巻き込まれ少女、出会う。6,祭りの後始末 2
「ユナ様、まだ焼けないから、もうちょっと待っててね?」
キッチン内をパタパタと動き回っていた星は、入り口にユナフォードを見つけると、動きながらそう声をかける。
「ああ。出来たら運ぶのを手伝うよ」
「ありがと。お腹空いてるなら、そこのサンドイッチ摘んでて。中身は、ハムとチーズとジャムと、ツナマヨだよ」
星は手早くフレンチトーストをひっくり返しながら、そう言って、フライ返しの先で皿に盛られた一口サイズのサンドイッチを示す。
ちなみに、ラビも小腹が空いたのか、星から貰った厚切りされた食パンを無言でかじっている。
「これが、噂のセイが焼いたパンか」
恐る恐る皿からサンドイッチを一つ取ったユナフォードは、あらゆる角度からサンドイッチを眺めてから、ポツリと呟いて口へと運ぶ。
「柔らかくて、甘い」
「ジャムは、スモモモだよ。今度、イチゴも作る予定」
焼き上がったフレンチトーストを皿に盛りながら、星は嬉しそうに黒目がちの瞳を輝かせて答える。
「他のも美味しいよ」
ガツガツと食べそうになるのを理性で抑えて優雅に食べながら、ユナフォードは綺麗に微笑んで感想を口にする。
「良かった。今日は、フレンチトーストと、ベーコンエッグに、フルーツを使ったサラダだよ」
「フレンチ、トースト?」
「パンに、卵と牛乳と砂糖の液を染み込ませて、焼いた料理だよ。ユナ様は、甘い朝ごはん平気だから、また甘いのにしちゃった」
不思議そうに首を捻ったユナフォードに、星はフレンチトーストの置かれた皿を示し、悪戯っぽく瞳を瞬かせて答える。
「セイの料理は美味しいからね。甘くても、全く問題ないよ」
「誉めても、アイスぐらい追加しないよ?」
ふふ、と笑い合うと、星とユナフォードは、出来上がった料理をお盆に乗せ、ダイニングへと向かう。
パンを食べ終わったラビも、てぽてぽと二人を追って歩いていく。
「今日のご飯は、フレンチトースト。甘くて、柔いの」
即興で節をつけて口ずさみながら歩く星の後ろ姿に、ユナフォードは微笑ましげな表情を浮かべて、ついていく。
星とユナフォードがダイニングに着くと、そこにはすでに椅子に座っているノウルの姿があった。
「ノウル、お待たせ」
「殿下、何処に行ったのかと思えば……」
ノウルは、星の後ろにいるユナフォードに気付くと、呆れたような表情を浮かべて呟く。
「お腹が空いてね。摘まみ食いをしに行ってたんだ」
「摘まみ食いって、何でか美味しいんだよね」
「確かに」
視線を合わせ、仲良く会話する星とユナフォードに、ノウルは拗ねたような何とも言えない表情になり、無言で立ち上がる。
「ノウル?」
そのまま、名前を呼ぶ星を無言で抱き締めたノウルは、しばらくしてから、満足したのか星を解放して、再び椅子に腰かける。
「とりあえず、食べよっか?」
シパシパと瞬きをして復活した星は、同じく固まっていたユナフォードに声をかけると、食卓の準備を始める。
「ああ、そうだね」
ハッとしたように動き出して答えたユナフォードは、緩く微笑んで、星と同じく食卓の準備に入った。
「いただきます」
「「いただきます」」
数分後、食前の挨拶をした星に、ノウルとユナフォードが唱和して、朝食が始まる。
「確かに、星の歌の通り、甘くて柔らかいな」
「……美味い」
「良かった、たくさん食べてね」
まずユナフォードが感心したように呟き、次にノウルがポツリと呟く。星は、二人の反応に、嬉しそうに頬を緩めて、皿に盛られたフレンチトーストを示す。
「で、殿下。ご用は?」
フレンチトーストを食べながら、そうノウルが切り出す。
