巻き込まれ少女、出会う。5,狂騒パレード 1
パレード開始です。
5,狂騒パレード
「パレードって、今日なんだよね?」
自らが作った朝食を一心不乱に食べているノウルに、星は小首を傾げて問い掛ける。
「…………ああ」
眠いのか、パレードが面倒臭いのか、はたまた両方なのか、キレの悪い返答をしながら、ノウルはコクリと頷く。
「ノウルの格好良いとこ、見に行きたいな」
ワクワクといった様子で呟く星は、先程からノウルの背後に立ち、その艶やかな銀色の髪を編んでまとめている。
「……一人では駄目だ。あと、愛し子の馬車には近寄るな」
編み終えた星の手が髪から離れると、ノウルは椅子に腰掛けたままグイッと上体を捻り、星と視線を合わせ、幼子に言い聞かせるように告げる。格好良いとこ、と言われたせいか、表情に若干締まりがない。
「うん。わかったよ」
はい! と小さく挙手をして頷いた星は、足下をウロウロしていたラビを抱え上げ、表情には出さないが、嬉しそうに黒目がちの瞳を輝かせている。
「何かあったら、すぐに連絡するんだぞ?」
そんな星の様子に、蕩けるような笑みを浮かべたノウルは、そう言って星の頭を優しく撫でる。
コクリと無言で頷いた星は、気持ち良さそうに目を細め、大人しく撫でられている。大人しく出来ないのは、星に抱かれたラビで、可愛らしい顔には似合わない凶悪な表情を浮かべている。
「あー、行きたくないな」
星の頭を撫でて癒されながら、ノウルは思わずといった風に呟き、小さくため息を洩らす。
「……行かないの? ノウルの格好良いとこ、見たかったな、なんて」
ノウルの呟きに、星はシュンとした様子でラビを抱き締め、上目遣いでノウルを窺いながら残念そうに言う。かなりあざとい仕草だが、星がすると小動物めいた外見のせいか、自然に見える。
同じ事を詩織がやったとしたら、ノウルからは絶対零度の視線しかもらえないだろう。下手をすれば、視界にすら入れないかも知れない。
だが、ここにいるのはノウルが目に入れても痛くないほど溺愛している星なので、返ってきたのは逞しい腕からの抱擁だ。
ラビは潰されないように、スルリと星の腕から抜け、ノウルの脛に蹴りを入れつつ、華麗な着地を決めている。
「見ていてくれ、セイ。俺の勇姿を……」
脛の痛みも気に止めず、ノウルは抱き締めた星の耳元で甘く囁く。格好良く決めてはいるが、仕事に行きたくないと駄々をこねた大人が、持ち上げられてやる気になっただけだ。
「うん、楽しみにしてるね?」
遠慮なくノウルを抱き締め返してから、星は笑い声混じりに答え、軽くノウルの胸を押す。
「いってらっしゃい、ノウル」
「……ああ、いってくる」
胸を押されるまま、星を解放したノウルは、後ろ髪を引かれまくった様子で、出かけていく。
その姿を玄関先まで見送った星は、拗ねた様子のラビを抱き上げて優しく抱き締める。
「今度はラビのブラッシングしようね」
もふもふの毛並みを堪能しながらそう言った星は、ラビを抱えて自分の部屋へと歩き出す。
星の言葉に、ラビは嬉しそうに鼻をヒクヒクと動かし、星の胸元に額を擦り寄せた。
「あ、今日は、シェーナお姉ちゃんはお休みだった……。誰とパレード見に行こうか?」
ベッドの上でラビの毛皮にブラシをかけながら、星は小首を傾げて、ラビへと問い掛ける。今日は、通いの家政婦であるシェーナは、都合により来れないと前日に告げられていた事を、星は今思い出したのだ。
星の問い掛けに、ラビはベッドの上で、星を見つめながら奇妙な動きを始める。実は喋る事が出来るラビだが、星の前では喋らないので、ベッドの上でのジェスチャー大会の開始だ。
「えぇと、長い髪、くるくる、せくしー? あ、アウラさんだね」
ベッドの上で、くねくねとしなを作り、前足で長い髪をさらさらと流すような仕草をするラビに、星は楽しげに思いついた事を言っていき、最終的に、連想された名前を口にする。
