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巻き込まれ少女の異世界生活 幕間1

ちょっとでも見易くしたく、分割してます。

おかしくなってしまってたら、教えて頂けると助かります。

閑話―ノウル・ティーラ―


 腕の中から聞こえた言葉に、俺は緩く首を振り、

「俺の方こそ、すまなかった」

と、謝罪を返すが、眠りに落ちたセイには届かないだろう。

 現に、セイはピクリとも反応しない。

 だが、告げたかった、謝罪の言葉を。

 ゆっくりと、自分が示した街道へと続く道を歩きながら、腕の中にいる小さな、でも抱き心地は悪くない、暖かな存在を見下ろす。 本人は気付いていなかったが、俺は異世界人だと疑っていたのだと……。

 俺はノウル・ティーラ。

 この国の、魔術師の筆頭だ。気にしたことはないが、歴代の筆頭の中で、最年少らしい。

 そんな俺が、今日、泉の森と呼ばれている森に来たのは偶然だった。

 たまたま、急な薬の依頼が入り、たまたま、必要な材料の在庫が切れ、たまたま、店の在庫も切れていて、自ら採りに行くしかなくなった為だ。

 外套を着込み、騎乗にも使える獅子の姿の使い魔を連れ、外門へと続く大通りを歩く。

 あちこちから、畏怖と好奇に満ちた視線を無視し、俺は前だけを向いて歩く。 無駄に高くなった肩書きのせいで、寄ってくるのは、媚びへつらうだけの男と、やけに女を強調してくる、見た目は華で、中身は肉食獣な女だけになった。あんな油断したら頭から食われそうな女とは、正直付き合いたくはない。

「ノウル様、どちらへ」

 街道へと続く門で、顔見知りの兵士に呼び止められ、俺は街道の先を示す。

「泉の森だ」

「ノウル様なら大丈夫でしょうが、最近魔物の目撃が増えております、どうかお気をつけて」

 兵士の忠告に軽く頷いて返すと、俺は傍らを歩く使い魔の背に飛び乗る。

「行け」

 俺の短い命令に、使い魔は低く吠えて駆け出す。

その声に、行き交う行商人や旅人が驚いて立ち止まるのを横目に、 俺は使い魔に、

「もっと速く」

と、命令を出した。

 途端に、グンッと体にかかる圧が増し、人の気配が遠ざかる。

 そのまま、使い魔を走らせ続けると、人の気配は無くなり、道の両側の木々が濃くなる。

「止まれ」

 グッと鬣を掴み、使い魔を止めると、使い魔から下り、外套を脱いで森の中へと入って行く。

「……早速出会えるとは、運が良い」

 街道から外れ、しばらく歩いただけでお目当ての生き物を見つけ、俺はニヤリと笑うと、しゃがんで茂みに身を隠す。

 そこにいたのは、草を食む一匹の水晶ウサギ。

 体も大きく毛並みも美しい、何より額の水晶の透明度が素晴らしい。

 その素晴らしい水晶が、今回の目的だ。 水晶ウサギの価値は、額の水晶がいかに澄んで美しいか、で決まると言っても過言ではない。

 問題なのは、その水晶を採るため、生け捕りにしないといけないのだ。

「生け捕り、か」

 出来れば水晶に傷をつけたくない。が、俺の魔術で、傷つけず捕獲は難しい。

 俺は、傍らに伏せた使い魔に、チラリと視線を向ける。

 察しが良い使い魔は、低い体勢のまま、気配を殺して水晶ウサギに近づいていく。

 後もう少しで射程距離、というところで、唐突に草を食んでいた水晶ウサギの耳が、ピンッと立つ。

 気付かれたか、と立ち上がりかけるが、水晶ウサギが見ていたのは俺達では無かった。 明らかに違う何かを見つめた水晶ウサギは、前触れもなく駆け出す。木々が密集しているという地の利もあり、その足は体の大きい俺の使い魔より速い。

「……魔物? だが、逆にあちらでは近づいていないか?」

 疑問を抱いた俺は、魔術で辺りを探るが、水晶ウサギが駆けていった方向に魔物の反応があり、首を傾げる。

「逃げた訳ではない、のか?」

 使い魔に匂いで水晶ウサギを追わせつつ、俺は答えのない問いを呟いた。

「……見つかったらしいな!」

 探知の魔術に、水晶ウサギと、それに近づく魔物らしき気配がかかり、俺は語尾を跳ねさせ駆け出す。

距離が近づくと、水晶ウサギと魔物の他に人の反応があり、俺の足を速めさせる。

(まさか、あの水晶ウサギ、人間を助けに?)

