白籠の
Twitterで不定期に開催される創作企画『空想の街』(Wiki→http://www4.atwiki.jp/fancytwon)に投下した話を、加筆、修正したものです。
また、今回は特別に許可を頂きhiromaru712さんの『ネームハンター』のアズサちゃんをお借りしています。
空想の街のまとめはこちら。
http://togetter.com/li/290680
ネームハンターはこちら。
http://ncode.syosetu.com/n5371ce/
「私の鳥を、捕まえてきて欲しいのです」
上品なドレスと同じ生成りの鳥籠を揺らしながら彼女は私に訴えた。
落ち着いた、けれど切実な声色だった。
「既に小鳥がいなくなってから6時間19分31秒がたっている」
時計頭さんはポケットから出した懐中時計を確認しながら言った。
「引き受けるなら早して頂きたい」
「そんな言い方はよしたまえ。時計卿」
街灯のガスランプさんが私をかばう。
「しかし悠長にもしてられん。……白籠」
時計頭さんが鳥籠の彼女に声をかける。
すると彼女はそっとドレスの裾をめくった。
こ、これは……!!
彼女の足は先端からうっすらと透けて、まるで硝子細工のようになっていた。
……私の弟と同じ……
昔、私の弟も名前が剥がれて体の一部がこんな風になった。
ただ、弟はその状態になった時意識もなくなっていたのだけれど。
「今ここにいる私は単なる鳥籠なのです。あなたがた一般頭の方には解りにくいかも知れませんが、あの鳥が私であり、あの鳥の名前こそ私の名前。お願いでございます。どうか逃げた私自身を、見つけ出して連れ帰ってくださいませ」
私の名前は橘梓。
この街じゃちょっとは知られた名前捜索事務所の主任捜査員。
名前捜索とは何かって?
お答えしましょう!
いつからか、この街では人や物の名前が逃げて勝手に動きまわるようになってしまった。
名前がなくなると、この世との因果が薄れてやがて消えてしまう。
それを助けてくれるのが私と、我らが探偵長『七篠権兵衛』ってわけ!!
そんなナイスエキサイティングでクールな事務所に舞い込んだ、一本の電話。
探偵長は先日の事件で負傷中。
ネモさんは……プッ……ククッ……こど……い、いや、やむを得ず仮の姿のまま。
ここは私がやるっきゃない!!
見ててください探偵長!!愛しいあなたの為、この不肖アズサ役に立ってみせます!!
さあ!今日もカラフルでラブリーな一日がラテンのリズムで私を迎えに来たわ!!
りりりりり。りりりりり。
静かな事務所に鳴り響く電話の音。
ちょっとレトロなその響きを止めようとして、私は探偵長に待ったをかけられた。
「待てアズサ、出るな」
?? なんでですか探偵長。
そこにどっしりがっつり溜まっている支払い請求書の束を半分に減らせるような依頼かもしれないですよ?
「ならわかるだろう。……電話も今、止められている。払ってないからな」
あっ!じゃあこれは一体……?
「にゃー」
ソファーで丸くなっていたネモさんもむくりと立ち上がる。
りりりりり。りりりりり。……プツ。
えっ?!受話器取ってないのに繋がった?!
「……」
探偵長とネモさんはじっと電話を睨みつけたまま。
『ハロゥ』
電話から聞こえてきたのは、よく澄んだ、ウグイス嬢のような声だった。
『ハロゥハロゥ、ネームハンター。お久しぶりです』
……この電話ってスピーカー機能ついてたっけ……?
『少々困ったことが起きました。至急『喫茶馬頭琴』までお越しください』
喫茶馬頭琴……?
『なお、この電話はワタクシ『電話の嬢』がお繋ぎいたしました。……電話代のお支払いは計画的に』
チン……
そこで一方的な通話は切れた。
「異型頭の連中か」
異型頭?ってなんです?
「人間の体に、別の頭がくっついてる奴らがいるだろ。そいつらの総称だ」
あっ、頭だけノコギリやジャックナイフだったりする人たちですね!
