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巻き込まれ少女、出会う。3,帰るまでが?2

「ひどいよ、ピアもユナ様も、あんなに笑わなくても……」

 キョトンとしたピアとユナフォードに、あの後、声を上げて笑われてしまい、星は拗ねたように呟いている。

 声を上げて笑ったと言っても、主にユナフォードが犯人で、ピアは、プッ、と小さく吐息のような声を洩らしただけだ。

「可愛かったから」

 悪びれる事なく答えるピアは、片手に箒、空いた手で拗ねた星を引っ張っている。

 そのユナフォードとは――。


「ありがと、えと、デンカさんじゃなくて、ゆなほーど様」

「……いや、ユナフォードだから」

「ちゃんと、言ってるよ? ゆなほーど様って」

「残念、言えてないよ」

と言う、脱力感に襲われるやり取りの後、星が呼び易いようにと『ユナ様』呼びで落ち着いた。公式の場では殿下と呼べば良い、とのお言葉付きだ。

 一緒にいると目立つので、彼とはそこで別れる事にし、星は再びピアに連れられ、二人と二匹で歩いていた。

「そう言えば、シウォーグさんも王子様だから、シウォーグ様の方が良いのかな……」

 怒りの治まった星は、歩きながら、ふと思いついた事を口にする。

「本人が何も言わなかったのなら、問題無いと思うわ」

 ピアはそんな星を一瞥する事もなく、淡々と答えるが、何かに気付いたのか、意味ありげな視線を一瞬向ける。

「え? 何?」

 ピアの視線に、星は落ち着かない様子でラビを抱き締め直し、キュッとピアと繋いだ手に力を込める。

「ユナフォード様は言えなかったのに、シウォーグ様は普通に呼べたのね」

「……あれ? 本当だ」

 ピアに指摘され、星は不思議そうに口内で、シウォーグさん、と呟き、シパシパと瞬きを繰り返す。

「不思議ね」

「うん。不思議だ」

 頷き合う星とピア。腕の中と後ろにいる二匹も、真似をするように頷いている。

「……そろそろ、見覚えがあるかしら?」

 話している間に、だいぶ目的地に近づいていたらしく、ピアは視線で辺りを示して見せる。

「え? あ、うん、ユナ様とここ通ったよ」

 ピアの視線を辿り、周囲を確認した星は、コクリと頷いて見せる。

「ありがと、ピア。後は、一人で行けるから……」

 黒目がちの瞳を寂しさで曇らせて告げる星に、ピアは微かな笑みを口元に漂わせ、繋いだ手をスルリと解き、星の頭を撫でた。

「また会えるわ」

「うん、会いに来るよ」

 名残惜しそうにそう言うと、星はビシッとした立ち姿で見送ってくれるピアに手を振り、正門へと向けて歩き出す。

 小さくなる後ろ姿を見送ったピアは、微かに浮かべていた笑みを掻き消し、常の無表情に戻って歩き出す。その足取りは、何処と無く浮かれていて、擦れ違う同僚達の首を捻らせる事になった。

