巻き込まれ少女、出会う。3,帰るまでが? 1
星はまだ帰れません。
3,帰るまでが?
分かりにくいチート能力が、本人の預かり知らぬ所で発覚した星だったが、せっかく発覚した能力も役に立たない事態に陥っていた。
「……キオさんに、送ってもらえば良かった」
何処かも分からない薄暗い通路で、天を仰いで呟く星。傍らには、星を真似て天を仰ぐ狼とラビの姿がある。
端的に言うと、星は迷子だった。
夕飯を作る為、先に帰るね、と言って、心配するノウルとその直属の部下である五人に、大丈夫、と手を振って帰路についたのだが……。
気付いた時には、道に迷っていた。
「どうしよう……」
通信用魔具に手を触れ、ノウルに連絡しようか星が悩んでいると、天を仰いでいた狼が、不意に通路の先に顔を向ける。
「狼さん?」
警戒をする狼を邪魔しないよう、その背中からラビを抱き上げ、星は小首を傾げて、狼の視線を辿る。
そこには、この薄暗い通路に似合わない、プラチナブロンドを輝かせた美少女が佇んでいた。使用人らしく、手には箒を手にしている。表情にはあまり出ていないが、ウサギを抱えた少女と狼という取り合わせに驚いたのか、その灰色の目は軽く見張られている。
星に知る術は無いが、この使用人(仮)な美少女は、詩織の専属侍女の一人、ピアだった。
「あの! 私、不審者違います! ただの迷子でしゅ……っ!」
怪しまれている事を察し、先手を打とうと勢い良く発言した星は、緊張のあまり思い切り噛んでしまい、うぅ、と呻きながら、ラビの後頭部に額を擦り寄せる。
逆に挙動不審で怪しまれそうな星は、恥ずかしさから、ピアの方を見れず、ラビの枝毛を探して現実逃避していた。
その時、プ、と小さく吹き出すような声が聞こえた気がし、星は弾かれたようにピアを見やる。
「おかしな人ね」
一瞬で消えてしまったが、確かにそう楽しそうに笑ったピアに、シパと瞬いた星は、良く感情を映す黒目がちの瞳をピアへ向ける。
「私はピアよ、迷子さん?」
ゆっくりと歩み寄ってきたピアに、迷子さんと呼び掛けられ、星は伏せ目がちながらも、不服そうに少し年上の美少女を見つめる。
「あの、私は、星。迷子は、状況であって、名前じゃないから」
「そう。――何処に行きたいの?」
不服そうな星に、僅かに灰色の瞳を和らげたピアは、箒を片手に首を傾げて見せる。
「普通に、正門へ。帰る途中だから」
答える内に自分の不甲斐なさに、星はシュンとした様子で、埃一つ無い床を見つめている。
「そう。――おいで?」
ピアはまた言葉少なに頷くと、前置き無く星の艶やかな黒髪を撫でる。不思議そうな表情をした星に向けて手招きすると、ゆっくりと歩き出す。
「え、ピア、さん?」
パタパタと軽い足音させて、星はピアを追いかけ、焦り気味に呼びかける。
「ピアでいいわ」
顔だけで振り返ったピアは、表情を変えず、瞬きの少ない瞳を、焦り気味の星に向け、何故か呼び方の訂正を要求する。
「私も星で。じゃなくて、案内してくれるの?」
素直に要求を飲み、星はピアにも同じ事を要求してから、ピアの隣に並び、今更な感じの問い掛けをする。
「――通り道だから、ついで」
横目で、チラと星を確認したピアは、素っ気なく答え、そのまま真っ直ぐ前を向いてしまう。
「ついででも、嬉しい。ありがと、ピア」
言葉通り、嬉しそうに黒目がちの瞳を輝かせた星は、プラチナブロンドに縁取られたピアの横顔を見つめる。星に抱えられたラビも、礼のつもりなのか、たしっと前足を上げている。
狼は、無言で前を歩く二人の後ろを、護衛するように歩いている。
「ピアは、侍女さん?」
「ええ」
何かを話さなければと、星はとりあえず無難な質問をするが、会話は十秒も続かない。
