巻き込まれ少女の異世界生活 1
分割作業中です。
おかしくなってしまってたら、教えて頂けると助かります。
1,縁は異なもの
騎士――アランが示した方向へ、一時間程歩いたが、街道には出られず、星は巨大な木の根本で休憩していた。
「おいし……けど、何だろ、これ」
何らかの果物を干したっぽい物体を、首を傾げながら、むぐむぐと咀嚼する星。
ピンクという怪しさバッチリな色だったが、アランの言葉と匂いを信じ、ためらいなく口に放り込んでいた。
「甘い……」
あまり表情は変わらないが、黒目がちの瞳を細め、甘さを堪能している星の目の前に、下草の茂みから何かが飛び出してくる。
「っ!? ……て、ウサギだ」
一瞬、その辺に落ちていた枝を握った星だったが、現れたのが大きなウサギだと気付き、口元を緩める。
星の知っているウサギよりかなり大きいが、ウサギはウサギ。愛らしい姿に、星の目は釘付けになる。
「おいで、おいで、可愛い子」
星は、歌うように独特の節をつけて、茶色の毛皮を持つウサギを誘う。
一時間程歩き回ったが、危険な獣も、危険な植物も、全く出会わなかった為、星はすっかりこの森は安全だと認識していた。
「うわぁ、ふわふわ……ん? 水晶、生えてる?」
おずおずと近づいてきたウサギをよいしょと抱き上げ、星は小さく目を見張る。
星の目に映ったのは、抱き上げたウサギの額に光る、水晶のような輝きの鉱石。軽く触れるが、やはり生えているのか、ピクリともしない。
「……壮大なドッキリ、って可能性は消えたね」
星は、不思議そうに小首を傾げるウサギを撫でながら、誰にともなく呟く。
そのまましばらく、まったりとしていた一人と一匹だったが、不意にウサギの動きが変わる。
「どうしたの?」
訝しむ星の声に、ピンッと耳を立てていたウサギは、弾かれたように星の腕の中に飛び込んだ。
「え? なにか来るの?」 ふるふると震えるウサギを抱き締め、星はウサギの視線を追い、そのまま固まる。
そこにいたのは、バキ、バキと枝を折りながら、四足歩行で近づいてくる巨大な獣。
「……く、ま?」
星が現実を認識し、やっと絞り出した声は掠れ、弱々しく静かな森に溶ける。
あまりの恐怖から、現実逃避しかけた星の脳裏に、某童謡が流れる。
そんな恐慌状態の星は、獣を熊と表現していたが、その姿は熊より大きく、牙も爪もさらに長く鋭利で、全体的に何処か禍々しい。
「……っ」
悲鳴を上げる事も忘れ、星は巨大な獣を見つめる。
しかし、星が固まっていたのは数瞬で、すぐに獣を睨んだままウサギを逃がそうとするが……、
「はやく、逃げてっ!」
けれど、ウサギは星の意図に反し、怯えていたのが嘘と思えるぐらいの敏捷さで星の前に出る。ウサギは、どう見ても、星を守って戦おうというのだ。
いくらウサギとしては大きくても、近づいてくる獣に比べれば、比較にならない程小さい。
結果は火を見るより明らかで、星は必死に逃げ道を探すが、獣の濁った目は、真っ直ぐ星とウサギを捉えて離さない。
「……こんな所で死ぬの?」
(死にたくない、まだ、たくさん本読みたいの!)