「実はセイのご飯を食べに……冗談だよ。今日は、セイに事情聴取に来たんだ」 悪戯っぽく青い瞳を輝かせて、星におかわり貰ったユナフォードは、そう冗談めかせて言うが、ノウルの冷たい瞳に気付き、肩を竦めて白状する。
「セイは何もしていない」
「うん、余計に疑われそうだよね、その言い方だと」
「別に疑ってるとかではないよ。パレードの襲撃の事で、話を訊きたいんだ」
「愛し子に訊け」
「確かに、あそこなら良く見えたよね?」
「それが、愛し子はシウォーグに抱きついて震えてたから、何も見ていないそうだよ」
「役に立たない女だ」
「まあ、狙われてたのは詩織さんだし、仕方無いよ」
「……セイは、時々、許容量の広さを見せるね」
呆れ半分、感心半分なユナフォードの言葉を最後に、もぐもぐと食べながら会話をしていた三人は顔を見合わせると、一旦会話を止めて、朝食へ集中する事にした。
「それで、ユナ様。私は何を話せば良いの?」
食後のお茶をテーブルでまったりとしているノウルとユナフォードの前に出し、星は小首を傾げて問いかける。
「まず、何故あの男を怪しいと思ったのか教えてくれるかな?」
ニコリと笑ったユナフォードは、テーブルに両肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せて星へ質問する。
「はい! この間、馬車が暴走した現場で、怪しい動きをしてたの見たからです!」
教師に質問され、答える生徒のようなキビキビとした返答をする星に、ノウルとユナフォードは顔を見合わせ、同時に吹き出す。
「別に普通に答えれば良いぞ?」
「そうだよ? で、この間と言うのは、この世界に来た初日の方? それとも、ゴブリンがいた方かな?」
微笑ましげに星を見つめて順番に話しかけてくる二人に、星はシパシパと瞬いてから、フルフルと首を横に振る。
「ラディとリリアを助けた時だよ。その時、おんなじ格好で人混みにいたよ。えーと、目付きがこう昏くて、一人だけ、ドヨンってしてたの」
状況を説明しながら、星は自らの目を示して、その男に目を留めた理由を口にする。
「シウォーグじゃないけど、セイの巻き込まれ体質は心配になるよ」
ビビッと来たの、と黒目がちの瞳を輝かせている星に、深々とため息を吐いてボソリと呟くユナフォードは、手を伸ばして星の艶やか黒髪を撫でる。
「妙なフェロモンでも出てるのか?」
こちらも心配そうな表情で呟くと、ノウルはユナフォードに対抗するように、星へと顔を寄せ、首筋に顔を埋めて、スンスンと匂いを嗅ぐ。
「出てないから!」
ムッとした様子でそう言うと、星はじゃれるようにポカポカとノウルを拳で軽く叩く。
「わかった、わかった」
わざとらしく痛がりながら、ノウルはポカポカと叩いてくる星を、宥めるように抱き締める。
「……愛し子が見たら、卒倒するなぁ」
そんな二人を傍目に、他人事のように呟くユナフォードは、何処か遠い目をしてお茶を飲んでいる。
テーブルの下では、ラビが人参をかじりながら、忌々しげに鼻を鳴らし、デレデレとしているノウルを睨んでいた。
「それで、事情聴取に戻るけど、襲撃者の彼は一人だった?」
ノウルの気が済んだ頃合いを見て、ユナフォードは真面目な表情で、ノウルの腕の中にいる星へ問いかける。
「え? あー、うん、たぶん一人だったよ。一度目は、私と目が合った瞬間、一人だけサッといなくなったし」
ユナフォードの問いに、星は視線を中空に向け、ゆっくりと記憶を辿ってから、ゆるゆると首を横に振って答える。
「と言うか、本人に訊けば早いんじゃない?」
小首を傾げつつ、当たり前な指摘をする星に、ノウルとユナフォードは顔を見合わせ、しばらく無言で視線を交わし合う。