「……そんな物騒な頭の奴と知り合いなのか、アズサ」
喫茶馬頭琴っていうのは?
「主に異型頭の集まる喫茶店だ。おそらく仲間に何かあったんだろう。無理やり電話をつないでくる程度にはな」
そう言って探偵長は立ち上がろうとする。
あっ ダメですよ!まだ傷口が塞がりきってないんですから!
「そうも言ってられないだろ。……ネモ」
「にゃー」
「おいおい勘弁してくれ」
「にゃー」
「ワガママ言うな」
……どうやらネモさんは乗り気じゃない様子。仕方ないか、今のネモさんは魔力が落ちてる。
……そうとなれば!
探偵長!私に任せてください!
「……はっ?」
探偵長が負傷中、ネモさんも魔力低下中の今!唯一動ける私、アズサがお二人に変わって事件解決に導きます!!
「……よせアズサ。奴らの依頼が普通の事とは……」
とりあえず喫茶馬頭琴に行けばいいんですね!
「お、おい!」
心配しないでください!立派にしっかり役目を果たしてきます!!
私は事務所を飛び出した。
──アズサが去った事務所内。
「……ネモ」
『嫌よ。異型頭とは会いたくないわ。天使みたいでいけ好かない』
「ネモ」
『……仕方ないわねぇ……』
ソファーの黒猫はストッとそこから降りると、慌てもせずに事務所から出て行った。
喫茶馬頭琴。うん、間違いない。ここだ。
私は西区に来ていた。目の前には『喫茶馬頭琴』の看板。
やっぱり手っ取り早く役所に聞いてよかった。
わたしってば冴えてるぅ!
馬頭琴のある場所はちょっと裏路地に入ったぐらいで、そんなにややこしくはなかった。
ドアの前で深呼吸を一つ。
……よし!
キィ、と控えめな音を立ててドアは開いた。
わ……!
思わず声が出た。
店内はシックで落ち着いた雰囲気。
けして派手ではないけれど、繊細な彫刻の家具。
そしてチラホラといる異型頭の人々も、それらに調和するようなドレスやスーツの人ばかり。
素敵……中世ヨーロッパにでも迷い込んだみたい……
「いらっしゃいませ」
カウンターのシェイカー頭さんの声で我に返った。
いけないいけない。お仕事だった。
こほん。
……私は名前捜索事務所の橘梓と言います。ご連絡をいただいたので参りました。依頼人はどなたですか?
「おや……」
「七篠様の事務所の方でしたか。まさかこんな可愛らしい方がいらっしゃるとは思いませんでした。こちらへどうぞ」
か、可愛らしい……またまた、お上手ですね。
「私達はおべっかなどは言いませんよ。ああ、可愛らしいでは失礼でしたね。あなたは立派なレディだ」
そ、そーですか?
なんかここまで褒められるとどうしたらいいやらわからない……
「皆様、名前捜索事務所の方をお連れしました」
通された部屋にいたのは異型頭さん数人。
ヒョロリとノッポの街灯頭さん。
鈍く光る金の時計頭さん。
書生スタイルの金魚鉢頭さん。
そして紅一点、鳥籠頭の女性が頭を下げた。
「お待ちしておりました」
依頼人というのは……
「ええ、私です」
空っぽの鳥籠を傾げてその人は挨拶をした。
「私は白籠」
「私の鳥を、捕まえてきて欲しいのです」
上品なドレスと同じ生成りの鳥籠を揺らしながら彼女は私に訴えた。
落ち着いた、けれど切実な声色だった。
「私の鳥籠にいた、あの鳥を」
「既に小鳥がいなくなってから6時間19分31秒がたっている」
時計頭さんはポケットから出した懐中時計を確認しながら言った。
「引き受けるなら早して頂きたい」
「そんな言い方はよしたまえ。時計卿」
街灯のガスランプさんが私をかばう。
「しかし悠長にもしてられん。……白籠」
時計頭さんが鳥籠の彼女に声をかける。
すると彼女はそっとドレスの裾をめくった。
こ、これは……!!
