第70部:逆転の咆哮
【幕間:ミノタウロスの狂宴の結末と、異形への変態】
優作の「神託」と「二度目の試練」により、支配層の既得権益者たちを武装させ、ハチの狂宴会場へと向かわせた優作。
その裏側で、会場に潜入していたルカとスズは、ハチとの直接対決へと突入していた。
絶望的な状況の中、ルカはピュティアのサポートと『音子の指輪』の力を覚醒させる。歌声のエネルギーを物理現象に変換する**『音子・バレット』**を開花させ、不死身のミノタウロス、ハチ・アマルガム・ノックスを初めて膝まづかせることに成功する。ルカの音弾幕と、スズの獰猛な剣技による連携は、狂宴の場を二人の少女の独壇場へと変えようとしていた。
しかし、スズの刃がハチの首を捉えようとしたその刹那、ハチの巨体は骨を砕き、肉を裂きながら爆発的に膨張。ミノタウロスから、さらに背中から新たな四肢を生やし、人間の顔と牛の頭の位置が入れ替わった**冒涜的な『異形』**へと変態した。
戦況は一瞬で逆転。
ルカの音子フォノンが乱れる中、異形となったハチはスズを鷲掴みにする。誇り高き踊り子は、その巨人の股間に位置する牛の頭部の目の前へと無残に運ばれ、醜悪な舌に白い肌を舐められるという、屈辱と絶望の淵に立たされた。
スズの心はへし折られ、ルカの歌声は恐怖で途切れかけた。
地獄の狂宴は、最悪の終焉へと向かう。
「ザリリッ……」
濡れた音と共に、太く長い牛の舌が、スズの股間からへそ、そして剥き出しの乳房へと、下から上へ一気に舐め上げた。
「ひっ……ぁ……!」
スズが屈辱に背中を仰け反らせる。
ザラザラとした舌の突起が柔肌を無遠慮に擦り上げ、大量の生温かい粘液が、彼女の引き締まった太腿と腹部に糸を引いて張り付く。
異形の牛頭は、スズの女性としての尊厳を味わうように鼻を鳴らし、さらに深く、執拗にその剛毛が生えた舌を蠢かせた。鼻息がスズの秘所にかかり、おぞましい熱気が彼女の全身を粟立たせる。
二度、三度と、その冒涜的な舌が動き、スズの全てを穢そうとした、その瞬間だった。
「……大丈夫。奥の手は、とってある」
ピュティアの冷静な声が、絶望に凍りついたルカの脳内に響く。
「ルカ。ハチを狙って。……その『隙』を作るために」
ルカは弾かれたように顔を上げた。
次の瞬間――。
ドォォォォォォォン!!!
会場の側面、厚さ数メートルはある石造りの壁が、まるで紙細工のように内側へと弾け飛んだ。
粉塵が爆風と共に巻き起こり、ハチが驚愕に動きを止める。
土煙の向こうから、地獄の底から響くような、しかし凛とした「お嬢様口調」の怒号が轟いた。
「お待たせしましたわね!!!」
煙を切り裂いて現れた影。
それは、かつてスズと競い合った華奢な犬の亜人ではない。
胸板は丸太のように分厚く、上半身の筋肉は鋼鉄の鎧のように膨れ上がり、衣服を内側から食い破らんばかりの巨体。
「本気」を出した、戦闘種族の王女。ペコであった。
「優作に頭を下げられて来ましたの! そうじゃなくても、加勢してましたわ!」
ペコは地面を蹴った。その一歩で床が砕ける。
「最初から、フルスロットルで行きますわ!!」
「な、なんだ貴様は――!?」
ハチの「人間の顔」が叫ぶ暇もなかった。
「どきなさい、駄牛ぃッ!!」
ペコの飛び蹴りが、ハチの巨体の「人間の顔(かつての首の位置)」に深々と突き刺さった。
ゴシャッ!
