巻き込まれ少女、出会う。幕間,馬車の上から
詩織側から。
幕間,馬車の上から
「愛し子様、私達はご一緒出来ませんが、シウォーグ様がご一緒してくださいますので、ご安心を」
馬車へと向かう詩織の身支度の最終確認をしながら、サマンサは相変わらずの冷静な表情で告げ、深々と頭を下げる。
「大丈夫ですわ! 愛し子様の馬車には、わたくしの父も乗りますの! 何かありましたら、父に何でもおっしゃってください」
うふふ、と笑い声混じりに興奮しきった様子で言うのは、レベッカだ。
「愛し子様の馬車の護衛には、ノウル様が付いてくださいます! 何の心配もないですよ?」
三角の耳をピクピクと動かしているティナは、我が事のように嬉しそうに詩織へと話しかける。そんなティナの脳裏にあったのは、ノウルを見て喜んでいた詩織の姿だ。
だが、詩織は微妙に表情を引きつらせると、無表情で佇んでいるピアをチラリと見やり、貼りつけたような微笑を浮かべ、ゆっくりと口を開いた。
「行ってきます」
その詩織の表情に、ピア以外の侍女達は、緊張してらっしゃるんだ、と程度に差はあれど、温かな眼差しで見つめ、深々とした一礼で主人を見送った。
「あー、似合ってるんじゃないか?」
並んで馬車に乗り込んだシウォーグは、詩織の姿をチラリと横目で見ると、口の端を上げて、やる気のない口調で、一応とばかりに誉める。
「お美しい! まさに天から舞い降りた女神のようでございます!」
対照的に、脂ぎった顔を興奮で真っ赤にしながら、ヨードは唾を飛ばしそうな勢いで誉めちぎる。
「あ、ありがとうございます」
若干引き気味ながらも、詩織は柔らかく微笑んで返し、先に腰かけているシウォーグの隣へと腰を下ろす。と、不意に、シウォーグの青の瞳が、詩織へと向けられる。
「何か、ご用ですか?」
あまりの視線の強さに、詩織は僅かに首を傾げ、微笑みながらシウォーグに問いかける。
「……いや、何でもない」
シウォーグは、微笑んだ詩織から視線を外して答えると、面倒臭そうに足を組み直す。外された視線の先には、別の馬車に乗り込んだユナフォードがいた。
「何事もないと良いがな……」
誰にともなく呟かれたシウォーグの台詞は、見事なフラグだったようで――。
「とりあえず、おれの後ろにいろ!」
面倒臭そうに言い放ちながらも、シウォーグは詩織を庇うように立ち、襲撃犯と向き合う騎士達を窺っている。
ブルブルと震えるだけの肉塊と化しているヨードは、馬車の床に転がるように伏せているが、誰も気にしていない。
「またあいつは……」
騎士達に注意を促す聞き覚えのある叫び声に、シウォーグは口内で呟くと、心配そうな視線をチラリと声の方向へと向ける。
「シウォーグ様?」
シウォーグの意識が自分から離れたのが分かったのか、詩織は背後からシウォーグに縋りつき、弱々しく呼び掛ける。
「お前は、ドンと構えてろ。――もう、大丈夫だ、悔しいがな」
シウォーグの言葉の意味が分からず、詩織は首を傾げて問いかけようと口を開くが、その視界を漆黒の馬に乗った銀髪の持ち主が駆け抜ける。
「ノウル様!」
途端にアイドルへ声援を送るような詩織の声に、シウォーグの眉間の皺が増えていく。
「大人しくしろ」
前へ出ようとする詩織を無理矢理座らせ、シウォーグは低い声で軽く恫喝じみた声をかけ、自らは襲撃犯と対峙するノウルを油断なく見つめている。
「やはり、瞬殺か――しかし、どうしたものか」
ノウルが襲撃犯を確保した様子に、小さく頷きながら一人ごちたシウォーグは、集まった民衆へと広がった恐怖に、どう収拾をつけたものかと役立たずのヨードを眺めながら悩む。
そこへ、光輝くような白馬に跨がり、ユナフォードが駆け寄って来る。
「シウォーグ、この場は私に任せてくれるか?」
