巻き込まれ少女、出会う。7,巻き込まれ、奔走中 1
誤字脱字等ありましたから、そっと教えてくださると、助かります。
7,巻き込まれ、奔走中
「……し、心臓に悪い」
「ごめんね。私も、ここまで熟睡するとは思わなくて」
「ねむい……」
そんな台詞を、星、ユナフォード、ノウルの順番で喋っている三人は、まだベッドに寝転んでいた。
起きた瞬間、慣れてきたノウルの寝顔には驚かなかった星だったが、背後にある温もりと、後ろから拘束してくるノウルではないしなやかな腕に、寝惚けていた目を一気に開く。
「えーと、ラビはここだし、誰?」
軽く現実逃避をしながら、星はおずおずと身を捩って背後を窺い、いる筈のない蜂蜜色な相手を見つけ、思わず、
「ひゃあ!?」
と、悲鳴を上げ、反射的に飛び起きた主従が、殺気を辺りに振り撒くという殺伐した朝の始まりを迎えていた。
そのやり取りで若干疲れた星は、再びベッドの住人となっていた。
ノウルとユナフォードも、何と無く一緒になり寝転んでいるが、傍らで見つめているラビと使い魔の視線は何処か冷たい。
軽い仮眠で済ますつもりだったユナフォードは、朝まで爆睡し、しかも星が悲鳴を上げるまで目覚めなかったという事態に、バツが悪そうな表情を浮かべている。
星を捕まえて二度寝をしようとするノウルだったが、星はスルリとノウルの腕から抜け出すと、ラビを抱えてベッドから下りる。
「おはよ、ノウル、ユナ様。今日の朝ごはんは、時間が無いから、トーストとスクランブルエッグ、それと昨日のスープだよ。二人も、身支度したら、来てね?」
気だるげに無駄な色気を振り撒いている二人の視線から逃れるよう、抱えたラビで体を隠した星は、一方的にそう言うと、着替えを携えて、パタパタと走り出した。
「ああ、おはよう」
「おはよう、セイ」
ベッドの上で上体を起こしたノウルとユナフォードは、去っていく星の背中へ、相変わらず無駄にキラキラとした笑顔を向けて、朝の挨拶を返す。
その後、何ともなしに顔を見合わせたノウルとユナフォードは、同時に、
「可愛いな」
と、呟いて、柔らかく微笑み、すぐに暗い顔になる。
「あー、言いたくない。あの女、第二王子に一発殴らせろ」
「私の弟に天罰があったらどうするんだ。まあ、ピアの処刑の件は濁して、伝えるしか……」
ユナフォードが、そう口にした瞬間、扉の方から、バサバサッと何かが落ちる音が聞こえる。
「……っ」
息を飲んだノウルは、バッと勢い良くベッドを飛び下りると、そのままの勢いで部屋の扉へ駆け寄る。慎重に、開かれる扉。ユナフォードは、息を飲んだまま、ベッドに腰掛けて、見守っている。
開かれた扉の向こうには、予想通り、立ち尽くす星の姿があった。足元には、ノウルとユナフォードに持って来たのか、真っ白いタオルが落ちている。
「セイ、聞いてたのか?」
恐る恐る声を掛けてくるノウルに、星は溢れ落ちないか心配になる程、目を見開いたまま、機械的に頷いた。感情の昂りからか、掠れた声が薄く開いた唇から、吐き出された。
「ピア、処刑、されるの?」
持ち主の感情をよく映す真っ黒な瞳が、固まっているノウルとユナフォードを写している。
「そ、それは、だな……」
口元を手で覆い、言い淀むノウルの背後から、蜂蜜色の色彩が割り込むように現れる。
「私から話すよ。さあ、こっちへおいで」
そう柔らかく囁いたユナフォードは、立ち尽くしていた星の手を引き、ベッドに腰かけさせ、自らもその隣に腰を下ろす。
オロオロとしているノウルは、檻の中の熊のように、落ち着きなく部屋の中を歩き回っている。
そんなノウルを他所に、ユナフォードは優しく星の手を握り、瞬きを忘れたような瞳を覗き込む。
「この間、内通者の話をしたね?」
「……うん」
「実は、密告があってね。ピアが、内通者ではないかと言うんだ。彼女が、愛し子が来てから……特に、パレード前に怪しい様子だったと」
「そう、なんだ」