 浮かんだ有り得ない思考を、首を振って追いやり、俺は木々の間から、チラリと見えた魔物に向かい、指を突きつけた。

「行け!」

 使い魔の体当たりで魔物が吹き飛ばされた隙に、俺の使い魔を警戒しているらしい、水晶ウサギを抱えた子供に声をかける。

「まぁ、お前が助けを乞う善良な者なら、考えなくもないぞ……」

 俺の姿は木々に紛れ見えないだろうが、声はしっかりと届いたらしく、子供の黒目がちの表情豊かな瞳がさ迷い、唇が開く。

「……声、綺麗だね」

 予想外すぎる返しに、俺は思わず声を上げて笑うと、子供――声からすると少女の前に飛び出し、一瞬で魔物を始末する。 燻った炎を使い魔に始末させていると、背後にいた少女が制止を無視して使い魔に駆け寄る。

 警戒していたのが嘘のように、使い魔を心配し、鋭い爪を持つ前足を優しく撫でてふわふわ微笑む姿に、思わず見惚れた。

 だが、使い魔にだけ礼を言われ、ムッとして大人気なく告げると、擬音が聞こえそうな勢いで頭を下げる姿に、自然と笑みが浮かんだ。

「……声も綺麗だと、顔も綺麗なんて、ズルい」

「は?」

 一瞬、少女の言葉が理解できず間抜けな声が出た。

「顔だけじゃなくて、身長も高くて、足長いし。髪の毛サラサラだし……。顔は、綺麗系ワイルドだし……」

 ブツブツと呟きながら固まった少女が心配になり、幼子にするよう抱え上げる。

 予想以上に少女は軽いが、抱き心地は悪くない。

 表情はあまり変わらないが、その分くるくると表情を変える瞳を覗き込む。

 声をかけると、ジッと見つめ返して来る黒い瞳を覗いていると、徐々に少女の頬が朱に染まる。

 覚えのある反応に、俺は正直失望する。この少女は、擦り寄って来る女とは違うのではないかと、何処か勝手に期待していた。が、

「うわぁ……、宝石みたい!吸い込まれそう……きらきらしてる」

 少女の口から飛び出してきたのは、俺の失望を吹き飛ばす、ただ真っ直ぐな称賛の言葉。

 そこに、俺に取り入ろうなどという計算は全く見えない。

 興奮で瞳を潤ませる無邪気な姿に、俺は口説かれている気分になる。

 いつもなら不快に思うが、少女に全くそのつもりがない為、ただ笑みが込み上げ、からかうように笑いかける。

「口説いているのか?」

「……え?って、うわ、何で?」

 やっと正気になり、慌て出す少女を危なげなく抱え直すが、俺は違和感を覚え、内心首を捻る。

(何で、こんな普通の少女がこの森に?)