そうシウォーグに声をかけ、ユナフォードは高らかに声を張り上げ、一瞬で民衆の心を掴んでしまう。
「さすが兄上だ」
純粋な憧憬に満ちた眼差しを兄に向け、シウォーグは小さく呟いて、くく、と笑い声を洩らす。
ノウルとユナフォードに目を奪われていた詩織は、シウォーグの笑い声に気付く事なく、ただ金と銀の主従を熱っぽく見つめ続けていた。
「さあ、愛し子様、これをお持ちください」
役立たずの肉塊から、喋る肉塊へと戻ったヨードは、小さな紙袋が一杯に盛られた籐の籠を詩織へと手渡す。
「はい。……子供達、集まってくれるでしょうか?」
小さく頷いてから、詩織は不安げにシウォーグを仰ぎ、上目遣いで問い掛ける。
「あー、ほら、来たぞ」
明らかにやる気のない様子で答えるシウォーグは、目線だけで近寄って来ている複数の小さな人影を示す。
「良かった!」
ふふ、と軽やかな笑い声を上げた詩織は、嬉しそうに両手を胸の前で合わせ、馬車の上で子供達を待つ。
兵士により、停まった馬車の傍らに台が用意され、並んだ子供達が、順番に台に登って詩織からお菓子の入った紙袋を受け取っていく。
「ありがとうございます、愛し子様!」
「ありがとうです、めぐしごさま!」
「感謝します、愛し子様」
「お会い出来て光栄です、愛し子様」
服装からも分かるが、集まった子供達は、貴族の子女ばかりらしく、感謝を述べる姿も堂に入ってる。
先ほどような襲撃が起きる事もなく、子供達の列は進み、最後の子供が詩織の前に現れる。
それはみすぼらしい服を身に纏い、仲良く手を繋いだ兄妹らしい二人連れだ。
「えーと、愛し子様、会えて嬉しいです」
「この世界にきてくれて、ありがとう、愛し子様」
拙いながらも、丁寧な口調で挨拶し、無邪気な笑顔を見せる兄妹だったが――。詩織は、思わず反射的に身を退いてしまっていた。 詩織の反応に、集まった民衆を見ていたヨードも、今までと毛色の違う兄妹に気付き、顔を真っ赤にして、何処かにやれ、という類の事を叫び出す。
孤児らしい兄妹に同情する者はほとんどおらず、兄妹が兵士に引き下ろされそうになるのを、詩織も安堵の滲んだ眼差しで見つめていた。
そんな中、黙っていたシウォーグが唐突に立ち上がり、詩織の持つ籠から、残っていた菓子を鷲掴み、固まっている兄妹に無理矢理持たせた。
「ほら、さっさと安全な場所に戻れ」
不思議そうに見つめて来る兄妹に、ニヤリと笑って応じたシウォーグは、顎をしゃくって、集まった民衆の中で目立っている色鮮やかな集団を示す。 そんなシウォーグの目は、色鮮やかな集団の隙間から覗く黒髪をしっかりと捉えて、柔らかく細められている。
「シウォーグ様、あの方々は……?」
シウォーグの視線を辿り、あの兄妹が色鮮やかな集団に飲まれるのを見た詩織は、小首を傾げて問い掛ける。
「愛し子様! 見てはなりません! あれは、下賤な女達でございます。愛し子様のお目に留めるようなものではございません」
割って入って答えるのは、真っ赤な顔で唾を飛ばさんばかりのヨードだ。
「下賤?」
「娼婦だ。あれは、かなりの高級娼婦達だ。で、あの一番目立ってるのが、ノウルの愛妾だ」
キョトンと反芻する詩織に、シウォーグは呆れ混じりに答えると、アウラを指差す。これで、詩織がノウルを諦めれば良い、という計算もシウォーグの中にはあった。
「あれが、ノウル様の?」
ポツリと呟く詩織の瞳に広がった色に、シウォーグは自分の失敗を悟る。
「美しい方ですね」
そう呟く言葉には何の感情も浮かばず、詩織はただ柔らかく微笑んでいた。
詩織の視線を感じたのか、アウラの瞳が詩織を捉え、挑むように輝きを増す。
詩織は反らす事なくアウラの瞳を見つめ返すと、優雅な貴婦人の礼を返し、パレードが終わるまで、ただただ柔らかく微笑み続けていた。




