巻き込まれ少女、出会う。4,パレードが始まる4
――訓練所。
柵に丸く囲まれた、広く平らな土の地面が広がった場所で、数人の人影が斬り結んでいる。
辿り着いた星の目を一番に惹いたのは、やはりというか美しい銀髪の麗人だ。
星は、女性は訓練所で目立つのではないかと心配していたが、そこは意外と鮮やかなドレス姿の女性達が数人混じっていた。
さすがに一人で来ている女性はいないが、それぞれ侍女を連れていたり、友人同士で来ているらしい。
その女性達の秋波を一身に浴びているのは、魔術師部隊隊長でありながら、剣を握って兵士達へ稽古をつけているノウルだ。
ノウルの本日の髪型は、後頭部で緩く一つに結んで垂らしてある。ノウルの髪を結ぶのは、星の日課になっていた。
「相変わらず、モテモテっすね、たいちょー」
「うふふ、全く見てないですけどね〜」
「ノウル、格好良いもんね」
ノウルに近い見学席は、ドレス姿の女性達がいる為、星達は兵士に混じってノウルを眺めている。
レイチェルはともかく、星とピアは悪目立ちをしているが、獅子と、緩いとはいえノウル直属の部下であるケビンの活躍により、守られていた。
その時、ノウルが斬りかかってきた二人の兵士を、流れるような美しい動作で倒し、見学席から女性の悲鳴が上がる。勿論、歓喜の悲鳴だ。
もう広い訓練所の中で、ノウル以外に立っている人間はいない。
「良かった、ノウル怪我してないね」
ふふ、と珍しく笑い声混じりに呟く星の声は、女性達の歓声に掻き消されたと思われたが、ノウルの耳はバッチリ拾ったらしい。
稀有な色の瞳が落ち着きなく辺りを見回し、すぐに大柄な兵士に埋もれ、長身の美少女の隣に立つ小さな少女を見つける。
その瞬間、まさに花が咲くように、または氷が溶けるように、蕩けるような笑みを浮かべたノウルに、訓練所は一気に阿鼻叫喚な騒ぎへ追い込まれる。
見学席の女性達がバタバタ倒れ、笑顔を向けられた方向にいた兵士達は恐怖からガタガタと震える。
「せ……」
セイ、と呼ぼうとしてから、さすがに自重したのか、ノウルは笑顔のまま無言で星の方へと歩いて来る。
「あ、ノウル気付いてくれたみたいだよ?」
近づいて来るノウルに、星は無邪気に喜んでいるが、ケビンとレイチェルは素早く視線を交わし合う。
「ここで、セイちゃんを抱き締めたりしたら、大変っす」
「はい、ヤバいです〜。とりあえず……」
「逃げるわ」
ケビンとレイチェルの小声の会話に、ピアは然り気無く参加すると、キョトンとしている星の手を掴んで、踵を返す。
ケビンとレイチェルも星を隠すようにそれに続き、使い魔である獅子だけが、そこに残される。
呆然として、星を連れて逃げ出した自らの部下を見送ったノウルは、数秒後、気を取り直すと、手近な兵士に片付けを頼み、自らは使い魔を連れて歩き出す。
「今のは、一体なんだ?」
ポツリと誰かが呟くと、それが聞こえる範囲にいた兵士達は、同意を示すように揃って大きく頷いていた。
●
結局、逃げ出した方と、追いかけた方が遭遇したのは、ノウルの研究室の前だった。
「何故、逃げた?」
「いやいや、たいちょー、あの勢いだと、普通にセイちゃんに抱き着いたっす」
「セイちゃんは、目立つの嫌がりますから〜。隊長、嫌われるとこでした〜」
ケビンとレイチェルの尤もな言葉に、ぐ、と反論を飲み込んだノウルは、腕を伸ばして星を捕まえ、そのまま研究室へと入っていく。
苦笑して顔を見合わせたケビンとレイチェルは、残されたピアと共に、研究室の中へと入る。
「ノウル、ビックリさせてごめんね?」
ギュッと無言で抱き締めてくるノウルに、申し訳なさそうに告げた星は、手を伸ばして、ノウルの頭をよしよしと撫でる。
「訓練つけてるノウル、格好良かったよ」
「……本当か?」
星の手放しの誉め言葉に、現金なもので、沈んでいたノウルの表情が明らかに変わる。
「チョロいわ」
幸いにも、ポツリと呟かれたピアの言葉は、ラビ以外には届かなかったらしい。
いつの間にか、星の腕の中で目を醒ましていたラビは、ピアに同意を示すよう、フン、と鼻を鳴らしていた。
他の三人の部下は任務でいない為、今いる二人の部下とノウル、それに星とピアの五人でのお茶会が、研究室内で始まった。
話題は『世界の愛し子』が開催を希望したというパレードについてだ。
「仕事が増えて迷惑だ」
と、心底面倒そうなノウル。賑やかしと護衛担当だ。『世界の愛し子』ご指名らしい。
