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巻き込まれ少女、出会う。幕間,監禁されてみた。

タイトルは不穏ですが、中身はいつも通りです。

幕間,監禁されてみた。



 巻き込まれ少女こと――星は今現在、監禁されていた。

 表現だけ見ると、かなり物騒だが、星が監禁されているのは、檻や鎖ではなく、しなやかな筋肉に包まれた腕だ。

 おんぶお化けよろしく、背後から覆い被さった人物が、星を逞しい腕で拘束している。その人物とは、この屋敷の主であるノウルだ。と言うか、彼以外が同じ事をすれば、星は悲鳴を上げて固まるだろう。

 星は動じる事なく、邪魔そうに上背のあるノウルを引き連れながら、オーブンに入れたパンの様子を眺めている。

 ラビは、ノウルを引き剥がそうと蹴りまくっていたが、流石に体力が尽きて、入り口辺りで伸びている。

「今日の夕飯は、シチューと焼き立てふかふかロールパン。それと、ポテトサラダにしよっと。パンに挟んでも美味しいよね」

 星は背後で黙っているノウルにそう明るく声をかけるが、ノウルは無言で腕の拘束を強める。

「ノウル、夕飯抜きにしちゃうよ?」

 困ったように頬を掻いた星は、ノウルの心を動かせそうな事を口にするが、ノウルは星の首筋に顔を埋め、緩く首を振る。

「擽ったいよ」

 諦め気味に訴えながら、星は焼き上がったパンを、ミトンを嵌めてオーブンから取り出す。

 辛うじて体重はかけられていないので、動きづらいが星は何とか料理を続けている。

 ノウルの奇行が始まったのは、星から初めてのお使いの顛末を聞き、ふらふらと自室へ消えてからだ。戻ってきたノウルは、無言で背後から星を拘束し、今に至る。

「……流石に暑い」

 聞いてはもらえないだろうと思いつつ、ポツリと呟いた星は、額に浮いた汗を拭い、料理を再開した。




「また、くっつくの?」

 問いかける星に、ノウルは無言で頷く。

 夕食を食べている間は、ノウルも星を離したが、食事はダイニングではなく、リビングのローテーブルで、並んでソファに座って済ませていた。

 初めて食べる、星の作った、少し歪んだロールパンに、ノウルは明らかに表情を明るくして、ほとんどを一人で食べ尽くした。

 その姿に、いつものノウルだ、と星は密かに安心していたが、結局、食後はおんぶお化けに戻ってしまった。

「私、書斎で本読みたいんだけど……」

 ノウルから答えはなく、腕も解かれない為、星は背後霊のようなノウルを引き連れて書斎へ向かう。

 ラビは抱き上げてもらえない為、不服そうな表情で、テポテポと二足歩行でついていく。



 書斎へ着いても、ノウルの拘束は緩まず、結局、星はクッションに凭れたノウルを背凭れにして、足の間に挟まれる体勢で読書をしていた。

 最近は、この体勢で読書する事も多かったので、星は特に気にした風もなく、ラビをお腹に抱えて本を読み耽る。

 ノウルはそんな星を背後から見つめながら、艶やかな黒髪を弄ったり、温もりを確かめるように顔を埋めたりを繰り返す。

「聞かないのか?」

「……聞いたら、答えてくれた?」

 ポツリと呟いたノウルに、星は柔らかい声音で返し、自らを監禁している逞しい腕を軽く叩く。

「セイが悪い」

「うん?」

 本を読みながら、背後から囁かれる文句に首を傾げる星。

「次から次へと気に入られて、俺の知らない所に行こうとしている」

「知り合いは確かに増えたけど、知らない所になんか行かないよ?」

 言いがかりのようなノウルの言葉に、星はもう一度首を傾げて応じる。

「本当か……?」

「本当だよ。だって、私が『ただいま』って帰るのは、ノウルがいるこの家だけだから」

 俺もいるアピールをして来るラビを撫でながら、星は特に気負う事なく告げ、ふわ、と柔らかく笑み崩れる。



「――だから、ノウルも、ちゃんと帰って来てね」




 何の気負いもない、だからこそ、心から出たと分かる星の言葉に、ノウルは一瞬、虚をつかれたように表情を無くすと、すぐに泣き笑いのような表情を浮かべる。



