表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/186

巻き込まれ少女、出会う。1,二度目まして? 2

 ――一方、ゴブリンパニックに巻き込まれた星は、かなり流された後、人波から弾き出され、店と店の隙間で尻餅をついていた。

 星の腕から飛び降りたラビは、呆然としている星の腕をもふもふの腕で掴み、必死に揺する。

「そ、そうだね、逃げないと……」

 ここにいても、星は足手まといでしかない。なら、取る行動はただ一つ。

 ラビに誘導され、立ち上がった星の前を、緑色の影が遮る。

「……っ!?」

 上げかけた悲鳴を気合で飲み込み、星は目の前に現れたゴブリンと睨み合う。

 知性の無い濁った黄色い目と視線を合わせたまま、星はジリジリと後退りをする。思い出していたのは、森で熊と出会った時の対処法だ。

 ヤル気満々のラビを抱え、星は逃げ道を探す。このまま後退りを続けても、やがては壁にぶつかるかもしれない。かといって、前はゴブリンに塞がれ、通れる隙間はない。

 八方塞がりな状況に、星は唇を噛み締め、店主のいなくなった屋台に残されたナイフに目を留める。

「キィシャアーーッ!」

 星が、ナイフに手を伸ばそうとした瞬間、ゴブリンが飛び掛かってくる。

「きゃあ!」

 上げる悲鳴は可愛らしいが、星の行動はかなり豪快だった。手近にあった空の木箱をゴブリンに向けて蹴り出し、その隙にラビを抱えて走り出そうとする。

「ひゃっ!」

 ゴブリンは、木箱の直撃を受けながらも、獲物を逃がす気はなく、鋭い爪の生えた手で星の足首を掴んでくる。

 つんのめって、地面に倒れそうになり、星は咄嗟にラビから手を離す。このまま転んだら、ラビを潰してしまうと、何処か冷静な部分が告げたのだ。

 ズザッと地面に倒れた星の少し先で、華麗な着地を決めたラビは、駆け戻る勢いで、星の足首を掴んだゴブリンへと、鋭い蹴りを食らわせる。

「いた、た……」

 怯んだゴブリンは、星の足首から手を離し、身軽に一歩距離をとる。

 蹴りを食らわせたラビは、キッと鋭い視線をゴブリンに向け、油断なく向かい合う。

「キシャッ」

 ダンダンッ!

「ギィッ!?」

 ダダンダッ!

 ゴブリンの奇声と、ラビが地面を踏み鳴らす音が、会話でもするように交互に響く。

「……話し合い中?」

 何とか立ち上がった星は、目の前に広がっていた光景に、思わずとばかりに呟く。その声が聞こえたせいではないだろうが、ゴブリンの目に、更なる敵意が宿り、ラビを無視して星に飛びかかる。

