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『異世界人間失格 ~スキル【批評】持ちの独白~』  作者: 猫寿司
第14章:あるいは、私という人間の「異世界の【王】」

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第67部:狂宴のハチ・アマルガム・ノックス即位

スズとルカは


新国王就任パーティ当日、私はルカと共に、セントラルシティを出発した。

目的地は、谷と谷の間に切り立った大地に築かれた都市、ウォルフェンスだ。


谷からウォルフェンスへと渡る橋には、厳重な関所が設けられていた。私たちは、セントラルシティの一般招待客として招待券を見せ、無事に中をとおる。名目は、祝いの余興をする者としての参加だ。


(……それにしても、ハチはなぜここを選んだ)


ウォルフェンスは、地理的には外敵からの攻撃に対し、あまりにも脆弱な構造をしている。両側の谷から渡る橋を落としてしまえば、都市全体が孤立し、容易に滅びる。


私が学んだ戦術の基本から見れば、この場所を首都とするのは愚策だ。


だが、ハチの動機は明白だろう。

自分がマエストロとしての存在を誇示するため、象徴としてこのウォルフェンスを選んだのだ。

脆弱な場所をあえて選ぶのは、**「俺はどれだけ弱点を晒しても、誰にも攻め落とされない」**という傲慢な自信の現れ。


もしくは、ハチは他から攻められることなど、もはや何ら気にもしないほどの力を手に入れているのか。あるいは、考えるという知的な作業を放棄したのか。

今は、とりあえず情報収集が最優先だ。


パーティ会場は、城の広場を改築したのか、新たに会場が建設されたようだった。

構造は二階建てで、一階と二階は入り口が完全に分離され、一般招待客とVIPとで入り口が違う。


私たちのいる一階は、上流階級が着飾った男女が立食パーティーに参加するような優雅な雰囲気だ。一般招待客と言えども、それは国王に参加する者たち。それなりの身分なのだろう。


だが、私はその会場の構造に強い胸騒ぎを覚えた。

二階は、一階を見おろすように眺められる仕組みだ。まるで劇場、いや――


コロッセウムのようだ。

会場のなかは、奇妙な暗がりに包まれていた。微かに燃えるオイルランプの煤けた光が、大理石の床をぼんやりと照らしているだけで、視界は闇に慣れてようやく人影を捉えられる程度だ。不安と熱気が混じり合い、じっとりとした湿気が肌にまとわりつく。


「スズちゃん、ここから逃げたほうがいいよ」

隣に立つルカの、震える声が耳元を掠めた。ルカは白い舞踏会のドレスの裾を強く握りしめている。スズもまた、この異様な雰囲気に警鐘を鳴らしていた。ここから出ようと顔を見合わせて走り出すが、すでに遅すぎた。


入り口の重厚な扉は、外部から溢れ入ってくる人々の波を押し分けても、一向に近づけない。ようやく扉に辿り着いた瞬間、ごぉん、と鈍い音が響き、扉が完全に閉ざされた。外側から金属製の閂か、分厚い錠前がかけられた、絶望的な音。


出入口付近で立ち尽くすスズとルカの困惑は、しかし次の瞬間、けたたましいファンファーレによって破られた。それは祝いの音というより、耳をつんざくような狂気の予兆だ。


間をおいて、地鳴りのような轟音とともに、一階広場の中央から巨大な舞台がせりあがってきた。舞台の上には、真っ白なスポットライトが注がれる。

そこには、今までおとぎ話でしか聞いたことのない異形が、悠然と椅子に座って現れた。


ひとがたの牛。顔には荒々しい角が生え、その肉体は鍛え上げられた猛獣のように分厚い。三メートルはあろうかという巨体で、半裸の格好。全身が色黒く、血管が浮き出ている。それはまさしく、おとぎ話のミノタウロス――ハチ・アマルガム・ノックスその人だった。


スズは、瞬時に最悪の現実をルカに叩きつける。

「ルカ、ゲオルグ戦を見ていただろう。あのとき、どんなに攻撃しても奴を倒せなかった。今の私たちの火力では、どうともしがたい相手だ。いいか、どんなことがあっても生き延びるぞ。まずは、目立たないように人混みにまぎれろ」


本来、彼女たちの演目(舞踏)は祝いの出し物枠の五番目だった。舞踏の小道具である武器の持ち込みを許されていたのは、不幸中の幸運だったが、戦意を抱けるような状況ではない。


