巻き込まれ少女、暗躍す。7,波乱加速中
少しだけ暴力あります。ほんとに、ちょっとだけですが、ご注意ください。
誤字、脱字ありましたら、そっと教えてください。
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7,波乱加速中
正気に戻ったサーシャがまず向かったのは、受付のある玄関だ。
そこには、受付の男性が常駐し、不審者の侵入を許さず、出て行く人間も見張っている筈だ。
「っはぁ……、誰か、出て行った人は……!?」
受付に駆け寄り、肩で息をしながら、視線を上げる間すらもどかしく問い掛けるサーシャ。しかし、応えはなく、床を見ていた視線を慌てて上げる。
「……何で眠ってるんですか?」
そこには、器用にカウンターに突っ伏して眠る受付男性の姿が……。
職務に忠実な受付が居眠りなど今まで一度もなく、何よりサーシャが出した大声に、ピクリともしていないのは有り得ないだろう。
「起きてください!」
サーシャが叫ぼうが、ラビが蹴ろうが、受付が目覚める気配はない。
「……薬か、魔術? 絶対、計画犯じゃないですか!?」
サーシャは、ドレスの裾も気にせず、ダンッと床を踏み鳴らし、もう一度駆け出す。
迅速な追跡を妨害された今、待機させているアウラや他の娼婦達と連携し、速やかに星を連れ去った相手を見つけ出すしかない。
行儀作法もへったくれもなく廊下を爆走するサーシャ。ドレスが捲れ、生足が見えようが気にも留めていない。
そのサーシャの足元を駆けるのは、茶色い弾丸と化したラビ。
「ラビちゃん? サーシャ? どうしたの?」
そんな切羽詰まったラビとサーシャへ、すれ違い様に不思議そうな問い掛けをするのは、軽食を乗せたお盆を持ったアンナだ。
それもその筈で。ジュラルドの相手をしていたアンナにだけは、まだ星が消えた事は伝わっていなかった。
なので、アンナはおっとりと微笑みながら、急ブレーキをかけて止まった一人と一匹に、小首を傾げている。
そんなアンナの様子に、八つ当たり気味に床を踏み鳴らすサーシャとラビだったが、ハッとした表情で顔を見合わせると、掴みかからんばかりの勢いでアンナへ詰め寄った。
「アンナ、ジュラルド様は、まだ部屋にいるんですか!?」
「え、ええ、いらっしゃる筈よ? 今、軽食をお持ちするところだから」
「じゃあ、もしかしたら、いないって可能性もありますよね?」
「あたくしがいない間に抜け出した可能性は、ありますわ。……何かありましたの?」
真っ青な顔で詰め寄ってくるサーシャに、怪訝そうだったアンナの表情が、不安そうな問い掛けと共に、徐々に強張っていく。
「あの子がいなくなったんです! 使っていない部屋に、待たせてて、今行ったら、髪飾りが落ちてて、何処にもいなくて……」
答える内に堪えきれなくなったのか、サーシャの声は震えて、弱々しくなっていく。
「そんな……」
こちらも力無く呟くアンナの手から、スルリとお盆が落ち、ガシャン! と派手な音を立てるが、気にされる事はなく……。
そこへ――。
「ねぇ、いなくなった子って、もしかして、僕が間違えて声かけた子かな?」
まるで見計らったように、半裸のジュラルドが現れ、笑顔で訊ねてくるが、その目は全く笑っていない。
実際、サーシャとアンナが話していたのは、ジュラルドが待つ部屋の近くだった為、ジュラルドは出るタイミングを選んだのだろう。
二人が言い逃れの出来ないタイミングを。
「……お客様には、関係がありませんわ」
「そうですよぉ、お部屋でお休みしててください」
アンナはおっとりと微笑みながら、サーシャは馬鹿っぽく語尾を緩くしながら、それぞれジュラルドを牽制するが……。
「人手は多い方がいいよね? それに、僕も容疑者だったみたいだし、嫌疑は晴らしときたいからね」
ジュラルドは全く意に介せず、ニコニコと笑って二人の鋭い眼差しを流す。
「……僕があの子を心配しちゃいけないのかな?」
そして、フッと笑顔消して真面目な表情をしたジュラルドは、真摯な響きを滲ませる呟きを溢す。
その姿には計算は見えず、顔を見合わせたサーシャとアンナは、大きく頷き交わす。
「この事は、他言無用でお願いしますわ」
「荒事になるかも知れませんから、期待してます」
ジュラルドを利用する事に決めた二人は、そう言うとジュラルドを連れて、アウラと他の娼婦達が待つ部屋へと急ぐ。