「後は帰るだけだね」

 無事に正門を抜けた星は、軽い足取りで家路を辿っていく。

 流石にほぼ毎日シェーナと買い物に来ているので、この辺りで星が道に迷う事はない。

 往路の不審者っぷりが嘘のように軽い足取りで歩いていた星は、前方から走って来る馬車に気付き、道の端に寄って、やり過ごそうとするが――。

「え……?」

 見えた物が信じられず、思わず声を洩らす星。

 素早く反応した狼が身を屈め、ガウッ! と一声吠える。星に、乗れと言うのだ。

 星は慌てて頷くと、ワンピースの裾も気にせず、狼に跨がり、その太い首にしがみつく。ラビは、星の腹部にしがみついている。

 星がしがみついたのを確認すると同時に、狼は力強く大地を蹴って最初の一歩を踏み出した。

「っ!」

 グンッと体に感じる圧に、星はしっかりと歯を食い縛り、狼に回した腕にしっかりと力を込める。

 その背後では、道の脇に置かれた箱や看板を壊しながら、馬車が追いかけてくる。

 正確には、星を追っている訳ではなく、ギリギリ馬車一台が通る道を、制御を失った馬車が暴走しているのだ。

 何人かは避けきれず、弾かれたりしているが、幸い命に別状はないのか、よろめきながら立ち上がり、周囲の人間に介抱されている。

 それをチラリと見た星は、異世界の人間逞しい、と軽く現実逃避をしながら、狼の毛皮に顔を埋める。

 星が巻き込まれた暴走とは違い、止める人間もおらず、馬車は自身もあちこち壊しながら、周囲を破壊して走り続けている。

 狼の足は馬車より速いので、星は悠々と逃げ切れるかと思われた。

 だが、そんな星の目に、暴走馬車から逃げ惑い、道の真ん中で転んでしまった幼い少女の姿が映る。

 少女の兄らしい少年が、少女を助け起こそうとするが、足を怪我したのか、なかなか少女は立ち上がれず、馬車の音が迫る。

「狼さん!」

 星の声に含まれた命に従い、狼は速やかな反応を示す。

 ザッと砂埃を立てて方向転換をした狼が向かうのは、死を目前にした幼い兄妹。

「捕まって!」

 大きな狼に驚く兄妹に、星は必死に声を張り、火事場の馬鹿力で二人を狼の背に何とか引き上げる。

「死にたくなければ、私から手を離さないで!」

 青い顔をした兄妹は、星の鬼気迫る様子に、大きく頷いて、兄が妹を抱え込むようにして、二人で星の腰にしがみつく。

 狼は、背中に乗せた相手に気を配りながらも、鋭い爪で地面を抉り、馬車の前から飛び退くと、安全な場所へと華麗な着地を決める。

 その背後では、緩いカーブの路地を曲がりきれず、暴走していた馬車が強制的に止まっていた。

「止まったぁ……」

 大きく息を吐き、安堵の声を洩らす星は、背後の兄妹の窺おうと、身を捩って後ろを見る。と、集まってきた野次馬の中で、明らか浮いている男がいる事に気付き、思わずジッと見つめてしまう。

 星の視線に気付いたのか、男は暗い眼差しをチラと星に返し、そのまま人混みに消えていった。

 星は捩っていた体を戻し、首を捻るが、背後から服を引っ張られ、慌てて狼の上で体の向きを変えて、背後の兄妹と向き直る。

「あの、俺と、妹を助けてくれて、ありがとな?」

「お姉ちゃん、ありがとう!」

 ヤンチャを体現したような、茶色の髪に同じ色の瞳をした兄と、兄より明るい茶色の髪をお下げにし、兄と同じ色の瞳をした愛らしい妹。兄は十歳ぐらいで、妹は何歳か下に見える。

「えっと、痛いとこ、ある?」

 星は心配そうに兄妹の様子を眺めながら問い掛けるが、妹の膝の怪我以外、兄妹に目立った外傷は無いように見えた。

「あ、リリア……妹が、足を……」

「お兄ちゃん、あたしなら平気だよ?」

 仲の良い兄妹の姿を、星は何処か寂しそうに見つめていたが、腕の中で心配そうに見上げて来るラビに気付き、誤魔化すように微笑んだ。

「私は星。良かったら、傷の手当て、させて?」

 そのまま、不安そうな兄妹へ視線を移し、星は自己紹介をして、ペコリと頭を下げる。

「俺は、ラディ。こっちは、妹の……」

「あたしは、リリア」

 顔を見合わせていた兄妹は、頷いて無邪気に笑い合うと、それぞれ名乗って頭を下げる。

「よろしくね、ラディ、リリア。じゃあ、このまま、ついてきて」

「おう!」「うん」

 狼に跨がり直して、星がそう声を掛けると、仲良しな兄妹は、揃って返事をし、再び星の腰にしがみつく。

「この近くに、綺麗なお姉さんがいっぱいいる所があるから、そこで治療してから、二人を家まで送るよ」

 星の背中越しの言葉に、幼い兄妹は、とりあえず笑顔で頷いていた。




 目の遣り場に困るような綺麗なお姉さんがいっぱいいる所――つまり、アウラが主人をしている娼館に辿り着くと、アウラを始め、娼婦達は、可愛い三人と二匹のお客様を大歓迎してくれた。