正解を言い当ててもらえ嬉しいのか、ラビはくふくふと鼻を鳴らしている。
「確かに、アウラさんなら、これで連絡出来るし、ノウルを見に行ってもおかしくないもんね」
納得したと頷いて、これ、と星が示したのは、耳朶で揺れている黒と紫の石の、通信用魔具だ。
アウラは世間ではノウルの愛妾と思われているので、パレードを見に行っても何の違和感もない。
「じゃあ、早速準備しようか。あと、獅子さんにも護衛頼まないとね」
そう言って、いつもより気合を入れて服を選んだ星は、最後にアウラから貰ったピンクの花飾りを着けて、身支度を終了する。
「この間、リボン買ったから、ラビもおめかししよっか?」
ほら、と艶々した質感の青いリボンを示した星は、どうぞ、とばかりに胸を張って立つラビの首にリボンを巻き、蝶ネクタイのように綺麗な結び目を作る。
「うぅ、ラビ可愛い!」
自画自賛のような叫びを上げると、我慢出来なくなったのか、星は飛びつくようにラビを抱き締め、一緒にベッドの上を転がる。
満更でもなさそうに、くふくふと鼻を鳴らしたラビは、仰向けになった星の胸の上に顎を乗せ、可愛いでしょ、とアピールに余念がない。
「可愛いは最強だよね」
同意を求めるような星の呟きに、ラビは星の顔を見つめながら、コクリと頷いて見せる。
「ラビもそう思う?」
ふふとくふくふ。笑い合う一人と一匹は、しばらく笑い続けてから、ベッドから起き上がる。
「そろそろアウラさんに連絡するね? ――もしもし、アウラさん? 私だよ。あのですね、パレード見に行きたいの。そう、そのパレード。で、アウラさんと一緒に行きたいんだけど……」
ベッドに腰掛けた星は、垂らした足を揺らしながら、右耳に手を添えて話し続ける。その太股の上には、ラビが上体を乗せて、甘えている。
「うん、その通り。ノウルが一人じゃ駄目だって。良かった、ありがと。うん、分かるよ、じゃあ、そこで待ち合わせだね。うん、気を付ける。またあとで……」
通信用魔具から手を離し、会話を終了させた星は、左腕だけでラビを抱えて勢い良く立ち上がる。
「さあ、獅子さんに声掛けて、お出かけだよ?」
小さく、おー、と右手を挙げて宣言した星に、ラビも星の腕の中で、真似をしてもふもふな前足を突き上げている。
「一緒に格好良いノウル、見に行こうね」
楽しそうな星の言葉に、ラビは一瞬、え!? と口に出しそうな顔になるが、すぐに誤魔化すように顔を洗い出す。
そんなラビには気付かず、星は獅子を迎えに行くために、足取り軽く歩き始めた。
●
「……人が多い」
アウラとの待ち合わせ場所に向かう途中、そう呟く星は、人の多さにぐったりし、人混みから抜け出した路地裏でしゃがみ込んでいた。
ラビは心配そうにもふもふの前足で、星の背中を擦り、獅子は不審者の接近を阻むために、殺気を飛ばしまくっている。
そんな中、星に近寄ろうとする勇者が二人。それは小柄な星より、小さな人影が二つ。
「セイ? 何してんだ?」
「本当だ、セイお姉ちゃんだ」
口々にそう言いながら路地裏の奥から、パタパタと近寄ってきたのは、ラディとリリアの仲良し兄妹だった。
「ラディ、リリア……」
そう弱々しく呟く星の顔色の悪さに、ラディとリリアは顔を見合わせ、両側から星の顔を覗き込む。
「どうしたんだよ? 具合悪いのか?」
「セイお姉ちゃん、気持ち悪いの? 誰か、大人呼ぶ?」
ラビを真似て、星の背中を擦りながら声を掛けるラディとリリアは、それぞれ心配そうに表情を曇らせている。
「大丈夫だよ、ちょっと、人酔いしただけだから。少し休めば良く……」
「――君、大丈夫かな? 良ければ、すぐそこに私の屋敷がある。少し休んでいかないか?」
