第65部:世界が生んだ王
セントラルシティの国の成り立ち:血と金で築かれた宗教国家
I. 成立以前の「寛容」な混沌
かつてセントラルシティと呼ばれたこの地下空洞の中心地は、ヘスティア教が台頭する以前、人間と、獣の血を引く多様な亜人種が交差する、比較的自由な交易都市でした。地底世界の資源と、地上との物流の結節点であることから、多くの種族が共存し、混沌とした活気と賑わいを見せていました。
II. ヘスティア教の台頭と「カオスの子」の定義
この多種多様な住民の間に、ヘスティア教が静かに浸透し始めます。彼らの聖書は、人類を**「ヘスティアから生まれた神の子」と定義する一方、人間以外の種族、特にア人種を「世界に歪みをもたらすカオスの子」と断罪しました。
この教義は、人間側に「正義の迫害」という名の免罪符を与えました。社会に存在する不満や貧困の矛先はすべてア人種に向けられ、迫害が合法化されていきました。
III. 経済の掌握と軍事力の組織
ヘスティア教の勢力が決定的に強まった最大の原因は、その教義だけでなく、経済の掌握にありました。彼らは主要な資源採掘ルートと、地下世界全体の交易ギルドを独占し、瞬く間に莫大な資金を蓄積します。
この潤沢な資金力を背景に、神官団は正規の「聖騎士団」を組織しました。彼らは教義を盾にア人種への組織的かつ強制的な「搾取」を開始し、ア人種を過酷な労働に従事させ、その人権を完全に剥奪しました。
IV. 宗教国家セントラルシティの樹立
軍事力と経済力を背景に、神官たちは旧体制を一掃し、神官を中心とした強固な宗教国家セントラルシティを樹立しました。ヘスティアの教えこそが唯一の法であり、神官の言葉が絶対の支配力を持つ、狂信的な独裁国家の誕生です。
しかし、この国家成立時の記録は、旧体制のものが徹底的に破棄され、ア人種への迫害の具体的な様相を伝えるものはほとんど残っていません。後世に鮮明に残るのは、この国が「国家」という実体を持ったにもかかわらず、セントラルシティという地理的な呼称**のみであるという、歴史の空白です。この歴史の空白こそが、優作たちが直面する狂信的な「正義」の根源となっている
優作はセントラルシティの教会に招かれていた
セントラルシティは、かつて衛兵長ゲオルグとの激しい戦闘により、一時は半壊し瓦礫の山となった。その後の地道な復旧活動により瓦礫は撤去されたが、街の大部分は未だに建築資材が運び込まれる状態であり、建物はまばらに立っているだけで、復興とは程遠い光景が広がっていた。
その中で、優作たちが連行された教会のみは、周囲から浮き上がるような立派な佇まいを誇っていた。石造りの壁は修繕され、陽光を反射している。
教会に到着すると、優作たち一行にはすぐに客室がそれぞれ与えられた。そこは、地底世界では珍しい、豪華な調度品に溢れた空間だった。さらに優作を驚かせたのは、居室内に設けられた洗面所などの水回りの設備だった。浴室こそ別室だったが、この完璧に整備された旧排水設備は、優作が旅してきた世界の文明レベルとは大きくかけ離れていた。
優作は落ち着かない様子で言った。「ピュティアによれば、ヘスティアが意図的に文明レベルを地方によりバラバラにおいてあるから、統一感はないんだとか。そして、この旧排水設備は、遺産らしいぞ」
優作の傍には、コハルが狐の姿で張り付いていた。自身の客室を一度も使おうとせず、優作の足元から離れない。 「コハル、お願いだから、人型で一緒の布団で寝ないでくれ」優作は小さな声で頼んだ。「周りの目が厳しくなる。幼女を手なづけていたと誤解されたら大変だ」 優作の言葉を受けてか、コハルはそれ以来、子狐の姿でいることが多くなっていた。
