巻き込まれ少女の異世界生活 終章 巻き込まれ 1
これで、スタート編終了です。次は、伏線を回収したいなぁ、と思います。
とりあえず、主人公は、この世界に根付けるようです。
終章,巻き込まれた少女
「っぷし」
自室にいた星は、唐突に背筋に走った寒気に、気の抜けたくしゃみをし、鼻を擦る。
シェーナは、お昼前に帰ってしまったので、星は一人自室で荷物を片付けていた。
ぺしぺし、と心配そうに足に触れてくるラビに気付いた星は、大丈夫だよ、と声をかけて抱き上げる。
そのまま、ラビをベッドに置くと、星は着替えをクローゼットに仕舞い、大きく伸びをする。
「ラビ、私、書斎行くけど、どうする?」
そのまま、振り向いてベッドの上のラビを見る星。ラビは、連れていけ、と必死に自己主張をする。今朝、置き去りにされたのがショックだったらしい。
「一緒に行くんだね」
星がベッドに近寄ると、待ってましたとばかりにラビが胸に飛び込んでくる。
「ちょ、ラビ、危ないよ?」
ラビの重さに、星は二・三歩たたらを踏むが、何とか踏み止まり、腕の中のラビを軽く小突く。
星に叱られ、シュンとしたラビは、怒らないで? とばかりに前足で星の服を掴む。
「もう、次は気をつけてね?」
可愛らしい仕草に怒りを持続出来なかった星は、小さく息を吐いて笑うと、ラビの喉元を擽りながら、書斎へと向かう為に歩き出す。
「……んー、今日は何を読もうか?」
歩きながら腕の中のラビに話しかけ、小首を傾げた星は、ある事を思い出し、傾げていた首を逆に倒す。
「そう言えば、あの絵本、何処にやったっけ?」
いくら内容にイラッとしたとは言え、本好きな自分が本を何処に置いたか分からないという事態に、星は首を捻る。
その腕の中で、ラビも一緒になって首を傾げている。
「帰ってきたら、ノウルに訊いてみよっと」
そう結論付けた星は、書斎の扉を開けて、中へと入る。
早速、胸一杯に部屋の空気を吸い込んだ星は、うっとりと目を細める。
「ん〜、本の匂いがするね」
ふふ、と自然と笑みを溢しながら、抱いていたラビを床に降ろし、星は本の塔を倒さないように気を付けながら、本棚の間を歩く。
まず手に取ったのは、『世界の愛し子』と聖獣、という題名の本だ。
「やっぱり、気になるよね」
いくら気にしてない、と言っても、自分がここにいる原因だ。気にならない訳がない。
本を手にした星は、クッションに背を預けて腰を下ろすと、行儀悪く足を前に投げ出して、しっかりとした革の装丁の本を開く。
一緒に見たいのか、よじ登って来たラビが、星の体を背凭れにしながら、太股にちょこんと腰掛ける。
「へぇ、聖獣さんが元気が無くなると世界が荒れて、『世界の愛し子』が喚ばれる事が多いんだね」
これが聖獣だよ、と星は緻密な筆遣いで描かれた、狼に似た獣をラビに指し示す。
「『世界の愛し子』と触れ合うと、聖獣さんは元気を貰えるんだって……」
一頁ずつ捲り、ラビに分かるように話して聞かせる星。ラビも、星の言葉が理解出来ているのか、ふんふん、と鼻を鳴らしながら、頷いて見せている。
「聖獣さんって、大きな狼さんだよね。良いなぁ、詩織さん。ノウルに頼んだら、触らせてもらえないかな?」
無邪気な嫉妬を滲ませた星の言葉に、ラビは自らの白いお腹を示し、自分もふもふしてるよ、と必死にアピールする。
「そうだね、ラビも、もふもふだね」
ラビのアピールが通じ、視線を本からラビへと移した星は、ラビご自慢のお腹をよしよしと撫で回す。
「『世界の愛し子』の思いを込めて作った物は、特殊な効果を持つ。特に、聖獣には劇的に効果が……へぇ、詩織さん、チートってやつだ」
私も何か出来れば良いのに、と小声で呟いた星は、ラビを撫でる手を止め、ジッと見つめる。が、特に何も起こる訳はなく、星は肩を竦めて、本を閉じる。
「巻き込まれた人に関しての本、探してみようか?」
心配そうなラビに、そう明るく声をかけて太股から下ろすと、星は読み終わった本を片手に本棚へと向かう。
その後ろを、ウサギとは思えぬ二足歩行でラビが続く。
「本当に、色々ある。冒険活劇とか、恋愛小説、この辺はデンカさんの持ってきたやつかな? 残念、艶本は無いね」
クスクスと悪戯っぽく笑う星の足元で、ラビも笑っているのか、口元がもごもご動いている。
その後も、本棚の間を探し回るが、お目当ての物は見つからず、星はポリポリと頬を掻く。
「『世界の愛し子』に興味が無いって、本当みたいだね。あんまり、見当たらない」
当てが外れ、星がむぅ、と唇を尖らせていると、いつの間にか星の足元からラビの姿が消えていた。
それに気付かず、星は巻き込まれの本を探し続け、ついでに気になる本を確保していく。
「……あれ? ラビ?」
持ち切れなくなり、本を置きに行こうとした星は、そこで小さな友人の不在に気付き、小首を傾げながら名前を呼ぶ。
とりあえず、クッションの傍に本を置き、ラビを探そうと星が振り返った瞬間、本人――ではなく本ウサギが本棚の間から現れる。
何処かに潜り込んだのか、昨日星が磨いた毛皮のあちこちに、綿埃が付着している。
「もう、ラビ何処に入っちゃったの?」
眉尻を下げ、へにゃりと困り顔になった星は、近付いてきたラビの体を叩き、綿埃を落としていく。と、そこでラビが何かを持っている事に気付き、星はシパシパと瞬きを繰り返す。
