巻き込まれ少女、出会う。1,二度目まして? 1
ちょっとだけ、アクションシーンと、後半ちょっとだけ流血しますが、15禁にする程ではないかと……。
駄目だろ? という場合はご指摘お願いします。
1,二度目まして?
「今日は、ラシードさんの店じゃないの?」
大通りから外れた閑静な通りを、ノウルと手を繋いで歩いていた星は、いつもとは違う高級感のある店構えに、首を傾げながら、上背のあるノウルを窺う。空いている左手には、ラビを小脇に抱えて。
「ああ。『世界の愛し子』に関する商品は、扱える所が限られてる。カレー粉みたいに、元からあるスパイスを混ぜた物ぐらいなら、普通に流通するんだがな」
星の視線に苦笑を浮かべて答えると、ノウルは小さく肩を竦めて見せる。
「お米は?」
「多く採れるせいもあるだろうが、『世界の愛し子』が、皆さんに食べて欲しい、と言ったらしい。ついでに、料理法も広めて欲しかったがな」
「確かに……」
以前、ノウルに聞いた話を思い出し、星は深々と頷いて同意する。
この世界に、米という存在は広まっていたが、調理法は広まっておらず、生で食べていると聞いて、星が驚いた事は記憶に新しい。
もちろん、ノウル宅では、星が料理担当なので、普通に炊き上がった白米がよく食卓に上がっている。
「でも、巻き込まれの先輩が書いた手記があったし、もっと色んな料理伝わりそうなのにね」
「……セイのカレーは、美味かった」
「また作るよ」
うっとりとした口調でボソリと呟いたノウルに、星は嬉しそうに口元を綻ばせ、繋いだ手をブンブンと振る。
先日、ノウルの書斎で星が見つけた、昔の巻き込まれの男性が書いた本には、恋人だった『世界の愛し子』の為に、彼が色々した食の工夫が書かれていた。これから向かう店で扱っているのは、その彼の努力の賜物だ。
「……俺と一緒の時以外、この店には来るな」
「え? うん、わかった」
店に入る直前、ノウルから珍しくキツイ言い方をされ、星は目を丸くしながらも、素直に頷く。
「少し不快な思いをするかもしれないが、我慢してくれ」
「……ただの買い物だよね?」
さらに重々しく言葉を重ねるノウルに、問いかける星の瞳に不安の色が浮かぶ。
「行けばわかる」
戦いに向かうような鋭い眼差しを、店の扉に向けてから、ノウルは右手でノブを回す。
扉を開くと、重々しいベルの音が響き、店員というより、警備員といった風のガッシリとした体つきで強面の男が現れ、入り口を塞ぐ。
怯えた星は、繋いでいた手を離し、ノウルの背後に隠れる。
「申し訳ありませんが、当店は一般の方に販売する品を扱っておりません」
無駄に姿勢の良い、慇懃無礼な男の口から出た言葉を要約すると、『貧乏人は一昨日来やがれ』あたりだろう。
ノウルが不機嫌そうな顔で、無言を貫いていると、すぐに店の奥から、恰幅の良い店主が転がりそうな勢いで飛び出してくる。
「これはこれは、筆頭魔術師で、魔術師部隊隊長であらせられる、ノウル様ではありませんか! 今日は何のご用でしょうか?」
「下がらせろ」
説明口調で揉み手をしながら擦り寄って来る店主に、ノウルは不機嫌さを隠さない冷たい視線を向け、最初の強面男を顎で示す。
「は、はいっ! 向こうで控えていろ!」
怯えた様子で、コクコクと頷いた店主は、シッシッ、と犬でも追い払うように強面男を下がらせる。
「ミソとショウユをくれ。在庫があれば、カツオブシもだ」
「は、はい! さすがノウル様です、お目が高い! うちで扱っておりますのは、巻き込まれの作った物を、完璧に再現した、まさに『世界の愛し子』様の愛した物でございます!」
喋っている内に興奮してきたのか、店主は頬の肉が垂れた顔を、紅潮させて唾を飛ばさんばかりの勢いだ。
「用意出来るのか、出来ないのか、はっきりしろ」
苛立ったノウルが、ダンッと足を踏み鳴らすと、ビクッと肩を揺らした店主は、
「い、今すぐ用意いたしますので!」
と、また転がり出しそうな勢いで、店の奥へと消える。
苛立ったノウルを宥めるように、細い腕がノウルの引き締まった腰に回り、柔らかい声が背中に埋まった顔から届いた。
「……怒らないで」
「セイに怒ってる訳じゃない。――あと、水晶ウサギを止めてくれ、ちょっと痛い」
腰に回った星の腕を撫で、決め顔で優しく囁くノウル。が、すぐに口の端を引きつらせ、少し弱々しく訴える。
「え?」
ノウルの訴えに、きょとんとした星は、自らとノウルの間に挟まれているラビを見下ろす。そこには――。
「ツボ押し?」
ノウルの背中を、額の水晶でグリグリと圧迫しているラビの姿。
星に見られている事に気付くと、ラビは何事も無かったように顔を洗い始め、可愛いアピールをする。
「今日も可愛いね」
見事に騙された星は、愛おしげにラビを撫でているが、ドタドタと店主が戻って来た為、慌ててノウルの背中に隠れる。
「お待たせいたしました!」
そう息急き切って現れた店主だが、その両手に品物は無い。
「――店主、どういうつもりだ?」
盛大に眉間に皺を刻み、怒りを隠さず、ノウルは店主を睨んで問う。
「今すぐお持ちしますので!」
体の前に手を突き出し、ブンブンと振って言う店主の言葉に嘘はなく、店主の言葉が終わると同時に銀のワゴンを押した少女が店の奥から現れる。
「お、お持ちしました」