結局、負けたのは、主人である筈のユナフォードだった。
「……逃げられてしまって、見つけた時には、始末された後だったんだ」
「始末って、もしかして……」
「セイの想像通りだよ」
ユナフォードの素っ気ない言葉に、星はぐっ、と喉を鳴らして、込み上げた吐き気を抑える。
「トカゲの、尻尾だったんだね」
青ざめた顔で、気丈にも言葉を紡ぐ星を、ノウルはしっかりと抱き締めて、自らの胸に顔を埋めさせる。
「そうみたいだよ。――で、最悪な事に、城内から内通者が出てしまったようなんだ」
「それで、誰かと一緒じゃなかったか、気にしてたんだ……」
ノウルの胸に顔を埋めたまま、チラと濡れた黒目がちの瞳を向けた星は、納得とばかりに呟く。
「気は進まないが、ここ最近、不審な動きをしていた者を、徹底的に炙り出すしかないようだ」
寂しげに微笑んで肩を竦めたユナフォードは、そう言うと、冷たい色を青の瞳に宿すが、立ち去り際に星の髪を梳いた手つきは何処までも優しい慈しみで溢れていた。
「でも、良く考えたら、あの人は何の為に馬車を止めたかったんだろう?」
書斎へと移動した星は、相変わらずノウルに背後から包むように抱き締められたまま、本を読む手を止めて、首を傾げて一人ごちる。
星の言葉に反応したのはラビだ。星の腕から飛び出すと、クッションを使って、ジェスチャーで何かを示そうとする。
「えーと、それが、馬車でしょ? 馬さんに何かして、足を止めさせる……」
ラビのジェスチャーを汲み取りながら、星はポツリポツリと呟く。ラビは、理解してもらえ、嬉しそうにコクコクと頷いている。
「あ、そうか。詩織さんを無傷で連れ去りたかったんだ。だから、練習に襲ってたんだね、きっと」
近頃、続発していた馬車襲撃事件。全て馬が傷つけられ、何か盗られる訳でもなく、ただ馬車を暴走させるだけ。
「俺と殿下も、セイと同意見だ。あれは、愛し子捕獲を狙った計画的な犯行だ」
「やっぱり、皆そう思うよね」
背後から聞こえたノウルの声に、星はジェスチャー大会でフラフラしているラビを抱き上げながら、大きく頷いて見せる。
「でも、詩織さんを酷い目に遇わせたりしたら……」
「世界が荒れるだろうな。――それが、狙いかもしれないな」
星を抱え直し、ノウルは暗い声でポツリと呟く。
「そうならないよう、詩織さんを狙った犯人見つけないとね」
心底、心配そうな声音で呟く星を、ノウルは困った奴だ、とばかりに愛おしげな視線で見下ろしていた。
そんな会話がノウル宅の書斎で行われていた頃、城では新たな事態が起きていた。
「で、レベッカ、君は内通者に心当たりがあると?」
そう冷たく言い放つユナフォードの前で跪くのは、金髪巻き毛の使用人、レベッカだ。
「あの、わたくし、どうしても黙っていられなくて……」
床を見つめたまま、レベッカは震える声で、必死に言葉を紡ぐ。
「前置きはいい。さっさと話せ」
そう面倒くさそうに促すのは、ユナフォードの隣に控えているシウォーグだ。
王子二人の前で、レベッカは緊張のあまり、小さく震えているが、やがてバッと顔を上げて、息を吸い込む。
「わたくし、わたくし、内通者は、同僚ではないかと……。
同僚である、ピアが、内通者だと、思えてならないのです」
そう真剣に訴えるレベッカの言葉に嘘偽りは感じられず、ユナフォードとシウォーグは顔を見合わせる。
王子二人の脳裏を同時に過ったのは、無表情ながら美しい侍女ではなく、ましてや『世界の愛し子』である詩織の訳もなく、それは、黒目がちの真っ黒な瞳を静かに潤ませる、小動物めいた少女の顔だった。
とりあえず、ここで一段落。




