巻き込まれ少女、出会う。1,二度目まして? 2
――一方、ゴブリンパニックに巻き込まれた星は、かなり流された後、人波から弾き出され、店と店の隙間で尻餅をついていた。
星の腕から飛び降りたラビは、呆然としている星の腕をもふもふの腕で掴み、必死に揺する。
「そ、そうだね、逃げないと……」
ここにいても、星は足手まといでしかない。なら、取る行動はただ一つ。
ラビに誘導され、立ち上がった星の前を、緑色の影が遮る。
「……っ!?」
上げかけた悲鳴を気合で飲み込み、星は目の前に現れたゴブリンと睨み合う。
知性の無い濁った黄色い目と視線を合わせたまま、星はジリジリと後退りをする。思い出していたのは、森で熊と出会った時の対処法だ。
ヤル気満々のラビを抱え、星は逃げ道を探す。このまま後退りを続けても、やがては壁にぶつかるかもしれない。かといって、前はゴブリンに塞がれ、通れる隙間はない。
八方塞がりな状況に、星は唇を噛み締め、店主のいなくなった屋台に残されたナイフに目を留める。
「キィシャアーーッ!」
星が、ナイフに手を伸ばそうとした瞬間、ゴブリンが飛び掛かってくる。
「きゃあ!」
上げる悲鳴は可愛らしいが、星の行動はかなり豪快だった。手近にあった空の木箱をゴブリンに向けて蹴り出し、その隙にラビを抱えて走り出そうとする。
「ひゃっ!」
ゴブリンは、木箱の直撃を受けながらも、獲物を逃がす気はなく、鋭い爪の生えた手で星の足首を掴んでくる。
つんのめって、地面に倒れそうになり、星は咄嗟にラビから手を離す。このまま転んだら、ラビを潰してしまうと、何処か冷静な部分が告げたのだ。
ズザッと地面に倒れた星の少し先で、華麗な着地を決めたラビは、駆け戻る勢いで、星の足首を掴んだゴブリンへと、鋭い蹴りを食らわせる。
「いた、た……」
怯んだゴブリンは、星の足首から手を離し、身軽に一歩距離をとる。
蹴りを食らわせたラビは、キッと鋭い視線をゴブリンに向け、油断なく向かい合う。
「キシャッ」
ダンダンッ!
「ギィッ!?」
ダダンダッ!
ゴブリンの奇声と、ラビが地面を踏み鳴らす音が、会話でもするように交互に響く。
「……話し合い中?」
何とか立ち上がった星は、目の前に広がっていた光景に、思わずとばかりに呟く。その声が聞こえたせいではないだろうが、ゴブリンの目に、更なる敵意が宿り、ラビを無視して星に飛びかかる。
反射的に星は顔の前で腕を交差させ、迫る鋭い爪を防ごうとした。
「危ないっ!」
その時、鋭い声と同時に飛び込んできた人影が、星を抱えるようにして、横っ飛びでゴブリンの爪を躱す。
「ここにいてください」
星の窮地を救い、そう声をかけて来たのは、騎士の制服に身を包んだ赤毛の少年だ。
見覚えのある騎士に、星は一瞬驚いたように動きを止めてから、コクリと頷く。
騎士の方は、ゴブリンの方に意識を持っていかれている為か、星には気付かず、星を安全な場所へ避難させ、自らは抜剣してゴブリンへと向かう。
騎士と入れ違うように、跳ねてきたラビが、心配そうに星へ擦り寄る。
「ラビ、さっきはありがと」
星の感謝の言葉に、ラビはふるふると首を横に振り、心配した、とばかりに抱きつく。
「私も心配したよ?」
ラビを優しく抱き上げて声をかけながら、星は物陰からそっと顔を覗かせる。
「……優しい騎士さん、強かったんだね」
視線の先では、危なげなくゴブリンを斬り倒す、赤毛の騎士の姿。
「あ……」
その背後から、忍び足で近寄る、新たなゴブリンの姿に気付き、星は思い切り息を吸い込んだ。