彼女の足は先端からうっすらと透けて、まるで硝子細工のようになっていた。
……私の弟と同じ……
昔、私の弟も名前が剥がれて体の一部がこんな風になった。
ただ、弟はその状態になった時意識もなくなっていたのだけれど。
「今ここにいる私は単なる鳥籠なのです。あなたがた一般頭の方には解りにくいかも知れませんが、あの鳥が私であり、あの鳥の名前こそ私の名前。お願いでございます。どうか逃げた私自身を、見つけ出して連れ帰ってくださいませ」
……わかりました!任せてください!
大戦艦に乗ったつもりでどーんと!
「私が同行しましょう。君より高い所に手が届く」
ガスランプさんが名乗り出た。
「小生も行きたくはあるが……」
金魚鉢頭さんが頬?を指で掻きながらいう。
「小生は派手な動きが苦手でしてな。おまけに中の金魚殿は鳥が……決して好きではない」
大丈夫です。お心遣いだけ頂いておきます。
こうして私とガスランプさんとの小鳥探しはスタートした。
「先程の無礼、許してください」
店を出て少し経つと唐突にガスランプさんが謝ってきた。
えっ?なに?謝られるようなことありましたっけ?
「時計卿の事です。……彼は白籠の事となると我を忘れてしまう」
あ、大丈夫です。全然全く気にしてません。
「ならばよかった」
ガスランプさんの顔がぼんやりと光った。安心したって事かしら。
それにしても、時計卿はよっぽど白籠さんが大事なんですね。
「そうですね。彼にとって白籠は娘のようなものですから。我々に血のつながりはありませんが……」
ふーん……
そういえば、白籠さんの小鳥ってどんな鳥なんですか?色とか、種類とか。
探してくれと頼まれたものの、全然特徴を聞いてなかった。
「……それが」
ガスランプさんの明かりが心なしかどんよりとした色に。はて?
「……定まらないのです」
………………えっ?
それはどういう……
「白籠の話でもあったように……あの小鳥は彼女そのもの。言うなれば彼女の心でもある。あなた方が毎日気分が変わるように、かの鳥もまた、毎日すがたかたちを変えるのです」
なるほど……でもじゃあ、どうやって探したら……
「……白籠がよく歌っていた歌があります。小鳥は彼女が歌うとよく真似をして囀りました。ですから……」
そっか!私達が歌えばもしかして……
「はい。つられて歌い出すのではないかと……」
で、その曲ってどんなのですか?
ガスランプさんはラララ、と歌い上げる。テノールの歌声は心地いい。
…………あれ?
「どうかしましたか?」
これって、確か歌詞がありましたよね?
「そうなんですか?白籠はいつもこうして旋律だけで、歌詞付きで歌っていたことはないのです」
うーんそっか……私もしっかり覚えてないぐらいかなりすごく古い曲なので、仕方ないかもしれないですね。
「そうですか」
それから私達は小鳥が逃げたという方角に向かって、時折呼びかけるように歌いながら探した。
「……これは」
ガスランプさんが困ったような声を出す。
ああ……そうよね、鳥だもん……
私も思わず呟いた。
二人でぼんやりと見上げた先にあったのは、森。
やっと歌に反応する鳥の声を見つけたと思ったら、森の入り口についてしまったのだ。
ちちちち、ピピピピピ。
その歌は確かにこの奥から聞こえる。
……行くしかないですね。
「ええ。行きましょう」
あー、こうなるなら網でも持ってくればよかった!
私は背中にしょったリュックをチラリと見る。
この中には乙女のひみつ道具……もとい、名前捕獲用の道具が入ってる。
……とは言っても、ネモさんみたいな特殊な銃が入ってるわけじゃないけど。
念の為家からかき集めてきた『使えそうなもの』だ。……でも今回は出番なさそう。
「この時期は森が深いですね。気を付けたほうがいいでしょう」
そう言ってガスランプさんが手を差し伸べてくる。
……? えっと?