「えーっと、何歳? 私は、十六歳だけど」
「十八」
また瞬殺されてしまい、星は、あわあわと質問を探そうと、視線をさ迷わせる。視界に入ったのは、自らが抱いている、ラビの姿。
「あ、あの、好きな動物は?」
「……ぷるぷるしてる小動物かしら」
そう真顔で答えるピアの視線が先程から捕えているのは、自分の横にいる少女が抱いた水晶ウサギ――ではなく、今はキョトンとした表情を浮かべている少女自身。
「ネズミとか小型犬って事?」
ラビじゃ駄目? と、一抱えはある水晶ウサギの両脇に手を差し込み、ピアの目線と合うように持ち上げる星。
「……同類ね」
「え?」
ピアの呟きの意味が分からず、星は小首を傾げている。ラビには通じたらしく、不機嫌そうに鼻を鳴らすと、体を捩って星の胸元に飛び込む。
「ピアが可愛いから照れたの?」
「それは無いわ」
スタスタと歩調を緩める事無く歩きながら、ピアは即答して首を振る。
星の腕の中で、ラビも同じ事を訴えたいのか、もふもふの前足をバタつかせている。
「もう、分かったから。擽ったいよ、ラビ」
ふふ、と星が擽ったそうに笑うのを、ピアは灰色の瞳でチラチラと見つめていたが、不意にその表情を変える。
「……どうしたの?」
歩く速度が鈍り、前方を見つめて明らかに表情を曇らせたピアを、星は心配そうに窺う。
「『世界の愛し子』が来るわ。セイが会いたいなら……」
「え? 嘘、また詩織さん? 縁あり過ぎでしょ」
自分の言葉を遮り、ブンブンと首を横に振って会いたくないアピールをする星に、ピアは少しだけ驚いた表情をするが、すぐに星を隠せる場所を探す。
最悪、ピア自身は、仕事をしていたと幾らでも言い訳出来るが、会いたくないとぷるぷるしている星を、詩織に会わせてはいけないと、ピアが表情には出さず焦っていると――。
「セイをこっちに」
声と同時に物陰から伸びてきた腕が、星を捕えて、一緒に物陰へと引き込む。
星が、デジャヴだ、と思っているなど露知らず、声の主は自らの体で、星を隠してしまう。
「あとは、君の演技力が頼りかな」
声の主の悪戯っぽい言葉に、ピアは少しだけ微笑み頷くと、詩織の声がしてくる方とは逆、つまり元来た方へと足音を殺しつつ、迅速に戻る。
そして、イチャついてるように見える二人から適度に距離をとり、かつ近寄ってくる詩織とレベッカの二人が、自分を認識した辺りで、わざとらしく箒を落として見せる。
「あ、申し訳ございません……っ」
箒の倒れる音と、ピアの若干棒読みな謝罪に、詩織とレベッカの視線は、ピアの視線を辿る。
そこに見えるのは、物陰でイチャついてるように見えるカップルらしい、二つの人影。
詩織は小さく息を呑み、レベッカは柳眉を吊り上げる。
「そういう事は、お二人きりの時にすべきですわ! 愛し子様が汚れますわ……っ!?」
烈火の如く怒るレベッカだったが、不意に息を呑み、申し訳ありません、と勢い良く頭を下げる。
ピアもその場で足を止め、深々と下げて動かない。
詩織だけが、状況を理解出来ずおろおろと、頭を下げた自らの侍女達と、物陰のカップルの間で視線をさ迷わせる。その視界に入り込む、鮮烈な銀色。
「あの、狼は……」
カップルを守るように控えている銀の狼を視認した瞬間、詩織の中で、拒絶された、あの嫌な記憶が蘇る。
「『世界の愛し子』だからといって、全ての人に愛される訳ではない……」
その時に告げられた言葉を暗い表情で呟く詩織は、おもむろに踵を返し、来た道を戻り始める。
「良く出来ました」
からかうように響く予想通りの声に、自然と詩織の足は速まり、ほぼ小走りで消えていく。
「お待ちください、愛し子様!」
それに気付き、レベッカはカップルの方に一礼すると、ピアに目配せをしてから、詩織を追いかけて、姿を消す。