「後ろ! 危ない!」
星の声に、騎士はハッとした表情で体を返すと、間近に迫っていた鋭い爪を鞘で振り払い、体勢を崩したゴブリンを剣で突き刺す。
飛び散る赤黒い液体に、顔色を悪くした星は、ラビの毛皮に顔を埋める。
ブンッと剣を振って血を払った騎士は、しばらく辺りを探り、ゴブリンがいない事を確認してから、急いで星を隠した物陰へと戻ってくる。
「大丈夫でしたか――っ、貴女は……」
「はい、また助けてもらいました。ありがとうございます」
自らの顔を見て、目を見張った騎士に、星はペコリと頭を下げ、僅かに微笑む。言外に、初めてではないと匂わせて。
「無事、でしたか」
「はい」
騎士の、万感の思いを込めた問いに、星はコクリと頷く。
「良かった……」
騎士は心底安心したように呟くと、星の手を両手で握り締め、祈りを捧げるように、自らの額へ押しつける。
「あの、優しい騎士さん……」
「アラン、アラン・ポーリーです。アランと、呼んでください」
戸惑いがちに声をかけて来た星に、頬を髪と同じ色に染めた騎士――アランは、快活な笑みを浮かべる。
「私は、セイです。この子は、水晶ウサギのラビ。よろしく、アランさん」
アランの笑顔につられた様に笑うと、星は自己紹介をして腕の中のラビと一緒に頭を下げる。
「そんな、年も変わらないようですし、どうか、アランと呼び捨てに……」
星の手を握り締めたまま、アランは懇願するように熱を帯びた声音で訴える。
「呼び捨て、はちょっと……。あ、アラン君、なら良いですか?」
困惑したように眉根を寄せた星は、名案とばかりに、妥協案を示す。
「はぁ、別に呼び捨てで、構わないですが……」
「じゃあ、口調だけ、変えるのは……」
「それは嬉しいです」
アランの背後に、ブンブンと振られる尻尾の幻覚が見えた気がし、星は、小さく笑みを溢す。
「アラン君も、口調――」
「それは、すみません、癖なので……」
言いかけた言葉を遮られた星は、
「私には、やらせたのに。酷いよねぇ」
と、わざとらしくため息を吐いて、腕の中のラビに話しかける。
「すみません」
生真面目に謝罪するアランに、星は冗談だよ、と告げて、静かになった周囲を見渡す。
「ゴブリン、もういないのかな?」
遠くから聞こえていた悲鳴や怒号もなくなり、星はコトリと首を傾げる。
「おれを含めて、騎士も出ましたから、たぶん、大丈夫かと。魔術師の方も出ていたようですし」
アランは、ニカッと笑いながら答え、星の服に付いた泥を払い落としている。
「……ありがとう。ゴブリンって、よく街に出るの?」
「いえ、有り得ません。入れない為に、街を壁で囲み、入り口には兵士がいて、さらに外門がありますから」
おずおずと礼を口にした星がゴブリンの死体を横目に訊くと、アランはゆっくりと首を横に振り、否定の言葉を紡ぐ。
「じゃあ、どうやって……」
「分かりません。すぐに調査に入るとは思いますが……。最近、馬車の襲撃も続いてますし」
首を捻る星に、アランは深刻な表情で首を横に振る。
「物騒だね」
他人事のような顔で呟いているが、星も先日、馬車の襲撃に巻き込まれていた。
知る由もないアランは、生真面目な顔で、全くです、と頷いている。
「そう言えば、セイさんは、何処にお住まいなんですか? よろしければ、送りますが……」
「えーと、一緒に来た人と、はぐれちゃって」
星は誤魔化すように軽く言うが、瞳に浮かんだシュンとした色は隠せていない。
ラビは、そんな星を慰めようと、もふもふな前足で、必死に星の腕を撫でている。
