小さいアイツとの邂逅
いつからだろう。
……虫への耐性がなくなったのは。
『小さなアイツとの邂逅』
職場の同僚からビーツをもらった。
彼女は小さな家庭菜園で、いろんなものを育てている人だ。ジャガイモ、ブルーベリー、レモンにバターナッツカボチャ、鷹の爪。
思わず笑ってしまう。あんなに小さな空間から、どうしてそんなに採れるのか。豊穣の魔法使いかもしれない。
その彼女がこう言うのだ。
「ビーツいります? 今持ってきていい?」
言うやいなや、昼休みにひとっ走り。
差し出された紙袋からは、溢れ出るほどの緑。
「葉っぱすご。ていうか、ビーツってこんな感じに生えてるの?」
"ビーツといえばボルシチ"程度にしか知らなかった私は、少し感動する。ああ、土の中で、カブみたいに生えるんですね。
「葉っぱも食べられるんで。大根葉みたいに」
危うく捨てるところだった。帰宅して、慌てて流しへ。萎れかけた葉を救出する。
その瞬間、土が床に散らばった。
しまった。
めっきりスーパー出身の野菜に慣らされた私は、“野生”をすっかり忘れていた。
軽くパニックになりつつ掃除機。
葉はざっくり切って湯にくぐらせる。浮かんできた何かには、見なかったことにしてさようなら。
お浸し用、炒め物用。ラップで小分け。手際よく処理していく。
ビーツ本体はポテトサラダにすることに。
レンジで簡単に下茹し、皮を剥く。柔らかなワインレッドが現れた。思ったよりも、ずっと美しい。
ジャガイモとニンジンを茹でて、チーズとハムも足す。土臭さ対策だ。
味見。うん、完璧。クセもなくて、ちゃんとおいしい。
「今日はピンクのポテトサラダだよ〜」
チビたちが喜ぶ。家族の「おいしい」を聞きながら、私はしみじみと思う。いいものをもらったな。
――そのときだった。
目の前のガラスピッチャーに、細い緑の線が一本。
くね くね
くいん
つるり
(あ、これ……)
体長8ミリほどのイモムシ。透明なガラスを、必死に登ろうとしている。
「見て、は◯ぺこあおむし」
「かわいいね」
虫嫌いのチビが、まさかの好反応。さて、どうするか。
ティッシュで潰すのは簡単だ。だが、こうも一生懸命だと、少し躊躇う。とはいえ、ここはマンションの高層階。外に連れ出すのも面倒だ。
くね
くね
つるり
結論が出ないまま五分。思い立って、AIに聞いた。
『友人にもらったビーツの葉についていたと思われる、体長8ミリのイモムシ。害虫ですか? 処分はどうするべき?』
ああ無情。私は小さな命の生き死にを、血の通わぬAIなんぞに託すというのか。
などと不毛なことを考えながらも、出力されたテキストに目を通す。
◆◆◆
『そのサイズ(8mmくらい)で薄緑、ビーツの葉についていたなら、かなりの確率で**葉を食べる系の幼虫**ですね。ビーツだと、ヨトウムシ系やガの幼虫の可能性が高く、**基本的には放っておくと葉をどんどん食べる“害虫寄り”**と考えてOKです。
結論から言うと、
→ そのまま置いておくのはおすすめしないです。
対応としてはこんな感じです:
外に逃がす:一番気持ち的に楽。植物から離れた場所にポイでOK
処分する(つぶすなど):確実に被害を防げる
割り箸や紙でつまんで捨てる:直接触りたくない場合におすすめ』
マンションなら「外に逃がす」でも十分現実的です。ただし、また戻ってくる可能性はゼロではないので、確実性を求めるなら処分のほうが安心。
◆◆◆
おおう。容赦がない。
いや、そりゃそうだ。外に逃がすという選択肢は、一見命を大切にしているようだが、お里が違うものなのだ。同僚宅の畑出身の彼は、付近に放逐すれば外来種なのだ。
ここは心を鬼にして、おチビにもやんわり伝えよう。
私はチビに告げた。
「この子ね、チビのアサガオ、全部食べちゃうんだって」
「……大きくなりたいの?」
一瞬の逡巡。そして、眦がつり上がった。
「ママ、やっつけて」
ああ、無情。
さっきまで「かわいい」と言っていた口が、迷いなく裁きを下す。これが、大人になるということか。
私は心の中で謝りながら、ティッシュを取った。
ぷちん。
そのあと、ふと思い出す。AIの追記。
◆◆◆
あと大事なのが、
→他にもいないかチェック!
葉の裏や茎の付け根に、小さい幼虫や卵(白っぽい粒)がついていることがあります。
◆◆◆
やめてくれ。
お読みいただきありがとうございました。
昔は2Lペットボトル満タンにダンゴムシを集めて喜んでいた筆者です。
それがいつの間にやら、すっかり虫への耐性がなくなっておりました。
虫付き野菜は、美味しい野菜の証拠なんですけどね。
小さなイモムシは割と好きなので――真剣に15分ほど、見つめて悩んでしまいました。
AIさんの解答が意外でして、
てっきり「命だいじに!」と言われるかと思っていたのですが……現実的でした。
ちなみに、ビーツのポテトサラダは美味しいです。
それが書きたくて書いたエッセイでした。