「……セイなら、ピアはやってない! とか言うと、思ったよ」
肩透かしを食らった気分で、ユナフォードがポツリと呟くと、星は思い出したようにゆっくりと瞬きをして見せる。熊のように歩き回っているノウルも、ユナフォードに同意なのか、頷いている。
「そういう台詞は、ピアを良く知ってる人しか言っちゃいけないよ。でも、私でも言える事はある」
「それは何?」
興味深げに小首を傾げるユナフォードに、星はゆっくりと、だが、はっきりと青い瞳を見つめて言葉を紡いだ。
「私は、ピアに、死んで欲しくない」
その黒い瞳から、透明な輝きが流れ落ちるのを、ノウルとユナフォードは、神聖なものを見るように、ただ黙って見つめていた。
「……私に、ピアの事を話したのは、彼女の罪が確定してないから?」
戻って来ない星を心配してやって来たラビを膝に乗せ、星はノウルとユナフォードを交互に見つめて問いかける。泣いたせいで、その目元は赤く染まっている。
「と言うか、彼女は嵌められたとしか言い様がないんだ。でも、真犯人が出なければ……」
「そのまま、内通者として、処刑されるんだね」
ユナフォードの言葉を一言一句聞き洩らさないよう、星は黒目がちの瞳を逸らさず、真っ直ぐにユナフォードに向け、はっきりと相槌を打つ。
「私に出来る事があるから、ユナ様はいたんだよね? 添い寝までして」
「セイにしか出来ない事かな。難しいかも知れないが……あと、添い寝はするつもりはなかったんだ」
「ピアを助ける為なら、私頑張るよ。……えーと、じゃあ、なんで?」
添い寝の話題が一緒なので、微妙にシリアスになりきらない会話を続けている星とユナフォード。
そこへ、熊のように歩き回っていたノウルが、
「添い寝は忘れて良いんじゃないか?」
と、呆れた顔で、当たり前な突っ込みを入れる。
「そうだよね、別に添い寝はどうでも良いよね。今は、ピアが大切だよ」
ノウルの突っ込みに、星はハッとした表情をすると、一人でコクコクと頷いて、自分に言い聞かせるように呟く。
「この私の添い寝をどうでも良いって言えるのは、セイぐらいだよ……」
その隣では、微妙にショックを受けた様子で、ユナフォードが項垂れて、口内でボソボソと呟いている。呟きの内容は、流石自覚のある麗人ともいえる、自信に溢れたものだ。
「とりあえず、朝ごはん食べながら、話そうね。腹が減っては戦は出来ぬ、って言うし」
膝の上で、お腹減ったよアピールをしているラビを抱き、星はグッと握り拳を作って、力強く言い放ち、勢いをつけて立ち上がる。
「ああ」
「……そうだね」
若干ユナフォードが凹んだままだが、三人は戦いへと挑む為に、まずは朝食を済ませる事にして、それぞれ動き出した。
星曰く簡単なメニュー――それでも、この異世界ではかなり豪華な朝食を済ませ、三人は早々と城へとやって来ていた。家政婦のシェーナに置き手紙を残して。
目立たないようにと、正門は使わず、隠し通路を使った三人は、詩織に遭遇しないよう細心の注意を払い、ノウルの研究室へと辿り着く。
ノウルとユナフォードは、別件で動くという事で、研究室に残っているのは、星とノウルの直属の部下達だけ。
「あの、私、そんなに絵心とか無いよ?」
目の前に用意された紙に、美術三だし、と申し訳無さそうな表情で告げる星。
「別に、セイに描けとは言わないから」
そう皮肉げに笑いながら言うのは、ノウルの部下の一人であるシオンだ。
「こういうのは、僕の得意分野だよ」
「え?」
「いいから、セイは黙って、襲撃犯の顔を思い出してて」
キョトンとする星に対し、不機嫌そうに言うと、シオンは前置き無しで、星の額に熱でも測るように手を宛てる。
「シオン君?」
「黙って、言う通りにしてくれる?」
そんな二人のやり取りを、他の四人は微笑ましげに周りで見守っている。
「なんか、くらくらする……」
「目を閉じて」
黒目がちの瞳を潤ませて、ぼんやりと呟く星に、シオンは空いた手で星の目を閉じさせてから、その手を用意された紙にかざす。
