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『異世界人間失格 ~スキル【批評】持ちの独白~』  作者: 猫寿司
第14章:あるいは、私という人間の「異世界の【王】」

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第68部:狂宴の死闘(ハチ・アマルガム・ノックス戦)

二階の回廊から、新たな演奏が始まった。

それは先ほどの不協和音とは異なり、鼓膜を直接殴りつけるような勇ましく、しかし暴力的なマーチだった。まるで、武器を持たされた指導者たちの理性を取り払い、獣へと変えるための「けしかける」音楽だ。


スズが鋭い視線をルカに向け、低い声で告げた。

「ルカ! 今から地獄の門が開いた。これからは自分の生存のみに集中しろ! 誰が死のうが、犯されようが構うな。私たちに助けを乞う群衆も、足手まといになり、巻き込まれる。非情になれ!」


その言葉は氷のように冷たかったが、ルカにとっては救いでもあった。

こんな時、スズはいつもルカに生きる術を教えてくれる。不安で押しつぶされそうな時、彼女の明確な指示オーダーが、道を示してくれる灯火になるのだ。

ルカは胸を打つ激しい鼓動を抑えるように、深く深呼吸をした。隣にスズがいる。それだけで、この地獄でも何とかなりそうな気がしてくる。


幸運なことに、スズは弓も用意していた。切り合いは苦手なルカだが、弓ならば扱える。

スズは口元だけで笑った。

「火薬矢も持ってきてある。改良も重ねている」

その凶悪な笑みに、ルカは悟る。スズは本気で、チャンスがあればハチの首を取りに来ていたのだと。

「まだ攻撃するなよ。今は混乱の渦だ。飲み込まれないように、様子を遠目で観察しよう」


舞台上のハチが、雷のような咆哮を上げた。

「お前ら! 予が用意した料理を食せというのか!」

尻込みする武器を持った指導者たちに向け、ハチは再び鉄球を投げつける。

ごしゃッ、と鈍い音が響き、頭部を砕かれた数人が絶命して崩れ落ちる。さらに、背後に控えていた兵士たちが、躊躇する指導者たちを槍で串刺しにし始めた。


「食うか、食われるかだ! 殺せ、奪え、犯せ!」


ハチの狂気が伝染するように、意を決した武器を持つ神官が、震える手で近くにいた武器を持たない女性を切りつけた。

一人が踏み出すと、それは合図となった。堰を切ったように、一方的な虐殺の波が押し寄せる。


スズが低く唸る。

「来るぞ。そろそろ気がつくまで息を潜めろ」

「わかった」


その惨状を見て、ハチは高笑いした。

「そうだ、その通りだ! いいぞ、いいぞ!」

ハチは手を叩いて喜んでいる。


「ここまでは想定通りだ」

スズは冷静に戦況を分析する。

「いいか、壁を常に背にしろ。二人だけが味方と思え」


始まったのは、地獄絵図そのものだった。

狂い始めた武器を持った群れが、弱いものを蹂躙し始める。男も女も関係なく殺され、中には公衆の面前で衣服を剥ぎ取られ、犯される者も現れる。その様子を見たハチは、大いに喜び、興奮していた。