 反射的に星は顔の前で腕を交差させ、迫る鋭い爪を防ごうとした。

「危ないっ!」

 その時、鋭い声と同時に飛び込んできた人影が、星を抱えるようにして、横っ飛びでゴブリンの爪を躱す。

「ここにいてください」

 星の窮地を救い、そう声をかけて来たのは、騎士の制服に身を包んだ赤毛の少年だ。

 見覚えのある騎士に、星は一瞬驚いたように動きを止めてから、コクリと頷く。

 騎士の方は、ゴブリンの方に意識を持っていかれている為か、星には気付かず、星を安全な場所へ避難させ、自らは抜剣してゴブリンへと向かう。

 騎士と入れ違うように、跳ねてきたラビが、心配そうに星へ擦り寄る。

「ラビ、さっきはありがと」

 星の感謝の言葉に、ラビはふるふると首を横に振り、心配した、とばかりに抱きつく。

「私も心配したよ?」

 ラビを優しく抱き上げて声をかけながら、星は物陰からそっと顔を覗かせる。

「……優しい騎士さん、強かったんだね」

 視線の先では、危なげなくゴブリンを斬り倒す、赤毛の騎士の姿。

「あ……」

 その背後から、忍び足で近寄る、新たなゴブリンの姿に気付き、星は思い切り息を吸い込んだ。

「後ろ! 危ない!」

 星の声に、騎士はハッとした表情で体を返すと、間近に迫っていた鋭い爪を鞘で振り払い、体勢を崩したゴブリンを剣で突き刺す。

 飛び散る赤黒い液体に、顔色を悪くした星は、ラビの毛皮に顔を埋める。

 ブンッと剣を振って血を払った騎士は、しばらく辺りを探り、ゴブリンがいない事を確認してから、急いで星を隠した物陰へと戻ってくる。

「大丈夫でしたか――っ、貴女は……」

「はい、また助けてもらいました。ありがとうございます」

 自らの顔を見て、目を見張った騎士に、星はペコリと頭を下げ、僅かに微笑む。言外に、初めてではないと匂わせて。

「無事、でしたか」

「はい」

 騎士の、万感の思いを込めた問いに、星はコクリと頷く。

「良かった……」

 騎士は心底安心したように呟くと、星の手を両手で握り締め、祈りを捧げるように、自らの額へ押しつける。

「あの、優しい騎士さん……」

「アラン、アラン・ポーリーです。アランと、呼んでください」

 戸惑いがちに声をかけて来た星に、頬を髪と同じ色に染めた騎士――アランは、快活な笑みを浮かべる。

「私は、セイです。この子は、水晶ウサギのラビ。よろしく、アランさん」

 アランの笑顔につられた様に笑うと、星は自己紹介をして腕の中のラビと一緒に頭を下げる。

「そんな、年も変わらないようですし、どうか、アランと呼び捨てに……」

 星の手を握り締めたまま、アランは懇願するように熱を帯びた声音で訴える。

「呼び捨て、はちょっと……。あ、アラン君、なら良いですか?」

 困惑したように眉根を寄せた星は、名案とばかりに、妥協案を示す。

「はぁ、別に呼び捨てで、構わないですが……」

「じゃあ、口調だけ、変えるのは……」

「それは嬉しいです」

 アランの背後に、ブンブンと振られる尻尾の幻覚が見えた気がし、星は、小さく笑みを溢す。

「アラン君も、口調――」

「それは、すみません、癖なので……」

 言いかけた言葉を遮られた星は、

「私には、やらせたのに。酷いよねぇ」

と、わざとらしくため息を吐いて、腕の中のラビに話しかける。

「すみません」

 生真面目に謝罪するアランに、星は冗談だよ、と告げて、静かになった周囲を見渡す。

「ゴブリン、もういないのかな?」

 遠くから聞こえていた悲鳴や怒号もなくなり、星はコトリと首を傾げる。

「おれを含めて、騎士も出ましたから、たぶん、大丈夫かと。魔術師の方も出ていたようですし」

 アランは、ニカッと笑いながら答え、星の服に付いた泥を払い落としている。

「……ありがとう。ゴブリンって、よく街に出るの?」

「いえ、有り得ません。入れない為に、街を壁で囲み、入り口には兵士がいて、さらに外門がありますから」

 おずおずと礼を口にした星がゴブリンの死体を横目に訊くと、アランはゆっくりと首を横に振り、否定の言葉を紡ぐ。

「じゃあ、どうやって……」

「分かりません。すぐに調査に入るとは思いますが……。最近、馬車の襲撃も続いてますし」

 首を捻る星に、アランは深刻な表情で首を横に振る。

