危機一髪
目の前にはまるで幽霊でも見つけたかのような顔のエマニエル。
けれどその衣類の裾は、僕が投げつけた炎によって着火している。
「エマニエル。早く消さないと焼け焦げちゃうよ」
「ひっ!」
パタパタと服に着いた火を払うエマニエルの背後をとるのは、カエルを捕まえるより簡単だ。
「消火の手伝いしてあげる!」
「あぁっ!」
地下で見つけた一回り大きな革の防具。これを頭から腕ごとずっぽりかぶせれば、ほーら、拘束具の出来上がり。
「な、何をするの!」
「何をするはこっちのセリフだ!ふざけんな!」
話ながら僕は、その辺にあった縄でエマニエルを椅子の背に括り付けていく。
こいつが来たのは予想外だがある意味チャンス。まずは動きを封じないと!
地上の庫内にはごくごく普通の交易品が申し訳程度に保管されている。
「ウルリッヒ!どうやって火を燃やしたんですか!」
「だから神罰だって。その足元で燃えかすになった麻袋が物語ってるでしょ。神は神子への危害を許さない。知ってるでしょ?」
「あ、あんな市井の噂…」
「これでもまだ噂って言いはるんだ?」
僕を監禁なんて百年早いんだよ!
「まさか本当に…」
「神様お怒りだからね。代わって地下に閉じ込められた二人は果たして無事かな?」
ほんとのこと言うと燃えているのは中央で薪を組んだ大きな焚火だ。煙はまるで燻製のようにモウモウとしているが、安心してね、火事じゃない。
けど急がなきゃ煙に巻かれてどのみちアウトだ。
燃やした薪は解体した木箱。(空の木箱を壁にぶん投げたんだよ)
木箱の素材は松や杉。燃えやすく煙の多いこれらは、今日の僕にとってこれ以上なく最適な燃焼材だ。
いやー、さすがの僕も火で丸焼きにされるのはちょっとね。
地獄の業火に焼かれる悪事に心当たりあるっちゃあるけど、命がけの奉仕でチャラになっていると信じたい。
細長い換気用の隙間では息を吸うのが大変だった。
(エエ~ン首が痛いよー)
さて。閉じ込められた護衛二人はどうしてるかな?
さっきから地面で振動がするけど、残念でした。地下扉の鍵は鉄製のつっかい棒だ。
僕は木箱を動かし上階への足場にしていた。つまりね、扉が開いた時僕はすぐそばに待機してたんだよ。手に火のついた麻袋を持ってね。(エエ~ン火傷しちゃったよー)
神殿の夜着は聖なる純白。ウル様は淡い紫の髪に白い肌。白煙に紛れるのにはまさにうってつけ!
「よくもあの厄災を逃れたもんだよ。エマニエルお前どうなってんの?」
「ガラの悪い…、ウルリッヒ、わかってはいましたがそれが本性ですか!」
誰のせいで品性手放したと思ってんだよ!余計なお世話だ!
「悪運強い…。アルトゥールの看病してたんじゃないの?それだけ聞かせてよ」
このままじゃどうしても気になって夜しか眠れない!
「言いなよ。今さら隠したって意味ないじゃん」
「…王弟が…」
「王弟?リュティガー様が何?」
「あの伝染病が流行り出す前におかしな動きをなさっていたから…」
「おかしな動き…」
「ちょうどオットー殿が不在の頃です…。目をかけた下位官吏だけを王弟宮の茶会に呼び出していらした…」
ドッキー!それってあれじゃん。予防薬のお茶振舞い会。
「王妃殿下はそれをとても怪訝にお思いで…僕に探りを入れるよう仰られたのです…」
だからって王妃と懇意で王太子アルトゥールの恋人であるエマニエルが、正面から誰に尋ねたところで警戒されるに決まってる。
だからエマニエルは招待されそうな下位官吏を一人、まずは色仕掛けで篭絡することにした。
色恋に不慣れなその下位官吏は茶会に招待されると、その様子をエマニエルに話して聞かせたという。
「けれどそれはこの国の未来を憂う、ただ自己の啓発を促すだけのもの。王妃殿下の心配は杞憂に終わりました」
リュティガー様は人一倍警戒心の強いお方だ。王妃の耳に入りそうな王城内で、本音を語る事などしないだろう。
「それだけ?」
「その官吏は大変美味しい菓子だと言って王弟宮から隠して持ち出した焼き菓子を一枚僕に差し出しました。あんな菓子一枚で僕の心を掴もうなどとおこがましいにもほどがありますが…、けれどあの焼き菓子や振舞われた茶こそが病を寄せ付けぬ薬だったのですね。王弟宮に呼ばれた官吏は皆助かっているのですから」
下・位・官・吏ー!!!
誰だそいつ!あとで吐かせてやる!
ってことは…神官長が言ってた「エマニエルがふらついてた」ってのはただの看病疲れか…紛らわしい。
「それでアルトゥールを置いて逃げたの」
「くっ…!仕方がなかった…、どうせあれ以上僕には何も出来なかったんだもの!フォルスト候の命が出た以上仕方がなかった!ああアルトゥール!う、うぅ…」
演技じゃない。
独占欲の誰より強いエマニエル。
それは良くも悪くも情が強いと言えるわけで…
エマニエルのアルトゥールに対する愛情はいつだって本物だった。
それでも情に流されて機を逃さないのが、エマニエルのエマニエルたる所以である。
「あの頃フォルスト候は居なかったはずだけど?それに王城には下城禁止令が出てたはずだよね?」
「王妃殿下はもう虫の息でした…。アルトゥールも薬は効かず結果は見えていました。だから侯爵家の家令から連絡が来たのです。息のかかった行商を差し向けるから荷台に紛れて今すぐそこを出ろと…」
腑に落ちない…何故そうまでしてエマニエルを…?あっ!
ピン!
「ははーん。わかった」
「何が?」
「決まってる。混乱に乗じてあるだけの売り物を持って城を出ろ、そう言われたんでしょ?あの時点で王妃の私兵はすでにあの世行き。仕える手駒はエマニエル、お前しか居ない」
「…っ!」
商談には売り手がいれば買い手がいる。まして他国とこれだけの大口取引、商談にはある程度の手付けを受け取るのが普通。となれば何が何でも数を揃えてなきゃならないはずだ。
「急な騒動で王城における交易の先行きは不透明。焦っただろうね侯爵も…。あっ!もしかして…帳簿もかな?」ポン!
「…」ワナワナ…
王が変われば宮廷も代わる。特に今回は多くの大臣が亡くなっている。
新しい王の下で新しく選ばれた、まだ腐敗に染まっていない大臣官吏は様々な帳簿を見直すかもしれない。もしそうなったら一巻の終わりだ。
「ぼ、僕をどうするつもり!こんなことしてフォルスト候が黙ってはいませんよ!」
「やかましい!それはこっちのセリフだ!」
「いやぁ!誰か!誰か助けて!」
ほんと勘弁してほしい…これじゃあ僕が悪役みたいじゃん。
被害者ですからー!
って言ってる場合か!さっさと退散だ!