「――もうよろしいのでは?」
ピアは二人が見えなくなったのを確認し、星を壁際に押しつけている相手へ声を掛ける。
「なかなかセイは抱き心地が良くて、ね」
離し難いと嘯く相手に、ピアは灰色の瞳を細め、
「……水晶ウサギ、蹴るなら今よ」
と、不穏な言葉を囁く。
「分かった、分かった。すぐに離すから」
そう言いながら苦笑の気配を漂わせ、星を解放したのは、美しい金の髪に、青い瞳を持つ青年――ユナフォードだ。
「……まさか、一日に二回も同じ助けられ方をされるとは思わなかった」
芸術品のようなユナフォードの美貌を、ほぼゼロ距離で見つめ続けていたせいか、疲れたように呟く星の頬はほんのり朱に染まっている。
ラビは星の胸元に顔を埋めていた為か、あまり不機嫌ではなく、何処と無く嬉しそうに短い尻尾をピコピコと動かしている。
「役立たずね」
そんなラビの様子に、ピアは冷たく言い放ち、抱き締められたせいで乱れた星の服と髪を直している。
「……君を見ていると、私は自分の肩書きを確認したくなるな」
はぁ、とわざとらしくため息を吐いたユナフォードは、苦笑して傍らで睨みを効かしていた狼をチラリと窺うが、ふいっと視線を外される。
「ちなみに、一日に二回と言ったけど、一回目はノウルか?」
肩を竦めたユナフォードは、ふと気付いたように、ピアに世話されている星へ問い掛ける。
「ううん、シウォーグさん。デンカさんの弟で、この国の第二王子なんでしょ?」
「あ、ああ……そうだな」
「やっぱり兄弟だから、行動も似るんだね」
王子様って初めて見たよ、と無邪気に続けて他人事のように呟く星に、重々しく同意をしてしまったユナフォードは肩透かしを喰らった気分で星を窺い見る。
「アホ可愛いって、あるのね」
バッチリとそのやり取りを見ていたピアは、無表情でポツリと呟くと、不思議そうに首を傾げた星の頭を撫で続けている。
「デンカさんって、ゆなほーどって、名前だったんだね。マオさんが教えてくれたよ」
ピアに撫でられながら、視線を向けて来る星に、ユナフォードはガシガシと乱雑に自らの髪を掻き乱す。
「……そうだね。私の名前は、ユナフォード。ノウルが殿下と呼ぶのは敬称なんだ」
意を決したように、ユナフォードは柔らかく微笑み、自ら星の勘違いを解いていく。
「敬称? 様とか、陛下とか……あ、デンカって、殿下? じゃあ、デンカさんはデンカさんじゃなくて、ゆなほーど殿下?」 名前の勘違いは訂正され、小首を傾げた星の中で『デンカ』が『殿下』へと変わる。
「そうだね」
「シウォーグさんは、第二王子って事は、お兄さんの殿下は……」
「第一王子だよ」
しょうがない子だね、とばかりに微笑みながら、ユナフォードは自らの正体を口にする。
「え…………あ、どうしよう、ピア! 敬語、敬語で話さないと、首スパーンって……」
数秒かけて事態を完全に理解した星は、あわあわとピアの服を引っ張り、黒目がちの瞳で必死に訴えかける。
「大丈夫よ――――たぶん」
たっぷりと間を空けて呟き足されたピアの『たぶん』に、星は怯えの滲んだ瞳でユナフォードを上目遣いに見つめる。
「そうだなぁ、私を王子だと気付かなかった罰として、セイは私に敬語を使わず、今までのように話す事……なんて」
星の過剰とも言える怯えっぷりに、ユナフォードは悪戯っぽく笑いながら冗談めかせて告げ、その言葉をすぐに取り消すつもりで口を開く。が、それより速く――。
「はい、喜んで!」
星は何処の居酒屋だよ、と内心突っ込みたくような返しを勢いのまま口にし、ユナフォードとピアをキョトンとさせる奇跡を起こしていた。
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