巻き込まれ少女、出会う。幕間,腹黒疑惑続行中
幕間,腹黒疑惑続行中
「え? 本当ですか? 今日はノウル様が、兵士に稽古をつけるんですか?」
自分付きの騎士であるクロトから聞いた情報に、詩織は喜色満面で、可愛らしい仕草で喜びを表す。
「良かったですね、愛し子様!」
詩織の嬉しそうな姿に、犬の獣人であるティナも我が事のように喜び、ブンブンと髪と同色の尻尾を振っている。
「……目立たない場所でしたら」
詩織の喜び様に、サマンサも苦笑混じりで許可を出し、詩織はティナとクロトだけを連れて、目立たない場所から、訓練を見学する事になった。
クロトの用意した椅子に座り、ティナが入れたお茶を飲みながら、詩織は食い入るように訓練をつけているノウルを見つめている。
「相変わらず、綺麗な方ですね」
頬を染めて、瞳を潤ませた、まさに恋する乙女な表情で、詩織はノウルを見つめ続けているが、ノウルが詩織の視線に気付く事はない。ノウルの硬質な瞳は、ただ向かい合った兵士を冷たく映している。
それでも、詩織は満足だった。ノウルが、他の見学している女性にも、全く興味を持っていないからだ。
無視されて、触る事すら許されないあの女性達と比べれば、詩織は立場上ノウルと話す事も、無理矢理だが触れる事も出来る。
何処か昏い優越感に詩織が、伏せ目がちにそっと微笑んでいると、訓練所内の空気が変わる。
詩織が目線を上げると、そこには向かい合う兵士を全て倒し、蕩けるような笑顔を浮かべたノウルがいた。
思わず立ち上がった詩織は、もっと前に出ようとする。それを止めたのはクロトだ。
そのまま、詩織はノウルの視線を辿る。ノウルは、明らかに誰かを愛しげに見つめ、微笑んでいた。
ノウルの視線の先にいたのは、兵士に埋もれていても目立つ、美しいプラチナブロンドを持つ美少女。
「あ、ピア。そう言えば、今日は休んでましたね」
詩織の見ている方に視線をやったティナは、同僚の姿を見つけると、声を弾ませて嬉しそうに尻尾を揺らす。
「そう、なんですか?」
詩織は、ぎこちなく微笑みながら、ティナを振り返る。
「はい。確か、大好きな人と会うって、言ってました!」
詩織の様子に気付く事無く、元気良く答えたティナは無邪気な様子で尻尾を振っている。
「大好きな、人……」
そっかぁ、と貼り付けたような笑みを浮かべる詩織の視界の中では、ピアがノウルに追われるように訓練所を走り去るところだった。
足元が崩れ去ったような気分の中、詩織は、ゆったりと貼り付けた笑みを深めていった。
●
「まったく、愛し子も余計な事を考え付いてくれたもんだ」
心底面倒臭そうに毒づくのは、この国の第二王子であるシウォーグだ。
シウォーグは、『世界の愛し子』が考えた民衆の為のパレードの準備に追われていた。
「今あいつに会ったら、ぶん殴りそうだ」
ガシガシと金茶の髪を掻きむしりながら、据わった目でシウォーグは不穏な呟きを洩らす。
「あー、癒しが欲しい……」
思わず呟くシウォーグの脳裏を過ったのは、巻き込まれ体質な、小動物めいた少女の顔だ。
「また今日も来てるらしいが、巻き込まれてないだろうな」
その少女は、遭遇する確率がかなり低い『世界の愛し子』に、一日の間に二回遭遇するという、ある意味奇跡を昨日起こしたばかりだ。
今日のナンパぐらいは、ちょっとしたハプニングでしかない。この部屋から出られないシウォーグには知る由も無いが。
少女を思い出して、鋭い眼差しを和らげたシウォーグは、気合を入れ直して新たな書類を手に取る。
「とりあえず、嫌味の一つくらい許されるだろう」
誰にともなく呟き、シウォーグは文字を書く速度を上げていく。
詩織が嫌味を言われる事は、シウォーグの中で決定事項になったらしい。
そのまま、シウォーグは机に向かい続け、書類の山を築いていく。
「くそ、減らない……」
それでも減る気配のない書類に、シウォーグは小さく毒づきつつも、手を動かし続ける。と、そこへ、ノックの音が響き、
「何だ!」
と、苛立たしげに声を張り上げる。
『私だよ』
シウォーグの怒鳴り声を気にも留めず、扉の向こうから声をかけ、入ってきたのは、星曰く、蜂蜜色の髪を持つ美麗な青年。シウォーグの、腹違いの兄であるユナフォードだ。
「根を詰めすぎだよ。従者が心配して、私を呼びに来たんだ」
「あー、悪い。面倒かけた」
「ちょうど、私も休憩しようと思っていたから、気にしなくて良いさ」
バツが悪そうな表情を浮かべるシウォーグに、ユナフォードは柔らかく青の瞳を細め、項垂れたシウォーグの頭を撫でながら告げる。
空気を読んだのか、会話が途切れた瞬間に、ノックの音と共に、銀のワゴンを押した侍女が姿を現す。