「つまづいて怪我でもしたら大変ですから。お手をどうぞ」
えっ?!いや、大丈夫です!そんな……
「荷物も重そうですし。それに、こういう時に何もしないなんて男が廃ります」
……そ、それじゃあ……
私はそっとガスランプさんの手をとった。
異型頭の人たちって、みんなこんな感じなのかな……?
私は喫茶店にいたシェイカー頭さんを思い出す。
彼もとても紳士的で、私を一人の立派な女性として扱った。
それが恥ずかしくて……ちょっと、嬉しい。
ガスランプさんのエスコートで、私は森の奥へと進んでいく。
ちちちちち……
声はすれども姿は見えず。
うーん、どうやって捕まえたらいいかなぁ。
「こんな時に風見鶏がいれば頼りになるのですが……」
風見鶏……というとやっぱり……
「ええ、頭が風見鶏の、私達の仲間です。風変わりなやつでして。風の向くまま気の向くまま、旅を続けているのです」
鳥を捕まえるの上手なんですか?
「おそらく。彼の武勇伝は必見ですよ。白籠もいつも楽しみにしています」
へぇ……ちょっと興味出てきた。
「いつもなら氷涼祭の頃に帰ってくるのですが……今年はまだ姿を見せてませんね」
何かあったんでしょうか?
「わかりません。とにかく気まぐれですから」
ラララララ。
ピピピピピ。
小鳥を探す最中、ガスランプさんはぽつぽつと話をしてくれた。
馬頭琴は夜はバーになること。白籠さんはああ見えて意外とお転婆なこと。喫茶店にいた金魚鉢さんは実は作家で、しょっちゅう担当者から逃げまわっていること。
そういえば……白籠さんは『鳥の名前が本当の名前』って言ってましたけど、白籠というのが本名ではないんですか?
「ああ……私達の名前は一般頭の方々には発音出来ない事が多いのです。だから見たままの姿で呼んでいることが殆どです」
じゃああなたも……
「ええ。でもガスランプで構いませんよ」
彼の明かりがほんのり優しく光った。人で言えば微笑んでくれた……のかな?
ピピピピピ。
あっ!ガスランプさんあそこ!
鳥が!あそこに!あれが探してる白籠さんの鳥ですよね?
「ああ、間違いない!」
ピピピピピ。
あっ逃げた!待って!
「!! アズサさん!」
えっ?
ガラガラガラッ
きゃあっ!
……
…………
……? ……死んで……ない?
小鳥を捕まえるのに夢中なって崖から足を踏み外した私。
けれどどこも痛くない……
「……おやぁ」
妙に間延びした声がすぐ近くから聞こえた。
恐る恐る顔を上げるとそこには……
「前々から不思議なことが起こる街だったけど」
くるくる回るハネ。
「女の子まで降ってくるようになったのかぁ」
鳥をかたどった金属板。
「まだまだ驚く事がいっぱいあるなぁ」
どっからどう見ても正真正銘間違いなく、風見鶏。
……の、頭をした男性に抱えられていた。
「風見鶏!」
ガスランプさんが上から叫ぶ。
えっ この人がさっき話してた……?
「ああ、ガスランプ?どうした?」
まるで何事もなかったかのように風見鶏さんが返事を返す。
「アズサさん!無事ですか?」
あっ、完全無欠に平気です!
あの、助けてくださってありがとうございます。
「いやぁ、咄嗟にキャッチしただけだからお礼なんていいよ」
イヤにのんびりした口調で話す風見鶏さん。
風変わりってこういう……?
その時。
──ピピピピピ……
あっ、小鳥が……
あんなに追いかけていた鳥が、風見鶏さんの肩にとまった。
「風見鶏!」
別の場所からガスランプさんが降りてきた。
「帰ってきてたのか」
「あーうん、いつもよりちょっと回り道してたもんで、遅くなった」
「連絡をくれればいいものを」
「いつも行き違いになるからさぁ」
……あのー……
「うん?」
そろそろ下ろしてもらえませんか……
「あ、ゴメン」
風見鶏さんはゆっくりと下ろしてくれた。
「アズサさん、お怪我はありませんか」
大丈夫みたいです。ご心配おかけしてすみません。それより……
「ああ、鳥が……」
「ん?鳥?」
風見鶏さんはようやく肩に乗った鳥に気づいたようだ。
……もしかしてこの人スペシャルウルトラ鈍い……?
