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無名の契約者  作者: asahi


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第五話 配下の限界


 シアが、倒れた。

胸に、大きな穴が開いていた。光に貫かれた傷。そこから、黒い霧のようなものが漏れ出している。


「シア……! シア!!」


俺は、シアに駆け寄った。抱き起こす。体が、冷たい。

『――――』

シアが、口を開く。だが、声が出ない。


「喋るな! 今、何とかする!」

何とかする? どうやって? 俺には、何もできない。力も、知識も、何もない。

「くそ……くそっ……!」


『無駄だ』

天使型が、俯瞰するように見下ろしている。

『配下は、主から切り離されれば消える』

『今、その個体は消滅過程にある』


「消滅……?」

『ああ。あと数分で、完全に消える』

天使型が、無感情に続ける。


『諦めろ。それが、世界の摂理だ』

「摂理だと……?」

俺は、天使型を睨んだ。


「ふざけるな!」

「シアは、俺の仲間だ!」

「勝手に消すな!」


『仲間……』

天使型が、首を傾げる。


『お前は、理解していない』

『配下とは、道具だ』

『お前の影から生まれた、使い捨ての存在だ』


「違う!」

俺は、叫んだ。

「シアは、道具じゃない!」

「シアは――」


言葉に詰まる。シアは、何だ? 仲間? 友達? 家族? どれも、違う気がする。

でも――


「シアは、俺の隣にいてくれた」


俺は、シアを抱きしめた。

「契約に選ばれず、誰にも必要とされなかった俺の隣に」

「シアだけが、いてくれた」


『――――』

天使型が、沈黙する。


「だから――」

俺は、シアの顔を見た。目は閉じている。呼吸も、していない。でも――


「消えるな、シア」

俺は、シアの名前を呼んだ。

「シア。シア。シア」

何度も、何度も。


「消えるな。俺の隣にいろ」


『――――』

シアが、僅かに目を開けた。その目は――霞んでいた。


『すまない……』

掠れた声。

『私は……弱かった……』


「弱くない」

「お前は、俺を守ってくれた」


『だが……負けた……』

「負けてない!」


俺は、シアの手を握る。

「まだ、終わってない!」


『……お前は、優しいな』

シアが、僅かに笑う。


『最後まで……嘘をついてくれる……』

「嘘じゃない!」

『いや……嘘だ……』

シアの体が、薄くなり始めた。まるで、霧のように。


『私は……消える……』

『それが……配下の……限界……』

「やめろ……」

俺は、必死にシアを掴む。だが、手が――すり抜ける。


「やめろ! 消えるな!」

『……ありがとう』

シアが、最後に微笑んだ。


『お前に……名前を……もらえて……』

『嬉しかった……』


そして――シアが、消えた。

跡形もなく。まるで、最初からいなかったかのように。


「シア……」

俺の手には、何も残っていなかった。ただ、冷たい風が吹くだけ。


「シア……!」

俺は、叫んだ。だが、答えはない。シアは、もういない。


『これで、終わりだ』

天使型が、言う。

『配下は消えた。お前も、観測対象から外す』

『二度と、逸脱行為をするな』


天使型が、光の中に消えていく。

『これ以上、世界を乱すな』


そして――俺だけが、残された。

どれくらい、そこにいたのか。分からない。気づけば、朝になっていた。

崩れたビルの前で、俺は座り込んでいた。周囲には、警察や救助隊が集まっている。だが、誰も俺に気づかない。まるで、俺が透明人間になったように。


「……ああ、そうか」


俺は、理解した。観測対象から外された。つまり、世界は俺を認識しなくなった。俺は――存在しないことになった。


「なんだよ、それ……」

笑いが、込み上げてくる。


「結局、俺は……何も持てないのかよ……」

契約者にもなれず。シアも失い。世界からも忘れられる。


「なんのために……生きてんだ……」

立ち上がる。ふらふらと、歩き出す。どこへ行くのか、分からない。ただ、歩く。

気づけば、アパートに戻っていた。

部屋の中は、変わらない。ベッド。小さな冷蔵庫。テレビ。全て、昨日のまま。だが――シアは、いない。


「……シア」

名前を呼ぶ。だが、返事はない。影から、声が聞こえることもない。

俺は、ベッドに倒れ込んだ。天井を、見つめる。


「なんで……こんなことに……」

目を閉じる。眠れるはずもない。だが――疲れていた。体も、心も。

いつの間にか、意識が落ちていた。


夢を見た。シアがいる夢。シアが、笑っている。俺の隣で、静かに立っている。


『お前は、何がしたい?』

シアが、問う。


「分からない」

俺は、答える。


「もう、何も分からない」

『なら、決めろ』

「決める……?」


『お前が、何をしたいのか』

『お前が、どこへ行きたいのか』

シアが、俺を見る。


『それを、決めろ』

「でも、お前はもういない」

『いる』


「いない! お前は消えた!」

『いる』

シアが、胸に手を当てる。


『ここに、いる』

「胸……?」


『お前が、私に名前をくれた』


『その名前は、お前の中にある』


『だから――』


シアが、微笑む。

『私は、消えない』


