表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無名の契約者  作者: asahi


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/7

第三話 配下の意味


最初の一体が、シアに飛びかかった。

蜘蛛の脚と人の顔を持つ、異形。その口から、酸のような液体が飛び出す。


「危ない!」

俺が叫ぶより早く――シアが、動いた。

いや、動いたという表現すら生ぬるい。消えた。次の瞬間、シアは異形の背後にいた。そして――ぐしゃり。異形の頭部が、握り潰されていた。


『一』


シアが、数を数える。

二体目が襲いかかる。シアは振り向きもせず、背後に腕を伸ばす。その腕が――異形の胴体を貫通した。ずぶり。


「ギィィィッ!!」

悲鳴。だが、シアは腕を引き抜き――そのまま、異形を真っ二つに引き裂いた。


『二』



三体、四体、五体。まとめて襲いかかってくる。

シアは、地面を蹴った。跳躍。天井すれすれまで跳び上がり――そのまま、落下。

ドゴォンッ!!

着地と同時に、衝撃波が広がる。異形たちが吹き飛ぶ。壁に激突し、潰れ、砕ける。


『三、四、五、六、七』


淡々と、数を数えていく。それは戦闘ではなく――作業だった。

次々と襲いかかる異形を、シアは容赦なく殺していく。腕を引き千切り。脚を折り。頭を踏み潰し。胴体を引き裂く。

血が飛び散る。肉片が舞う。内臓が床に撒き散らされる。


「ギャアアアア!!」

「グルルル……」

「タスケ……タスケ……」

異形たちが、悲鳴を上げる。だが、シアは止まらない。ただ、淡々と――殺し続ける。


『三十四、三十五、三十六』


もはや、異形たちは逃げようとしていた。だが、シアはそれを許さない。

影から、無数の腕が伸びる。それが異形たちを掴み、引き戻す。そして――引き千切る。


「ギィィィィッ!!」

最後の一体が、絶叫する。だが、その声もすぐに途絶えた。シアが、その頭部を握り潰したからだ。


『五十三』


シアが、俺を振り返る。全身、血まみれだった。だが、傷一つない。

「……終わったのか?」

『ああ』

シアが、血を払う。その血は――床に落ちる前に、霧のように消えた。


「今の……」

『異界の存在は、死ねば消える。痕跡も残らない』

「そうか……」


俺は、周囲を見回した。

床には、僅かに肉片が残っている。だが、それもすぐに霧となって消えていく。


「なあ、シア」

『何だ』

「お前……加減、してたのか?」

『加減?』

「昨日の異形と、今のモンスター。殺し方が違った」

昨日は、もっと――派手に殺していた。だが今日は、最小限の動きで、確実に殺していた。


『お前が言ったからだ』

「俺が?」

『"殺すなら一撃で殺せ。苦しませるな"と』

ああ、そうか。昨夜、俺がそう言ったんだ。


「守ってくれたのか」

『当然だ。お前の命令だ』

「命令じゃなくて、お願いだったんだけどな」

『同じだ』

シアが、首を傾げる。


『お前が望むことは、私にとって絶対だ』

「絶対……」

『それが、配下の意味だ』

配下。その言葉の重さを、俺は改めて感じた。


「なあ、シア」

『何だ』

「お前、俺の命令なら何でも聞くのか?」

『ああ』

「例えば……人を殺せ、とか?」

『殺す』

即答だった。躊躇もない。


「本気で言ってるのか?」

『本気だ』

シアが、真っ直ぐ俺を見る。


『お前が望むなら、私は世界を壊す』

『お前が望むなら、私は全てを殺す』

『それが――』

シアが、胸に手を当てる。


『名前を与えられた者の、在り方だ』


俺は、ゾクリとした。

この存在は――本気だ。俺が命令すれば、本当に何でもする。善悪も、躊躇も、なく。


「……分かった」

『何がだ』

「お前には、絶対に人殺しを命令しない」

『なぜだ』

「だって、俺は――」

俺は、自分の手を見た。


「人殺しになりたくない」

『お前が殺すわけではない。私が殺すだけだ』

「同じだ」