「そうでしたか。……おれが、一緒に探します。その方とは、人混みで?」
アランは我が事のように表情を暗くして俯くが、すぐにパッと顔を上げると、星の手をギュッと握って言葉を重ねる。
「えぇと、ゴブリンをぶん殴ったのを見たのが最後かな」
「それは、なかなか逞しい方だ」
見た目は? と問われ、星は、ノウルの見た目を思い描く。
「月の光みたいな銀色の髪に、宝石よりキラキラした紫の瞳の男の人。あと、アラン君より、背が高いね」「――それは、もしかして」
アランが思い当たる人物の名前を口にしようとした、まさにその時――。
「セイーッ! 何処だ!?」
星の口にした特徴通りの青年――ノウルが、返り血にまみれたまま、鬼気迫る表情で駆けて来る。
「やっぱり、ノウル様ですか」
片方だけなら兎も角、銀と紫の稀有な組み合わせなどそういる訳もなく、アランは予想通りの人物に、一人で頷く。
「ノウル、ここだよ〜?」
アランの反応を気にする事もなく、星は片手を挙げて、ノウルに呼び掛ける。
「ぶ、無事か? かじられたり、引っ掻かれたりは?」
突風を思わせる勢いで星へと駆け寄ってきたノウルは、星の肩に手を置くと、頭の天辺から爪先まで、何往復も視線を動かして無事を確認する。
「大丈夫。ラビと、アラン君が助けてくれたから」
ノウルの視線に擽ったそうに身を捩りながら、星は視線でラビと、緊張した面持ちで佇んでいるアランを示す。
「そうか、良かった……で、誰だ?」
「おれは、王国騎士が一人、アラン・ポーリーと申します」
背筋を伸ばし、お手本のような敬礼をしたアランに、ノウルは面倒臭そうに眉根を寄せる。
「ああ。セイを助けてくれた事は感謝する」
星を腕の中に確保し、ノウルは安堵の息を吐きながら、チラとアランを見やって上から目線な謝辞を口にする。
「アラン君はね、森で私に優しくしてくれた騎士さんなんだよ?」
抵抗する事なく、ノウルの胸板に体を預けた星は、黒目がちの瞳をきらきらとさせ、すごいでしょ、とばかりにノウルを仰ぐ。
「いえ、おれは、セイさんを置いていった、腰抜けです」
星の言葉に、ノウルが反応するより早く、痛みを堪えているような表情のアランから、自虐的な台詞が飛び出る。それに対し、必死でブンブンと首を横に振る星。
「……私は、アラン君が戻ってきてくれて、本当に嬉しかったよ。そのお陰で、次に出会ったノウルの事も信じられた。つまり、ここに私が無事でいられるのは、アラン君のお陰です」
かなり強引な理論だが、星は勢いで言い切ると、呆然としているアランに、行儀悪く指を突きつける。
「っ、く、ハハッ、じゃあ、俺とセイが出会えたのも、お前のお陰だな」
星のとんでも理論と、アランの呆然とした顔に、ノウルは笑い声を上げながら、右手をアランに向けて差し出す。
「改めて言おう。セイを二回も助けてくれて、ありがとう。心から、言わせて欲しい」
「セイさん、ノウル様……、ありがとう、ございます」
緑色の目を見張り、泣き笑いのような表情を浮かべたアランは、ノウルが差し出した手を力強く握り返した。
こうして、星は慌ただしく、二度目ましてな出会いを済ませる事になった。
この数日後、更なる二度目まして、と、初めましてに襲われるとは露知らず――。
結局、ゴブリンがまとわりついていた馬車は無人で、何故暴走したのか、乗っていた人間は何処に、などの謎を残し、ゴブリンパニックは、一応の終息を迎えた。
アランの口調が丁寧なのは仕様です。
相変わらず、ご都合主義です。