「物騒だね」

 他人事のような顔で呟いているが、星も先日、馬車の襲撃に巻き込まれていた。

 知る由もないアランは、生真面目な顔で、全くです、と頷いている。

「そう言えば、セイさんは、何処にお住まいなんですか? よろしければ、送りますが……」

「えーと、一緒に来た人と、はぐれちゃって」

 星は誤魔化すように軽く言うが、瞳に浮かんだシュンとした色は隠せていない。

 ラビは、そんな星を慰めようと、もふもふな前足で、必死に星の腕を撫でている。

「そうでしたか。……おれが、一緒に探します。その方とは、人混みで?」

 アランは我が事のように表情を暗くして俯くが、すぐにパッと顔を上げると、星の手をギュッと握って言葉を重ねる。

「えぇと、ゴブリンをぶん殴ったのを見たのが最後かな」

「それは、なかなか逞しい方だ」

 見た目は? と問われ、星は、ノウルの見た目を思い描く。

「月の光みたいな銀色の髪に、宝石よりキラキラした紫の瞳の男の人。あと、アラン君より、背が高いね」「――それは、もしかして」

 アランが思い当たる人物の名前を口にしようとした、まさにその時――。

「セイーッ! 何処だ!?」

 星の口にした特徴通りの青年――ノウルが、返り血にまみれたまま、鬼気迫る表情で駆けて来る。

「やっぱり、ノウル様ですか」

 片方だけなら兎も角、銀と紫の稀有な組み合わせなどそういる訳もなく、アランは予想通りの人物に、一人で頷く。

「ノウル、ここだよ〜?」

 アランの反応を気にする事もなく、星は片手を挙げて、ノウルに呼び掛ける。

「ぶ、無事か? かじられたり、引っ掻かれたりは?」

 突風を思わせる勢いで星へと駆け寄ってきたノウルは、星の肩に手を置くと、頭の天辺から爪先まで、何往復も視線を動かして無事を確認する。

「大丈夫。ラビと、アラン君が助けてくれたから」

 ノウルの視線に擽ったそうに身を捩りながら、星は視線でラビと、緊張した面持ちで佇んでいるアランを示す。

「そうか、良かった……で、誰だ?」

「おれは、王国騎士が一人、アラン・ポーリーと申します」

 背筋を伸ばし、お手本のような敬礼をしたアランに、ノウルは面倒臭そうに眉根を寄せる。

「ああ。セイを助けてくれた事は感謝する」

 星を腕の中に確保し、ノウルは安堵の息を吐きながら、チラとアランを見やって上から目線な謝辞を口にする。

「アラン君はね、森で私に優しくしてくれた騎士さんなんだよ?」

 抵抗する事なく、ノウルの胸板に体を預けた星は、黒目がちの瞳をきらきらとさせ、すごいでしょ、とばかりにノウルを仰ぐ。

「いえ、おれは、セイさんを置いていった、腰抜けです」

 星の言葉に、ノウルが反応するより早く、痛みを堪えているような表情のアランから、自虐的な台詞が飛び出る。それに対し、必死でブンブンと首を横に振る星。

「……私は、アラン君が戻ってきてくれて、本当に嬉しかったよ。そのお陰で、次に出会ったノウルの事も信じられた。つまり、ここに私が無事でいられるのは、アラン君のお陰です」

 かなり強引な理論だが、星は勢いで言い切ると、呆然としているアランに、行儀悪く指を突きつける。

「っ、く、ハハッ、じゃあ、俺とセイが出会えたのも、お前のお陰だな」

 星のとんでも理論と、アランの呆然とした顔に、ノウルは笑い声を上げながら、右手をアランに向けて差し出す。

「改めて言おう。セイを二回も助けてくれて、ありがとう。心から、言わせて欲しい」

「セイさん、ノウル様……、ありがとう、ございます」

 緑色の目を見張り、泣き笑いのような表情を浮かべたアランは、ノウルが差し出した手を力強く握り返した。



 こうして、星は慌ただしく、二度目ましてな出会いを済ませる事になった。



 この数日後、更なる二度目まして、と、初めましてに襲われるとは露知らず――。



 結局、ゴブリンがまとわりついていた馬車は無人で、何故暴走したのか、乗っていた人間は何処に、などの謎を残し、ゴブリンパニックは、一応の終息を迎えた。


アランの口調が丁寧なのは仕様です。

相変わらず、ご都合主義です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