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巻き込まれ少女、出会う。5,狂騒パレード 2

「ふぁ〜、派手だねぇ」

 アウラが用意した席でパレードを観覧していた星は、感嘆の息を洩らし、腕の中のラビに声を掛ける。

 くふくふ、と同意の声を上げたラビは、興奮した様子で、もふもふの前足を揺らしている。

 そんな一人と一匹の傍らでは、ラディとリリアの兄妹も歓声を上げて、目の前を通る豪奢な馬車を見送っていた。パレードの為に用意された馬車は、屋根が無く、着飾って腰掛けている人間が、集まった人々へと手を振っていた。

 アウラが用意してくれた席は、仲の良い娼婦達に囲まれているので、星は人酔いも治って、ノウルの勇姿を、きらきらとした眼差しで見つめていた。

「ユナ様、いつもよりキラキラだね」

 ふふ、と柔らかい笑い声を洩らしながら言った星の言葉が聞こえたかのように、馬車上のユナフォードから視線が向けられる。

 ユナフォードと目が合い、シパシパと瞬いた星は、何となくラビを顔の前まで持ち上げ、軽く掴んだもふもふの前足を振って見せる。

 ユナフォードが見ていたのは、やはり星だったらしく、小さく吹き出した後、常よりキラキラした笑顔と共に、手が振り返される。

 途端に、あちこちから女性の悲鳴が上がり、何人か倒れたらしく、バタバタと慌ただしい気配がする。

「あらあら、ユナフォード殿下も罪な方ね」

 こちらは、あちこちから欲に満ちた男性の視線を集めながら、アウラは赤い唇を笑みの形にして、楽しげな声を洩らしている。

「あ、アウラさん、ほら、ノウル見つけたよ」

「あら、本当。相当不機嫌そうね」

 ノウルの姿を見つけ、仲良く笑い合う星とアウラに、さらに男性からの視線が増していき、傍らに伏せている獅子から、ぐる、と不機嫌そうな鳴き声が洩れ出す。

 笑われているノウルはというと、結局『世界の愛し子』の馬車の護衛に回され、アウラの言葉通り、不機嫌そうな馬上の人になっていた。漆黒の毛並みの馬を颯爽と乗りこなし、賑やかしとしての任務も担っているノウルだが、その表情は常より機嫌が悪そうだ。

 ノウルの不機嫌そうな視線は、一瞬星のいる辺りを通ると、明らかに緩んで、また女性の悲鳴を巻き起こす。

「…………無駄に目が良いわ」

 脱力感に満ちたアウラの呟きに、星の腕の中では、ラビが大きく頷いて同意を示していた。




 『世界の愛し子』の馬車が近付くと、アウラを始めとする娼婦達が星の前に立ち、星を『世界の愛し子』から隠してしまう。

「アラン君、あ、キースさん」

 星はアウラの脇から顔だけを覗かせ、見覚えのある騎士達を見つけ、嬉しそうに瞳を輝かせて名前を呟くと、そちらに向けて小さく手を振る。集まった民衆も、それぞれ大きく手を振っているので、見つからないだろう、と考えたのだ。

 だが、名前を呼ばれた二人は、バッチリ星を見つけたらしく、アランからは人懐こい笑顔、キースから苦笑からのウィンクが返される。勿論、二人も護衛としての参加なので、ノウルと同じく馬上の人だ。

「二人も目が良いんだね。……あれ?」

 腕の中のラビに向けて感心したように話しかける星だったが、通りの反対側、通り過ぎる馬車越しの人混みに混じった異質な人物に、小首を傾げる。

 その人物は、目の前の馬車を見ようとはせず、通り過ぎた『世界の愛し子』の馬車、正確にはそれを動かす二頭引きの馬を見つめていた。フードを目深に被った姿も、周囲から明らかに浮いている。

 その男性らしき人物の視線の昏さに、既視感を覚えた星は、ラビを抱き締めながら、中空に視線をさ迷わせ、記憶を辿る。

「セイ、どうした?」

「セイお姉ちゃん、また気持ち悪くなっちゃった?」

 急に静かになった星に気付くと、ラディとリリアが心配そうに両脇から抱きついてくる。

「え、あ、うん、ちょっと気になる人が……」

 ラディとリリアの温もりを感じながらも、星は気もそぞろな言葉を洩らし、相手から視線を外さない。

 その時、ラディとリリアを引き金に、星は相手への既視感の理由を思い出す。

「あの時の……」

 ラディとリリアの兄妹と出会う切っ掛けになった、あの馬車暴走事件の時に見かけた相手だ、と星が内心呟くのと、相手が行動を起こすのは同時だった。

 フードの男性は、唐突に右腕を前に突き出し、掌を馬車に向ける。その体勢は、さらなる既視感を星にもたらす。

「魔術……」

 何度も星を助けてくれた、ノウルの用いる異世界な不思議な術。この世の理に働きかける術式。

「馬車に、魔術……」

 星の脳裏を過ったのは、異世界初日の馬車の暴走と、先日ラディとリリアを助けた馬車の暴走。最初の方は、馬に魔術で出来た傷らしきものがあり、二度目は現場で不審な動きをする人物を見かけた。