その途中、物置部屋の前を通った時だった。
部屋の中から、ガタガタと大きな物音がし、くぐもった声が通り過ぎようとした三人の足を止める。
「まさか?」
「灯台もと暗し、ですか?」
「っ、とりあえず、開けるよ!」
呟き固まるアンナ。同じく、うそ、と呟いて動けないサーシャ。
一番素早く反応したジュラルドは、ガゴッと嫌な音をさせ、力任せに鍵がかかっていたドアを壊し開け、中へと飛び込む。
そこにいたのは……。
「……雑用係の子だよね?」
中を確認して、明らかに、宛が外れたと言わんばかりの、残念そうな表情をしたジュラルドが問う。
問われた相手――縄で縛り上げられ、猿ぐつわをされた状態で、床に転がされた雑用係の少年は、コクコクと頷き、何かを必死に訴えている。
人間達が動く前に、誰よりも早く動いたラビは、少年に飛びついて、器用にカリカリと猿ぐつわをかじって、あっという間に外してしまう。
ぷはっ、と大きく息を吐いた少年は、自由な頭だけを浮かせ、
「せ……あ、あの子が、あのお客様に、連れていかれました! ぼく、止めたんですが、頭殴られて、気付いたらここに……! たすけ、られなくて、ごめんなさい……」
星の名を呼びかけるが、ジュラルドに気付いて、最後の理性で呼び方を変えた少年だったが、喋る内に悔しさが込み上げたのか、その顔がくしゃりと歪み、涙が頬を伝う。
「あなたは十分頑張ったわ!」
「犯人を教えてくれただけで、十分です。あなたが体を張ってくれたんです。必ずあの子は助けます!」
少年の縄をラビと一緒にほどきながら、サーシャとアンナはそう少年を励ましている。
「ねぇ、のんびりしてられないからね? その客って、何処の誰だかわかってるんでしょ?」
言外にぶち殺してやる、と匂わせながら、ジュラルドは相変わらず人懐こい笑みで、そう宣う。
「え、ええ、ずっとあの子にご執心で……」
「色々証拠を集めて、近日中に出禁にする予定でした」
ジュラルドから感じる怖気に、アンナとサーシャは小さく震えながらも、口々にそう答え、最後は少年が告げる。
「お名前は、ドルフィ・シギン様です」
相手にとって、死亡宣告となりそうな、一言を……。
一方、アウラを含め、緊急連絡を受けた娼婦達は、娼館の一室に集まり、サーシャが戻るのを待っていた。
そこへ、雑用係の少年とジュラルドを連れて、サーシャとアンナが戻って来る。
「……どうして、ジュラルド様がいるのかしら?」
アウラはジュラルドを睨み、チラリとサーシャへ視線を投げて尖った声音で問う。
「ごめんなさい、バレましたわ」
「ジュラルド様が容疑者でない事はハッキリしたので、協力をお願いしました」
おっとりとアンナ。ハキハキとサーシャが答え、アウラが何かを言う前に、雑用係の少年を前へと押し出す。
「あ、あの、出禁にする予定のお客様が、あの子を連れ去ったんです! ぼく、殴られて気絶しちゃってて……」
「出禁予定……ああ、あのゲス男ね。あの子を娼婦だと勝手に思い込んでやって来て、こちらの言葉も聞かず追い回し、部屋へ連れ込もうとしてみたり、触ったり、やりたい放題してくれていたけど、ついにやってくれたわ」
目を細め、ニッコリと艶やかな微笑みを浮かべたアウラは、立て板に水な喋りを披露し、あのジュラルドまでをも固まらせる。
「アウラお姐様、早くあの子を助けに行きましょう!」
「手遅れになったら、大変ですわ!」
サーシャとアンナは固まる事無く、揃ってアウラへ詰め寄る。
「……あたしも、すぐにでも、乗り込みたいところだけど、腐っても貴族様なの。強行突破は難しいわ」
冷静を装い、アウラは詰め寄る二人をあしらうが、その手は色が変わる程キツく握られ、小さく震えている。
「そんな……っ、今この時だって、あの子は……っ!」
「あたしも、すぐにでも、助けに行きたいわ! ――ノウル様が、いてくださったら……」
綺麗に整えられた髪を、ガシガシと掻き乱し、一瞬声を荒げたアウラは、力無く呟き足し、夕闇に染まっていく窓の外を見やる。
サーシャとアンナを始めとする娼婦達も、不安げな表情を隠さず、身を寄せ合っている。中には、堪えきれず、雑用係の少年と一緒になって泣いている娼婦もいた。
「何をごちゃごちゃ言ってるの? 相手は貴族なんだよね?」
そんな葬式めいた空気を切り裂くのは、先程まで固まっていたジュラルドの苛立たしさを含んだ鋭い声。