「あー、セイちゃんのクッキー美味いっす。まあ、どうでも良いって感じっす」
と、言うのはケビン。パレードがクッキーの感想のついでだ。相当、どうでも良いらしい。
「民衆の為に〜、っておっしゃってますけど、目立ちたいんでしょ、って思っちゃいます〜。あの人を警備するのに、どれだけの人と経費がいると思ってるんでしょう〜」
と、ゆるゆる毒を吐くのはレイチェルだ。柔らかい口調ながら、容赦はない。
「…………美味しいわ」
ピアに至っては、もうパレードについてすら発言していない。クッキーを誉め、照れる星を見て楽しんでいる。
「お土産の分もあるから、良かったら、持って帰ってね?」
星もピアにつられ、パレードからは脱線した話を始め、そこにケビンとレイチェルも参加し、すっかりパレードは忘れ去られてしまう。
その後、誰もパレードの事を口にするなく、お茶会は終了した。
「じゃあ、帰りはノウルと帰るから。今日は、ありがと、ピア」
はい、とお土産分のクッキーを手渡した星は、名残惜しそうに小さく手を振る。
「また会えるわ、セイ」
ふふ、と悪戯っぽい笑みを溢して言うと、ピアは軽く身を屈めて星の円やかな頬に唇を寄せてから、ひら、と手を振って男前に去って行く。
「……ピアにまでされた」
ほんのりと頬を染めた星は、拗ねたように呟くと、照れ隠しなのかラビの後頭部に顔を埋めている。
「セイちゃん可愛いです〜」
星とピアのやり取りを見ていたレイチェルは、そう言って悶えながら星を抱き締めると、自らも星の頬にチュッと可愛らしく口づける。
星はもう諦めたのか、頬を染めて、されるがままになっている。
「あ、じゃあ、おれも……嘘っす、冗談っす、剣仕舞ってくださいっす!」
そこへ、冗談めかせて、ケビンが参加しようとするが、ノウルとラビから射殺しそうな視線をもらい、真っ青な顔でブンブンと首を横に振る。ノウルからは、抜剣のオマケ付きだ。
「セイ、帰るぞ」
チッと舌打ちをして剣を仕舞ったノウルは、そう星に声をかけて手を差し出す。
「うん、帰ろ! 今日はカレーだよ?」
差し出された手を躊躇無く握り、星はふわ、とした笑みを浮かべると、軽くぶら下がるようにして体重をかける。
「そうか、カレーか。楽しみだ」
「朝に仕込んだから、美味しいよ」
よろける事無く、体重をかけてきた星を軽く持ち上げ、ノウルは蕩けるような笑顔を向け、そのまま星を抱き上げてしまう。
「じゃあ、後は頼んだぞ?」
「ケビンさん、レイチェルさん、お疲れ様です、これ皆さんでどうぞ」
慣れたもので、星は慌てる様子もなく、ケビンとレイチェルに向け、複数のクッキーの包みを差し出す。
「あ、どうもっす」
「ありがとう〜」
口々に礼を言う二人は、微妙に引きつった笑顔を浮かべ、ノウルに抱き上げられた星からクッキーを受け取る。
「「お疲れ様っす(です〜)」」
そのまま、揃った挨拶を披露したケビンとレイチェルに、星はヒラヒラ、と手を振って返す。
「またね、ケビンさん、レイチェルさん」
そのまま、ノウルの首に腕を回して体を安定させた星は、
「人目が増えたら降ろしてね?」
と、柔らかく耳元で囁く。
不服そうながらも、ノウルは小さく頷き、そのままゆっくりと歩き出した。
その後ろ姿を見送り、ケビンとレイチェルは、何とも言えない表情で、お互いを見つめていた。
「ノウル、そろそろ……」
正門まで辿り着き、星は控えめに訴えるが、ノウルは嘘臭いぐらいキラキラとした笑みを浮かべる。
「大丈夫だ、人目はないぞ」
「あの、門番さんが……」
星の指摘に、ノウルはキラキラとした笑みを浮かべ、
「気のせいだ」
と、告げて、そのまま正門へと突入する。
笑顔のノウルを見た瞬間、ヒッ、と息を呑んだ門番達は、思い切り顔を背ける。
そのまま、ノウルは星を抱えたまま大通りを踏破し、帰宅後、拗ねた星から、しばらく口をきいてもらえず、本気で凹む事になった。
これが『世界の愛し子』主催のパレードまで、あと数日となった、ある日の出来事――。
その脇で、誰にも想像つかなかった事態が動き始めている事に、当たり前だが、気付いている者はいなかった。
もし、全て見通せるとしたら、それは『世界』だけだろう。
普通の人間には、待つ事しか出来ないのだ。
そして、事態は思いもよらぬ所から動き出す――。
ノウルの出番が少ない回でした。次は、ワンクッションの詩織回です。




