巻き込まれ少女、出会う。4,パレードが始まる1
パレードが始まるまで。
または、星のクッキー行脚。
4,パレードが始まる
「何だろう、まだ体がミシミシしてる気がする」
「あらあら、大変でしたねぇ」
ノウルによる、星監禁事件の次の日、星はシェーナと共に、お菓子作りに励んでいた。
星の台詞の原因は、完全に昨日の一件が原因だ。
あの後、結局ノウルは朝まで起きず、離してもらえなかった星は、そのまま一緒に、ノウルを敷き布団にして一晩過ごす事となったのだ。
その事を、お菓子作りをしながらシェーナに話し、先の会話へと至っていた。
「旦那様は、本当にセイちゃんがお好きですねぇ」
「ノウルの距離感は、時々おかしいと思うんだけど……」 微笑ましげなシェーナの言葉に、星は手を動かしながら、苦笑混じりに呟くが、その瞳には暖かな色が滲んでいる。
星の足元では、一足先に焼き上がったクッキーをもらい、ラビが座り込んで寛いでいた。
「嫌な時は嫌と言えば良いんですよ?」
三角の耳をピコピコと動かしながら小首を傾げ、シェーナは悪戯っぽく瞳を瞬かせて告げる。
「……嫌ではないよ」
シェーナから視線を外した星は、オーブンを見つめながら、小さな声でポツリと呟く。
そんな星の様子を、シェーナは、うふふ、と柔らかく微笑んで、ラビは凶悪な顔で、ふん、と鼻を鳴らして見守っていた。
「そう言えば、クッキーをこんなに焼いてどうするんです?」
焼き上がったクッキーを前に、シェーナは小首を傾げて星を窺う。
「皆にお裾分けするの。もちろん、シェーナお姉ちゃんの分もあるよ」
「まあ、嬉しいです! 夫も子供達も、セイちゃんのクッキーお気に入りなんですよ。ちなみに、皆様とは、どなたかお訊きしても?」
星の答えに、胸の前で手を組み、シェーナは少女めいた仕草で喜びを示すが、皆という単語に、再度首を傾げて問い掛ける。
「喜んでもらえて、良かった。……えーと、皆は、まずはノウルと部下さん達。ユナ様とシウォーグさん。それに、マオさん。あと、途中で、ラディとリリアのとこに何個か置いて、ラシードさんにも。アウラさん達にもあげたいし、ピアにもアラン君にもお礼にお届けしたいかな」
シェーナの言葉に、嬉しそうに黒目がちの瞳を細めた星は、次いだ問いには、首を傾げて返しながら、指折り数えていく。
「…………旦那様が嫉妬なさる訳ですね」
困り顔でポツリと呟くシェーナ。聞こえなかったらしく、星は不思議そうに瞬きをし、シェーナを見つめている。
「何でもありません。さあ、包むのをお手伝いします」
「包むの手伝ってくれるの? ありがと!」
シェーナの何でもありません、という台詞に、星は一瞬怪訝な顔をするが、お手伝いの単語に嬉しそうな顔で、いそいそとクッキーを包むための紙とリボンを用意する。
「さあ、始めましょう」
「うん!」
気合を入れ合う星とシェーナの足元では、ラビがクッキーを片手に、無言で空いた右手を突き上げていた。
●
シェーナの手伝いで、大量のクッキーの包装を終えた星は、ラビと獅子を伴い、まずは意外とご近所さんなラディとリリアの家へと向かっていた。
結構な量になった為、星が持ちきれなかった分は、獅子が背中に背負っている。
「ありがと、獅子さん。重くない?」
「がう」
心配そうに問い掛ける星に、獅子は大丈夫、と短く吠えて応じ、太い尾を揺らす。
「あ、見えてきたよ」
場所を知らない獅子の為に、星は目的地である良く言えば趣のある一軒家を指差し、僅かに口元を綻ばせる。
ラビはいつも通り、獅子の鬣にしがみつき、上機嫌にピコピコと短い尾を揺らしている。
星と二匹が窓から見えたのか、玄関からラディとリリアの兄妹が勢い良く飛び出してくる。
「セイ、来たのか!」
「セイお姉ちゃん!」
嬉しそうに駆け寄って来る兄妹に、星も嬉しそうに黒目がちの瞳を輝かせて、兄妹を迎える。
「早速会いに来たよ。リリア、怪我は大丈夫?」
