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巻き込まれ少女、出会う。4,パレードが始まる2

「じゃあ、とりあえず、今日は自分の名前を書けるようになろうか」

 早速、簡単な勉強会が始まり、星は黒板の前で、緊張気味に告げる。

 その前には、多少ガタガタしているが、机と椅子が並び、九人の子供と一人の大人が座っている。

「おう、頼む」

 代表するように声を掛けてきたのは、何故か参加しているロイドだ。

 ロイドを含め、全員の手元にはノート代わりの小さな黒板と、チョークがある。

「まずは、ロイドさんから――」

 こうして、最初の授業が始まり、子供達はそれぞれ、自分の名前、それとロイドと星の名前を書けるようになった。

 その後、星の持ってきたクッキーで、おやつの時間となるが――。

「うまっ、何だこれ!」

「セイ、これがクッキー?」

「セイお姉ちゃん、美味しいよ?」

「……美味しい」

 今までに食べた事のない甘い焼き菓子に、ちょっとした恐慌状態が起き、怯えた星は獅子の後ろに隠れ、プルプルする事になった。



 次回の約束をしてから、星はラシードの所に寄り、マグロを頼んでから、クッキーを渡し、次の目的地を目指して歩いていた。

「あら、セイ」

「アウラさん!」

 その途中で、目的の相手と会い、星はシパシパと瞬きを繰り返し、相手の名前を呼ぶ。

 妖艶な美女の出現に、ほとんどの男の視線がアウラに釘付けだ。一部、星に向けて好色な視線を向ける男もいるが、星を妹のように可愛がっている娼婦達の一睨みで、慌てて視線を外している。