ラディとリリアを安心させようと、弱々しく微笑んで顔を上げ、大丈夫、と訴えようとした星の言葉を遮ったのは、いかにも金持ちな服装をした男性だ。その金髪碧眼な外見は、中年までとはいかないが、ラシードより年上に見えた。
男性は優しく微笑んで星を見つめているが、チラリと両脇にいるラディとリリアを見た瞬間の、汚らわしいモノを見た、とばかりの表情を、星は見逃さなかった。
「いい、です。もうすぐ、連れが来ますから」
星は固い口調で丁寧に断ると、しゃがみ込んだまま、ゆるゆると首を横に振る。
ラディとリリアも、男性の不穏な気配を感じているのか、星を守るように両側からしがみついている。
小柄な少女を守る、いたいけな兄妹。そんな微笑ましい光景に、男性の目に宿ったのは、蔑むような冷たい光。
「駄目じゃないか、そんな汚い手で触れたら、その子が汚れるだろう? 離れなさい?」
優しく咎める口調ながら、有無を言わせぬ男性の雰囲気に、ラディとリリアは嫌々をするように首を振り、星に更にしがみつく。
恐怖からか、兄妹の口からは、言葉の代わりに、カチカチと歯の触れ合う音がしているが、二人の手は星から離れない。兄妹は、自分達が離れた瞬間、この男性は星に酷い事をする気だと分かっていた。
孤児として生きてくる中、大人の汚い面を見てきた兄妹には、男性が良い人ではないと、すでに理解できているのだ。
「し……」
獅子さん。そう呼ぼうとして、星は躊躇いから口を閉ざしてしまう。ただし、男性を心配した訳ではなく、これぐらいの事で、獅子を血で汚したくなかったのだ。
影であるマオを許容したように、星は使い魔達を許容し、理解していた。
彼らには、人間の法は関係無く、ノウルの命令だけが彼らの全てだ。きっと、星が呼べば、ノウルから『星を守れ』と命じられている獅子は、男性に一瞬の躊躇いもなく襲いかかるだろう。
けれど、それは星が嫌だった。きっと、彼らの牙や爪は、人間の血で汚れた事もあるだろう。だが、星はこんな事ぐらいで、彼らを血で染まらせたくなかった。
だから、星は獅子を呼ばず、決意を示すようにグッと唇を引き結ぶ。そして、ゆっくりと開いた。
「この子達は、私の友人です。この子達を汚らわしいなんて言う人とは、行きたくないです」
ふらつきながらも、立ち上がった星は、僅かに声を震わせながらも、ハッキリと言い切る。その細い腕は、両脇にいる、ラディとリリアをしっかりと抱き寄せる。
「……へぇ、そうか。なら仕方がない」
男性は、ニィ、と唇を吊り上げて笑うと、一歩星へと歩み寄る。
「優しく招待したかったんだが……」
また一歩、距離が縮まる。手を伸ばせば、届くほどの距離に、星は一歩後退りする。その距離を詰めるように、星へと伸ばされる手。
「大丈夫、君には酷い事は――」
「あら、お邪魔だったかしら?」
悪戯っぽい声と共に、綺麗に整えられた爪を持つ手が、星へと伸ばされた男性の手を払い除ける。
「誰だ?」
「アウラさん……」
男性の誰何の声と、星の安堵の声が重なり、名前を呼ばれたアウラは、星と男性の間に立ちはだかる。
「こんな所で、こんな事をしていて良いのかしら?」
そう言ってアウラは、怒りで顔を真っ赤にする男性の耳元に唇を寄せ、何事かを囁く。と、男性の顔から一気に血の気が引き、無言で脱兎の如く走り去る。
「あらあら、見苦しいわね」
うふふ、と艶やかな唇を笑みの形にしたアウラは、男性の後ろ姿をちら、と見送り、星へと向き直る。「遅いから、迎えに来たわ」
艶然と微笑んで、悪戯っぽく告げたアウラに、星は安堵からふにゃ、と笑みを浮かべ、たおやかな腕に抱き締められる。
そこへ、ラディとリリアも加わり、路地裏に和やかな空気の流れる中、獅子の背で殺る気満々だったラビは、同じく殺る気満々だった獅子の鬣を、宥めるように前足で撫でている。
何だかんだで、ラビと使い魔達は、すっかり仲良しとなっていた。




