巻き込まれ少女、出会う。6,祭りの後始末 1
パレード後。
6,祭りの後始末 1
「……ノウル、疲れてるなら、自分の部屋で寝たら?」
パレードが終わって数日後、ノウルは疲れきった様子で帰宅し、遅めの夕食を取った後、星の部屋へと押し入り、風呂上がりの星をベッドの上で抱え込んでいた。
星は諦めきった様子で、生きた座椅子のような状態のノウルに声をかけるが、ノウルはピクリとも動こうとしない。
「……私、そろそろ寝るよ?」
嫌だと言う代わりに、強まった腕の拘束に、星は苦笑を浮かべて、ぺちぺちと筋肉質な腕を叩く。
「私、寝る前にお風呂入らない人とは寝たくないなぁ」
「っ、風呂に行ってくるぞ」
星のわざとらしい台詞に、小さく息を飲んだノウルは、先程までの姿が嘘のようにキビキビとした動きで、ベッドから飛び降りて、部屋から姿を消す。
「…………あ、一緒に寝るって事を肯定したみたいになってる?」
今さら自分の失言に気付き、星は思わず首を傾げながら、ベッドの上でうとうととしているラビに問いかける。
うっすらと目を開いたラビは、モゾモゾと動き出し、星の太股の上へと乗り上げ、前足で星へとしがみつく。
「もしかして、間に挟まってくれるの?」
確認するように問う星に、ラビはトロンとした瞳のまま、任せろ、とばかりに胸を叩く。
「よろしくね」
ラビのふかふかな毛並みに顔を埋めながら星が言うと、ラビは上機嫌にくふくふと鼻を鳴らす。
そのまま、ベッドへ倒れ込んだ星は、抱き締めたラビを寝かしつけながら、静かにノウルを待つ。
くぁ、と星の口から欠伸が洩れ出す頃、扉が開いて、湯上がり姿のノウルが現れる。相当急いだらしく、濡れた銀髪からは水滴が落ち、パジャマ代わりのシャツは前が留められておらず、鍛えぬかれた肉体がチラチラと覗いている。
「もう! ベッド濡れちゃうよ」
ノウルの姿にむぅ、と小さく唇を尖らせた星は、ラビをベッドに寝かせてから、タオルを手に起き上がる。
「はい、座って。拭いてあげる」
ベッドにペタンと座った星は、ベッドを叩いて、座るようにとノウルを誘う。
「ああ」
嬉しそうな様子で頷いたノウルは、ベッドに上がると、星と向かい合うように正座をする。
「……そう来たか」
一瞬キョトンとした表情をした星は、すぐに苦笑を浮かべて呟くと、ワクワクと待っているノウルの頭に手を伸ばす。そのまま、ノウルの頭に遠慮なくタオルを被せると、優しい手つきで髪から水分を奪っていく。
「痛かったりしたら言ってね?」
「あー、大丈夫だ。気持ち良い」
目を閉じたノウルは、言葉通り、うっとりとした様子でされるがままになっている。
「……本当に、人間の腹筋て割れるんだね。あ、ノウル、睫毛も銀色だ」
黒目がちの瞳を好奇心で輝かせながら、星は遠慮なくノウルを観察して、思いのまま呟きを洩らしている。
「触っても良いぞ? セイなら」
「なかなかの誘惑だね」
手を止める事なく答える星は、チラチラと目線を落としているが、不意に視線を感じて、自らの手の先に視線を戻す。
「もう、いつから見てたの?」
そこに、穴が開きそうな程、ジッとこちらを見つめている稀有な色の瞳を見つけ、星は眉尻を下げて困り顔で小さく文句を口にする。
「セイの睫毛は黒いな。腹筋は割れてないのか?」
星の文句も気にせず、ノウルは楽しげに紫の瞳を輝かせ、そっと星の頬に手を添えて、黒目がちの瞳を覗き込んで、思うままに言葉を紡ぐ。
「ノウルのえっち」
ムッとした色を瞳に浮かべ、星は棒読みで言うと、水分の取れたノウルの銀髪から手を離し、自らの体を抱き締めるように腕を回す。
「いや、あの、見せろとは、いや、見たくない訳じゃなくてな……」
星の反応に、慌てて頬に触れていた手を外したノウルは、ブンブンと首を横に振りながら、墓穴を掘りまくる。