「約束する。俺も、必ずここに帰るから、『お帰り』と言ってくれ」



 星を監禁する腕が強まり、感極まった様子でノウルは星の耳元に柔らかく囁く。


「約束するよ。それに、ノウルが、無事に帰って来るよう、『世界』にお願いするから。詩織さんみたいに、奇跡は起こせないかもしれないけど――」



 パタン、と本を閉じた星は、自らを監禁している腕に触れると、言葉を途切れさせ、


「心からの想いを込めて。ノウルが、帰る場所を間違えないように」


 続ける言葉と共に、その腕に頬を寄せ、自らの想いを伝える。


「あ、ああ。――頼むぞ、セイ」


 そう返すノウルの表情は、星を監禁し始めてから無表情に近かったものが、最近よく見られる緩みきったものへと変わる。

 首を仰け反らせてノウルの表情を確認した星は、すぐに顔を戻すと、子供を寝かしつける母のように、一定のリズムでノウルの腕を優しく叩く。空いた手では、同じように優しくラビを叩いている。

 そんな星の唇から洩れるのは、優しい旋律の子守唄。

 ノウルとラビは、揃って目を閉じて、星の温もりを感じながら、ゆっくりと眠りに落ちていく。

 星の歌声に誘われたのか、ノウルの使い魔のうち、獅子と狼、それに大蛇が扉から静かに姿を現す。

 星は使い魔達に気付くと、子守唄を歌いながら、目線で使い魔達を呼び寄せる。

 嬉しそうに近寄ってきた使い魔達は、寄り添う星とノウルを守るよう周囲を固める。

 一匹はツルツルだが――もふもふに囲まれ、歌う星も楽しそうに黒目がちの瞳を輝かせている。

 やがて、周囲から寝息だけが聞こえるようになり、歌う事を止めた星は、ふふ、と吐息で笑い、自分の首筋に顔を埋める体勢になった美しい青年の銀髪を、優しい手つきで撫でる。

「おやすみ。少ししたら、起こすから、今は休んでね」

 柔らかく囁く星の声が届いたのか、絶賛監禁続行中の腕の力が強まる。

「中身が口から出そうだなぁ……」

 物騒な事を呟きながらも、星の口元は優しく綻び、ノウルの腕はそのままに、先程閉じた本を再び開く。

 夜の帳が下りる中、ぴったりと寄り添う合う空間には、暖かな光が満ちていた。



 ここが、星の見つけた、この異世界で帰るべき場所――。


幕間(裏面),監禁した。



『――だから、ノウルも、ちゃんと帰って来てね』



 言われた瞬間、俺は、自分でも完全に理解していなかった不安の根元を言い当てられた気がした。

 いつか、巻き込まれであるセイは、いなくなるんじゃないか。『世界の愛し子』の気紛れで、奪われるんじゃないか。



 いつも、頭の隅に、こびりついた汚れのように、暗い考えが在った。それを、引きずり出され、ポイッと捨てられた気分だ。

 優しく染み渡るようなセイの歌声に、眠気を誘われ、俺はセイの首筋に顔を埋める。

 セイの体は、いつも通り柔らかく、日溜まりの匂いがした。

 俺は微睡みながら、逃がすものかと、セイの体をしっかりと抱え直し、眠りの海に沈んでいく。



 セイを奪うというなら、俺はきっと『世界』にだって、戦いを挑むだろう。

 勝ち目は無いかもしれないが、セイの応援があれば、負ける気はしない。

 その時は、忌々しい水晶ウサギも、頼りになる戦友だ。

 眠りに落ちる直前のふわふわとした思考の中、俺は喉を鳴らして笑う。


 聞こえたのか、セイが不思議そうに名前を呼んで来るのを聞きながら、俺は――。



 もう間違えないさ。セイが、俺の、帰るべき場所だ。



 そう言葉で伝えたかったが、眠りに落ちようとする体は、もう指一本動かせず、俺は暖かな想いを抱えて完全に落ちていく。



 何者にも害されない。あたたかいモノに包まれ、守られたあたたかで、おだやかな、眠りへと。



 完全に意識が消える直前、腕に何か柔らかなものが、掠めるように触れた気がした。


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