「ありがとう。あとは自分達でするから、下がって良いよ」
「はい、かしこまりました」
ユナフォードの言葉に、深々と頭を下げた侍女は、しずしずと音を立てず部屋を後にする。
侍女が出て行くと、ユナフォードはテキパキとテーブルにお茶の準備を始める。
「……牛乳か?」
書類に一区切りをつけたシウォーグが、執務机からテーブルへと歩み寄り、怪訝そうな声を洩らす。
「そうだよ。セイから教えてもらった飲み方だけど、疲れた時には、こっちかなと思ってね」
微笑みながらそう言うと、ユナフォードは手早くミルクティー風のお茶を仕上げていく。
「さっき、マオがセイの差し入れを届けてくれたから、お茶請けにいただくとしよう」
そう言って、じゃーん、と悪戯っぽく効果音をつけて、ユナフォードが懐から取り出したのは、星がマオに渡したクッキーの包みだ。
「……菓子作りが趣味なのか?」
ユナフォードからクッキーの包みを受け取り、シウォーグは苦笑混じりで呟く。
「あー、食べるのが好きらしい。で、作るのも好きらしいよ。ノウルはすっかり胃袋を掴まれてるよ」
「へぇ、飯も食ってみたいな」
椅子に座りながら、早速クッキーを取り出したシウォーグは、興味を惹かれた様子で、兄と同じ色合いの瞳を輝かせる。
「ノウルの所に昼御飯を差し入れる事もあるらしいから、私達の分も今度頼んでみようか」
出来上がったお茶をシウォーグの前に置き、そう言ったユナフォードに、シウォーグは疲れきった顔に笑みを浮かべて頷いた。
「ああ、頼む」
ここに第三者がいたなら、貴方達も胃袋を掴まれてるんじゃ? という突っ込みが来そうだが、仲の良い兄弟に水を差す人物は現れず、二人は和気藹々とお茶会を続ける。
「――そう言えば、兄上は知ってたのか?」
ふと会話が途切れた瞬間、シウォーグは昨日から気になっていた事を口にする。
「主語が無いと、私でも分からないんだが?」
「愛し子が、セイを知り合いだと分かっていて放置してた事だ」
小首を傾げて苦笑するユナフォードに、不機嫌そうにクッキーをかじりながら、シウォーグが半眼で問いかける。
「ああ、それなら、セイ本人からは聞いている。友人ではなかったが、名前を呼んで挨拶されるぐらいの仲だったらしいよ」
「はぁ?! 愛し子がセイの名を呼ぶのか?」
「名字らしいけど、普通にね。しかも、召喚される直前にも、名前を呼ばれて、挨拶を交わしたらしい」
「はぁあ!?」
シウォーグのあまりの大声に、ユナフォードは眉をひそめ、手で耳を塞いでいる。
そんなユナフォードの反応を気にせず、シウォーグは勢い良く立ち上がる。
「あの女、やっぱり一発ぶん殴ってやる!」
「止めろ、シウォーグ。余計な波風を立てるな。セイ本人も気にしていないし、何より、愛し子には素晴らしい言い訳が用意されてるだろうな」
座ったまま、冷静な様子で言葉を紡ぐユナフォードに、シウォーグは、ぐっ、と言いかけた言葉を飲み込んで、もう一度座り直す。
「何だよ、その素晴らしい言い訳ってのは」
不機嫌そうに足を組み、温くなってしまったカップの中身を飲み干してから、シウォーグはキッとユナフォードを睨み付けるように問いかける。
「簡単な話だよ。もし私達に、セイが知り合いだったとバレたら、愛し子はこう言っただろうさ。『貴方達が善意の方と分からなかったので、友人を巻き込みたくなくて、あえて知り合いでは無いと嘘を吐きました』とでも言えば、皆は『まあ、さすがは愛し子様です。何てお優しいんでしょう』とか言い出して終わるだろうなぁ」
「あり得ない――」
「話ではないだろう? 貴族や神官にとって『世界の愛し子』は、無垢で純粋な存在になりがちだ」
シウォーグの反論を遮り、ユナフォードはニッコリと綺麗に笑いながら言葉を重ねる。何処までも美しい笑顔だが、その青の瞳には冷たい光が宿っている。
「結局、愛し子にとっては、セイはどうでも良かったって事かよ」
「そうだね。――今のセイの状況を知ったら、愛し子は嫉妬で狂いそうだから、会わせるつもりはないけど……」
シウォーグが、胸糞悪いとばかりに、けっ、と吐き捨てるように言うと、ユナフォードは愉快そうに笑いながら頷き、肩を竦めて見せる。
「あー、そう言えば、ノウルの野郎に惚れてたな、愛し子は」
ユナフォードの言葉に、シウォーグは短く唸りながら、面倒臭いとばかりに髪を掻き乱す。
「早く諦めてくれると良いけどね」
「そうだな」
そう言って、笑い合う仲の良い異母兄弟の中で、ノウルが『世界の愛し子』になびく可能性は皆無だった。
そんな異母兄弟な二人にも見通せない事はあり、詩織がした勘違いを二人が知る事はなく――。
様々な波乱を含みながら、パレード当日を迎える。