「駄目よ? こんな所、うろうろしてちゃ」

「アウラさんの所に、クッキーお届けに来たの」

 アウラに優しくツンと鼻先を押して注意され、星はシュンとしながら、持ってきたクッキーを取り出す。

 困った子ね、と艶やかに笑うアウラの背後で、娼婦達が嬉しそうに手を取り合っている。女性の甘味好きは、異世界でも常識だ。

「昨日のお礼と言うか、私が誰かの為に、作るのが好きだから、受け取ってもらえると嬉しいな」

 ふにゃとした、はにかんだ笑みを浮かべた星に、アウラ以外の娼婦と、周囲で見ていた男達は、バッと口元を手で覆う。

「ゲスが……」

 星に聞こえないよう低く囁かれたアウラの言葉に、ヒッと息を呑んだ男達は、慌てて何処かへ去って行く。

「アウラさん?」

 不思議そうに、キョトンと幼い表情を浮かべている星の頭を優しく撫でたアウラは、何でもないわ、と告けで艶然と微笑む。

「ありがたく、いただくわ」

 うふふ、と笑って告げるアウラに続き、他の娼婦達も嬉しそうに笑っている。

「私も、ありがと」

 礼を言い返しながら、人数分のクッキーの包みをアウラに渡した星は、ペコリと頭を下げ、名残惜しそうなアウラ達に見送られ、次の目的地を目指して歩き出した。




「次は、アラン君だね」

 星の出した名前に、ラビは星の腕の中で、忌々しげに鼻を鳴らしている。ラビにとって、星に近づく男は全て敵らしい。

 水晶ウサギ可愛いフィルターのかかっている星は、忌々しげに鼻を鳴らしたラビを気にせず、可愛いなぁ、とラビの頭を撫でている。

「騎士の詰所ってとこが、お城の中にあるらしいよ?」

 星に話しかけられ嬉しいが、内容が内容なので、ラビは微妙な表情で顔を洗っている。

「普段、アラン君は、そこか訓練所にいるらしいから」

 行くよ、と気合を入れた星は、獅子を伴い、正門へと突入する。

「おつ、かれさまです……」

 ビクビクとしながら通り過ぎる星に、二人いる門番は、ハッとした表情で背筋を正し、直立不動で星の小さな後ろ姿を見送る。

 その姿に、良く出来たな、とばかりに、獅子が喉奥を鳴らしながら、通り過ぎる。

 正門から少し進み、庭木の陰に姿を隠した星は、そこで待ち合わせの相手を待つ。

 しばらくして姿を現したのは、プラチナブロンドを持つ美少女なピアだ。

 昨日の失敗を踏まえ、星はユナフォードに通信用魔具を使って連絡を取り、道案内をしてくれる相手の斡旋を頼んでいた。

 その時に希望を訊かれ、「マオさんか、ピアが良い」と答え、ユナフォードを残念がらせていたりもした。

 ユナフォード的には、自分が道案内をしたかったらしいが、ユナフォードを第一王子だと知った星は、目立つ事を嫌がった。その際、

「マオも影だから、かなり目立つんだけどなあ」

と言う、負け惜しみのようなユナフォードの台詞もあり、結局、道案内にはピアが選ばれた。

「昨日ぶりね」

 そんな紆余曲折を知る筈もないピアは、平板な声音で無表情のまま挨拶をする。

「うん、昨日ぶり。今日は、道案内よろしくね?」

 こちらもあまり表情を変えず、だが嬉しそうに返した星は、小さく頭を下げる。

「ええ」

 短く応じたピアは、自然な動作で手を差し出し、星を見つめる。

「まずは、騎士の詰所に行きたいんだけど」

 星も躊躇う事なく、ラビを片手で抱え直し、差し出されたピアの白い手を握る。

「こっちよ」

 星の言葉に応じたピアは、繋いだ手を軽く引いて歩き出す。

 星は、引かれるままにピアの隣を並んで歩く。その後ろを、ノシノシと獅子が歩いている。

 獅子の姿にも、ピアは僅かに眉を動かしたのみで、全く怯える気配はない。

 星はピアと手を繋ぎながら、キョロキョロと辺りを見回して歩いていたが、昨日より人通りが多く、やけに視線を向けられる事もあり、徐々に大人しくなっていく。

 星は知らなかったが、視線を向けられるのは、背の高い美少女と、小動物めいた少女という可愛らしい組み合わせが目を惹いていたせいだった。

 ピアは何と無く察していたが、プルプルとしている星を、何処か熱を帯びた瞳でチラリと見やり、そっと繋いだ手に力を込める。

「私がいるわ」

「うん、ありがと、ピア。何か、昨日より、人通りが多いよね」

 ピアの力強い言葉に、星はぎこちない微笑みと共に頷き、チラ、と周囲に視線を投げて呟く。

「『世界の愛し子』のせい」

「詩織さんの? 何かしたの?」

 無表情ながら、何処と無く面倒臭そうに吐き捨てたピアに、星は不思議そうに首を傾げて問いかける。

「パレードをするそうよ」

「パレード? あー、皆さんに『世界の愛し子』様の姿を見せて差し上げたいわ、的な?」

「大正解よ」

 ピアの言葉と、詩織の性格を鑑みた星の台詞だったが、的を射たらしく、ピアは軽く目を見張って呟くと、星をチラ、と窺う。

「詩織さん目立つの好きだよね」

 すごいなぁ、と心底感心したように呟く星。

「屋根が無い馬車にでも乗るのかな」