 見たところ、武道の心得がある訳でも無さそうで、俺と同じ魔術師でも無いようだ。

「危ないだろ、落ち着け」

「落ち着けって言われても……」

 俺は、普通に会話しながら、急に視線の合わなくなった少女を観察する。

 一番おかしいのは……少女が身に纏う服だ。

 ズボンを履いているぐらいなら、戦闘職の女性ならよくいる。 だが、その服は、明らかにこの世界の物ではない製法に見えた。

「重くない、でゴザイマスデショウカ?」

 俺の視線に怯えたのか、急に変わった少女の口調に、自分勝手だが、苛立ち混じりに口を開く。

「急にどうした?さっきまで普通に話していただろう?」

「あ、そこなんだ……。じゃあ、遠慮はしないね?」

 遠慮という単語に、少女が年上である自分を慮り、敬語になったという当たり前の事に考えつく。

「あぁ、構わない」

 けれど、撤回する気にはなれず、鷹揚に頷いて見せ即答した。

 人見知りなのか怯えている癖に俺の腕から逃れない、そんな距離感が失われるのは嫌だった。

 自己紹介を終えると、やけに少女――セイに懐いている水晶ウサギの攻撃を止めてもらい、俺は改めてセイを見下ろす。

 魔物が出る森で、明らかに戦闘職ではない姿。この世界にはない衣服。そして『ひいらぎ』という聞き慣れない響きの名前。

 全てを鑑みて、俺はセイが異世界人である可能性を考えつく。

 それなら全ての違和感にも、納得がいく。

 ここが、神の泉と呼ばれる泉がある森だという事も、セイが異世界人だという可能性を高めている。

 俺は、それと気付かれないよう、セイに探りを入れる事にした。

 結果は、俺の思った通り、セイは異世界人だった。しかも『世界の愛し子』という不穏な単語まで出てきてしまった。

 その事をセイに確認しようとした時、ポロポロと涙を溢す姿に初めて気付き、俺はいつになく慌てる。

 先ほど、隠し事を聞き出した、俺の言い方が悪かったか、それとも怪我でもしてたか、と必死に考えを巡らし、泣き止ませようと話しかける。

「っ、どうした? 何処か痛むのか?」

「ノウルの、せい……」

 やはり、俺のせいかと、内心かなり凹みながら、口を開く。自分でも情けない顔をしている自覚はあったが、

「……そんなに話したくなかったのか?」

「当たり前、だよ。だって、ノウルに、嘘吐きだと、思われたくなかった……」

 泣き濡れた目で、真っ直ぐに示された好意に、罪悪感に苛まれながらも、俺の口元は自然と緩んでいた。

 普段の俺を知る人間が見たら、卒倒するだろうぐらいに蕩けた顔をしている自覚はあるが、セイが泣き止んでくれれば、どうでも良い。

 いかに、この世界で『世界の愛し子』が有名なのか。

 それに巻き込まれて、召喚されてしまう人間がいると、知られていること。

そう必死に説明すると、泣き濡れた瞳が、本当に? と訴えかけてくる。

 ここぞとばかり、俺は間髪入れずに大きく頷く。

「だから、嘘吐きだとは思わない。……頼むから、泣き止んでくれ、セイ」

 幼子を扱うように揺すりながら、懇願に近い囁きを洩らすと、やっとセイは安心したらしく、俺の腕の中でうつらうつらし始めた……。

 歩きながら回想を終え、軽く自己嫌悪に陥るが、とりあえず街道に近づいた為、俺は脱いだままだった外套で、眠るセイをくるむ。

 少し息苦しいかも知れないが、さすがにセイの格好は目立ち過ぎる。

 そのまま、セイを抱えて使い魔に跨がろうとするが、思わぬ先客に軽く目を見張る。

「……一緒に、いや、セイに付いてくる気か?」

 胡乱げに問いかけた俺に対し、先客――水晶ウサギは可愛らしい外見に似合わない小憎たらしい表情で頷く。

 鬣にしがみつかれ、使い魔は迷惑そうにしているが、水晶ウサギは剥がせそうもない。

「騒いだら落とすぞ」

 冷ややかに告げた俺に、水晶ウサギはツンッと外方を向いた。

 本気で殺意を覚えたが、ここで捨てていったら、セイに恨まれると思い止まり、水晶ウサギを無視して使い魔に跨がり、来た道を戻る。

 流れる景色を見ながら、水晶ウサギはともかく、たまたまの重なった奇跡的な出会いに、俺は今更ながらに感謝する。

「これも『世界の愛し子』の恩恵か」

 信じてもいない事を呟き、俺は小さく声を上げて笑った。


 人間は苦手だ。だが、嫌いではなかった事を、出会いが思い出させた。

 それも、『世界』からの贈り物かもしれない。あの暖かさを知ってしまった今、俺はきっとセイの手を離せない。

 まぁ、もとより離す気は、全くなかったが……。

 とりあえず、外堀を埋めるべきか、と俺は思いついた行き先に、ニヤリと笑った。


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