「消えない……?」

『ああ』

シアが、俺の手を取る。温かい。


『私は、お前と共にある』

『たとえ、形がなくても』

『たとえ、世界が拒絶しても』

『私は――』

シアが、俺を抱きしめる。


『お前の、配下だ』


目が覚めた。

部屋は、暗かった。窓の外は、夜。どれくらい、眠っていたんだ。


「……夢、か」

だが、胸が温かい。まるで、本当にシアがいたように。


「シア……」


名前を呼ぶ。その瞬間――影が、蠢いた。


「……え?」

俺の影が、僅かに歪んでいる。そして――そこから、声が聞こえた。


『……お前……』


「シア!?」

『……まだ……いる……』

掠れた声。だが、確かにシアの声だ。


「お前、消えたんじゃ!?」

『消えた……だが……』

影が、さらに蠢く。


『お前が……呼んだ……』


『だから……戻った……』

「戻った……?」


『ああ……だが……』

影から、僅かに手が伸びる。だが、すぐに引っ込む。


『まだ……出られない……』


『力が……足りない……』


「力が足りない……」

つまり、シアは完全には復活していない。影の中に、辛うじて存在しているだけ。


「どうすれば、完全に戻れる?」


『……分からない……』

『だが……』

シアの声が、僅かに強くなる。


『お前が……望めば……』


『私は……必ず……戻る……』


「望む……」

俺は、影に手を触れた。


「なら、戻ってこい、シア」

「俺は、お前が必要だ」


『……ああ……』

影が、温かくなった。


『必ず……戻る……』

『それまで……待っていろ……』


「ああ」

俺は、微笑んだ。


「待ってる」


翌日。俺は、ハローワークに行った。

世界から観測されなくなっても、生活しなければならない。金が必要だ。だが――


「すみません、求人票を――」


職員が、俺を見ていない。いや、見ているが――認識していない。


「あの……」


職員は、書類を見続けている。まるで、俺がいないかのように。


「……そうか」

俺は、ハローワークを出た。観測されない。つまり、認識されない。仕事も、できない。


「どうすれば……」

途方に暮れる。


その時――背後から、声がかけられた。

「空木恒一さん、ですよね?」


振り返る。そこには――黒いコートを着た、青年がいた。

端正な顔立ち。落ち着いた表情。そして――その目は、明確に俺を"見ていた"。


「あなた……俺が見えるのか?」

「ええ、見えますよ」

青年が、微笑む。


「あなたは、観測されていない」

「だが、私には見える」

「なぜなら――」


青年が、一歩近づく。

「私も、世界に観測されていないからです」


「観測されていない……?」

「ええ」

青年が、名刺を差し出す。そこには――【グレン】という名前だけが書かれていた。


「グレン……?」

「私の名前です」

グレンが、俺を見る。


「あなたには、"配下"がいますね」


「!?」

なぜ、それを。


「安心してください。敵ではありません」

グレンが、笑う。


「むしろ――」

グレンが、胸に手を当てる。


「私も、配下だからです」

「配下……?」

「ええ。ただし、あなたの配下ではない」

グレンが、遠くを見る。


「私には、別の主がいる」

「別の主……」

「その方は、今はいません。ですが――」

グレンが、俺を見る。


「あなたには、可能性がある」

「可能性?」

「配下を複数持つ、可能性です」

複数。つまり、シア以外にも。


「そんなこと、できるのか?」

「できます。というより――」

グレンが、真剣な表情になる。

「あなたは、そうしなければならない」

「なぜ?」


「世界が、崩壊するからです」

グレンが、空を見上げる。


「このままでは、世界は三ヶ月以内に終わる」

「三ヶ月……」

「ええ。そして、それを止められるのは――」

グレンが、俺を見る。


「あなただけです」

「空木恒一さん」

グレンが、手を差し出す。


「私と、来てください」

「どこへ?」

「世界の、裏側へ」

グレンが、微笑む。


「そこで、全てを教えます」

「配下のこと」

「世界のこと」

「そして――」

グレンの目が、鋭くなる。


「あなたが、これから何をすべきか」

俺は、その手を――握った。


「分かった。行こう」

「いい判断です」

グレンが、俺の手を引く。そして――俺たちは、影の中に消えた。

その瞬間。遠く、ダンジョンの最深部。そこで、"何か"が目を開けた。


『――来るか』

低い声。


『契約に選ばれなかった者よ』


『お前が、鍵となる』


"それ"が、立ち上がる。


巨大な翼。二つの角。長い尾。その姿は――まるで、悪魔のようだった。

『私の名は、アバドン』


"それ"が、宣言する。


『七王の一。否選択の王』

『そして――』


"それ"が、微笑む。


『いずれ、お前の配下となる者だ』


その言葉と共に――世界が、僅かに軋んだ。まるで、何かが始まる予兆のように。

空木恒一。彼の物語は、ここから加速する。

配下を集め。世界と対峙し。そして――世界が、選択を放棄する瞬間へと向かっていく。

これは、まだ序章に過ぎない。本当の物語は、これから始まる。

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