 星の中で色々な事が繋がり、膨らんだ嫌な想像に、隠れる事も忘れ、思わず叫んでいた。

「アラン君! キースさん! あの人を止めて!」

 歓声に紛れそうな星の叫びは、しっかりとアランとキースへ届き、二人は同時に動き出す。

 揃った動きで馬を操り、方向を変えた二人の騎士は、すぐに星の指した相手を見つけ、馬車を守るように進路を遮る。

 少し離れた馬車の上では、騎士の動きに怯えた詩織がわざとらしくシウォーグにしがみつき、鬱陶しがられている。

「もしかして」

「魔術師か!?」

 自分達と向き合っても焦った様子のない相手に、アランとキースは顔を見合わせ、咄嗟に剣の柄に手を置く。

「もう遅いさ……」

 二人が斬りかかる間もなく、フードの人物が呟き、突き出された手の先から、風が渦巻く。

「落ち着けっ!」

「チッ」

 棒立ちになりそうな愛馬を宥め、アランとキースは『世界の愛し子』の馬車を守る盾になろうとする。

「問題無い」

 そんな二人の背後から響いた美声の主は、馬上から片手を振り払うような動きで、凶器になろうとしていた風を霧散させる。

「俺の目の前で、つまらない事をするな」

 そうニヤリと好戦的に笑って言うのは、『世界の愛し子』の馬車の前にいた筈のノウルだ。

「筆頭魔術師か」

「そういうお前は、何処の三下だ?」

 昏い目のまま、憎々しげに呟く相手に、馬上からノウルは余裕の表情で答える。

「拘束させてもらおう」

 そう言ってノウルは、先程の相手を真似るように、手を突き出し、一瞬で相手を風で拘束し、格の違いを見せつける。

「くそ……っ」

 地面に倒れ伏せて暴れていた男は、駆けつけてきた兵士により、縄で縛り上げられ、あっという間に連れていかれる。

 残されたのは、動きを止めたパレードと、恐怖と驚愕に染まった民衆だけ。

 そこへ――。

「もう大丈夫だ! 『世界の愛し子』を狙った悪漢は、我が国最強の魔術師によって倒された! もし、また何かあっても、私達には『世界の愛し子』と、最強の魔術師がついている! 怯える事は何一つない!」