すると、真っ白だった筈の紙に、汚れのような黒が広がっていき、やがてフードを被った男の顔を描き出す。
「ほら、セイ。この男なの?」
シオンは、紙に描かれた男をチラリと見下ろしてから、目を閉じたままの星へ声を掛ける。
「え? あ!? そうだよ、この人!」
パチリと目を開けた星は、真っ白だった筈の紙に描かれた男の顔を見た瞬間、勢い良く立ち上がる。が、立ち眩みに襲われたのか、ふらり、と倒れ込みそうになる。
「おおっと、気をつけろ。慣れない奴には、念写はキツイからな」
シオンが支えようと手を伸ばす前に、傍で見ていたキオの腕が、言葉と同時に素早く星の体を支える。
傷跡のある頬を歪めて笑うと、キオは星をもう一度椅子に腰掛けさせる。
「ありがと、キオさん。シオン君の魔術で、これ描いたの?」
「……正確には、セイの思念を読み取って、焼きつけたんだよ」
伸ばし損ねた腕を、バツが悪そうに戻しながら、ボソボソと答えるシオン。
そんなシオンに、リッテとレイチェルの女性二人からは、微笑と生暖かい眼差しが向けられている。
「もう何枚か、出来る?」
「僕は、大丈夫だけど……。セイは平気?」
「そーっすよ、読み取られる方も、疲れるっすよ?」
心配してくるシオンとケビンに、星はコクリと頷いて、足元に寄ってきたラビの頭を撫で、僅かに微笑んだ。
「ピアも頑張ってるから、私も頑張れるよ。お願い、シオン君……」
懇願するように囁くと、星は先程自分を支えようとしてくれたシオンの手を、ギュッと握る。
「っ……分かったよ。無理はしないでよね? 怒られるのは僕なんだから」
「うん、ありがとう、シオン君」
白い頬を僅かに染めて視線を外すと、シオンは照れ隠しなのかキツイ口調で応じ、礼を口にする星の額に、もう一度触れる。
「さあ、もう一回、思い浮かべて」
「……ん、分かった」
手を繋いだまま、星とシオンは、先程と同じ作業を繰り返し、先程とは少しだけ表情を変えた襲撃犯の顔を紙に焼きつける。
ふらり、と揺れて椅子から落ちかけた星の体は、今度こそ躊躇わず手を伸ばしたシオンに支えられる。
「まだ、やるの?」
心配そうに覗き込んで問い掛けるシオンに、星は言葉を発する余裕もないらしく、コクリと無言で頷く。握られた手は、まだ離れない。
「……分かったよ」
ため息混じりに呟いたシオンは、星の願いに応える為、三度目の精神集中を始めた。
結局、同じやり取りは、あと二回行われ、ついに――、
「さあ、出来た……って、セイ!?」
疲れた様子で襲撃犯の描かれた紙を星に差し出したシオンは、座ったまま星が意識を飛ばしている事に気付き、慌てて声を裏返らせる。
「ちょっ、レイチェル! リッテ! 早く来てよ!」
星を受け止めたシオンは、その体の柔らかさに、さらに慌てた様子で女性陣を呼ぶ。
シオンの切羽詰まった声を聞き、少し離れた場所で出来上がった似顔絵を眺めていた四人は、弾かれたように集まってくる。
「セイちゃん、しっかりしてください〜」
おずおずと受け止めていたシオンから星の体を受け取り、レイチェルは優しく声をかけて、そっと星の額に触れている。
「とりあえず、仮眠室に運ぼう」
心配そうな表情で、キオは星を抱き上げようとするが、その手をペシッとリッテが払い落とす。
「死にたくなければ、後ろを見なさいよ、キオ」
払い落とされた手をブラブラと揺らしていたキオは、リッテの言葉に不思議そうに後ろを振り返り、納得したように場所を譲る。
「……セイ」
砂糖をまぶしたような甘い声音で星の名を呼ぶのは、いつの間にか戻って来ていたノウルだった。
ノウルは手慣れた仕草で、星の小柄な体を抱え上げ、無言で仮眠室へと向かう。
その足元では、星を心配したラビが、てぽてぽとついていく。
「せい、だいじょぶ?」
仮眠室へ続く扉が閉まる瞬間、聞き覚えのない少年らしき声が聞こえ、残された五人は、怪訝そうに顔を見合わせていた。




