巻き込まれ少女の異世界生活 序
分割しました。
何かおかしいところ見つけたら、教えて頂けると助かります。
序章,一寸先は…
一寸先は闇。
昔の人は良い言葉を作ったものだと思いながら、柊星は、自分達を囲むきらきら集団を窺う。
隣には、同じように地面に座り込んだ、清楚な美少女がいる。
怯えながらも、ロックオンとばかりにきらきら集団から目を離さない様子に、星は小さくため息を吐く。
(今日、図書館行くはずだったのに……)
今頃は、大好きな本に囲まれている予定だった。
それが……。
「あら、おはよう、柊さん?」
学校一の美少女ー高坂詩織と、道で擦れ違い、
「……おはよう、ございます?」
嫌々ながら、挨拶を交わした瞬間、足下がぐにゃりと歪んだ気がし、星は小首を傾げて地面を見下ろした。
そして、そのまま意識を失い、気付いた時には、きらきら集団に囲まれていた。
彼らを見ないように星が俯いていると、耳慣れない言語が聞こえ、そちらをチラリと見やる。
『二人いるが、どちらだ?』
星が、何語?と悩む間もなく、キィンと耳鳴りがし、入ってくる会話は耳慣れた日本語に変わる。
「あの、あなたたちは、誰、ですか?」
星の訊きたかった事を、詩織が訊ねてくれたので、星は無言で俯き続ける。
その態度に、きらきら集団は、星は言葉がわからない、と決めつけたようだ。
さ迷っていた複数の視線は、全て詩織に向かう。
「貴女は我々の言葉がわかるようだな」
「はい、あなたたちは、外国の方、ですか?」
頷く詩織の横で、日本語お上手ですねー、と俯いた星が、一人心中で突っ込む。
そう突っ込みたくなる程、二人を囲んだきらきら集団は欧米系の顔立ちで明るい髪色が多く、どう見ても日本人には見えなかった。
星の俯きがちの観察に気づくことなく、きらきら集団は、詩織に答えに軽くどよめく。
「やったぞ!」
「成功したんだ!」
「『世界の愛し子』が降臨された!」
彼らの勢いに、詩織は怯えた様子で体を退く。短いスカートから覗く細く白い足。一般的な男性なら庇護欲を感じる姿に、集団から一人の男が歩み出て、詩織を優しく立ち上がらせる。
「驚かせて申し訳ない。信じられないだろうが、ここは貴女のいた世界ではない」
「え!?」
男の言葉に驚く詩織の横で、星は、小さく「やっぱり」と呟く。逆に、驚いた詩織に、驚いたぐらいだ。
目の前の、きらきら集団の格好は、何処のハロウィンパーティーですか、と言いたくなるようなものなのだ。ファンタジー小説で見たような神官の格好している者。同じく騎士の制服で帯剣している者。どれも、ファンタジー小説の挿絵で見覚えがあり、明らかにコスプレ用の物より質が良く見える。何より、全員がそんな服を着慣れていた。
詩織に手を貸したのは、その中で明らかに高位な服装の金茶の髪の青年だ。
「この世界はアーキス。そして、ここはマナーシュという名の国だ。我々には、貴女が……『世界の愛し子』が必要で、異世界から召喚という力業を使わせてもらった」
「……そんな、荒唐無稽な話」
信じられない、とよろめいて、青年にすがる美少女。
そんな少女を優しく抱き支える精悍な青年。
物語の一幕のような光景の中、誰も地面に座り込んだままの星を気に留めない。
怯えながらも気丈に振る舞うゆるふわな栗色の髪の美少女――詩織と、俯いたまま動かない、真っ黒な髪を持つ、見た目性別不明な星。
召喚された者と、巻き込まれた者。まさに、対照的な立場が決まった瞬間だった。
「まずは貴女の名前を聞きたい」
「……私は、詩織。高坂詩織と申します」
口説くように顎を軽く持ち上げながら囁く青年に、詩織は頬を染め、淑やかに返す。
「シオリ、か。『世界の愛し子』に相応しい、綺麗な響きだ」
青年のあからさまな世辞に、他の面々が追従して大きく頷く。
満更でもない様子の詩織を見つめながら、青年は横目で座り込んだままの星を見やる。「あれは、貴女の知り合いか?」
「……いいえ、見ず知らずの方です」
詩織はチラリと星を見るが、すぐに緩く首を振る。
星は、髪の間から詩織を窺っていたが、その言葉に小さく目を見張る。
好意的に見れば、詩織は星を巻き込まないようにしてくれたように感じるが……。
「……笑ってた」
それも、選ばれたという優越感に満ちた微笑だ。
撤収準備をしているきらきら集団は気づかなかったが、詩織を観察していた星だから気付けた微笑。
星は、地面に視線を落とし、思考を巡らす。
まず思うのは、この世界に本があるのか、だ。