シアが、黙る。


「お前は、俺の配下なんだろ?」

『そうだ』

「なら、お前がやることは、俺がやることと同じだ」

『――――』

「だから、人は殺すな」


シアが、長い沈黙の後――


『理解した』

そう答えた。

『お前が望むなら、私は人を殺さない』

「ああ」

『だが』


シアが、俺に一歩近づく。

『お前が危険に晒された時は、例外だ』

「例外?」

『お前を守るためなら、私は何でもする』

『人を殺すことも、世界を壊すことも』

その目は、本気だった。交渉の余地がない、絶対の意思。


「……分かった。それは、仕方ない」

『ならば、了承した』

シアが、下がる。


「なあ、もう一つ聞いていいか」

『言え』

「お前、どこまで強いんだ?」

『分からない』

またその答えか。


「全力を出したことは?」

『ない』

「なら――」

俺は、ダンジョンの奥を見た。


「もっと奥に行けば、強い敵がいるか?」

『いる』

「どれくらい?」

『契約者でも、死ぬレベルだ』

契約者でも、死ぬ。つまり、相当危険だ。


「なら、行こう」

『なぜだ』

「お前の限界を知りたい」

俺は、シアを見る。


「お前がどこまでできるか分からないと、俺も動けない」

『……理解した』

シアが、先を歩き出す。


『ならば、奥へ行こう』

『そこには――』

シアが、立ち止まる。


『"核"がいる』

「核?」

『このダンジョンの、中心だ』


ダンジョンを、奥へ奥へと進む。

進むごとに、空気が重くなる。壁の脈動が、激しくなる。そして――


「うっ……」

吐き気がする。

『大丈夫か』

「ああ……何とか」

これが、ダンジョンの深層。世界の法則が、歪んでいる場所。契約者でさえ、簡単には入れない領域。


「なあ、シア」

『何だ』

「なんで、俺は平気なんだ?」

『お前は、世界に定義されていない』

「だから?」

『だから、世界の法則に縛られない』

シアが、前を向いたまま続ける。


『契約者は、契約によって力を得る。だが同時に、契約に縛られる』

『契約は、世界の一部だ。世界の法則に従う』

『だが、お前は違う』

シアが、俺を振り返る。


『お前は、契約の外側にいる』

『だから――』

シアが、僅かに笑う。

『お前は、ここにいられる』

「契約の外側……」

俺は、その意味を噛み締めた。契約適性なし。それは、弱さではなかった。それは――自由だった。


「着いたぞ」


シアの声で、我に返る。

目の前には――巨大な空間があった。天井は見えない。壁も、遠すぎて見えない。ただ、中央に――何かが、いた。

巨大な、肉の塊。いや、肉の塊ではない。それは――生きていた。

無数の目。無数の口。無数の腕。それらが蠢き、呼吸し、脈打っている。


「なん……だ、あれ……」

『ダンジョンの核。このダンジョンを生み出している存在だ』

「あれが……」

『ああ』

シアが、前に出る。


『あれを殺せば、このダンジョンは消える』

「消える?」

『核を失ったダンジョンは、維持できない。崩壊する』

「なら――」

『殺す』


シアが、地面を蹴った。一瞬で、核との距離を詰める。そして――拳を、叩き込んだ。

ドゴォォォォンッ!!

衝撃波が、空間全体を揺らす。核が――悲鳴を上げた。


「ギャアアアアアアアアアアア!!」


それは、音ではなかった。概念そのものが、叫んでいた。

無数の腕が、シアに襲いかかる。だが、シアは――それらを、全て引き千切った。一本、また一本と、腕が宙を舞う。


『弱い』

シアが、呟く。

『これが、核か。期待外れだ』


シアが、核の中心に手を突っ込む。

ずぶずぶと、肉に沈んでいく。そして――何かを、掴んだ。


『見つけた』

シアが、引き抜く。それは――光る球体だった。脈動し、輝き、悲鳴を上げている。

「ギィィィィィィ!!」

『これが、本当の核だ』

シアが、それを――握り潰した。パリン。ガラスが割れるような音。球体が、砕ける。

その瞬間――ダンジョン全体が、崩壊を始めた。

ゴゴゴゴゴゴゴ!!