「そうらしいわ」

 星は感心したように呟いているが、ピアの整った顔には呆れたような色が浮かんでいる。星の腕の中では、ラビも呆れた表情で肩を竦めている。

 勿論、ラビとピアが呆れているのは星にではなく、『世界の愛し子』とその取り巻きだ。

「そろそろ詰所よ」

「確かに体格良い人が増えてきたね」

 会話をしながら歩いている内に、目的地に近付いていたらしく、ピアと星の言葉が示す通り、周囲は明らかに男ばかりになっていた。

 見目麗しいピアと、プルプルとしている星の組み合わせは、ここではさらに目を惹き、所謂セクハラな発言も飛び交い始める。

 ピアは全く動じる事なく、冷えきった視線を周囲に向けてから、しっかりと星の手を握り直して歩き出す。その背後では、獅子が剣呑な視線を、辺りに飛ばしまくっている。

 そんな明らかな話しかけるなオーラを出している一行の前に、金髪のそこそこイケメンな騎士が現れる。

 星の聞き間違いでなければ、騎士の登場と同時にラビとピアの方から舌打ちが響き、目を見張って腕の中と隣を落ち着きなく交互に見やる。

「お二人さん、こんな所に何のようかな?」

 騎士のいかにもチャラい声掛けに、ピアは無表情なまま、冷めきった眼差しだけを返し、騎士を無視してそのまま歩いていく。

「いやいや、ちょっと、君、ピアちゃんでしょ? 可愛いって有名だけど、本当に可愛いね」

 大袈裟な動作付きでついてくる騎士に一瞥もくれず、ピアは星の手をしっかりと握って歩いていく。

 ラビと獅子は、いつ攻撃してやろうかと、タイミングを計っている。

「お、隣の黒髪の子も可愛いねえ。こう初な感じが堪らないって言うか」

 騎士が星に目をつけてそう言った瞬間、ピアの灰色の瞳に絶対零度を思わせる色が過る。ラビと獅子も、完全に臨戦態勢だ。

 その不穏な空気に耐え切れなくなったのか、星はおずおずとチャラい騎士へと視線を向ける。

 初めて星の黒目がちの瞳と目が合い、チャラい騎士は、お、と短く声を洩らして、ピアにも向けていた視線を完全に星だけへと向けて来る。

「あ、あの、私、アラン君に会いに来たんです!」

 吃りながらも言い切り、星は達成感から、僅かに口元を綻ばせ、チャラい騎士を見つめ返す。

「へぇ、アランにねえ。あいつも隅に置けないな、こんな可愛い子が会いに来るなんて」

 目を細めて呟く騎士は、色気の滲んだ瞳で、ジッと観察するように星を見つめる。

「見ないで、減るわ」

 星が視線にプルプルしていると、素早く動いたピアが、星と騎士の間に立ち、壁となる。

「いやいや、別に減らないと思うけど?」

「減るわ」

 えー、という表情で、騎士はピアの背後を覗き込もうとするが、ピアは鉄壁のガードで星を見せようとしない。

 周囲は、そんなやり取りをしている三人を、好奇心に満ちた眼差しで眺めている。特に刃傷沙汰にならない限りは、口を挟む気はないらしい。

「ピア、ねえ、アラン君呼んでもらおうよ」

「そうそう、俺ってアランと仲良しよ?」

「あなたは黙ってて」

「でも、ピア、この人いたら、進めないし……」

「大丈夫、獅子がいるわ」

「「え?」」

 揉めまくった会話の流れで出て来た予想外の名前に、星と騎士は声をハモらせ、星はキョトンと、騎士は顔を青ざめさせる。

 さっきから、存在には気付いていたのだ。猫のように大人しくしているので気にも留めていなかったが、敵になると聞いた瞬間、騎士は恐怖を覚え、獅子に目線をやる。

 周囲も、この不穏な展開には、口を挟むべきか悩み出し、ガヤガヤとし始めている。

 そこに、救世主が現れた――。

「セイさん? こんな所で、何されてるんですか?」

 周囲を気にせず、パァ、と飼い主を見つけた犬のような笑顔で駆け寄って来たのは、目的の人物であるアランだ。

「あ、アラン君! 良かった、アラン君に会いたかったの」

 安堵から表情を緩めた星は、そう言いながらピアの背後から抜け出し、アランの方へと歩き出す。

「おれに、ですか?」

 困惑したように小首を傾げたアランは、そこでピアと睨み合っている同僚に気付き、さらに困惑した表情になる。

「キース、何してるんだ?」

「ちょっと、ナンパに失敗したんだよ」

 アランの登場により、獅子からの殺気は霧散し、チャラい騎士――キースは苦笑しながら肩を竦めて見せる。

 星とキースを交互に見やったアランは、ハッとした表情で顔色を変えた。

「まさか、お前、セイさんをナンパしたんじゃ……」

「そうよ」

 本人が否定する前に、ピアの冷たい声が、キースの反論を一刀両断する。

「お前は――」

 何て事を、と言いかけて、アランは周囲に視線をやる。

「とりあえず、場所を変えましょうか?」

 アランの提案に、全員が一も二もなく頷き、四人と二匹は人目を集めながら、人気がない方へと歩き出した。


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