水浴び後の犬のようなノウルの姿に、ぷ、と小さく吹き出した星は、手を伸ばしてペタとノウルの腹筋に触れる。
「せ、セイ……?」
おー固い、と触りながらブツブツ呟く星に対し、触っても良いぞ、と言っていた筈のノウルは、本気で慌てている。
「私のも、触る?」
ノウルの腹筋から手を離してから、星は悪戯っぽく瞳を瞬かせると、あまり厚さのない自らの腹部を叩いて見せる。
「ちょ、ちょっと、だけ……」
う、と小さく呻き、吃りつつも正直な言葉を洩らしたノウルは、パジャマの上から星の腹部に掌を押し当てる。
「ノウルと違って鍛えてないから、あんまり触らないでね?」
「温かくて柔らかいな」
「何気に失礼だし」
恥ずかしそうに訴えた星は、ノウルの感想に、ジトッとした眼差しになると、ボソリと呟く。
「顔を埋め……」
「たら、叩き出すからね?」
変態じみた事を言い出しかけたノウルの言葉を食い気味で遮ると、逃げるように星はいつもより端の位置でベッドに横になる。
「ノウル、明かり消して?」
寝転んだまま、星がそう声をかけると、ノウルは若干沈んでいた様子が嘘のように、嬉々とした様子で明かりを消すと、星の待つベッドに潜り込む。
「セイ、また歌ってくれ」
腕を伸ばし、星を引き寄せながら、ノウルは何処か甘えた口調で囁く。
「良いよ」
目を閉じたまま、ふわ、と柔らかい笑みを口元に浮かべて頷いた星は、ラビが潰されないように腕で抱えながら、囁くような声量で歌い出す。
それは、いつかと同じ、優しい旋律の子守唄。
星の歌う姿を見つめていたノウルの紫の瞳が、眠気で潤んでいき、ゆっくりと瞼の裏へと消えていく。
「おやすみ、ノウル……」
ノウルの健やかな寝息を確認すると、星も歌う事を止めて、寄り添いながら眠りに落ちていく。
寝息だけが聞こえる室内で、星に触れていたノウルの腕が動き出し、星をさらにキツく抱き寄せる。
間にいるラビは、星が守るように胸で抱えているので、潰される心配は今の所ない。
しっかりと星を抱き締めて安心したのか、ノウルの寝息はさらに深くなり、その寝顔には柔らかな笑みがうっすらと浮かんでいた。
●
翌朝、星はしっかりと自分を捕らえる逞しい腕に、ため息を吐いて、抜け出そうと身を捩る。
「……はなれない」
寝起きの掠れた声でボソリと呟いた星は、自らの髪に顔を埋めるように眠っているノウルの頬を、ペシペシと叩く。
「ん……」
こちらも寝起きで色っぽい掠れ声を洩らすノウルは、星を離すどころか、さらにしっかりと引き寄せていく。堪らず、間に挟まれていたラビが、モゾモゾと抜け出し、星とノウルの間に隙間は無くなる。さらに、長い足が絡みつき、星を全身で捕らえてしまう。
「ノウル、遅刻しちゃうよ?」
足まで使って捕まえられ、困り顔で脱出を諦めた星は、手を伸ばして、寝顔もイケメンなノウルの頬を、ツンツンとつつきまくる。
「きょうは、やすみなんだ……」
ノウルは、トロリとした紫をうっすらと開いた瞼から覗かせ、自らの腕の中にいる星を愛しげに見つめてそれだけ告げると、そのまま、眠りに落ちていく。
「……しょうがないなぁ。シェーナお姉ちゃんが来るまでには起きようね?」
小さく笑い声を洩らすと、星は甘やかすようにノウルの髪を梳きながら囁き、寝やすいように位置を変えて、二度寝の体勢に入る。
抱き潰さないように気を付けながらも、星をしっかりと抱え込んだノウルは、目を閉じたまま、幸福そうな吐息を洩らし、星の艶やかな黒髪に顔を埋めている。
隙間もなく、ピッタリと寄り添って眠る二人を、射し込み始めた朝日が照らし出す。
そんな穏やかな眠りの中の二人を、すっかり目を醒ましたラビは、仕方無いな、とばかりに肩を竦め、柔らかな眼差しで見つめていた。
●
それから一時間後、二度寝からも目覚めた星は、ノウルの拘束から逃れようと、ベッドの上でジタバタしていた。