 花が咲くような美しい笑みと共に、目の覚めるような白馬に乗って戻って来たユナフォードが、民衆にそう力強く語りかける。

「そ、そうだ、我々には『世界の愛し子』様がついている!」

「それに、ノウル様がいるんだ、愛し子様は絶対に安全だ!」

 怯えていた民衆は、口々に声を張り上げ、最終的には、

「愛し子様万歳!」

「ノウル様万歳!」

「ユナフォード殿下万歳!」

という歓声が、全体へと広がっていく。

 そんな熱に浮かされたような周囲の空気に流される事なく、娼婦達はクスクスと笑いながら、イイ男観賞をしている。

 あちこちから、笑い声と共に、私はユナフォード殿下かな、私はシウォーグ様、えー私はやっぱりキース様よ、などと、値踏みをする声が聞こえている。

「私は……」

 楽しそうな様子に、星がおずおずと参加しようとすると、ラディとリリアがすかさず両脇に現れ、

「「セイ(お姉ちゃん)は、ノウル様!」」

と、声を揃えて言い、無邪気な笑顔を浮かべる。

「え、あ、うん……」

 ラディとリリアの期待に満ちた眼差しと、周囲の娼婦達からの生暖かい視線に押されるように、星は引きつった表情でコクンと頷く。

 そのやり取りが聞こえた訳では無いだろうが、馬上で不機嫌そうに民衆の歓声に応じていたノウルの視線が、娼婦達に隠されている星へと向く。

 星はアウラの影から、チラリと顔を出し、ふわ、と笑うと、胸の前でノウルに向けて小さく手を振ってみる。

「…………駄目よ、このタイミングで顔出しちゃ」

 星の姿を見て、締まりがない顔になり、蕩けきった笑顔でどよめきを巻き起こしたノウルの姿に、アウラはため息を吐いて、星の頭を撫でてから、自らの背後に押し隠す。

 ノウルの笑顔によって、また何人か倒れたらしく、兵士が慌ただしく走り回っている。

 星の腕の中では、ラビがやれやれといった表情で、肩を竦めて周りの人間達を見つめていた。




「あ、そろそろだな」

「そうだね、行こ、お兄ちゃん」

 滞りなくパレードは進み、星の両脇にいたラディとリリアの兄妹は、はしゃいだ声を上げ『世界の愛し子』の馬車へと向かっていく。

 理解出来なかった星が、不思議そうに首を傾げていると、目隠しを他の娼婦に頼んだアウラが、星へと向き直る。

「愛し子が子供達にお菓子を配るのよ」

「ああ、それでなんだね」

 ラディとリリアの他にも、『世界の愛し子』の馬車へと近寄る子供の姿に、星は納得とばかりに頷き、娼婦達の隙間からお菓子を配る詩織を眺めている。

 ラディとリリアの番になり、二人の姿を見た瞬間、詩織の表情が嫌悪に歪み、差し出された手を避けるような仕草をする。

「え?」

 思わず星の口から驚きの声が洩れるが、詩織の周りを固めている貴族、星は知らないが、ヨードという名を持つ男性も、野良犬を追い払うように、シッシッと手を振っている。

「……セイちゃんと同じ所出身だから、気にしないかと思ってたわ」

 美しい顔を盛大に歪め、チッと舌打ちをしたアウラは、飛び出そうとする星を抑え、詩織と同じ馬車にいるシウォーグを指差す。

「セイちゃん、第二王子に目で訴えれば良いわ」

 真っ赤な唇で、ニィと怒りを押し込めて笑って言うアウラに、星は若干怯えた様子で、アウラの指示に従い、我関せずな風で馬車に座っているシウォーグへ必死な視線を送る。

「シウォーグさん、ラディとリリア、いじめないでって言って……」

 ついでとばかりに、星は小声でシウォーグに向けて訴えかける。と、星の願いが通じたのか、シウォーグの兄と良く似た色合いの青の瞳が、星を捉え、見張られる。

 声は聞こえなかったらしいが、泣き出しそうに見える黒目がちの瞳に、シウォーグは思わず腰を浮かせる。不思議そうに見てくる詩織とヨードを気にかける余裕も無い。

 シウォーグは、止まっている馬車の上で仁王立ちし、何かを訴えている星の視線を辿り、詩織とヨードが拒否したみすぼらしい服装の兄妹に気付く。

 シウォーグは安堵から息を吐くと、無造作に詩織の持つ籠から菓子の袋を何個か奪い、追い払われようとしていた兄妹に腕を伸ばして差し出す。

 それを恐る恐る兄妹が受け取ると、シウォーグはニヤリと笑って見せる。その視線は、チラリと意味ありげに娼婦達の集団を向く。

 ラディとリリアは、菓子の袋を手にしばらく固まっていたが、すぐに満面の笑顔になると、口々にシウォーグへ礼を言いながら、身軽に走り去っていく。

「良かった、ありがと、シウォーグさん!」

 嬉しそうに小さく跳ねた星が、そう言いながら小さく手を振ると、どういたしまして、とばかりにシウォーグの片手がひら、と振られる。

「ふふ、セイちゃんの目力は最強ね」

 一人言のように呟くアウラ。星の腕の中で、ラビが同意を示すように頷いていた。

 途中、ハプニングはあったが、その後、何事もなくパレードは進み、詩織が馬車上から花を撒いて、終わりを迎えた。

 詩織の撒く花に興味のない星と娼婦達は、混み合う前に無事に帰路へとついていた。




「……遅かったようで」

 薄暗い路地裏で、ポツリと呟く黒髪に琥珀色の青年、マオ。その足下には、息絶えた兵士の姿。

 それは、先ほど馬車襲撃犯を連れていった兵士達だった。

 マオは通信用魔具で誰かに連絡を取ると、影へとチラリと視線を向ける。

 すると、黒衣を纏った人影が複数現れ、あっという間に兵士の死体を片付けてしまう。

「……追います」

 ポツリと呟くと、マオは黒衣の人影達と同じように、影へと溶け込むように姿を消す。



 路地裏に残されたのは、僅かな血痕と静寂のみ。

 華やかなパレードの裏で、血生臭い香りが漂い始めていた。

パレード終了しました。

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