「この子、白籠の鳥だよねぇ。どうしてここに?」
「逃げてしまったのですよ。私達はその鳥を追いかけてここまで来たのです」
「ふーん……逃げたって、外に出たかったのかなぁ」
「あなたと一緒にしてはいけませんよ」
風見鶏さんが小鳥を撫でる。すると小鳥はあの歌を歌い出した。
ピピピピピ。ちちちちち。ピーピピピ……
……!
思い、出した……!!
夕方、私達は馬頭琴に帰ってきた。
「お帰りなさいませ。おや……」
一人増えた私達にシェイカー頭さんは作業の手を止めた。
「小鳥とともに、風見鶏も捕まえてきました」
ガスランプさんが悪戯っぽく言う。
「おやおや。さぁ、皆さんお待ちですよ」
……そこツッコミは無しなのシェイカー頭さん。
「見つかったのか!」
「風見鶏殿?来ていたのか」
皆口々に声を上げる。
「小鳥は?」
「ここだよ」
風見鶏さんが言う。
あれからずっと鳥は彼の肩にとまっておとなしくしている。
時折彼の羽を突いたり鳴いたりはしても、逃げようとはしなかった。
「おいで」
白籠さんが手を差し出す。
しかし小鳥は応じない。
……やっぱり。連れてくるだけじゃダメなんだ。
私はある仮説を立てていた。白籠さんの鳥が逃げてしまった理由。
……白籠さん。
「はい?」
ガスランプさんから聞きました。白籠さんはある歌をよく歌っていて、この鳥もそれに合わせて歌うと。
実際、その歌を目印に私達はこの子を捕まえてきました。
「はい」
ガスランプさんは旋律しか知らない……とおっしゃってました。でも、この歌には歌詞があります。
……ご存知ですよね?
「……それは」
……これは推測……なんですけど……その歌を歌えば、小鳥は元に戻るんじゃないでしょうか。
「……!」
あくまで推測です。でも……小鳥が逃げてしまった理由は、これしか……
「……」
しばらく白籠さんは黙っていたが、意を決したように顔を上げ歌い始めた。
『愛しい愛しい愛しいあなた……』
『愛しい愛しい愛しいあなた
今日はどこの海の上』
あの森で私は思い出したのだ。この歌が何なのか。
『時折手紙を寄越せども
写真はいつも風景ばかり』
これは昔テレビでやっていた人形劇の歌。
『愛しい愛しい愛しいあなた
今日はどこの山の上』
主人公のお姉さんが、旅商人の恋人を想って夜な夜なこの歌をうたうのだ。
『綺麗な紅葉は寄越せども
届く季節は雪の降る朝』
鳥は自分自身だと、白籠さんは言った。
彼女の心そのものだと、ガスランプさんは言った。
『愛しい愛しい愛しいあなた
今日はどこの空の下』
彼の側から離れない小鳥。
『返す手紙は綴れども
引き出しの奥に貯まるばかり』
小鳥はきっと、風見鶏さんを探すために籠から飛び出したのだ。
『愛しい愛しい愛しいあなた
お側に行くのはダメですか』
そうしてまで、会いたかったのだ。消える危険を犯してでも。
『文字の癖は覚えても
あなたのお声が恋しいのです』
……なら、答えはひとつしかない。
『……私の名前を呼ぶ声が』
「……」
風見鶏さんが白籠さんに近づく。
いくら鈍い彼でも流石に気づいただろう。
彼女の前で膝を折り、手を差しだす。
「────」
彼女を呼ぶ声は聞き取れなかった。
きっと一般頭の私には発音する事も聞くことも出来ない、彼女の本当の名前。
白籠さんが彼の手に自分のそれを重ねる。すると。
……ぽん。ぽぽぽん。ぽぽぽぽぽぽん!
……!