「……ラビ、何持ってきたの?」
問われると、待ってましたとばかりに、ラビは器用に前足で挟んでいた物を星へと差し出す。それは、一冊の古びた、薄い本。
「……本? 探してきてくれたんだ」
微笑ましい気持ちになり、星は、ふにゃ、と笑い崩れながら、ラビの差し出した本を両手で受け取る。
「ありがとう……って、何で、これ」
表紙を確認した瞬間、思わず声を上げ、本を落としそうになり、星は慌ててしっかりと本を抱き直した。
星の反応に、ラビは不思議そうに首を傾げ、心配そうに星の顔を覗き込む。
「嘘……」
ラビの視線にも気付かず、星は本を両手でしっかりと持ち、もう一度確認する。
「やっぱり、日本語だ……」
実際には一日振りだが、気分的には一ヶ月ぐらい見ていなかった気のする見慣れた文字に、意識せず、星の瞳に涙が滲む。
星の言葉が示す通り、ラビが持ってきたのは、日本語で題字を書かれた本だ。しかも、印刷された物ではなく、少し癖のある、男らしい手書きの文字が、日に焼けた紙の中で自由に踊っている。
「『次代を生きる者へ』……って事は、もしかして……」
題名を見た瞬間、顔色を変えた星は、立ったままパラパラと紙を捲っていく。
「ああ、やっぱり、これは私と同じ……」
感極まった星の瞳から、ポロリと落ちた涙が、本の上に落ち、文字を滲ませた。慌てて、スンと鼻を啜った星は、本を小脇に抱えて涙を豪快に拭う。
星の足にしがみついたラビは、泣き出してしまった星の姿に、一緒に泣きそうになりながら、自分がいると、アピールをし続けていた。
「ごめんね、驚かせたよね。ラビが見つけてくれたの、私の故郷の文字で書かれた本なんだよ」
空いた腕でラビを抱き上げ、硬い水晶に額を寄せながら、泣き止んだ星は泣きそうなラビと目線を合わせ、ゆっくりと説明する。
「だから、びっくりしちゃったの。別に、痛いとか苦しいじゃないからね?」
心配そうに自らの頬に触れてくるラビを安心させようと、星は微笑んで、大丈夫、と繰り返す。
やがて納得したのか、ラビはスルリと星の額に水晶を擦り寄せてから、星の唇に軽く口付けて、ドヤ顔を披露する。
「……奪われちゃった?」
予想外のラビの行動に、星はキョトンとした後、小さく笑うと、ラビを抱えたまま、クッションに腰を下ろす。
「さあ、一緒に見てみよう? 私の先輩の書いた本だよ」
星の太股の上に落ち着いたラビは、コクリと頷いて、先程と同じ体勢になる。
「名前は書いてないね。この人は、恋人さんが『世界の愛し子』だったんだね。あー、この人は文字が分からない巻き込まれだったんだ。言葉がわかるだけマシか、って男前だよ。私なら、死んじゃいそう……」
星の、死んじゃいそう、という言葉に、ラビは心配そうに星を窺う。
「私は分かったから大丈夫。言葉は分かったんだね。でも、文字は書けないから、母国語で書いた、と。
『俺と同じ目にあった同胞へ。
役に立てばと思い、手記を書く事を思いつき、ここに記す。
もし、外国人だった場合は、すまない。俺は日本人だ。
ある日、俺は恋人と一緒にこの世界に召喚された。彼女は『世界の愛し子』とかいう特別な存在だったらしい。
引き離されそうになったが、彼女が泣き叫び、事なきを得た。彼女が泣き叫んだ時、空が一瞬で暗くなり、何度も雷が落ちて来た。彼女を怒らせないようにしようと思う』」
ラビの為に声を出して読みながら、星は慈しむように書かれた文字を指で辿っていた。
先代の巻き込まれの『俺』は、恋人の為、食に重きを置いていたらしい。
味噌、醤油、鰹節……等々、日本食の基本とも言える調味料を開発した苦労が切々と。
「……味噌とか醤油あるの!?」
思わず読むのを忘れて突っ込むと、驚いたのか太股の上のラビの体が、ビクッと少し浮く。
「うわぁ、ありがとう、先輩!」
カレー粉と同じで『世界の愛し子』の好物なら、そのまま残っている可能性は大いにある。
星のシリアスモードだった気分が、一気に食欲に傾いていく。が、『俺』の生活のその後が気になり、再び本へと視線を落とす。
「……あれ、何か文字の雰囲気、変わった?」
男らしく力強かった文字が、徐々に弱々しくなり、乱れる事が増えていく。その理由も、きちんと書かれていた。
「……病気に、なっちゃったんだ。
『もう、このノートを開く事はないだろう。
もし、俺のノートを見ている貴方が、巻き込まれなら、『世界の愛し子』にきちんと伝えてあげて欲しい。
巻き込まれて、恨んでないと。
ただ、それだけを。
俺は、伝えられなかったから』
ここで、終わってる……。恋人さんと、喧嘩別れしちゃったのかな?」
巻き込まれの『俺』の想いの詰まった本を抱き締め、星はゆるゆるとため息を洩らす。
一文字一文字に込められた想いを噛み締めるように、星は目を閉じてクッションに沈み込んだ。
沈んだ星を慰めるようと、ラビはふかふかの全身を使って星に甘え、温もりを分けていく。
「ありがと、ラビ……」
私はいつか言えるかな? そう半分眠りながら呟いた星に、ラビは目を細めて笑っていた。
まるで、全て知ってるとでも言いたげに。
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