自らの前に立ったウサギを必死に抱え込み直し、星は強く心中で叫ぶと、獣を睨みつける。
その瞳は、まだ諦めてはいない。
その時、まるで、見計らっていたように、横から飛び出してきた影が、獣の脇腹に体当たりをする。
「えっ!?」
驚く星の目の前で、不意を突かれて吹き飛ばされた獣は、土煙を上げながら、数本の木をなぎ倒して、そこでやっと止まる。
驚いて固まった星の前に着地したのは、立派な鬣を持つ、一匹の銀色の獅子だった。
「格好いい……」
思わず状況も忘れた星の素直な称賛に、獅子は得意気に鼻を鳴らす。
「……味方?」
逃げる餌に、捕食者二匹の三つ巴。
頭の中を過っていく最悪の展開に、星はウサギを抱き締め、俯きがちに獅子を窺う。と、そこへ、第三者の声が響く。
「まぁ、お前が助けを乞う善良な者なら、考えなくもないぞ……」
特に大声ではない。けれど、その声は星の鼓膜を強く震わせ、怯えで固まりかけた口をゆっくりと開かせる。
「……声、綺麗だね」
星の思い切りズレた呟きに、声の聞こえた方向から、弾かれたように笑い声が上がる。
「計算ではなさそうだが。……死にたくなければ、動くな」
笑い混じりだった声が、不意に低くなり、星は反射的に小さく肩を揺らすと、ウサギを抱き締めて無言で頷く。
その目前を獅子が駆け、復活した獣に鋭い爪で一撃を食らわす。
獅子を追って茂みから飛び出して来た青年は、星の姿を獣から隠すようにその前に立つ。
星から見えるのは、青年の逞しい背中と、キラキラと木漏れ日を弾く銀色の髪だけ。
「こんな所で魔物と会うとはな」
獅子の一撃に獣がふらついてる間に、青年は右の掌を前方へと向けた。
「巻き込まれるなよ? 『焼き尽くせ』」
驚きで声も出ない星の前で、青年の手から炎の玉が現れ、獣に向かって一直線に飛ぶ。
炎の玉がぶつかる直前、獅子は素早く獣から身を退いて、距離をとる。
先程の体当たりと、爪の一撃でふらついていた獣の方は、避ける事も出来ず、直撃を食らう。
グァ……ァ……ッ。
一瞬で燃え上がった炎は獣を呑み込み、その僅かな呻き声すらも、すぐに掻き消す。
「……熊死んだの?」
静かになったのを確認し、青年の後ろから、おずおずと顔を出し、獣がいた辺りを窺う星。
かなり高温で焼かれたのか、獣の姿は跡形もなく、唯一丸い焦げ跡だけが、獣の痕跡を残していた。
僅かな燻りは、獅子が太い前足でグリグリと踏み消している。
それを見た星は、目を見張って青年の後ろから飛び出すと、ウサギを置いて、慌てた様子で獅子に駆け寄る。
「お、おい……っ」
呼び止めるように伸ばされた青年の腕も届かず、星は獅子の足元に駆け寄り、しゃがみ込む。
「がう?」
「大丈夫? 火傷してない?」
戸惑って首を傾げる獅子を気にせず、星は獅子の太い前足を掴み、心配そうに足裏を確認する。
「痛いとこない?」
「がう」
足裏をナデナデと優しく擦られ、獅子は擽ったそうに目を細め、小さく吠える。
ほのぼのした空気が流れる中、いつの間にか星の傍にいた青年が、呆れた表情で口を開く。
「そいつは俺の使い魔だ。そう簡単に怪我はしない」
「そう、なんだ。良かったぁ……」
青年の言葉に、星は安堵から、ふわ、とあまり変わらない表情を緩めると、衝動のまま、獅子の太い首に腕を回して抱き着く。
「ありがとう、助けてくれて」
「が、う……」
良い雰囲気になる星と獅子の傍らで、青年とウサギは何処か不機嫌そうに佇んでいた。
「俺に礼はないのか?」
「え!? あ、ごめんなさい!」
自らが美声と評した青年の声に素早く反応した星は、弾かれたように獅子の首から手を離して立ち上がると、青年に向かって勢いよく頭を下げた。
「助けてくれて、ありがとうございます!」
まさに、ぴょこんっと音がしそうな星の動きに、不機嫌そうだった青年の口元に笑みが浮かぶ。
青年の笑った気配に、星は頭を下げたまま、俯きがちに青年を見つめ、
「……声も綺麗だと、顔も綺麗なんて、ズルい」
と、ボソリと呟いた。
星が文句を言いたくなるのは当然なぐらい、星を助けた青年は美形だった。
「は?」
「顔だけじゃなくて、身長も高くて、足長いし。髪の毛サラサラだし……。顔は、綺麗系ワイルドだし……」