ラビも必死な様子でノウルを引き剥がそうと頑張るが、逞しい腕はビクともしない。
「ノウル、朝ごはん食べよう?」
星は声を張り上げて、ノウルの胸板をペシペシと叩くが、ダメージは無いらしく、ノウルは目覚める気配もない。
そこへ――。
「……えーと、私はお邪魔かな?」
いつの間にか部屋の入り口に現れていたユナフォードから、苦笑混じりの声がかけられる。傍から見たら、星とノウルの姿は、朝チュンの後にイチャついている恋人同士に見えていた。
「ユナ様? ちょうど良かった、ノウル剥がして欲しいの」
そんな風に見られてるとは露知らず、ジタバタとしていた星は、天の助けとばかりに、ユナフォードへ助けを求める。
「剥がすって……」
星の口振りに苦笑を深めて呟くユナフォードだったが、ベッドに近寄り、星の状態を確認すると、驚いたように目を見張る。
「セイ、骨は折れてないな?」
「え、あ、うん。力加減はしてくれてる。剥がれないけど」
心配そうに覗き込んで来る美しい青に、緩く笑んで答えると、星は自らの体に回った腕をペシペシと叩いて見せる。
「なら良かった。ノウルの力なら、簡単に星の骨ぐらい折れるから……」
心配した、と微かな囁きを洩らすユナフォードは、起きる気配のない部下の姿に首を傾げる。
「しかし、ノウルがここまでされても起きないとはね」
「確かに、いつもは、もうちょっと早く起きてくれるんだけど……」
ユナフォードの言葉に、星は寝転んだまま、大きく頷いて同意の声を上げる。
「いや、そんなレベルの話では無いんだ。ノウルは眠りが浅くて、私ですら寝ているノウルにここまで近寄った事は無いよ」
肩を竦めて告げるユナフォードは、きょとんとしている星に目を細めて柔らかく微笑み、星を拘束している腕に触れようとする。
その瞬間、パチリと電源が入ったように目を開いたノウルは、星を抱えたまま起き上がり、触られる事を拒むように身を退いて、ベッドの上で臨戦態勢になる。ここまで、瞬き五つほどの時間しか、かかっていない。
「ほら、ね?」
手負いの獣のような姿を晒したノウルに、ユナフォードは気分を害した様子もなく、微笑んで再度肩を竦めて見せる。
「ノウル、寝惚けてるでしょ。ユナ様だよ?」
片腕で自分を抱え、ユナフォードを油断なく睨んでいるノウルに、星は小さく笑い声を洩らし、宥めるようにサラサラとした銀髪を撫でる。
「で、んか?」
寝起きで掠れた声で拙く呟くと、ノウルは小首を傾げている。
「そうだよ。どう見ても殿下でしょ? 蜂蜜色の綺麗な髪に、きらきらの青い目だよ?」
こんなに綺麗な人は滅多にいないよ? と、悪戯っぽく説明口調な星に、ユナフォードはバツが悪そうに視線を外している。
「ああ、確かに。殿下に見た目で勝てる奴は見た事がないな」
すっかり覚醒したのか、くく、と喉奥で笑って答えるノウルに、ユナフォードは嫌そうに顔を歪めている。
「ノウルも起きたし、私、朝ごはん作りに行くね?」
仲の良い主従に、星は僅かに口の端を上げて微笑むと、ノウルの腕からすり抜け、そう言いながらベッドから降りる。小脇には、ラビを抱えて。
「あ、遅くなったけど、おはよう、ノウル、ユナ様」
パタパタと数歩進んでから、不意に足を止めて振り返った星は、ふわ、と柔らかい笑みと共に、朝の挨拶をして、再びパタパタと軽い足取りで走り去ろうとし、戻って来る。
無言で顔を見合わせるノウルとユナフォードに、戻って来た星は恥じらうような仕草を見せて、クローゼットから着替えを取り出す。
「えーと、パジャマだから、あんまり見ないでね?」
ラビと着替えで体を隠しながら、星はほんのりと頬を染めてそう言うと、今度こそパタパタと部屋を出て行った。
残されたノウルとユナフォードは――。
「なんだあれ、可愛いぞ」
「同感だ。愛し子にはないな、あの感じ」
揃って蕩けた笑顔で、星の後ろ姿を見送っていた。