 アウラとは焦げ茶色の豊かな髪と、青色の瞳を持つ艶やかな美女で、世間では、ノウルの愛妾とされているが、実際は姉と弟の関係に近く、星の秘密も知っていた。

 幼くても男であるラディは、若干居たたまれなさに襲われていたが、明らかに薄汚い格好の自分達兄妹を気にしない娼婦達に、安堵の息を吐く。

 ラディの優しい眼差しの向かう先には、アウラに甘やかされている星に治療をされている妹の姿がある。

 ちなみに、兄妹の服は薄汚いままだったが、星と兄妹の三人は、一緒にお湯を使わせてもらったため、三人共石鹸の香りをさせている。

 治療が終わると、星と、ラディとリリアの兄妹は、娼婦達と一緒にお茶をして、弄られまくってから、帰路へとついた。

 治療したとはいえ、傷はまだ痛むので、三人と一匹は、再び狼の上の人となっていた。



「綺麗なお姉さんばっかりだったね、お兄ちゃん」

「ラディは、五年後にまたおいでって言われてたね」

「セイは、あの女の人達から、色気の出し方でも習った方が良いぜ?」

 リリアの言葉はともかく、星のからかうような言葉に、ラディは、キッと星の背中を睨み付けて言い放つ。

「んー、今は別に女っぽく見せたい訳じゃないから、色気が無くても良いよ」

 星は気分を害した様子もなく兄妹を振り返り、ふにゃ、とした柔らかい笑みを向けて、そう返す。

 つられて笑いながら、セイお姉ちゃん可愛い、と言うリリアに、ラディは、日に焼けた健康的な肌を赤に染めている。

「しょうがねぇなあ。俺が大人になっても、セイが一人でいたら、俺がセイを貰ってやっても良いぜ?」

 照れて赤い顔のまま偉そうに言うラディに、星はシパと瞬いて、リリアと視線を交わし合う。

「そうなったら、セイお姉ちゃんは、本当にお姉ちゃんだね」

 星と目が合ったリリアは、無邪気に笑って言いながら、星の腰に甘えるように抱きつく。

 星は僅かに困ったように微笑むと、ラディを蹴ろうか悩んでいるラビを撫でて宥めている。

 その時、無言で歩き続けていた狼が、小さく吠えて目的地到着を知らせる。

「えぇと、ここで良いの?」

 呟く星の目の前にあったのは、控えめに言うと、趣のある、控えないと、ボロいの一言で片付けられる一軒のお屋敷だ。

「そうだぜ? 俺達は孤児だからな。ここで、皆で暮らしてんだよ」

「セイお姉ちゃんは変わってるの。みんな、あたし達なんか、見てみないフリするのよ?」

 兄妹は、口々に言い立てて、元気良く狼から飛び降りる。その際、リリアは、膝の怪我を忘れていたらしく、顔をしかめていた。

「じゃあな、セイ!」

「ありがとう、セイお姉ちゃん! バイバイ!」

 星が言葉を探している内に、兄妹は別れの言葉を口にし、建物に向かって歩き出す。その背中に、寂しさを感じた星は、グッと拳を握って顔を上げる。

「ラディ! リリア! 今度、会いに来ても良い?」

 悩んだ挙げ句、口にした無難な言葉に、兄妹の小さな後ろ姿は、弾かれたように振り返り、揃って泣き笑いのような表情で大きく頷く。

「ありがとー! またね?」

 頷いた兄妹に、星はブンブンと二人が見えなくなるまで手を振り続けていた。

「じゃあ、私達も帰ろ?」

 ふふ、と笑みを溢した星は、ラビと狼の頭を撫で、『帰る』為に歩き出す。



 異世界で出来た、大切な家族を待つ家へと。



「今日の夕飯は、イースト完成を記念して、ふわふわなパンだよ」


 星のふわふわとした声が、一つに重なった影と一緒に、夕焼けの中に溶けていく。


 向かう先に、銀色の輝きを見つけ、星はワンピースの裾を気にせず狼から飛び降り、嬉しそうに駆け出した。




「お帰り、ノウル!」



 星の初めてのお使いは、こうして無事に終わりを告げた。が、帰った後、星の報告を聞いたノウルに、心労の種を増やす事を、知る者はいない。




「……いっそ、監禁しておきたい」



 その後、一人自室で、実行出来ない事を呟く主を、使い魔達が慰める姿があった。


少しだけ不穏な気配。

ノウルとか、ユナフォードが、本気を出すと、ヤンデレそうです。

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