岩盤を砕くような音と共に、ハチの巨体がくの字に折れ、後方へと吹き飛ぶ。
その衝撃で、拘束が緩んだスズが空中に放り出された。
「スズちゃん!」
ルカが叫ぶより早く、ピュティアのホログラムがスズの落下地点に滑り込む。実体はないが、重力制御フィールドを展開し、スズの体をふわりと受け止めた。
「ハイハイ、重傷だね。すぐ治すよ」
ピュティアの手が光り、スズの裂かれた衣服と皮膚の修復を高速で開始する。
ペコは着地と同時に、吹き飛んだハチへ追撃の構えを取った。
「ピュティア! 今ですわ!」
「了解。総員、退避!」
ピュティアの号令と共に、ペコが壁に開けた巨大な大穴――そこから外の光が差し込んでいる――を指差す。
「あそこから脱出だ! 急げ!」
スズはボロボロの体だったが、ピュティアの応急処置のおかげか、あるいは死地を脱したアドレナリンのせいか、倒れる前よりすこぶる体のキレが良かった。
「ルカ、捕まってろ!」
スズはルカをひょいと抱え上げると、弾丸のような速さで大穴へと疾走した。
壁の外へ飛び出すと、そこは会場を取り囲む広場だった。
しかし、そこには異様な光景が広がっていた。
ずらりと並んだ、数百の兵士たち。
彼らは一様に、弓を引き絞り、投石器に石を装填し、旧時代の遺産である大砲の照準を、崩れた壁の穴に合わせていた。
その兵士たちの列の最前列に、一人の男が立っていた。
泥と煤にまみれ、額に汗を浮かべた優作だった。
震える手で崩れた壁の穴を凝視していた。 「頼む……頼むぞ、ペコ……! スズたちを……!」
その時、煙の中からルカを抱えたスズが飛び出してくるのが見えた。
「スズ……ッ!!」
優作の顔が、ぱあっと輝いた。 全身の力が抜けそうなほどの安堵と、喜び。 優作は思わず一歩踏み出し、両手を広げかけた。 もしかしたら、怖かったと泣きついてきてくれるかもしれない。そんな淡い、あり得ないとは分かっていても捨てきれない期待が、優作の胸を一瞬よぎる。
「優作! 邪魔だ、どいてろ!」
スズは、優作を見てもいなかった。
ルカを守ることだけに集中し、鬼気迫る表情で、優作の横を風のように走り抜けていく。
優作が伸ばしかけた手は、空しく空を切った。
「あ……」
優作は一瞬、寂しげに眉を下げて、スズの背中を見送った。
(……だよな。無事で、よかった)
その切なさを、優作は瞬時に飲み込んだ。
今は感傷に浸っている場合ではない。彼女たちを守らなければならないのだ。
優作は踵を返し、鬼の形相で叫んだ。
「総員、構えェッ!!」
「あの化け物を、一歩も外に出すなッ!! 撃てェェェェェッ!!」
その瞬間、世界が爆音に埋め尽くされた。
ドォォォォォォォン!!
優作の必死の号令と共に、数百本の矢、投石、そして大砲の砲弾が、一斉に崩れた壁の穴――その向こうにいるハチへと吸い込まれていく。
一方的な暴力の嵐。
再生能力が高いとはいえ、物理的に肉片レベルまで吹き飛ばされ続ければ、再生は追いつかない。
「ギャァァァァァァッ!!」
穴の奥から、断末魔ともつかない絶叫が響く。
「まだだ! 手を緩めるな! 弾切れまで撃ち続けろォ!!」 優作は声を枯らして叫び続けた。 スズやルカを二度とあんな目に遭わせない。その一心だけで、彼は指揮を執り続けた。
そして、砲撃が止んだ後、本当の地獄が始まった。
「わたくしの……わたくしのスズに、何をしてくれようとしましたの!?」
ペコが、瓦礫の中で蠢く肉塊に飛びかかった。
そこからは、優作ですら目を背けたくなるような「リンチ」の時間だった。
かつては愛し合い、今でも未練を残す元恋人スズ。その彼女があわや犯されそうになったことへの怒りは、ペコを修羅に変えていた。
殴る、蹴る、引きちぎる。
再生しようとする端から、ペコの剛腕がそれを粉砕する。
それは一昼夜にわたり続いた、私情のみを挟んだ一方的な暴力だった。
***
朝日が昇る頃。
残虐ショーが終わった会場跡地は、完全に瓦礫の山となり、かつての華やかな面影は微塵も残っていなかった。
瓦礫の中央には、ボロ雑巾のようになった「何か」が転がっていた。
異形の肉体は崩壊し、再生のエネルギーも尽き果てたのか、それは元の人間――ハチ・アマルガム・ノックスのサイズに戻っていた。
優作は、ピュティアと共にその死体(あるいは瀕死の体)を入念に調べた。
服は弾け飛び、全裸になっているハチの体。
優作が探していたのは、たった一つ。
全ての元凶である、あの指輪だ。
「……ない」
優作は、ハチの手指を検分し、瓦礫の周辺もくまなく探したが、どこにも見当たらない。
「くそっ……どこだ……!」
優作は焦燥感に駆られ、血まみれの瓦礫を素手で掘り返した。
「おい、ピュティア。スキャンはどうだ」
「反応なし。……おかしいね」
ピュティアも珍しく困惑した声を出す。
「洗脳の指輪。あれは強力な呪いのアセットだ。装備者が死んでも、そう簡単に消滅したりはしないはずなのに」
優作は、朝日が照らす瓦礫の山を見渡した。
ハチは倒した。狂宴は終わった。
だが、喉に刺さった小骨のような違和感が残る。
こんな強力なアーティファクトが、この世にあっていいはずがない。
誰かが持ち去ったのか、それとも最初から――?
優作は、動かなくなったハチを見下ろし、冷たい風の中で立ち尽くしていた。