子供相手に人見知りは発動しないのか、ふわ、とした微笑みを浮かべながら、星はラディとリリアを交互に見つめて話しかける。
「おう。他の奴も、セイに会うの、楽しみにしてたぜ?」
「怪我はもう痛くないよ? セイお姉ちゃんが、いたいのいたいの飛んでけー、ってしてくれたから」
交互に星へ話しかけ、きらきら、と音がしそうな視線を向けてくる兄妹に、星は照れ臭そうに瞬きを繰り返す。
「そっか、ありがと。リリアも、怪我が良くなって、良かった」
星の言葉に、はにかんだ表情で顔を見合わせた兄妹は、それぞれ左右から星の腕を掴む。
「行こうぜ」
「こっちだよ! 今日は、ロイドお兄ちゃんもいるんだよ?」
仲良く星の腕を引っ張る兄妹だったが、そこで初めて、星の後ろでお座りをしている銀の獅子に気付き、揃って固まってしまう。
「どうかした? って、ああ、獅子さんか」
揃って固まった兄妹に、星は小首を傾げ、その視線を辿って納得したように頷き、獅子を目線で伏せさせる。
「大丈夫、獅子さんは、昨日の狼さんと同じで、優しい子だから」
星の言葉に、再度顔を見合わせた兄妹は、仲良くニパッと満面の笑顔になる。
「皆、喜ぶぜ?」
「おーかみさんに乗ったって話したら、羨ましがってたもん」
喜色満面で星に話しかけながら、兄妹は両側から星の腕を引っ張り、今度こそ玄関に向けて歩き出す。
「皆って、何人くらい?」
星は兄妹に引っ張られながら問うと、チラと獅子の背中に視線を向ける。クッキーが足りるか、心配になったらしい。
「えーと、ロイド兄ちゃんもいれれば、ちょうど十人だぜ?」
「良かった。おやつにクッキー焼いてきたの」
「セイお姉ちゃん、くっきー、て何?」
「えぇと、甘くてサクサクしたお菓子だよ」
「セイが作ったのか?」
「そうだよ」
仲良しな兄妹に挟まれて歩きながら、星は楽しげに兄妹との会話を続けている。
「とーちゃく!」
玄関前に着いた瞬間、元気良く声を張り上げたラディは、星から手を離し、玄関扉に手を伸ばすが、その直前で勢いをつけて扉が開かれる。
内開きだったので、ぶつかる事はなかったが、あまりの勢いに、程度の差はあれど、三人と二匹は揃って目を見張る。
その扉を引いた犯人はというと――。
「ごらぁ、ラディ! リリアはまだ怪我が治ってねぇんだ! 何処行く気だ!?」
見事な一喝を披露し、驚いてプルプルとした星は、獅子の陰に身を隠す事になった。
「あー、悪かったな、脅かしちまって……」
一喝の犯人――バツが悪そうにロイドと名乗った青年は、ラビを抱き締めて未だにプルプルしている星に、深々と頭を下げて謝罪する。
頭を下げているロイドの髪は銀灰色で、ノウルに比べるとくすんでいる。今は床に向けられている瞳は、赤銅色。鋭い眼差しに、引き締まった体の野性的なイイ男だ。
ラディとリリアの兄妹は、獅子に抱き着きながら、ロイドへ冷たい視線を向けている。
玄関前のいざこざから、一同は中へと移動し、今はラディとリリア以外の子供達もいる広間に集まっていた。
子供達は、好奇心に満ちた眼差しを、ラビを抱き締めた星と獅子へと向けている。頭を下げている兄貴分らしいロイドには、一瞥もくれていない。
「……すみません、私こそ、びっくりし過ぎました」
やがて、小さく鼻を啜った星は、うっすらと、微かに笑うと、ゆるゆると首を振って告げる。
「許してくれて、ありがとな。で、んな丁寧に話さなくて良い。オレもこんなだしな」
「あ、はい。じゃなくて、うん。ロイドさん、ここは、孤児院なの?」
素直にロイドの言葉に従った星は、口調を改めて問い掛ける。
警戒を解いた獅子は、星から目線で指示され、子供達の遊び相手になる。最初は恐る恐るだった子供達も、ラディとリリアの姿に、顔を見合わせて頷き合うと、獅子へ代わる代わる飛びついている。
「孤児院っつーより、共同生活だ。皆、戦や魔物に親を奪われた奴らばっかだよ」
優しい眼差しを子供達に向けながら、ロイドはガシガシと頭を掻き、素っ気なく告げる。