戸惑う青年を他所に、星は呪うように俯いてブツブツと呟き続ける。
「おい、大丈夫か?」
「ふ、ぇ?」
青年は、さすがに心配になったらしく、俯いたままの星を子供を抱くようにひょいと抱え上げ、その顔を間近から覗き込む。
不意に近距離になった青年の顔に、状況が理解出来ない星は、思わず瞬きもせず、青年をジッと見つめた。
どこか面白そうに、自らの腕に大人しく収まった星を見下ろす青年の瞳は、鮮やかな紫色。
「うわぁ……、宝石みたい!吸い込まれそう……きらきらしてる」
それに気づいた瞬間、星の口からポンポンと素直な称賛の声が飛び出し、興奮で頬が薄く朱に染まる。 熱を帯びたように潤む星の瞳に、青年は目を細め、からかうように笑う。
「口説いているのか?」
「……え? って、うわ、何で?」
青年の言葉に、やっと自らの置かれた状態に気付き、慌てた星は、青年の腕から落ちそうになる。
が、青年の逞しい腕は、動じる事なく星を抱え直す。
「危ないだろ、落ち着け」
「落ち着けって言われても……」
もともと人見知りで、他人と視線を合わせるのが得手ではない星には、この距離はかなりハードルが高い。
星が、うぅ、と呻いて挙動不審に視線をさ迷わせている姿を、面白そうに見下ろす青年。
青年が星を下ろせばいいだけなのだが、混沌とした状況に、残念ながら突っ込みは皆無だ。
「重くない、でゴザイマスデショウカ?」
青年を見た目から年上だと判断し、星は口調を改めて問い掛けた。焦るあまり、片言になったが、星に気付く余裕はない。
青年はというと、気分を害したように眉を寄せる。
「急にどうした?さっきまで普通に話していただろう?」
「あ、そこなんだ……。じゃあ、遠慮はしないね?」
予想外の青年の言葉に、星は思い切り脱力しながら、チラと青年を仰ぎ見る。
「あぁ、構わない」
「私も、その方が楽だから、ラッキーかな。……今さらだけど、私の名前は柊星。あなたは?」
即答した青年に、小さく安堵の息を吐くと、星は台詞の前半を口内に、視線と後半部を青年へ向ける。 若干俯きがちながらも、星の瞳には青年が映り込んで、楽しそうに笑っている。
「俺は、ノウル・ティーラ。見ての通り、魔術師だ。変わった響きの名前だが、ひいらぎが、名前か?」
「えぇと、名前はセイ。セイ・ヒイラギになるかな、こっちでは。まぁ、セイでお願いします」
青年――ノウルは、ひいらぎ、とぎこちなく発音し、首を捻るが、星の名前がわかると、微笑みを浮かべ、星の頭を撫でる。
「セイ、だな。俺の事は、ノウルと呼べ。で、セイは動物使いか何かか?」
「うん、ノウル。……質問返すけど、何それ?」
ぎこちない『ひいらぎ』の発音に和み、ナチュラルに要求された名前呼びをしてしまった星だったが、妙な肩書きにはさすがに首を傾げる。
「動物を使役する仕事だが……いや、これの異様な懐き方からな」
「これ?」
ノウルの示す『これ』がわからず、星はノウルの胸板に手を置いて首を傾げる。
「水晶ウサギだ」
「あー、さっきのあの子。ねぇ、使い魔さんが食べちゃったり……」
水晶ウサギ、というあからさまな名前に、星はすぐに先程まで一緒にいたウサギを思い出し、心配そうに獅子へ視線を流す。
「していない。現状、俺の足が痛いな」
即答するノウル。心外だとブルブルと首を横に振る獅子。
「仲良しだね。……って、ノウル、怪我してるの?!」
息の合った主従に、星はクスッと小さく笑い声を上げるが、ノウルの痛いという言葉に、慌てた様子で体を捻って下を覗き込み、
「……なに、してるの?」
と、数秒固まってから、心底不思議そうに呟いた。
そこでは、ウサギ改めて水晶ウサギが、鬼気迫る様子でノウルの足にゲシゲシと蹴りを入れていた。
「乱暴しちゃ、駄目だよ?」
星に見られている事に気付くと、水晶ウサギは、ピタリと蹴るのを止め、先程までの鬼気迫る様子が嘘のように、愛らしい仕草で顔を洗い始める。
「どうしよう、可愛い……」
水晶ウサギの可愛さに興奮するあまり、星はペチペチとノウルの胸板を叩いて身悶える。
「あぁ、可愛いな」
微笑んで同意を示すノウルだが、視線は水晶ウサギではなく、身悶えている星に向いている。