夕食は広間で取られた。広間には優作、スズ、ルカ、コハルの他、数名の使用人がいるだけであった。神官たちは彼らなりに、優作一行に気を使っているらしい。
食後の果実が運ばれ、優作がそれを静かにつまんでいる時、依頼主である神官が改めて訪れた。目的は、当然ながら助けを請う話であった。
優作は、気が進まないまま、神官に問いかけた。 「国家が転覆した時のはなしを、詳しく聞かせてもらおうか」
神官は震える声で語り始めた。 オルフェスで怪物が支配をしたという一方を受けて、討伐隊の出発は翌日の予定だったという。 「しかし……ハチ自らが、たったひとりでセントラルシティを壊滅させたのです。教会だけは、なぜか壊されませんでしたが、行政機関は瞬く間に瓦礫となり、刃向かうものはすべて薙ぎ倒され、殺されていきました」 神官は、恐怖に目を白黒させながら続けた。 「驚くべきことに、逃げるもの、命乞いをするもの、そして、従うものには手をつけなかったのです」
優作は、その話を聞いて顔を顰めた。教会の内部では、このハチの行動を巡って二つの派閥で意見が割れたという。 一つは原理主義のムローニ派。ヘスティアの教義そのものを絶対とし、経典の一字一句を体現しようとする強硬派。 もう一つは拡大主義のアッサー派。ヘスティアの教義を軸に教団の拡大と信仰の拡大を目指す現実主義者たち。
アッサー派は、ハチの暴挙を「ヘスティア様がカオスの子を使わし、この不浄な大地をヘスティアの子のみが生きる大地に変えようとしている」と主張し、ハチ側についていった。 その中には、総勢2000を超える兵隊を含む、教会の軍隊も含まれていたという。 優作は異常に深刻な事態に戦慄した。(複雑すぎる……)
「ハチはセントラルシティに留まることはなかった。オルフェスが、新国家の首都とするらしい」 優作は、神官を冷たい目で見据えた。 「で、どうしろと、私に問うのだ?」
神官は改めて、地面に額を擦り付けて懇願する。 「カオスの子、ハチを、討伐してくださいと……!」
優作は、その哀願を前に、倫理的な問いを投げかける。
「おまえたちが実験を握っていた時、ア人種を奴隷にし、生贄として労働力として扱ったのではないか? また、商人と結託して、借金の方に女を連れ去ることも厭わなかったのではないか? 他人種はもとより、同胞をも搾取してきた。それで、その贅沢の極みの生活が壊されて、助けろと……?」
優作の冷徹な問いは、狂信に満ちた広間に重く響き渡った。
「優作様。貴方様は……『薪』が燃えるのを可哀想だと嘆いて、冬の寒さに凍え死ぬ道を選ぶのですか?」
「我々が贅沢をしていたのではありません。『秩序』という巨大な神殿を維持していたのです。 ア人種とは、聖書にある通り『カオス(混沌)』の泥から生まれた、形定まらぬ資源です。 我々は、その『混沌』を管理し、労働力という『秩序』に変換して、この地底世界に文明という灯りをともし続けてきたのですよ?
彼らは、我々が管理しなければ、ただ野山で食らい合うだけの獣です。 我々が役割を与え、鞭で教え導くことで、初めて彼らは世界の役に立つ『部品』になれたのです。それは彼らにとっても救済でしょう?
それを『搾取』と呼ぶのは、あまりにもわたくしどもに厳しすぎます。 あれは**『高度なリサイクル(資源の有効活用)』**です。
今、ハチという、カオスが秩序を破壊しました。 ハチは暴走し、管理者を殺している。 これは『革命』などという高尚なものではありません。ただの『(崩壊)』です。
優作様。貴方様は(作る者)だと伺いました。 『ハチがカオスとなって食い荒らしている』のを見て、それを放置するのが正義だとは……まさか、おっしゃいませんよね?」
そのとき、優作は自分の何かが壊れる音を 確かに聞いた。