「うわっ!?」

『掴まれ!』


シアが、俺を抱きかかえる。そして――影に、飛び込んだ。

次の瞬間、俺たちは外にいた。山の中腹。野良ゲートがあった場所。だが、そのゲートは――消えていた。


「消え……た……」

『ダンジョンが崩壊した。ゲートも閉じる』

シアが、俺を降ろす。


「お前……あんな簡単に、核を殺せるのか」

『あれは弱かった』

「弱い……?」

『ああ。浅層ダンジョンの核だ。中層、深層に比べれば、虫けら同然』

虫けら。あれが、虫けら。


「なら……深層の核は?」

『殺せる』

即答。


「どれくらいで?」

『分からない。だが――』

シアが、自分の手を見る。


『時間はかかるだろう』

「時間がかかる……」

それでも、殺せる。この存在は、どこまで強いんだ。


「なあ、シア」

『何だ』

「お前より強い存在って、いるのか?」

『いる』

「どれくらい?」

『七つ』

「七つ?」

『この世界には、七つの"王"がいる』

王。


『世界を統べる、絶対的存在だ』

『私では、勝てない』

「……そうか」


シアでも勝てない存在が、七つ。この世界は、どこまで狂っているんだ。

「その王って、どこにいるんだ?」

『ダンジョンの最深層。人類が到達したことのない場所』

「なら、今は関係ないな」

『そうだ』


シアが、空を見上げる。

『だが、いずれ――』


「いずれ?」

『お前は、王と出会うだろう』

「なんで?」

『お前が、世界を踏み越えようとしているからだ』

シアが、俺を見る。


『世界を踏み越える者は、必ず王と対峙する』

『それが――』

シアが、静かに言った。


『この世界の、ルールだ』

俺は、その言葉の重さを感じた。世界を踏み越える。それは、どういうことなんだ。


「シア」

『何だ』

「俺は……どこに向かってるんだ?」

『分からない』

「分からない?」

『お前が、まだ決めていないからだ』

シアが、俺の隣に立つ。


『だが、私は知っている』

「何を?」

『お前が、どこに向かおうとも――』

シアが、俺を見る。


『私は、お前と共にある』


その言葉に、俺は――何も、言えなかった。ただ、頷くことしかできなかった。

その日の夜。俺たちは、アパートに戻った。

部屋の中で、俺はベッドに座り、シアは壁に寄りかかっている。


「なあ、シア」

『何だ』

「今日、色々あったけど……」

「結局、俺は何をすればいいんだ?」


『お前が、決めろ』

「決める……」

『お前は、契約に選ばれなかった』

『だから、お前は自由だ』

『何をしてもいい。何をしなくてもいい』

シアが、俺を見る。


『ただ――』

「ただ?」

『生きろ』

シアが、静かに言った。


『お前が生きている限り、私もいる』

『お前が死ねば、私も消える』

『だから――』

シアが、僅かに笑った。


『生きろ。それだけでいい』

俺は、その言葉を聞いて――ああ、そうか、と思った。

何も、難しいことじゃない。ただ、生きればいい。契約者じゃなくても。力がなくても。シアがいれば、俺は生きていける。


「分かった」

俺は、笑った。

「なら、生きてやるよ」


「この世界が、どうなろうとも」

『――ああ』

シアが、頷く。


その夜、俺は――初めて、安心して眠ることができた。

シアが、傍にいるから。俺は、もう一人じゃないから。

だが、俺はまだ知らない。この選択が、世界にどれほどの影響を与えるか。そして――俺の隣に立つ存在が、どれほど危険なものか。

それを知るのは、もう少し先のことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