白籠さんの籠の中で、花が咲いた。
ぽぽぽぽぽん。ぽぽぽん。
花の勢いは止まらない。あっという間に鳥籠の中は花で埋め尽くされ、ワイヤーの隙間からも零れ出す。
ぱら。ぱらり。
そしてその花弁がドレスに触れると、ドレスがまたたく間にその色に変わった。
──生成りから、薄紅色のそれに。
ドレスがすっかり染まり上がる頃には、部屋の中は甘い花の香りでいっぱいになった。
溢れだして止まらない、白籠さんの想いの香り────
すべてが終わったあと。
白籠さんは当初より多めに依頼料を払うと言い出した。大したことはしていないと断ったけど、気持ちだからと押され結局受け取ることにした。
……正直、電話代ぐらいは何とかしなきゃだもんね。
私は深呼吸をして事務所のドアの前に立つ。
……よし!
バタン!
探偵長!!只今帰りましたぁ!!
……あれ?探偵長そんなに息を切らしてどうしたんですか?まるで急いで駆け込んだみたい。
「な、何でもねぇ……ちょっと体が鈍ってたからトレーニングしてただけだ」
もう、また無理して。病院にカムバックキャンペーン発令ですよ?
「……それはどこから突っ込めばいいんだ」
「にゃおん」
あっ ネモさんもいたんですね!只今帰りました!
あと探偵長、今回の報酬です!
しっかりきっちり依頼を完了してきました!!
「ああ。良くやったな」
「……俺は人形劇なんて見ないからな。今回はアズサの方が適役だったかもしれねぇ」
えっ?なんか言いました?
「いやなんでもない」
……?
……あっ!探偵長、またポストに手紙が溜まってるじゃないですか!
「どうせ請求書だろう」
そんなこと言って依頼だったらどうするんですか!
そう言いながらポストをあさる。すると、見たことのない綺麗な封筒がひとつ。
ほら!これなんてそれっぽいですよ!
そう言って手渡すと、探偵長はじっくりと注意深くそれを観察してから封を開けた。
……あ、ちょっとかっこいい……
そして中の便箋に目を通すと……
「……」
なんとも言えない顔をして手紙を私に返してきた。
……?
何が書いてあったんだろう?
中を見ると、まるでペン字のお手本のような文字がつらつらと並んでいた。
『Hello,ネームハンター。今回緊急時につき特例で電話をお繋ぎしました。その際、特別料金が発生しましたので請求させていただきます。
電話の嬢』
同封されていた請求書らしき紙を見ると……
……ほとんど今回の報酬金額と同じじゃないですか……
「なに……この街の住民を一人救えたんだ。いいじゃねぇか」
探偵長が空々しく言う。
ふわわわ、とソファーで黒猫姿のネモさんがあくびをした。
数日後。
白籠さんは風見鶏さんと連れ立って旅に出たという。
花でいっぱいになった鳥籠に小鳥は結局戻らず、風見鶏さんのそばでときたま歌っているらしい。
時計卿はしばらく落ち込んでいたようだけど、大丈夫だろうとガスランプさんは言った。
あの甘い香りを漂わせながら楽しげに歩く白籠さんが想像できた。風見鶏さんはすごく鈍いけど、きっと大丈夫…そんな気がした。
『愛しい愛しい愛しいあなた
青く輝く空の下
二人で一緒に手を繋ぎ
どこまでも行きましょう』
『どこまでも行けるでしょう 二人なら』
私の名前は橘梓。
この街じゃちょっとは知られた名前捜索事務所の主任捜査員。
名前捜索とは何かって?
お答えしましょう!
いつからか、この街では人や物の名前が逃げて勝手に動きまわるようになってしまった。
名前がなくなると、この世との因果が薄れてやがて消えてしまう。
それを助けてくれるのが私と、我らが探偵長『七篠権兵衛』ってわけ!!
この街は不思議なところ。名前も心も迷子になる。
だけど大丈夫!私達名前捜索事務所のメンバーが、確実に必ず100%あなたの名前を見つけてみせます!
さあ!今日もカラフルでラブリーな一日がラテンのリズムで私を迎えに来たわ!!