西の祖父
辺境伯は、西辺境の盟主グレーデン伯爵家でしばらく滞在し、その後帰路の途中にあるホーフェン男爵家、つまりオズヴァルトの母元を訪ね、北経路の山道整備、あと西領の自衛兵育成について話し合うようだ。
北の経路が馬車を通そうと思えば恐らく数年はかかる大工事だろう。
オズヴァルトは数年たってもまだ二十代半ば。
その時こそ辺境伯はご令嬢を寄越してくるつもりだ。
オズヴァルトは王家の血にあまり執着がないようだ。けど、王となった今、果たしてそれが通るだろうか。
やり直しの今世で僕が選ぶ全てのことに、どこはかとない神の意思を感じる。
神様が僕に《《王の血を引く最初の息子》》を選ばせたのなら、きっとそこには意味があるはずだ。
だから神様の思召すまま様子見、ってね。
そんなある日の昼下がり…
「神官長、今日もお昼はシャルム子爵と御一緒ですか?」
「ええ。二人でストマッキオンを解くのが楽しみなのですよ」
シャルム子爵とは東からやってきたオズヴァルトのおじいさんだ。
彼はここで顧問として、若い官吏たちの指導をしている人格者だ。
全体的に若者の多いこの神殿部において、経験値の高い(年寄りとも言う)彼と神官長は様々な人から頼りにされている。
神官長は王城にいた頃からストマッキオンを趣味としていた。
四角い木片を十四分割して、さらにそれを組み合わせて様々な形をこしらえる知的な遊び。
あれを理解し楽しめる友人はいつだって貴重だ。
あの初めて西へ向かった道中。
神官長と同室で休んでいたエドはいつも付き合わされていた。
エドはストマッキオンが嫌いではなさそうだが、それでも「少々しつこ、…熱心が過ぎまして…」と、神官長による睡眠の邪魔を迷惑がっていた。
「歳の近い友人が出来て良かったですね」
「いや実に」
王城神殿における神官長の主な仕事とは〝癒し”の管理だったわけだが、成年となったしっかり者の僕に管理など必要ない。
ここでは新たに迎えた若い弟子、つまり修道士、修道女たちへの指導や信仰教育を引き受けている。
また、サンクトリウムにおける神事(礼拝とか洗礼とか)全般の責任者ね。
神官長とシャルム子爵はどちらも若者への教育を担う重要なお役目を担っている。
が、若者とは時に言っても聞かない頑固な面も持ち合わせていたりするものだ。
その苦労なんかも分かち合っているのだろう。
「本日陛下は昼食を執務棟でお召し上がりのようでございますよ。ウルリッヒ様もよろしければあちらでいかがですか?」
執務棟での食事は王の補佐官が集まる堅苦しい場だ。本来ならそれは僕の流儀ではないのだが…
「子爵とはじっくり話したことないし…それもいいかな」
僕はご招待を受けることにした。
目の前に座った老紳士。彼とゾフィーさん、そしてオズヴァルトは共通して茶色の髪を持っている。
けどオズヴァルトの髪色だけが黄みがかったライトブラウンなのは王家のブロンドが混ざったからだろう。
因みに今さらだがアルトゥールは陽に透けると赤みがかって見えるブロンドである。
これは王妃がやや赤っぽい髪をしていたからだろう。
王妃はその赤っぽい髪色を「ローズブロンド」と呼び、いたく気に入っていたと記憶している。どうでもいいけど。
「シャルム子爵はおじいさんだけあって雰囲気が少しオズヴァルトに似ていますね」
「そうですかな?そうであれば光栄なことでございます」
「ゾフィーさんと会えなかった二十年は寂しくなかったですか?」
「大丈夫でございますよ。ホーフェン男爵の人となりは存じておりましたし始終手紙が届きましたから」
「ホーフェン男爵をご存じだったんですか?縁組みはどういった伝手で?東と西の貴族に交流はないと聞いてますけど…」
西と東の社交界はそれぞれ分断している。
それを中和しているのが国中央部の貴族たち。
直接の交流があまりないからこそ、西と東は互いに利害無く不干渉を貫けたのだ。
「いえなに。私はもともと西の出身なのですよ。家はすでに断絶し残っておりませんが」
「え…、へー!」
意外な事実。
シャルム子爵の実家は、ホーフェン男爵領の半分を当時治めていたという。
ビューロウ子爵家。彼の父親はそこの三男だったとか。
彼の父親は若かりし頃から向学心に富み、立身出世を夢みて東へ上京し文法学院、上級学院へとすすんだそうだ。
という事はビューロウ子爵家とはそれほど貧しくはなかったのだろう。
あえて富む、と言わないのは、西の富んだ貴族と東の富んだ貴族では「富む」の次元が違うからだよ。
そうしてそこで前シャルム子爵と知り合い気に入られ、一人娘との縁談がトントン拍子に進んだそうだ。
この国の爵位は男子継承である。
そこでシャルム子爵位は婿入りした当人でなく、孫である彼が受け継いだのだとか。
「ご実家はどうして断絶しちゃったんですか?」
「…ある時何を思ったか父の次兄が神殿に出向きまして。結果病に罹患してしまったのです…」
「あ…」
「不運なことに病は長兄にも襲い掛かり…、禁忌地に足を踏み入れた結果ビューロウ家は父の代で潰えました」
なるほど。
きっとそれはたまたまおきた不幸な出来事だったんだろうけど…
こういうことがあるたびにこの地の人はより一層このサンクトリウムを忌避することになっていったに違いない。
「私の曾祖父にあたる方というわけですね。残念なことです…」
「だからこそ神子様の予防薬を手にしたときは言葉にならぬ感情になりましたな…」
遅くなってゴメン…と言うのも違うけど、何故か罪悪感…
「断絶したビューロウ家はグレーデン伯爵によりホーフェン男爵領に組み込まれました。ですのでゾフィーを王妃エメリン様から逃がすことを思案した際すぐさまお願い申し上げたのです」
「じゃあ…オズヴァルトの西入りもまさに帰還と言っていいわけですね」
「大枠ではそう言っても差し支えないでしょう」
ほら見ろ。やっぱり神の意思じゃないか。