「――放蕩息子の権力、舐めないで欲しいな」
自嘲するような言葉を吐き捨てながら、ジュラルドは瞳を細めて冷たく美しく笑った。
ここに星がいたなら、こう感想を抱くだろう。
ユナ様に似ている、と……。
とりあえず、星を拐った貴族には、完全なる破滅のフラグが立ったようだ。
「ん……っ」
夕闇に染まる部屋の中、ベッドの上で目を覚まそうとしているのは、黒髪の小柄な少女――拐われた星だった。
「あ、れ? 私、寝てた?」
ゆっくりと目を開けた星は、不思議そうに呟き、ベッドの上で体を起こす。
途端に、シャラリ、と耳障りな金属が擦れる音。腹部の鈍い痛み。
「……っ!? そうだ、私、あのお客様に……」
思い出した記憶に、星は顔色を変えて辺りを見回し、最後に重さを感じる足へとおずおずと視線を向ける。
見回した部屋に見覚えはなく、窓の外の風景は、部屋が二階以上の高さである事を示している。
そして、動く度に金属が擦れる音をさせる足には、太い足枷が嵌められ、そこから長い鎖が伸びている。ちょうど、部屋の中を自由に動き回れる、それぐらい長い鎖が。
「……まだ、何もされてないみたいだけど」
殴られたせいで痛む腹部を擦りながら、星は表情を変えずに、不安を隠さず呟く。
「逃げなきゃ……」
そう震える声で呟き、星は足枷を外そうと鎖を引くが、ビクともしない。
それでも諦めず、星が鎖と格闘していると、ガチャリと鍵が回る音がし、ゆっくりとドアが開かれる。
そこから現れたのは、
金髪碧眼の男。年齢は中年に近く、いかにも金持ちな服装。以前、パレードを見に行こうとした星が、人混みに酔った時に、屋敷へ連れ込もうとした、あの男だった。
男――ドルフィ・シギンは、星が目を覚ましている事に気づくと、場違いな優しい笑顔を浮かべる。
「目が覚めたんだね。良かった」
「……何で、ですか?」
「何で? 私は君を助ける為に頑張ったんだよ? あの娼婦から、君を助ける為に!」
怯えた様子の星を気に止めず、ドルフィは熱っぽい口調で、自信満々に声を張り上げる。
「私は、助けなんか、求めてません」
「大丈夫、怯えなくて良いんだよ。私が守ってあげるから」
弱々しく首を振る星を気にする事無く、部屋へ入って来たドルフィは、星のいるベッドへ近寄って来る。
「君を奪われない為、特注で用意したんだよ」
怯えてベッドの上を後ずさる星の足を掴んで捕らえ、ドルフィは足枷が嵌められた細い足首を撫で回す。
「……君が目を覚ますのを待っていたんだ。意識がない相手へ手を出す趣味はないからね」
星の足を撫で回しながら、ドルフィは上機嫌な様子で星の耳元で囁く。
「初めての君の為に、色々用意したんだよ?」
そう言うドルフィの視線の先には、ベッドサイドにある煙がたなびく香炉。
「……いや、です、触らないで」
弱々しく、だがはっきりと星はドルフィを拒絶するが、ドルフィは全く気にした様子はない。まるで、子猫がじゃれるのを見るような、そんな眼差しで星を見ている。
ドルフィの様子に、言葉での抵抗を諦めた星は、スッと息を吸い込み、おずおずと自らを押し倒そうとしてくるドルフィの体に触れる。
「『痺れろ』!」
「ぐ、ぁ……っ!?」
星の言葉の直後、ドルフィは呻いて体を跳ねさせ、星の上から体を退かせる。
星が用いたのは、レノーラ直伝、痴漢撃退用の魔術だ。ちょっと強めな静電気で相手を痺れさせ、その間に逃げる為の魔術。
もちろん魔術を成功させた星は、逃げ出そうと震える足を何とか動かし、ドアへと駆け出す。
焦る星は、忘れていた。
自らの足に嵌められた足枷の存在を。
「うわ……っ!」
相変わらず女の子らしくない悲鳴を上げた星は、ベッドから数歩離れた場所で、何かに足を引っ張られ、思い切り転んでしまう。
痛む手足を無視し、星は再び走ろうとするが、すでに手遅れだった。
「逃げるなんて、悪い子だ」
ドルフィは足枷へ繋がる鎖を踏みつけながら、星の手首を捕らえ、そう気持ち悪いぐらい甘い声で囁き、星を再びベッドへ連れ戻す。
先程、星が転んでしまったのは、復活したドルフィが鎖を踏みつけたせいだ。
「うちに、帰して……」
「……本当に悪い子だ。お仕置きをしないとね」
星の懇願に、ドルフィは目を細めて囁くと、星の胸ぐらを掴み、大きく腕を振り上げる。
乾いた音が、夕闇に呑み込まれる部屋へと響き、余韻無く、夕闇へ消えていった。
まだまだ波乱継続中。




