められている。
「手伝って、くれる?」
星は水晶ウサギに顔を埋めたまま、僅かに首を傾げて、見やった二人に問いかける。
「もちろん、もん……ぐっ!?」
「えぇ。でも、ダメよ? こんな悪い男の前で、そんな可愛いこと言っちゃ」
星の衝撃発言に、硬直から復活したノウルが、勢いよく何かを言いかける。が、アウラも早かった。
アウラは、素早く肘をノウルの脇腹に叩き込むと、艶然と微笑んで、星の頭を撫でて言い含める。
そして、痛みで悶絶しているノウルの襟首を掴み、不思議そうにしている星から離れる。
「……アウラ、何を」
「あんたはいい加減セイちゃんの誤解を解きなさい。……それとも、本当に、売るつもり?」
「そんな訳ないだろ!」
二人は小声で言い争いながら、水晶ウサギと遊んでいる星をチラチラと横目で気にする。
二人の視線に気付くと、星は表情を変えずに首を傾げ、抱き上げた水晶ウサギの手を柔らかく握り、二人に向けて振って見せる。
「どうしたら良い? 可愛すぎて死にそうだ」
「馬鹿じゃない? ……まぁ、同感だけど」
台詞に似合わない真顔で手を振り返すと、二人は我先にと早足で星の元へ戻る。
「……ノウル、アウラさん。えぇと、お話終わった?」
二人の勢いに、若干引きながら、星は傍らに立つ長身な二人を仰ぐ。
水晶ウサギは、星を独り占め出来なくなり、不満そうに顔を洗っている。
ノウルはベッドに膝を付くと、上体を傾けて、星との距離を詰めた。その手はゆっくりと、手触りの良い星の黒髪を撫でている。
抱っこの荒療治で、人見知りの星も、ノウルに関しては特に身構えず、感情をよく映す瞳をゆっくりと瞬かせ、ノウルの言葉を待つ。
「まず一つ先に言っておくが、アウラはただの友人で、ここにはセイの服を選びに来ただけだ」
「……そ、そうなんだ。私、てっきり売られるのかと……」
痛みを堪えるよう目を伏せた星に、ノウルは微笑んで腕を伸ばし、星を優しく抱き寄せる。
「勘違いさせて、すまなかった」
「私も早とちりして、ごめん」
ノウルの腕の中、星は照れ臭そうに小さく笑うが、傍らで呆然と立ち竦むアウラに気付き、首を傾げた。
「アウラ、さん?」
「……っ、えぇと、大丈夫、ちょっと、驚いただけよ」
星の声に、アウラは一瞬息を呑んでから、誤魔化すように微笑んで、星の頭を撫でた。
睨んでくる狭量な男は、華麗にスルーしている。
「セイちゃんの事情は聞いてるわ。……びっくりしたわよね、急に知らない世界にいたなんて」
「はい、有り得なすぎて、逆に慌てるの忘れてました」
ノウルとは違う優しい撫で方に、星は、ふふ、と小さく笑みを溢し、アウラへと向き直る。口調は、しっかりと余所行きになっている。
「あら、良いわよ、ノウルに話すみたいに話して。堅苦しいのは、好きじゃないの」
星の余所行き口調に、アウラはわざとらしく顔をしかめてから、すぐにクスクスと笑って告げる。
「じゃあ、そうさせてもらうね。私も、堅苦しいの苦手」
アウラの言葉に、星は安堵の息を吐いて表情を緩めて同意し、
「……詩織さんは、得意そうだけど」
と、ノウルの腕の中で、自嘲気味に肩を竦めて見せた。
ノウルは、ゆっくりと星から手を離すと、難しい表情で顎に手を宛てる。
「シオリというのが『世界の愛し子』の名か」
「うん。一応、同級生……」
ノウルの問いに答えながら、星はアウラに手を引かれ、ベッドから立ち上がる。
「……あたしの私服じゃ大きそうね。まぁ、何着か見繕わせてあるから、色々着てみましょう」
立ち上がった星の全身を眺め、楽しそうに目を輝かせたアウラは、早速星を脱がせようとし、そこで動きを止めた。
「さっさと出て行ってくれるかしら?」
「……わかった」
しれっとその場に混じっていたノウルは、眦を吊り上げたアウラに睨まれ、寂しげに肩を落として、去っていった。
「じゃあ、気を取り直して……」
「……はい、お願いしマス」
小さく手を振ってノウルを見送った星は、二人きりになった途端、人見知りを遺憾無く発揮し、緊張した面持ちでアウラと向き合う。
「取って食ったりはしないから、そんなに緊張しないの」
その様子に、アウラはクスクスと楽しげに笑いながら、手に取った服を広げて見せる。
「さぁ、ノウル様をびっくりさせましょ?」
「……おー?」
アウラの勢いに押され、ぎこちなく笑みを浮かべた星は、小首を傾げて、とりあえず掛け声と一緒に小さく拳を突き上げていた。
●
追い出されたノウルは、憂い顔でため息を吐くと、窓へと歩み寄る。
窓枠に体重を預け、外を眺める姿は絵になるが、頭の中は、
(着替え見たかった)
なので、彼に夢見る少女達が一瞬で幻滅すること確定だろう。
ノウルは、そのまま、何ともなしに高台にある王城を眺めているが、城の尖塔に旗が掲げられようとしている事に気付き、目を細めた。
「あぁ、騒がしくなるな」
心底、面倒臭そうに呟くノウル。
その不謹慎な独り言を聞く者は、幸いにもいなかった。
特殊な紋様のあの旗が掲げられるのは、『世界の愛し子』が現れた、それを国民に示すという意味合いがある。
現に、開かれた窓からは、風に乗って、たくさんの歓声が響いてくる。
いつもは静かな娼館内も、女達の嬉しげなざわめきと、衣擦れの音があちこちからし始める。
「ノウル様! 見ました? 『世界の愛し子』が降臨されたんですよ!」
パタパタと軽い足音と共に現れた雑用係の少年が、興奮しきった様子でまくし立てるのを、ヒラと片手を振って追いやったノウルは、再びため息を吐く。
「本当に、面倒臭い」
呟き、真剣な憂い顔に戻ったノウルの顔は、ゆっくりと開かれたドアと、隙間からおずおずと覗いた顔を見た瞬間、柔らかい笑みに変わった。