阿鼻叫喚が響く中、逃げ惑う武器を持たない大勢の人々が、壁際に陣取るスズとルカの方へと雪崩を打って押し寄せてきた。


「いいぞお前たち、期待通りだ! 私は二階で観戦させてもらおう」

ハチがそう言うと、彼を乗せたまま舞台が地下へとゆっくり下がっていった。その後、地面の大穴もピタリと閉ざされた。


「しまった、ハチが! 狙うべきはあいつだったか!」

スズが舌打ちをするが、今はそれどころではない。


「ルカ! あいつら(避難民)に押し潰されるぞ! 火薬矢だ、中央に放て!」

「えっ、でも、あそこには武器を持ってない人も……」

「これから決戦だ! 狙え、もうこの会場すべてを敵にするつもりでやれ!」


スズの命令に、ルカは躊躇いを捨てた。武器を持たない者は逃げ場を失い、殺されるか、押し潰されるかだ。慈悲をかける余裕などない。


その時、武器を持った一人の男が、スズたちに気づいた。

「お前たちぃ……よくもやりやがったな!! 殺してやる!!」

血走った目で突進してくる。


「ルカ! 通常矢で狙い撃ちだ!」

「はいッ!」

ルカが放った矢が、男の喉と胸に数本突き刺さる。男は声もなく崩れ落ちた。


「お前ら、怯むな行けー!」

いつの間にか二階の観戦席に移動していたハチが、身を乗り出して叫んだ。

ドスンッ! とものすごい地響きと共に、ハチが投げた鉄球がスズたちの目前の地面に突き刺さる。石畳が粉砕され、破片が飛び散る。


「あの女二人を犯せ! 死んでからでもいいぞ、アハハハ!」

ハチは兵士たちにも参加を促し、スズたちを指差して嘲笑った。


「ゲス野郎が……」

スズは吐き捨てるように言い、次の矢をつがえるルカに指示を飛ばす。

「引きつけろ。集まりになってから火薬矢を撃て。出し惜しみするなよ」

「うん!」

「爆発から巻き込まれなかった者が突進してくるから、そこは私が払う。いいか、他の奴らは無視するぞ!」


ルカが放った火薬矢が、密集した兵士たちの中心で爆発した。

轟音と煙。肉片が飛び散る中、爆風を逃れた者が血まみれになりながら向かってくる。一人、二人……兵士も三、四人までは数えていたが、その先は分からない。

最初に持っていた槍は刃こぼれし、あるいは敵の体に刺さったまま抜けなくなり、スズは次々と足元の武器を持ち替えていた。


両手に大小の刀を持ち、向かってくる兵士を旋回しながら切り捨てていく。

返り血で顔を赤く染めたスズが、恍惚とした表情で叫んだ。

「見えたぞ……探していたものが!! これこそ、開眼だ!」


スズの歓喜に似た声。

その場違いな高揚に、背後で弓を引くルカは戦慄した。

「スズが……ハイになっている!」

いつもの冷静なスズではない。血と死の臭いの中で、彼女の中の何かが目覚めてしまっている。


だが、ルカの矢筒から火薬矢が尽きかける頃だった。


二階の貴賓席から、野太い笑い声が降ってきた。

見上げると、ハチが豪奢な手すりに足をかけ、身を乗り出していた。


「素晴らしい! 余興としては最高だ!」


巨体が一瞬宙に浮く。

三メートル近いミノタウロスの肉体が、重力に引かれて落下した。

ズドンッ!!

凄まじい着地音が響き、石畳が蜘蛛の巣状に砕け散る。舞い上がる粉塵の中、ハチは膝を曲げることすらなく、悠然と立ち上がった。


手を叩きながら、ハチが粉塵を払いのける。


「ブラボー! ブラボー!」


二階の楽器隊が音楽を変える。まるで心臓の鼓動を打つような、重く、速いリズムへ。

その頃には、会場の床は血の池となっていた。あたりからは苦痛の声と断末魔だけが聞こえる。どっちの勢力で誰なのか、もう区別がつかない混沌とした状況だった。


「ルカ正気を保て! コンテナツリーの地獄に比べれば、こんなの何てことはない!」

スズが叫ぶ。

(そんなわけない!)とルカは叫びたかったが、今はスズの言う通り、思考を無理やりにでも上書きするしかなかった。


スズとハチが対峙すると、周りの兵士たちは恐れをなして距離を取り始めた。

スズは刀を両手に持ち直し、切っ先をハチに向ける。


「……ッ!」

スズが一気に距離を詰める。目にも止まらぬ速さで、ハチの右腕が宙を舞った。

だが、ハチは表情一つ変えない。

空中の自分の右腕を左手で掴み取ると、その切断された右腕を棍棒のように振るい、スズに打ち付けたのだ。


「がはッ!?」

予期せぬ攻撃にスズが吹き飛ぶ。

ハチは断面に右腕を押し付けると、じゅわっという不快な音と共に、肉と骨が瞬時につながった。


「アハハ! お前、優作と一緒にいた売女だな。望み通り、犯してやろう」

ハチは舌なめずりをする。

スズは血を吐き捨てて起き上がった。

「どいつもこいつも、欲望はやることしかないのか。ワンパターンで飽きたな」


ルカは一瞬怯んだが、今度はハチに集中して矢を放つ。

「お願い、当たって!」

火薬矢も残り数本だ。

ドォン!

ハチの体に直撃し、肉が黒く焦げ、ケロイド状になる。だが、黒煙が晴れる頃には、すでに新しい皮膚が再生していた。

何本も、何本も打ち込んだが、再生を繰り返すのみだ。


(だめだ……死なない……)

スズが事切れれば、自分も殺される。好きにされるくらいなら、死んだほうがマシだ。

恐怖で弓を弾く指が痺れ、力が入らなくなる。それでも、震える指で矢を放ち続けたが、とうとう最後の矢が尽きた。

ルカは、地面にへたり込んだ。


「ルカ、諦めるな!」

スズの声が飛ぶ。

「死ぬまで這い上がれ! 最期まで戦うぞ。落ちている剣を拾え!」


ルカは涙を拭い、意を決して足元の血まみれの剣を拾い上げた。重い。こんなもので、あの化け物と戦えるのか。


スズはハチを見据えたまま言う。

「そこで見ていろよ。弓を持たないお前は、ただの足手まといだ」

その言葉に、ルカは唇を噛み締めて頷くことしかできなかった。


「さあ、お喋りは終わったか?」

ハチが首を鳴らしながら歩み寄る。


「化け物……いい加減にしろよ」

スズは素早く踏み込み、ハチの拳を体勢を低くして避けながら懐に潜り込む。

刹那、逆手に持った刀で左足を切り飛ばす。

今度は油断しない。すぐさま背後へ回り込む。

ズシン、と音を立てて倒れるハチ。しかし、切断面からはすでに新しい足が生え始めていた。


「インターバルなしか……」

スズは凶悪に笑った。

「では、最後まで付き合ってやろう」


そこからは、その場で一方的な「ハチを切り刻むショー」が始まった。

終わらない斬撃。吹き飛ぶ手足。心臓に突き刺さる刃。

持っている武器がダメになると、スズは落ちている武器を拾い、次から次へと致命傷となる攻撃を終わりなく続けた。

再生速度と破壊速度の、狂った競り合い。


ルカはただ、呆然とそれを見ていることしかできなかった。

スズの体力も限界に近い。このままでは、いずれスズが止まり、殺される。


そんな時だった。

ふいに、ルカの前に小さな影が現れた。

戦場の狂騒にはあまりに不釣り合いな、無機質で、どこか楽しげな声。


「ごめんごめん、用があって出かけてた」


ホログラムのように揺らぐその姿。

ピュティアだった。


「生きていてよかった。……ねえ、その『ギター』のこと、忘れてない?」


ピュティアは、ルカが背負っていたギターを指差した。


「あんだけ練習したじゃないか。音子の発動、もうできるでしょ?」

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