それから、やっと、この森からどのように抜ければ良いのか、食べ物は? など、生き残る術を考え出す。
さらに、その後に、帰れるのか? という今更な疑問に至る。
訊こうかと顔を上げるが、その時には、星を放置する事が決定していたらしい。 すでに人影はなく、星はため息を吐いて、ゆっくりと立ち上がる。
とりあえず、ズボンに付いた土を落としていると、何かが近づいてくる気配がし、そちらに視線を向ける。
「……蹄の音?」
星が呟いた通り、木々の間から現れたのは、先程の集団で一番年若い赤毛の騎士を乗せた馬だった。
騎士は、星の傍で馬を止めると、馬上から小さな袋を星の前にそっと投げ落とした。
その意味不明な行動に、星は無言で小首を傾げ、体を退きながら、騎士を窺う。
その様子に、騎士は困ったように笑うと、袋を指差し、口を開いた。
「えぇと、少ないですが、食料が入ってます。水筒も入ってるので、泉の水を汲んで下さい。あと、こちらの方向に行けば、街道に出られると思いますから」
身振りつきの騎士の言葉は、心から星を心配しているのように響き、星は小首を傾げたまま、さらに不思議そうに騎士を窺う。
「あー、言葉わかんないですよね。それ、食べ物、あっち、安全」
星の態度を、言葉が通じないせいと勘違いした騎士は、さらに身振りを大きくし、星に伝えようと必死になる。
裏を感じさせない騎士に、星は小さく笑うと、コクリと頷いて見せ、袋をしっかりと抱え込む。
「よかったぁ、何とか通じて……。あなたに、世界の加護があらんことを」
星の笑顔に安堵の息を吐き、騎士は小さく祈りの言葉を口にし、笑顔を返す。
星は、その後、名残惜しそうに何度も振り返りながら去って行く騎士に、小さく手を振る。
「……ありがとう、優しい騎士さん」
届くと良いなぁ、と星は木々の間に見える、小さくなっていく背中へ囁き、騎士が示した方向へと歩き出す。
巻き込んだ相手を放置する非道な集団だが、あの騎士だけは心から星を心配してくれた。
その気持ちに後押しされるように、星の足取りに迷いはないが……、
「合ってる、のかな……」
迷いはなかったが、道にはバッチリ迷っていた。
●
風に乗って聞こえた星の声に、騎士は弾かれたように馬と一緒になって大きく振り返るが、そこには、もう誰の姿もない。『ありがとう、優しい騎士さん』
何の気負いもない、胸を擽るような柔らかい声を思い出し、騎士は自らの胸をギュッと押さえる。
「ありがとう……なんて、おれは、あれぐらいしか、出来ないのに」
自分がもっと力ある騎士なら、あの子も一緒に連れて来れた。誰にも、文句を言わせず、屋敷に住まわせ、一緒に暮らせた。言葉なんて通じなくても、あの笑顔を見せてくれるなら……。
「……また、会えるかな」
無事に街道へ出たなら、誰かに保護されるだろう。きっと、言葉が通じない人間が保護された、と報告が来る。そうしたら、会いに行こう。 いっそ清々しい前向き思考で再会の計画を練ると、宥めるように名残惜しそうな愛馬の首を数度叩く。
「お前もあの子が気に入ったんだな」
馬はブルル……ッと、首を大きく縦に振り、主人の指示に従い、ゆっくりと渋々といった様子で歩き出す。
あまりにも遅い歩みに騎士が苦笑していると、
「アラン! 遅いぞ!」
「あぁ、悪い。迎えに来てくれたんだな」
待ちくたびれて現れた同僚に、騎士――アランは、片手を上げて応え、謝罪を示す。
「……ったく、だいぶ離されたぞ」
「わかってる、行こう」
毒づく同僚に、アランはニッと快活に笑いかけ、馬の腹を軽く蹴って合図を出す。
今度は仲間がいるためか、素直に駆け出した愛馬に、アランは同僚に気付かれないよう苦笑いしながらも、同僚と並んで馬車を追う。
「そういえば……言葉……」
鮮やかな赤毛を揺らし、一心に馬を駆けさせるアランだったが、今さらな疑問に、意図せず言葉が洩れた。
その独り言は、風と蹄の音に掻き消され、呟いた本人にすら届かない。
深く悩む事が苦手なアランは、すぐに思考を切り替え、前を見据える。
その視線の先には、先を行った豪奢な馬車が小さく映る。
召喚された『世界の愛し子』の護衛。
あそこに待つのは、つい先程まで、心を躍らせた任務。
『世界の愛し子』の騎士になるのは、アランの幼い頃からの夢だった。 叶った筈の夢は、何故か先程までのように、アランの心を躍らせてくれなかった。
アランの心を占めるのは、巻き込まれただけの、不運な、名前も知らない『あの子』の姿。
「きっと、また会える……」
何処か熱を帯びたアランの囁きを聞いたのは、応えるように嘶いた愛馬だけだった。