「ラディとリリアも?」
「ああ。あの二人の親は、冒険者だったんだが、魔物にな……」
ロイドの答えに、星はそっと瞳を伏せて、ラビを抱き締める。
「ロイドさんは、一人で子供達を養ってるの?」
「まあな。便利屋みたいな事もしてるが、これでも腕利きの狩人だ」
テーブルに移動した二人は、子供達を見守りながら、会話を続けていた。
狩人、という言葉に、星はロイドの全身にチラと視線を向け、納得したように頷いた。
「確かに、ロイドさん強そうだね」
星の言葉が聞こえたのか、わらわらと集まってきた子供達が、口々に、
「ロイド兄さんは強いんだよ!」
「ロイド兄ちゃんは、一人で熊倒すんだ!」
「それに、ロイドお兄ちゃんは優しいんだよ!」
「ちょっと頭は悪いけど……」
と、ロイドを誉めまくる。一人を覗いて。
「ごらぁ! 誰だ、さりげなく頭悪いって言った奴は!」
ロイドは、ガァ、とわざとらしく威嚇し、子供達に襲いかかるフリをする。
きゃー、わー、と楽しげな声を上げた子供達が、四方八方へ逃げ回り、追いかけっこが始まる。
その様子を、星は小さく笑いながら、微笑ましく見つめていた。
十分後、息切れもせず戻ってきたロイドは、ラディとリリアの兄妹を両脇に抱えている。
「さっきは言い忘れたが、昨日はこいつらを助けてくれて、ありがとう」
「当然の事をしただけだよ、私は」
改まって感謝を口にされ、星は照れ臭そうに頬を掻いて、視線を反らしながら言う。と、その視界に、壁の黒板が映り込み、シパシパと瞬きをする。
「セイ?」
「セイお姉ちゃん?」
ロイドの腕から抜け出した兄妹は、パタパタと星に駆け寄り、揃って首を傾げて問いかけてくる。
「何か珍しい物でもあったか?」
ロイドも、不思議そうな表情で星の視線を辿り、あー、と声を洩らし、黒板を指差す。
「こいつらに字とか簡単な計算ぐらい教えてやれれば、って思って付けたんだが、肝心の教えてくれる奴がいなくてな」
ラディとリリアを向こうへ追いやってから、これの関係だ、とロイドは苦笑して、指の形でお金を示す。子供達に分からないように配慮したらしい。
「……あの、ロイドさん」
数秒間悩んでから、星は意を決したようにロイドの名前を呼ぶ。
「何だ、セイ」
「私で良ければ、文字とか、簡単な計算ぐらいなら、教えられると……」
星は万能翻訳機能で、この世界の言葉を書く事も可能になっていたのだ。
「本当か?!」
「う、うん、文字はともかく、計算は買い物で使うぐらいの基本的なものだけど……」
食い気味のロイドの言葉に、星は若干引きながら、コクリと頷いて見せる。
「それで十分だ。オレも最低限の字しか読めねぇから、教えてもらえると助かる」
「私に、出来る事なら」
謝罪した時のように、深々と頭を下げるロイド。星も、深々と頭を下げて返し、ぎこちなく微笑む。
二人が頭を下げ合っていると、遊ぶのに飽きて集まってきた子供達が、不思議そうに頭を下げている二人を見つめていた。
「なあ、ロイド兄ちゃん、セイ。何してんだ?」
戻って来て、子供達を代表するように問い掛けてきたラディに、同時に顔を上げた星とロイド。黒と赤銅の視線が混じり合い、結局、ロイドが子供達へニッと笑顔を向ける。
「喜べ、セイがお前らに勉強教えてくれるってよ」
ロイドの言葉に、子供達は変化の度合いに差はあるが、揃って喜色を顔に浮かべ、星を取り囲む。
「本当か、セイ!」
「ありがと! セイお姉ちゃん!」
「セイ姉ちゃん、水晶ウサギも触らせて!」
「あたしは、今度は狼触りたい!」
「……ボク、字教えて欲しい」
「私は計算。ロイド兄さん、良く騙されるから」
等々。どの子供も、嬉しそうに笑っていて、星はつられたように、ふわ、と微笑みを浮かべた。
「拙い教師ですが、よろしくお願いします」
「「「お願いします!」」」
子供達の揃った返事に、趣のある一軒家に、弾けるような笑い声が続き、青空に溶けていった。