ノウルの視線に気付くことなく、可愛らしい水晶ウサギの仕草に癒されていた星だったが、落ち着いてくると当面の問題を思い出し、伏せ目がちにため息を吐く。
「どうした? 具合でも悪いか?」
急に様子の変わった星に、ノウルは何処か心配そうな視線を向ける。
「え? あ、違う違う! 私、迷子になってて……で、街道はどっちかなぁ、って」
距離感がおかしいとはいえ、さすがに初対面の相手に「私、巻き込まれて異世界から来ました!」的な話は出来る訳もなく、誤魔化すように当たり障りのない言葉を紡ぐ星。
完全な嘘でもないので、淀みのない答えの筈だが、ノウルには通じなかったらしい。
「……何を隠してる?」
「何も、隠してないよ? それより、いい加減、下ろして欲しいな」
不機嫌そうに眉をひそめ、低く問うて星の瞳を覗き込もうとするノウル。
最初のように俯いて、ノウルの視線から逃れようとする星。
チッと舌打ちしたノウルは、片腕だけで星を支えると、空いた手で星の顎を掴んで無理矢理視線を合わせる。
「ノ、ノウル?」
「俺には、話したくないのか? ……まぁ、どうせ初対面の通りすがりの相手だ、当然だな」
慌てる星をよそに、哀しそうに眉を下げて自嘲気味に微笑むノウル。
一方、星の方はというと、憂いを帯びた美形の顔は凶器だと、心底実感していた。
必死にノウルの顔から視線を外しながら、星は早口で訴える。「あの、話すから。ちゃんと説明するから」
「そ、そうか! よし、聞くぞ」
あの顔は演技だったのでは無いかと思わせる程、表情を明るくしたノウルは、やっと星の顎から手を離す。
結局、星は下ろしてもらえず、抱き上げられたまま、ここにたどり着くまでを、説明する事になった。
●
「こことは違う世界、か」
星の説明を聞き終わると、ノウルは難しい表情でそれだけを呟いて黙り込んでしまう。
「やっぱり、信じられないよね……と言うか、私なら頭おかしいって思うよ」 ノウルの反応に、星はシュンとした様子で目を伏せて、一人納得したように呟いた。
落ち込んだ星に対し、水晶ウサギと獅子が、慰めるようにグルグルと二人の周囲を回る。
「だから、ノウルに知られたくなかったのに……」
声に出してみて、それが自分の本音だと気づいてしまい、さらに星の気分は降下する。それと共に、濃い睫毛に囲まれた黒目がちの瞳が、徐々に潤んでいく。
親切心から人命救助してくれたであろう、優しく強く、かつすこぶる美しい人。
好印象とはいえないまでも、出来れば普通の通りすがりに救助した人、ぐらいな思い出でありたかった、と思う星。
全力で悪い方に考えを巡らせた結果、最悪な想像をしてしまった星の瞳には、溢れんばかりに涙が溜まっていく。
「……そいつらは『世界の愛し子』と言ったんだな?」
「え?」
星は、まさか普通に話しかけてもらえると思っていなかった為、驚いて瞬きをした瞬間、溜まっていた涙が溢れ落ちる。
「っ、どうした? 何処か痛むのか?」
「ノウルの、せい……」
慌てるノウルに、グスグスと小さく鼻を鳴らして八つ当たり気味に返す星。
「……そんなに話したくなかったのか?」
「当たり前、だよ。だって、ノウルに、嘘吐きだと、思われたくなかった……」 ポロポロと落ちる涙と、真っ直ぐに吐かれた言葉に、ノウルは困ったように、しかし柔らかく微笑む。
「セイ。『世界の愛し子』の話は、この世界で有名だ」
口を開きかける星の唇に、ノウルの人差し指が優しく置かれる。そのまま、ノウルは言葉を続ける。
「そして、召喚された『世界の愛し子』に巻き込まれて、こちらに来てしまう異世界人がいる事も公式に知られている」
本当に? と言わんばかりに、濡れた目で訴えかけてくる星に、ノウルは大きく頷いて見せる。
「だから、嘘吐きだとは思わない。……頼むから、泣き止んでくれ、セイ」
幼子をあやすよう星の体を揺すり、痛みを堪えるように顔を歪めて懇願するノウル。
星は、安堵から口元を緩め、暖かな腕の中にいる安心感から、一気に襲ってきた睡魔に、瞼を閉じそうになる。
「……少し、休め」
うつらうつらする星に気付き、ノウルは微笑んで星の目を閉じさせる。
「……ないて……ごめん」