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巻き込まれ少女、出会う。幕間,巻き込まれ美少女

幕間,巻き込まれ美少女



 『世界の愛し子』の自室で、数人の兵士に囲まれているのは、美しい立ち姿のプラチナブロンドの侍女。

「ピア、内通者の疑いにより、拘束させてもらう」

 兵士の言葉に、そんな!? と、わざとらしく叫んでいるのは、『世界の愛し子』である詩織だ。

 レベッカは青ざめた顔で唇を噛み、ティナは耳と尻尾をだらんとさせ、弱々しく首を横に振っている。小さく聞こえるのは、そんな訳ありません、という微かな訴えだ。

 そんな訴え程度で兵士が止まる訳はなく、ピアは一言も喋らず、顔色一つ変えずに、そのまま無抵抗に連れて行かれた。

 静寂に支配された部屋の空気を変えたのは、いつもより些か乱れのあるノックの音。

「ピアは?」

 扉を開けて現れ、開口一番そう問うのは、藍色の髪を僅かに乱したサマンサだ。

「兵士が……」

 それだけを告げると、詩織は力尽きたようにソファへ倒れ込む。慌てて駆け寄るのは、レベッカと護衛の騎士であるクロトだ。

「ピアが、ピアが内通なんて、する訳ないです!」

 えぐえぐと泣きながら、そう訴えるティナに、サマンサは大きく頷いて応える。

「ええ。分かってます」

 堪えきれなくなったティナは、サマンサの胸に飛びついて、さらに激しく泣き出してしまう。

「ピアは無駄な事を喋らない子ですが、そのような事をする訳、ありませんから」

 ティナの背中を擦りながら、サマンサは自らに言い聞かせるように言うと、何かを推し量るように、ソファへと視線を向ける。

 そこには詩織と、彼女に付き従うレベッカとクロトの姿があった。

「私は、シウォーグ様にお目通りが可能か、確かめて来ます。大丈夫、ピアを信じましょう」

 そうティナを励ましたサマンサは、再び足早に入ってきた扉へ向かい、キビキビと去っていく。

 そんなサマンサの後ろ姿を、部屋の中から、不安げな視線が見送る。

 否、見送っていたのは、不安げな視線だけでは無かった。

 レベッカに介抱されている詩織は、自分以外の視線がサマンサの後ろ姿に釘付けの中、大きく唇を歪めていた。

 楽しそうな、暗い笑みの形へと。




 一方、地下牢へと押し込められたピアは、服が汚れるのを気にした様子もなく、冷たい石畳に座り込んでいる。

 そこに、カツカツと複数の足音が近づき、ピアは眠気から閉じかけていた瞳を、面倒くさそうに開ける。そんな表情でも、ピアの美貌はくすまない。

 近付いてきたのは、従者を連れた王子二人と、しかめっ面のヨードだ。

「……全く動じてないな、この侍女は」

 面倒くさそうに牢の中で座っているピアの姿に、シウォーグは感心したように呟く。

「観念したのでしょう。愛し子様に手を出そうとは、この不届き者め!」

 シウォーグの隣で訳知り顔で頷いたヨードは、そう言うと鉄格子越しに殴りかかる真似をする。

 ヨードの唾が飛んできて嫌だったのか、ピアは無表情のまま、檻の奥へと移動する。

 そんなピアの態度が気に入らないのか、ヨードはさらに顔を真っ赤にして、唾を飛ばしながら喚くが、ピアは動じる事なく、ただ王子二人が煩そうに眉を寄せている。

「私、あの方に、特に興味はないわ」

 ヨードが、ぜぇはぁ、と息継ぎをしている間に、ピアは表情を変えず、ポツリとそれだけを告げると、再び黙り込む。

「な、なな、何を言っている!?」

 吃りまくるヨードに、ピアは一瞬だけ視線を向けると、すぐに興味を無くしたらしく、目を閉じてしまう。

「……少し、調べてみる必要があるかな?」

 そう一人言のように呟くと、ユナフォードはシウォーグにヨードを連れて行かせ、自らはピアと二人きりになる。

「君はこのままだと、処刑されるだろう」

 ユナフォードの一人言のような言葉に、ピアは全く無反応だ。自分が死ぬかもしれないというのに、ピクリとも動かない。

「君は自分が死ぬ事は怖くないんだね。――ねえ、君が死んだら、セイはきっと泣くよ?」

 ピアの剛毅ともいえる態度に、ユナフォードは肩を竦めながら、呆れ混じりに言葉を紡ぐ。と、おもむろに鉄格子を掴むと、グッと顔を寄せ、声音を変えて、囁く。

 その瞬間、初めてピアの表情が変わり、灰色の目が恨めしげにユナフォードを睨む。

「悲しむだろうな、セイは。君は、見れないだろうけど」

 くく、と笑いながら、からかうような言葉を吐くユナフォードに、ピアは、つい勢い良く立ち上がる。

「私! ……私は、セイを悲しませるような事、してないわ」

 張り上げられた声は、すぐに冷静さを取り戻し、ピアは静かな表情で、緩く首を振る。

「証拠は?」

「ないわ。だから、否定しなかったのよ。私を、排除したいと思っているのが誰か、分かってもいたから」

 ユナフォードの鋭い問いに、ピアは静かに微笑んで答えると、もう一度、首を横に振る。

「君は、自分を嵌めた人間が分かっているのかい?」

「卑怯な言い方だわ。……ユナフォード殿下、私が誰に嵌められたか、御存知でしょう?」

「まあ、大体はね。動機も単純だから、すぐに分かったよ。――でも、真犯人が見つからなければ」