おつきの神官たちはセントラルシティの指導者枠として二階にいる。二階の指導者たちも、この状況は予期していなかっただろう。グルになって自分たちを嵌めたとは考えにくい、とスズは瞬時に思考する。


せりあがった舞台から、ハチ――もしくはミノタウロスは、会場全体を見下ろしながら、その角の生えた顔で歪んだ笑みを浮かべた。

「お忙しいところお集まりいただき誠に光栄です。これより、このたび、わくしめ、ハチ・アマルガム・ノックスが、国王として皆様より承認されました。そのご挨拶をさせていただきます」


そういうとハチは、鳴り響くバイオリンの音色を響かせた。それは音楽と呼ぶにはあまりにも拙く、三十ほど続いた不協和音の濁流は、聴衆の精神を容赦なく掻き乱した。


その間も、スズはルカとともに必死に出入口を探していたが、見つからない。演奏が終わると、会場は静まり返る。

その沈黙の中、二階の一部で、妙に張り切った観客が一心不乱に拍手しているのを見て、ルカがハチの狂気のスイッチに気づいた。


「スズちゃん、拍手しろ! 歓声をあげろ!」


ルカとスズは、一階の隅で、破れんばかりに拍手をし、喉が張り裂けんばかりに歓声をあげる。

しかし、その一階では、他の観客はまだ事態を理解できずにあっけにとられている間があった。次第にハチの表情が紅潮し、首筋の血管が怒張して浮き出る様がみられた。


「おれの演奏をきいて、何にも、感想は、ないのか!」


ハチは、いつの間にか手に持っていた鉄のたまを、一階や二階、あたり構わず無作為に投げつけた。当たった観衆は、ぐしゃと肉を潰すような音をたて崩れ、その場で十人ほどが犠牲になった。そのあまりにも鮮烈な死を目の当たりにし、ようやく事態を理解した招待客は、遅れて悲鳴のような拍手と歓声をあげる。


ハチは、満足げに笑った。

「どんなに素晴らしい演奏でも、観客の協力があってこその芸術だ。おまえたち、芸術を理解しろ」


その後、舞台の袖から、司会進行役らしき声だけが鳴り響く。その声は、極めて事務的で、会場の狂気とはかけ離れた冷たさを持っていた。


「皆様、では、新国王陛下ハチ・アマルガム・ノックスのご挨拶がありましたところで、ご案内です。法制度の発表です。『マエストロを敬え。マエストロの下にマエストロのみ。マエストロの上にマエストロ』でございます。これにより、旧来のヘスティア教自体が異教となります」

「つぎより、ハチ様をたたえる『マエストロハチ教』に、ただちに改宗していただきます」

「異論のあるかた、いらっしゃいますでしょうか?」

静まり返る会場。

「では、反対は無、という事で可決させていただきます。旧ヘスティア教の皆様は、各地でマエストロハチ教の布教のために、残っていただきます」


スズは、心の中で、冷たい予感を呟いた。

(残っていただく?)


「これより、おもてなしの料理をご用意させていただきました。どれも新鮮な素材でございます。一切手を付けていません。料理の素材そのまま喰らうもよし、切り刻んで召し上がるのもよし、煮ても焼いてもよしでございます。また、犯すこともできます。生命の死と生を味わえる、最高の演出でございます」

「ハチ・アマルガム・ノックス様は寛容なお方。皆様が食事を堪能するその姿をみるだけで胸がいっぱいだとか」


その言葉と共に、二階の観客にウォルフェンスの兵士が武器を渡し始めた。そして一階の正面の壁が、ガラガラと音を立てて開かれると、そこから兵士と、押し出さられるように現れる二階の特権階級の指導者たちが現れた。彼らは今、捕食者として武器を与えられたのだ。


スズは、ルカにだけ聞こえる声で囁いた。

「犯す? ルカ、どうやら私たちは**『食われる側』**らしいぞ。ルカ、覚悟を決めろ。戦うぞ」


そういうと、スズとルカは、狂気に満ちた観衆とは反対側の壁まで急速に移動し、硬い壁を背にした。そして、舞踏のために持ち込んだ短剣やナイフ、槍、刀、剣 を、地面に円形に無数に突き刺し、来るべき狂宴の開始に備えた。

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