頬を染めてワゴンを押してきた少女を気にも留めず、ノウルは星の手を掴んで、品物が置かれたワゴンに歩み寄る。
「あの、ノウル様、これはうちの娘でして……」
揉み手をしながら、近寄ってくる店主。ワゴンを押してきた少女は、店主の娘らしい。
少女は、しなを作って、上目遣いにノウルを見つめて、赤い唇を開いた。
「ノウル様っ、私、貴方様の事を以前から――」
「セイ、これだけで良いか?」
「え、あ、うん……」
店主と少女を華麗にスルーし、ノウルは星の顔を覗き込んで問いかける。
星は、少女の嫉妬を多分に含んだ視線に晒され、軽く吃りながら、ワゴンの上を確認する。
「――コレダケデイイデス」
正直、美術品のような容器に入れられている為、中身が全くわからなかったが、一秒でも早くこの場から立ち去りたい星は、片言になりながらコクコクと機械的に頷いて見せる。
「セイは控えめだな」
柔らかい声でそう言って星の頭を撫でると、ノウルは蕩けるような笑みを浮かべる。
免疫が無い少女は、ノウルの笑顔を直視した瞬間、真っ赤になって崩れ落ちた。
店主も、妙な汗を流しているが、何とか正気を保ち、倒れた娘を先程の強面男を呼びつけて運ばせ、自らはノウルへ向き直って金額を示す。
それは、初日にラシードの店で払った額の二倍以上だ。
だが、上機嫌なノウルは、全く気にした風もなく、即金で支払いを済ませる。
「お買い上げ、ありがとうございます。品物の方は壊れ物ですので、こちらでノウル様のお宅へ配達させていただきます!」
「ああ、頼む。……行くぞ、セイ」
相変わらず揉み手をしている店主に、鷹揚に応じたノウルは、突然倒れた少女に呆然していた星を連れて、素早く店を後にした。
「……大丈夫か、セイ」
大通りへ戻り、ノウルは無言のままの星に、心配そうに声をかける。
「ふぇ? あ、うん。色々と驚いたけど、平気だったよ」
気の抜けた声を洩らした星は、シパシパと瞬きをしてから、コクリと頷いて返す。
「あそこの店主は、貴族に媚びるのが趣味のような男だからな。いくら俺の家の家政婦だと言っても、シェーナでは、入れてすらもらえないだろう」
星の手を握りながら、嫌悪感も露わに吐き捨てるノウル。
「貴族に媚びてると、何でシェーナお姉ちゃんは、駄目なの?」
ノウルの言葉の意味が分からず、首を捻る星。小脇のラビも、一緒に首を捻っている。
「貴族連中は、獣人嫌いでな。純粋な人以外は、認めない」
言葉にするのも忌々しげに吐き捨て、冷たく紫の瞳を輝かせたノウルに、周囲からザッと人が離れる。殺気が駄々漏れたらしい。
「……心が狭い」
むぅ、と拗ねたように唇を尖らせた星に、ノウルは殺気を引っ込めると、愛しげに目を細める。自分に向けられていないせいか、星はノウルの殺気に晒されても気にした様子はない。
「貴族とはそんなもんさ」
自らも貴族であるはずのノウルは、他人事のように呟いて肩を竦める。と、何か気付いたノウルの表情が、一気に引き締まり、臨戦態勢となる。
「セイ、ラビと一緒に、ラシードの店まで走れるな?」
ノウルの言葉は、確認ではなく。答える間も与えられず、星は背中を押され、よろめきながら駆け出す。
「振り返るな!」
「セイちゃん、真っ直ぐ、こっちに!」
背後からノウル。向かう先のラシード。二人の声は聞こえたが、星は思わず振り返り、後悔する。
星を走らせたノウルが向き合っていたのは、狭い路地を抜けて、暴走してくる馬車――しかも、緑色をした、何かに群がられて。
「ゴブ、リン?」
思わずソレの名を呟く星。幼児のような体型。緑色の肌に、尖った耳を持つ、醜悪な――魔物。
「止まるな!」
ノウルの怒号が響き、少なくはなかった通行人も、馬車の状態に気付いて、悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、立ち止まってしまった星を飲み込む。
他の屋台や露店から人が消える中、ラシードは先程から星を探し、人波に逆らうが、小柄な少女は見つからない。
「セイちゃん!」
ラシードの声は、人々の悲鳴に紛れ、探し人には届かない。
「セイ!」
ノウルの叫びに呼応するように、御者を失った馬車が、真っ直ぐに突っ込んでくる。
「ノウル様!」
「ご無事ですか!」
そこへ、ボロボロの格好をした兵士が数人、馬に乗って駆けてくる。
一人はノウルの傍へと馬を寄せ、残りは一般人の避難と馬車の牽制をする。
「報告しろ」
冷たい視線を馬上の兵士に向け、ノウルは苛立たしげに言い放つ。
「申し訳ありません! 急に囲まれ、ゴブリン達の侵入を許してしまいました」
「数は」
「五十ほどです!」
「あの馬車は」
「あの状態で街道を暴走。門扉を閉じる間もなく突っ込んできました。その隙に、ゴブリンに囲まれ、襲撃を……」
「わかった。まずは、馬車を止め、後は、分かってるな?」
ニヤリと笑ったノウルに、兵士達は若干怯えた表情でコクコクと頷いた。
「行くぞ、後退しろ。……『風よ!』」
ノウルの魔術が巻き起こした風が、馬車の車輪を破壊し、強制的に止まらせる。
「さっさと終わらせるぞ? 待たせてる相手がいるんでな」
そう好戦的に笑って言い放ったノウルは、飛び掛かってきたゴブリンを素手で殴り飛ばした。
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