「私は、進んで民衆の為の人身御供となりましょう、とでも言えと?」

「うーん、セイにバレたら、嫌われるな、それは私が……」

 典型的な目が笑っていない笑顔で会話をする二人に、戻って来たシウォーグは、顔色を悪くしながらも、割り込むタイミングを計っていた。




「……は? あの侍女を嵌めたのは、愛し子?」

 ユナフォードの自室へと移動した異母兄弟は、向かい合ってソファに腰掛けていた。

 先の台詞を吐いたシウォーグは、目を見開いて、しばらく固まって動きを止めていたが、ようやく動き出すと、脱力してソファに沈み込む。

「まあ、正確には、あの思い込みの激しい、レベッカを少し誘導して密告させたぐらいだろうね。だから、愛し子には、どう転ぼうとも影響はないさ」

 相変わらず目が笑っていない綺麗な笑顔の兄の言葉に、意外と真面目な弟は、苛立たしげに舌打ちをする。

「愛し子が絡むとなると、真犯人が見つからない場合は、とりあえずの犯人として……」「まあ、裁判無しで処刑が妥当かな。――セイが絡んでなければ」

 シウォーグの言葉を受け、ユナフォードが続けた台詞に、冷酷な事を言いかけたシウォーグの表情が固まる。

「本当にピアが犯人なら、セイは泣きながらも受け入れてくれるよ。でも、それが冤罪なら?」

「……想像したくねぇよ」

 泣かれる? 罵られる? 憎悪? 嫌悪? 色々な想像が頭を回り、シウォーグは文字通り頭を抱える。

「犯人を、本物の内通者を見つけるしかないか」

「それしかないだろう。その為に、セイ自身の力を借りよう。セイしか、襲撃犯の顔をしっかりと見ていないんだ」

 ユナフォードの提案に、シウォーグはガシガシと髪を掻き乱し、

「それしかねぇか」

と、嘆息混じりに吐き捨てた。

 実際、襲撃犯を拘束したノウルは、顔を一瞬、しかもチラリとしか見ておらず、捕らえた兵士達は殺され、トカゲの尻尾な本人は、顔が分かるような始末方法では無かった。

 馬車の上で詩織にしがみつかれていたシウォーグは、顔を見ている暇が無く、後から駆けつけたユナフォードには、見るタイミングがある訳が無く――結局、しっかりと襲撃犯の顔を認識したのは、何の因果か星だけだった。

「……どうやって頼む?」

「まあ、ノウルに頼んで伝えるしか、ないだろうな……」

 そう話し合い、揃って嫌そうなため息を洩らした異母兄弟は、良く似た色合いの瞳で視線を交わし合う。正確には、押し付け合っていた。

 どう考えても、ノウルの怒りを買い、場合によっては星を悲しませる。

「……しょうがない、私が頼もう」

 弟からの懇願するような視線に勝てず、ユナフォードは苦笑混じりにそう呟くと、ソファから立ち上がり、シウォーグの肩を軽く叩いて、若干重い足取りで自室を後にする。

 そんな兄の後ろ姿を、シウォーグはソファに沈んだまま、小さく手を振って見送っていた。




 ――真夜中。

「と言う訳で、セイの力を借りたいんだ」

 ユナフォードの言葉に、ノウルは渋面を作り、自らの腕の中で眠っている星を見下ろす。

「……『世界の愛し子』だから、何をやっても許されるとでも思っているのか、あの女は」

「まあ、何代か前にも、恋に狂った愛し子がいたらしいし、結局は、愛し子も人間だからね」

 憎しみすら滲んでいそうなノウルの呟きに、ユナフォードは苦笑混じりで応じる。

 ちなみに、普通に会話をしているが、ここはノウル宅、しかも星の部屋のベッドの上だったりする。

 上体を起こしたノウルの腕の中には、ラビを抱えて眠る星が収まっている。

「しかし、起きないね」

 ベッドに軽く乗り上げ、感心したように言いながら、ユナフォードは星の柔らかな頬を指先で軽くつつく。

「む、むう……」

 刺激に対し、妙な寝言を洩らした星は、ユナフォードの指を避けるように、ノウルの胸板に顔を埋めてしまう。

「とりあえず、セイが起きてから、話をしてくれ」

 あやすように星の背中を軽く叩きながら、ノウルは苦笑してユナフォードを見やり、幾分か小声で喋る。

「私も、ここに泊まろうかな」

 仲睦まじい二人の姿に、ユナフォードが冗談めかせて言うと――。

「どーぞ……」

 まさかの答えが、眠る星の口から洩れ、金と銀の主従は静かに視線を交わす。

「セイは、お風呂に入らない奴とは一緒に寝たくないらしいぞ?」

「大丈夫、来る前に済ませてきたよ。じゃあ、セイを真ん中にして寝ようか」

 無駄に大きいベッドは、体格の良い大人二人と、小柄な少女、それと大きめな水晶ウサギをしっかりと受け止めている。

 突っ込み不在のまま、所謂、川の字となったベッドの上で、翌朝、一番に目覚めた星が、思わず悲鳴を上げた事を、責められる人間はいないだろう。




 翌朝はさておき、今はとりあえず、金と銀の主従に挟まれて、巻き込まれの少女は、安全で穏やかな眠りの中で微睡んでいた。



 そんな少女の事を、冷たい地下牢で膝を抱えながら、陰謀へ巻き込まれた美少女が、静かに目を閉じて、想っていた。



「……セイ」



 呟かれた名前に応えるように、遠く離れた場所で穏やかな眠りの中にいた少女の頬を、ツーッと涙が伝うの見たのは、一匹の水晶ウサギだけだった。


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